平和な日常~冬~5

同じ日麻帆良市内にある刀子の自宅には父である直人が尋ねて来ていた。

直人が今回麻帆良を訪れた目的は東西協力の為の交渉の為であり、直人は交渉団の副団長となっている。

東西協力と一言で言えば単純に聞こえるが、それを協力という言葉以上に意味があるものにするにはまだまだ話し合いをしなければならないことがあった。

明治以降百年以上対立関係にあった組織を協力させるのは簡単ではなく互いに信頼関係を築くことは当然ながら、細々とした決まりごとや責任問題など難題は山積みなのである。


「お父さん、大丈夫? 大変そうね。」

「お前がしてきた苦労に比べたらたいしたことはないよ。」

刀子が父と会うのは正月以来なのでさほど間は空いてないが、父は正月と比べると少し疲れた表情も見せていた。

現状では東西協力の交渉担当のナンバー2になっているとはいえ、本来の葛葉家はそれほど高い地位に着くことがほとんどなかった家柄であり当然直人も対外交渉など経験がないので気苦労が絶えないのだろう。

加えて直人は多くは語らないが自分の態度次第では娘の刀子が麻帆良で辛い思いをする可能性も無くはなく、かといって関西の代表として来てる以上は安易な妥協も出来ない。

その難しい立場に着くには些か経験不足が否めなかった。


「まあ関東の人は思っていた以上に我々に気を使ってくれているよ。 関東も立場上安易な妥協は出来ないだろうが長や近右衛門様が長年苦労したことを思えばお互いに交渉する意義は理解しているしな。」

しかし交渉自体は現状では可もなく不可もなく無難に進んでいる。

関東も関西も交渉担当には互いに相手に理解を示してる人材が選ばれているし、直人が選ばれた理由もそこにあった。

実際幹部クラスでは大筋の方向性は決まっているので、交渉決裂という最悪の結果だけはないことも交渉担当の者達にとってはありがたいことである。


「私のことはいいが、それよりお前はいい人は居ないのか?」

刀子としては慣れない役目と責任を背負わねばならない父を心配しているが、対する父は男の気配の全くない部屋に住む刀子の私生活を心配していた。

刀子の部屋は綺麗な女性らしい部屋であるものの、男性が来た形跡が全くないのは親として喜んでいいのか悲しんでいいのか複雑である。

正直なところ二十代も半ばの刀子が魔法協会で異例の出世をするかもしれないという現状を、父である直人はあまり嬉しくないのが本音だ。

女は家庭に入るべきだなどとは言うつもりはないが、下手に出世などしても苦労ばかりが増えて自由がなくなるだけなのではと思ってしまう。

特にかつての結婚で失敗したように、その立場故に刀子が今後自由に恋愛や結婚が出来なくなるのが親としては一番怖い。


「いい人って言われても、……なかなかね。」

そんな親として当然の心配をする直人に刀子は困ったように言葉を濁すしか出来なかった。

好きだと思える人は居るには居るが二十代も半ばの自分が、十代の若い子のように結婚の可能性の薄い片思いをしてるなど言えるはずがない。

まして相手が長である詠春の娘と同じだとは口が裂けても言えないことである。

実は誰か他の男性と付き合い普通の結婚をと考えることは今でも時々あるが、結婚を目的に相手に妥協したくはないし性格上自分ではそれは出来ないと刀子は思っていた。


「ならば正月に来たお見合いの話、少しは考えても良かったのかもな。」

「お見合いは嫌よ。 政略結婚なんて特に御免だわ。」

言葉を濁した刀子に父はこのままでは仕事一筋になるのではと心配してしまい、正月に舞い込んで来たお見合いを少しは考えても良かったかと後悔するも刀子は考える間もなく拒否している。

正直なところ刀子も両親を安心させてやりたいとは思うが、こればっかりは妥協はしたくない。

特に横島なんかは刀子が他人と結婚すると言っても本気で止めてはくれないだろう。

表面上は騒いで悲しんだり止めようとしても最後には祝福されそうだし、万が一素直に笑顔で幸せになってなどと言われたら逆に自分がぶちギレそうな気もする。

現状で横島の気持ちが全く自分に向いてないとは刀子も思わないが、そもそも横島は普通に人として生きられない以上は最後のラインは絶対に越える気がないのだ。

それ故に刀子は自分から引くことだけは絶対にしたくはなかった。

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