平和な日常~冬~6

「そうかい、寂しくなるね。」

それから数日過ぎて二月も中旬に入ろうとしていたこの日、明日菜はアルバイト先である新聞配達の販売店に三月いっぱいで辞めることを告げていた。


「本当にお世話になってばかりで……。」

「いや、いいんだよ。 マホラカフェの方で上手くやってるじゃないの。 成績も上がって将来を真剣に考えるなら、いい頃合いだもの。」

新聞販売店を経営してる夫婦は二年間真面目に働いた明日菜を労い、名残惜しそうな明日菜を励ますように言葉をかける。

学生の町である麻帆良においても中学生で新聞配達をする少女は珍しく、ここの販売店でも明日菜だけだった。

特に朝刊の時間は街にも人通りが少ない時間なので明日菜の安全の為にと、街灯があったり比較的人通りが多い場所の配達を担当させるなど細かい気配りを欠かさなかったことを明日菜も知っている。


「まだ具体的な目標とかはないんですけどね。 でも以前なら無理そうだった大学進学も出来そうなんです。」

横島の店と新聞販売店は同じ女子寮の近辺ではあるものの近くとまではいえないのだが、それでもいろんな意味で近所でも有名店なだけなに新聞販売店の夫婦も何度か足を運んだこともありよく知っていた。

明日菜が接客を頑張ってる姿も見ているし、成績が上がったことも噂で聞いて知っていたのだ。

この先高校進学して大学も本格的に視野に入れるならば掛け持ちのアルバイトはやりすぎではと、新聞販売店の夫婦も心配していたという事実がある。


「経済的なことは私達からはなんとも言えないけど、無理だけはしちゃダメだよ。 明日菜ちゃんはがんばり屋さんだから。」

「はい、ありがとうございます。」

二年間短時間だがほぼ毎日顔を会わせていると情が生まれどんな子かも分かるようになるらしく、夫婦は明日菜の経済的な事情になんとも言えないと言いつつ頑張れではなく無理をするなと告げていた。

別に今生の別れでもないしまだ一ヶ月以上働くのだが、季節柄明日菜のように新聞配達を辞めていく者が多いのだろう。

夫婦は一人一人の幸せを願い新たな社会に送り出しているようであった。



「はじめまして、息子と娘が大変お世話になったようで。」

一方この日横島の店には宮脇伸二の母が挨拶に来ていた。

退院したのは数日前だったようで、リハビリを兼ねて挨拶に来たようである。


「はじめまして、退院おめでとうございます。」

横島と夕映は何度か病院に行き話もした相手であるが、宮脇兄妹の母も横島と夕映も素知らぬふりをして初対面の挨拶を交わす。

一緒に来た伸二にバレないように微かな笑みを浮かべる母に横島と夕映もまたバレない範囲の笑みで答えていた。

正直さほど親しいと言えるほど会った訳ではないが、共通の秘密を抱える面白さは同じらしい。


「ご飯も自分で炊かなかった息子が僅かな期間で本当に立派になって……。」

「母さん何も泣くことないじゃないか!?」

退院しても流石にまだ店に復帰とまではいかないが、それでも常連への挨拶程度で店に居ると入院前とは比べるまでもなく立派になった息子に何度も涙ぐむらしく今この瞬間も涙ぐんでいる。

息子の伸二は流石に恥ずかしいらしく狼狽した様子になるも、伸二の修行時を知る横島の店の常連の少女達にまで立派になったと涙ぐむふりをしてからかわれる始末だ。


「しかし今だから話せますけど、本当にどうなるかと思いましたよ。」

まあ実際当時を知る常連はいくら横島でも無理だろうと思っていた者が多く、横島本人ですら夕映達の麻帆良カレーを提供するアイデアがないと詰んでいた可能性も十分にあると思っている。

最終的に母が退院したことで横島もようやく肩の荷が完全に降りたのか、当時の複雑な心境を口にして伸二に教える側の苦労が初めて伝わることになった。

教えていた当時は怒ることも焦らすこともなく余裕すらあるように見えた横島の本音に宮脇親子は本当にが下がる思いであった。





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