平和な日常~冬~5

「もうええよ。 改めて一から友達になろう。」

結局刹那が抱える過去の苦悩や苦しみは木乃香には想像は出来ても理解は出来なかった。

ただ刹那も苦しんだんだと思うと過去の話はもう止めて、今ある現実と向き合うべきだと思ったらしい。

昨年横島と出会ってから木乃香は自分の知らない多くの現実を見てきたし、怯え恐怖する刹那はもしかするとタマモのあり得たかもしれない未来かとも思うとこれ以上過去の話をすることは木乃香自身も辛いといえる。


「お嬢様……。」

そしてそんな木乃香の言葉に刹那は初めて顔を上げて木乃香と目を合わせることが出来ていた。

幼い頃と変わらぬ笑顔を見せる木乃香であるが、その瞳にはかつてはなかった強さがある。

それが木乃香が刹那と離れた九年で得たモノであり、刹那が抱える過去を断ち切る優しさにもなる。



「貴女のおかげね。 本当にありがとう。」

最終的に刹那は木乃香の提案を頷く形で受け入れて九年にも及ぶスレ違いは終わりを告げていた。

話し合いが終わると二人の和解に満足げなタマモを、刀子は抱き上げてやりその功績に感謝する。

本来ならば人生の先輩として教師として刀子がやらねばならないことであったが、なまじ双方の苦しみを知る故に上手く仲介出来なかったのだ。

それだけ九年という月日は長く難しいものだった。


「うん、わたしがんばったよ!」

一方抱き抱えられたタマモは珍しく抱き上げた刀子の行動に驚きながらも、自分も頑張ったと素直に胸を張って答えている。

基本的に謙遜など知らないタマモは頑張ったことは頑張ったと言うし、そんな無邪気なタマモに刀子は思わず笑ってしまっていた。



「うわ~、そうしてるとまるで本当の親子みたい。」

そのまま刀子はタマモを抱き抱えたまま個室を出るが、大人の女性である刀子に抱き抱えられたタマモはまるで本当の親子のようだと誰かが口走ると少女達は盛り上がってしまう。


「おやこ? おかあさんだ!」

加えてタマモがその流れに乗って刀子をおかあさんと呼ぶと周りは爆笑してしまい、刀子は嬉しいような恥ずかしいような様子で反応に困っている。

尤もそれでもタマモを下ろさないところを見ると嫌な訳ではないようだったが。


「タマモのおかあさんか。 ということは俺の女房ということでいいんっすね?」

「勝手に決めないで! なんでそうなるんですか!」

何処か満更でもない様子の刀子は少女達にいじられるが、そこに横島が更に悪乗りして女房にと言うと刀子は顔を赤くして否定していた。


「あかん、またフラれた。 今日はやけ酒だ! こんちくしょう!」

「はいはい、今日は休肝日だから明日にしましょうね。」

「全く隙あらばお酒を飲もうとするんですから。」

「女の人口説くふりしてお酒飲もうとするなんて、普通やらないわよね。」

刀子に否定された横島はこれ幸いだとやけ酒と称してお酒を飲もうとするが、すぐさま明日菜に止められてしまう。

しかも目的がどちらかと言えばお酒であることを少女達は瞬時に見抜いてしまい呆れた表情を見せる。

実のところ横島は時々刀子を口説くような事を言うが、横島に本気さは欠片もなくどちらかと言えばオチに使ったりダシに使ったりするので周りが呆れるのは当然だった。



「刀子さんが……。」

そして木乃香と和解したものの具体的な関係というかどう接するべきか定まらない刹那は戸惑い気味であったが、刀子や木乃香に続いて個室を出るとクラスメートの少女達にいじられる刀子の姿に唖然としてしまう。

そもそも刹那の知る刀子は冷静沈着で生徒とばか騒ぎするタイプではないのだ。

加えて刀子をダシに酒を飲もうとした横島に冷たい視線を向けては、謝る横島に周りがまた爆笑するのをただただ唖然と見ているしか出来なかった。
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