平和な日常~冬~5

「誕生日おめでとう!」

この日千鶴はあやかと夏美と一緒に店を訪れていた。

店に入るなりパーティグッズのクラッカーで千鶴を祝う横島達を見た千鶴は以外にも驚いた表情をしている。

夕映の誕生日は夕映の好みに合わせて地味にしたが千鶴ならば派手でもいいだろうと用意したようだ。

しかも店内には忙しいはずの両親や祖母も居るのだから驚いて当然だろう。


「さあ、座って座って。」

そのまま千鶴は美砂に促されて今日の主役ということで真ん中の席に座る。

テーブルには今夜のメインであるしゃぶしゃぶ用の鍋が幾つか並んでいて肉に関してはまるで花のように美しく盛り付けされていて、他にもちらし寿司や刺身の盛り合わせなど見た目からして豪華な料理の数々が並んでいた。


「こんなお祝いされると流石に照れるわね。」

日頃からちづ姉のと呼ばれ人の世話を焼くことが多い千鶴に関しては、同年代と比べて成熟した容姿と精神の影響で意外と周りに世話を焼かれた経験はほとんどない。

基本的に何でもそつなくこなしてしまうだけに2ーAでもあやかのフォローをすることすらある彼女もまた、横島と関わるようになってクラスメートからの扱いが変わった一人である。

以前は生まれ育った環境の影響もあってか他人にあまり弱味を見せなかったが、麻帆良祭でのストーカーの一件があってからは千鶴自身も日々の生活が微妙に変化していた。

以前よりは自然体になったと言えるし見方によっては年相応に幼くなったとも見えている。

まあ現在の横島の周囲でもポジションとしては相変わらず少女達のお姉さん的な立場であるが、その距離感は以前よりもずっと近い。

美人だと評判だった千鶴が最近は可愛くなったと以前から千鶴をよく知る人は語ることが多かった。


「ちづ姉が照れてるのって珍しいね。」

「あら、わたしも人並みに恥ずかしくなることはあるわ。 こういう形で注目を集めるのはあまり経験がないもの。」

元々恥ずかしがり屋であるのどかや人から注目を集めるのが好きではない夕映なんかは今でも時々恥ずかしそうに照れる時があるが、千鶴はいつも笑顔でニコニコと動じないだけに普通に照れる表情はレアだと夏美が驚く。

正直なところ千鶴は幼い頃よりパーティや社交界で注目を集めることはよくあったし、それに対して恥ずかしさを感じたことがなかった訳ではない。

ただそんな時も笑顔でかわすようにと教えられていて、それは幼いながら一種の仮面を被るようなものであった。

雪広家とはまた違い成り上がり者であった那波家には那波家の苦労があり、それは千鶴とて例外ではないのだ。


「中学生だからな。 そんなもんだろ。 今から無理に背伸びして大人にならんでもいいだろうよ。」

まあ学校では別に肩肘張って仮面を被っていた訳ではないが、一般的にはあまり経験出来ないようなそれらの経験が千鶴が周りから大人に見える原因でもあった。

そしてそれをぶち壊したのは良くも悪くもいい加減な横島であり、千鶴やあやかを普通に中学生として見ていたおかげと言えるだろう。

尤も横島は深く考えずに子供扱いしていただけとも言えるが。


「本当、横島君って……。」

一方誰もが大人っぽいと誉めて大人として扱おうとする娘を、ただ一人子供扱いして更に子供に戻そうとまでするような横島を父である衛は少し複雑そうに見ている。

千鶴がいかに成熟してるとはいえ所詮は中学生であり、恋愛にも興味はあるし時には大人や男性に甘えたい時もあるだろう。

那波家の一人娘として歯の浮くような台詞で誉められることはあっても、子供らしくていいなんて言われた経験はない。

娘を一人の少女として見てくれる横島に父親として感謝はするものの、同時に半ば無自覚に惚れさせていることは本当に複雑としか言いようがない。

しかも娘の友人の少女達にそんな複雑な心情を悟られ、何とも言えない表情をされるだけに本当に何も言えなかった。

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