二年目の春

図書館島探検の翌日は土曜であった。

木乃香達が徹夜だった為に明日菜とさよが朝からバイトに入っていたが、横島はやはり徹夜のまま朝から店を開けている。


「美味しそうなクッキーですね。」

「常連の子達へのバレンタインのお返しにどうかと思って試作してみたんだ。」

土曜は基本的に午前中から学生のお客さんが来るが、ほとんどが常連なので気心が知れていて余裕がある。

横島はそんな常連の注文を調理する傍らでクッキーを作っていた。

甘い焼き菓子のいい匂いにたまらず明日菜とさよが厨房に覗きに来ると、横島は味見にと二人にクッキーを試食させつつホワイトデーのお返しの試作だと教える。


「いいんじゃないですか? 無難と言えば無難ですけど本格的なクッキーって案外食べる機会ないですし。 それに横島さんの場合はやっぱりお菓子とか期待されてますよ。」

クッキーに関してはハロウィンの時に頼まれて作ったのと、何度か日替わりメニューとして販売した以外は基本的に作ってない。

美味しそうに食べる明日菜とさよの顔に横島は満足げな表情をしつつも、ホワイトデーにどうしようかと考えていく。

明日菜いわく一般的な女子中高生は本格的なクッキーは案外貰い物くらいしか食べる機会がなく、横島は特に職業柄ホワイトデーのお返しもケーキやお菓子を期待されてるだろうと語る。


「どのくらいの量がいいんだろうな? 俺こういうのあんまり経験ないからなぁ。」

ただ横島はホワイトデーにはクッキーだろうと気軽に考えて試しに作ってみただけであり、実際にホワイトデーにお返しをしたのはおキヌか小鳩くらいなのでほとんど経験がない。

最近の横島は基本的に料理やお菓子は作るのが好きなのでよく作るが、実はそれ以上を深く考えないことも多いのでこの日も作ってからホワイトデーでのお返しについて悩み始めていた。


「別に普通でいいんじゃないですか?」

「そうですよ。」

しかし正直なところこの手の悩みを相談するには明日菜とさよはあまり向かないことは言うまでもないだろう。

明日菜もさよも普通でいいんじゃないかとしか考えず、どうせ義理だからとも考えてるようである。


「タマモのお返しのやつも考えなきゃあかんしな。」

とりあえずクッキーが美味しく出来たことで横島自身もそこそこ満足してしまい、店に居合わせたお客さんに試食という形でクッキーを配るとまた漠然とどうしようかと考えていくことになる。

ぶっちゃけ横島はこうして悩んでるのも楽しそうであり、実際かつての自分を思い出すとホワイトデーのお返しで悩むなんて贅沢だなと横島自身は思う。


「そういや、高校時代に一人で百個以上もチョコを貰ってた奴がいたけど、あいつもお返し悩んでたな。 主にお金の面で。」

「百個以上って、凄いですね。 そりゃお返しのお金に悩みもじすよ。 いくらかかるんですか?」

ただこの時横島は、ふと高校時代に山ほどチョコを貰ってたピートを思い出して思わず笑いだしてしまった。

バレンタインの時は心の底から妬みもしたが、ピートはその後貰ったチョコをどうするかやお返しをどうするかで一ヶ月ずっと頭を悩ませたのだから。


「具体的な金額までは知らんが、あいつもお世辞にも裕福とは言えんかったからな。」

「そこまでいくとバレンタインで恋愛どころじゃなくなりますね。」

なんというか麻帆良でもモテる男性は居るし、ピートと同じように百個以上の義理チョコを貰ったという話も聞かない訳ではない。

ただ女性の側としてはあまり知ることがなかった男子学生の側のお返しの苦労話を聞くと、それは最早恋愛どころではないのだと明日菜もさよも苦笑いを浮かべていた。

19/100ページ
スキ