平和な日常~冬~5

さて開店してから二時間ほど過ぎた午前十一時頃になると店の前にはやはり行列が出来ており、この時間になると開店当初は少なかった女子中高生が増えていた。

大半が現役時代の麻帆良亭を知らなく横島の店の常連で前回の限定復活の時に来た者なんかも結構居る。


「値段もそんなに高くないし、美味しいね。 なんだろ昔なつかしいの味っていうんだろうね。」

「前の店の時は入りにくかったのよね。 学生なんか居なかったし。」

そもそも女子中高生にとってここは馴染みの店であり、麻帆良亭の限定復活も横島の好きなイベントの類いなんだろうとしか大半は受け取って居なかった。

ただ横島が勧めるなら一度くらいは食べてみようかなと思う客は以外に多い。

ファミレスなんかと同じメニューでも一味違うのは素人にも分かるしその割りには値段もそんなに高くはない。

麻帆良生の場合は寮で一人暮らししてる生徒も多いので、一般的な同年代の学生に比べると食事にかける金額は割りと自由になる。

この程度の金額差なら外食する時に選択肢の一つに入れてもいいと思うのだが、一番の問題はやはり店の外観が学生では入りにくいことだった。


「マスターの場合は開店当初は中等部の子しかお客さん居なかったもんね。」

不思議なものでかつては学生などお断りだと言いそうな歴史ある建物が、今では学生の憩いの場になっている。

横島の場合は逆にあまりに女子中高生の客が多すぎて、ご近所以外の一般のお客さんが来るまで結構時間が掛かっていたのだ。


「ファミレスとか食べた後のんびりしてても嫌な顔されないからいいのよね。 個人経営だと店の人の目が気になるし。」

「マスターの場合一緒になって遊んでるもんね。」

店内を見渡すと年配者は年配者同士何やら楽しげに話をしているが、二人はふと何故横島の店には女子中高生が集まるのだろうかと考え始める。

料理やスイーツの味は今更言うまでもないが、その他で一番大きいのは横島が仕事をしてるように見えないことかもしれないと思う。



「やあ、女将さん。 繁盛してるね。」

「大山さん、お久し振りです。 お元気でしたか?」

一方坂本夫妻の妻は事前予約で訪れた同年代の夫婦のテーブルに挨拶に来ていた。


「ああ、元気だよ。 元気だけが取り柄だからな。 でも私達も来月一杯で引退することにしたよ。 流石に体がキツくなってきたからな。」

同年代の夫婦は店から少し離れた場所にあるパン屋の夫婦であるが、麻帆良亭からマホラカフェに変わった現在でも店で使っているパンやパン粉まで基本的にはこの大山夫妻の物である。

偶然にも麻帆良亭時代と仕入れ先が同じパン屋であるが当然ながら全くの偶然であり、横島が匂いに釣られてふらりと立ち寄り気に入って以降仕入れてるパン屋だった。


「そうですか。 お店は息子さんが継ぐんでしょう?」

「その予定だけどどうなることやら。」

同じ街で長い間暮らしていた大山夫妻の引退に坂本夫妻の妻は寂しそうな表情を浮かべる。

一足先に引退した自分達が言えることではないが、寂しさを感じ惜しまずにはいられなかった。

今から三十年ほど前の高度経済成長が一段落した頃、長年麻帆良亭で仕入れていたパン屋が廃業してしまい新しいパン屋を探していた時に大山夫妻が麻帆良亭に合わせたパンを特注で作ってくれた頃からの付き合いなのだ

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