平和な日常~冬~5

「料理はいかがですか?」

「初めまして、近衛木乃香です。 お祖父ちゃんやお父様がいつもお世話になってます。」

一品の料理から話が進む食事会であるが、厨房の後始末を終えた横島と木乃香が挨拶に出向くとその場の雰囲気がまた変わることになる。

近右衛門の孫娘にして東西双方の後継者候補の木乃香がこの場に姿を見せたことは、東西双方の交渉団にとって予想もしてなかったことだった。

まあそれでも横島の料理の腕前と木乃香との関係は関東では有名なので関東の関係者は驚きは少ないものの、関西側の交渉団にとってはかなりの驚きのようだ。


「彼は横島君と言ってフリーの関係者でな。 元々は木乃香がアルバイトをしながら料理を習っておっただけなのじゃが、今はワシと婿殿で個人的に雇っておる。 今日の料理のようにレパートリーが広くてのう。 時々料理を頼んどるんじゃよ。」

木乃香に魔法の存在が教えられたのは関西でもすでに知られているが、それでも木乃香を東西どちらかの魔法協会に加える予定はないとの話だっただけにこのような場に出てくることは驚いて当然だろう。


「木乃香さんの料理の腕前は一部ですがすでにプロの域に入ってますよ。 今夜の料理も何品かは彼女が作りました。」

そしてこの日の横島は珍しく落ち着いた大人のような雰囲気で挨拶をしていた。

前回の関東魔法協会の新年会ではリラックスした様子というかいつもと変わらぬ様子だったが今回は本当に普通の大人に見える。

近右衛門がそんな横島を簡単に紹介すると横島は木乃香の料理の腕前を誉めるように説明していくが、それが横島と木乃香が関東に所属してる訳ではないと説明してるのだと関西側はすぐに気づく。

関西側もあくまでも中立の立場でこの場に現れたということなのだろうとは思うが、その真偽は交渉団には正直すぐには分からないが近右衛門と詠春の了解の元なのだという以上ケチをつける理由はない。


「それにしても各地の郷土料理を一度に作るとはまた変わった嗜好だね。 なかなか出来るものじゃない。」

「慰労をする食事会ということなので、皆さんの気晴らしにでもなればと思いまして。 正直私もさほど郷土料理に詳しい訳ではないですよ。」

結局東西双方の面々にしても近右衛門や詠春が近衛家として小飼の人材が居るのには特に驚きはなく、木乃香を魔法協会に所属させないにしても刀子のように双方が納得する人材や小飼の人材は付けて当然だった。

そしてそれよりも彼ら興味は料理に移っている。

今では大都市などでは地方の郷土料理を出す店は珍しくはなくなって来たが、それでも一人の料理人があちこちの郷土料理を一度の食事に作るのはあまり聞いたことはない。


「木乃香お嬢様はスイーツが専門かと思ってましたが。」

「得意なのはスイーツですけど、和洋中なんでも勉強してますえ。」

加えて関東側の面々は木乃香が普通の料理も上手いことに驚いていた。

どうしても料理大会の影響でパティシエのイメージが強いようで、よく知らない人ほど木乃香はパティシエだと勘違いされている。

ちなみに関西側は木乃香が麻帆良で一番の料理大会で大学生のセミプロ相手に優勝したと聞いて信じられない表情を見せていたが。

関西側は木乃香の料理の腕前の話はいわゆる顔見せの為の方便かと邪推もしていたらしく、関東側の関係者が木乃香はパティシエとして有名だと聞くと素直に驚いていた。

まあ年齢的にもそうだしまさか近衛家の娘が魔法ではなく料理をするなど、関西の関係者はからすると信じられないのだろう。



「もうあかん、疲れた。 よそ行きの顔は三分を越えるのは無理なんだ。」

「ごくろうさまや。」

挨拶をして少し雑談をした横島と木乃香はすぐに近右衛門達が居る部屋を後にするが、横島は部屋を出るとすぐにいつもの緊張感がない様子に戻ってしまう。

店の常連の子達などに見られたら爆笑されそうなほど真面目で大人の雰囲気だった横島から、まるでカメレオンのように元に戻った横島を木乃香少し笑いながら労っていた。

横島も本質的には普段の態度ほど子供ではないが、基本的に堅苦しいのが苦手なのは今更言うまでもないだろう。

馴染みのない関西からの人が居るので気を使ってくれたことを木乃香は理解していて、そんな横島を素直に労ってこの日の仕事は終わることになる。


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