「木乃香サンまた料理の腕を上げたネ。」

「そうなん？ ウチ別に意識してる訳やないんやけど。」

「本当にお上手になりましたよ。」

一方厨房では超と五月が木乃香の料理の腕前を褒めていた。

横島も木乃香も特に料理の技術を高めようと意識してる訳ではないが、新堂や坂本夫妻と一緒に調理した経験は確実に木乃香の腕前を向上させている。

時々しか一緒に調理しない超や五月だけに、そんな木乃香の成長を敏感に感じるようだった。


「正直一年前はまさか木乃香サンがライバルになるとは思わなかったネ。 横島サンの指導力を考慮しても木乃香サンは凄いヨ。」

三学期の期末試験も終わり二年も残すは数週間だけだが、改めて思い返すとこの一年での木乃香の成長は脅威的だったと超は語る。

横島の実力や指導力を考慮しても木乃香の成長スヒードは超の予測すら越えていた。

本来の歴史ならば回復魔法の使い手として名を残すはずの木乃香が、すでに料理人として名を残すことが確実な現状は複雑な心境でもあったが。


「確かに凄いよな。 今だから話せるが料理大会なんかは鳥肌が立ったよ。 正直優勝は出来ると思えなかったしな。」

「あれは見事だったネ。 そもそも本番で百パーセントの力を出すのですら普通は難しいのに、木乃香サンは二百パーセントの力を出したのだから大したものヨ。」

超と五月に褒められたことで木乃香は幾分恥ずかしげにも見えるが、そこに横島が加わると恥ずかしげにも少し困ったようにも見える。

正直木乃香は自分が恵まれてるとは思うが、それほど凄いことをしたという自覚はほとんどない。

横島にしろ新堂にしろ坂本夫妻の夫にしろ木乃香よりまだまだ格上の人達であり、彼らと一緒に仕事をするとどうしても自分が未熟に思えるのだから仕方ないのかもしれないが。


「ウチ別に料理を習うつもりはなかったんやけど。」

「俺も料理を教えるつもりはなかったんだが、何故かこうなったな。」

ただ木乃香の料理の腕前はパティシエとしての功績を含めると麻帆良では知らぬ者が居ないと言っても過言でないほど有名だが、当の本人達は少々天然が入ってるからか相変わらず現状を不思議に感じていたりもする。

横島に関しては麻帆良に来てから木乃香達に宮脇伸二や新堂などに料理を指導したが、結局一番伸びたのが木乃香であることに変わりはない。

そういう意味では本来の歴史ならば明らかにならなかった才能が開花したとも言える。


「冗談抜きで将来料理の道に進めるヨ。 もしかするとその方が向いてるかもしれないネ。」

木乃香にとって料理とは横島との絆であり繋がりなのかもしれないが、超は思わず将来料理の道に進む方が向いてると意味深な事を口にする。


「焦ることはないって。 まだ中学二年なんだ。 将来のことはゆっくり考えるといい。 木乃香ちゃんも超さんもな。」

その意味深な言葉に木乃香は少し意味を考える素振りをするが、横島は現状で将来を決めるのには反対だった。

そして超自身のことに関しても歴史や未来世界に縛られ過ぎてると感じている。


「ワタシには時間がないネ。」

「天才少女の欠点だな。 やっぱり少し視野が狭くなってねえか？」

「所詮人は自分の見たいモノしか見えないネ。 貴方と私では見える景色が違うのは仕方ないヨ。」

「見えないなら誰かに一緒に見てもらえばいいだろうが。」

「それが出来たら確かに変われるのかもしれないネ。」

そのまま横島と超は抽象的な話に終始するが、魔法という非日常を知った木乃香は横島が超にだけは態度というか向ける意識が微妙に違うことに気付く。

それはほんの僅かな違いであり超や五月は気付いてない可能性もあるが、具体的に何を意味するのかなどそれ以上は木乃香も一切分からない。

しかし横島が自分の知らないことを数多く知っていると理解しているだけに少しだけ不安だった。

共に何処か底知れぬ何かを感じる二人の微妙な距離と関係は、以前には気付かなかったが何かしらの訳がある気がするのだ。

日常に隠れた非日常の影に微かな不安を感じる木乃香であるが、それを理解できることもまた彼女のこの一年の成長の証でもある。