平和な日常~冬~5

「みなさん、いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ!」

店内に並んでいたお客を入れたのは開店準備が出来た九時の開店の十五分ほど前であり、九時を回る頃には店内の席は八割ほど埋まっていた。

開店時間の一時間以上前から並んでいた一組目の客は麻帆良亭の元常連の中でも閉店の日まで毎日来ていて、喫茶店となった現在でも日中に店に訪れては世間話をしたり将棋や囲碁をしていたりする年配者達である。

その他は混雑する時間を避けて来た者が多いようで、流石に中高生は居ないが大学生から年配の社会人まで老若男女幅広い客が集まっていた。

寒い時期なだけに急遽開店を十五分ほど早めたのだが、外から店内に入るとやはり暖かさが違う。

直前まで厨房に居たタマモも開店と同時に厨房からフロアに表れ、坂本夫妻の妻や夕映達と一緒に入口でお客さんを元気に迎える。

坂本夫妻の妻以外は年齢が年齢だけに横島の店に来たことない客は驚きの表情をする者も僅かだが居るが、麻帆良では超包子を筆頭に学生の店が他にもない訳ではない。

無論珍しいことには変わりないが。


「ハヤシライス一つにエビフライ一つにオムライス二つ入ります。」

「はいよ。」

一方厨房ではさっそくオーダーを受けた料理の調理が始まっていた。

真剣というか緊張した様子にも見える藤井が来たことで木乃香とのどかは気を使ってか若干大人しいが、横島だけは相変わらずの様子だ。

厨房の仕切り自体は前回と同じく基本的には坂本夫妻の夫がしているが、横島は木乃香とのどかと一緒に指示を受ける前に準備に入っている。

前回も最初こそ細かく一から指示を出していたが慣れるに従って可能な範囲で任せていったし、その辺りの適応力は横島達は割りと高かった。

ただ藤井だけはどうしても木乃香とのどかが気になるようで時折不思議そうに視線を向けていたが。

興味という意味では横島にもあるのだが目立つのは木乃香達であり、私服にエプロン姿で調理する中学生なんて邪魔なだけではと藤井は思う。

元々麻帆良亭は全盛期には料理人が何人か居たらしいが藤井が独立して以降は基本的に坂本夫妻の夫が一人でこなしていたのだ。


「そんな……。」

しかしそんな藤井の表情が素で驚愕に変わるのには時間がかからなかった。

それは木乃香がエビフライを揚げ始めたからなのだが、かつて坂本夫妻の夫が驚いた木乃香の料理の腕前に弟子の藤井が驚くのは当然だろう。

のどかはまだ簡単な調理補助だから分かるが木乃香が平然と揚げ物をしてるのが信じられないらしい。


「いい年した大人が未成年の女の子をそんなにジロジロと見るもんじゃねえぞ。」

はっきりいってこの中で役に立ってないのは気が散って驚愕している藤井なのだが、そんな藤井に突然坂本夫妻の夫が注意するように声をかけると横島達は普通に笑いだしてしまう。


「先生!? 私はそんなつもりじゃあ……。」

まるで藤井が木乃香に見とれていたとでも言いたげな師匠の言葉に藤井は反射的に慌てて反論するが、そこで彼が見たものは少し呆れたようなそれでいて柔らかい表情の坂本夫妻の夫だった。

現役時代は常に厳しく最後の最後まで冗談を言うようなタイプでない師匠に半ばからかわれたと理解した驚きは、木乃香の料理の腕前に驚いたことに匹敵するだろう。


「お前もうかうかしてると後輩に負けるぞ。 木乃香君は去年の学園の料理大会のスイーツ部門の優勝者だからな。」

一体なにがどうなってるのかと仕事が手に付かない藤井に、坂本夫妻の夫は表情を引き締めると木乃香の実績を明かして藤井に奮起を促す。

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