二年目の春

「えーと、ベトナム風定食?」

翌日は日曜だったこともあってこの日は木乃香達が朝からバイトに入っていたこともあり、横島は久しぶりに日替わりメニューに少し凝った料理を作っていた。


「ああ、フォーっていう米粉の麺料理と生春巻きのセットだな。 美味いぞ。」

客層が相変わらず若い女性に偏っているので、女性向けにと量を少な目にして好きな飲み物も付けて五百円にしている。

内容はフォーと生春巻きという代表的なベトナム料理を少し日本人向けに味付けをアレンジした物だった。


「なんでまたベトナム料理なんか作ろうと思ったの?」

「別に理由はないけど。」

最近は平日は日替わりメニューに手間をかけるほど余裕がないので土日くらいしか手の込んだ料理は作れなかったが、土日は相変わらずその日の気分で日替わりメニューを作っている。

まあ土日は店のメインの客層である女子中高生が朝から来るので、昼食に適した日替わりメニューが好評だった。


「よくまあ、そう次から次へとポンポンと新しい料理作れるわよね。」

「マスターって食道楽なのよね。」

横島が店を開いてもうすぐ一年が過ぎるが、その間に作った料理は相当な種類になる。

料理は一種の道楽というか趣味なのであれこれと作っているというのが常連の見方だが、元々横島という人は料理に関しては天才肌なんだろうとも噂されていた。

麻帆良では超鈴音というリアルな天才が存在するので、横島が多少料理でやり過ぎてもあまり目立たないのが幸いだろう。


「マスター達見てると飲食店なんかも良さそうなんだけど。」

「ムリムリ。 実際に作ってみると大変なのよ。 前にここで修行してた宮脇さんなんかもいい例じゃない。」

日曜ということと卒業式の翌日ということでこの日の店はいつもに増して賑やかであるが、常連達の中には横島の働く姿に飲食店や料理自体に興味を持つ者も少なくない。

実は麻帆良学園の女子中等部や高等部では横島の店の常連の女子中高生を中心に、少し前から料理や自炊が密かなブームの兆しを見せている。

特に料理大会で優勝した木乃香が僅か半年前までは自炊をしていただけの普通の中学生だったということは、少なからず人々に影響を与えていたのだ。

別に誰でも横島や木乃香のようになれるとは思わないが、それでも料理が出来るのはいろんな意味で人生の役に立つかもと思う少女は少なくない。


「私、高校調理科に行こうかな。」

「えー、本気!?」

ただまあ中には本気で料理の道に進みたいと夢を見て真剣に考える者も店の常連には何人かいる。

横島のようにお客さんに喜んでもらいながら一緒に楽しめる仕事をしたいと考える少女はやはり居るのだ。

尤も現実はそれほど甘くはないと誰もが理解もしているが。

しかし横島の影響で未来が変わった木乃香達の影で、同じく未来が変わった少女達は確実に存在する。

ある者は料理の道を目指し、ある者は横島に勉強を教えてもらったことがきっかけで教師を目指してる者もいた。

横島自身は気付いてないがそんな横島と関わり変わった少女達は、新たな運命を模索するこの世界の未来にも少ないながら影響を及ぼすことになる。




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