平和な日常~冬~5

一方刀子に最後通告をされた刹那は精神的に追い詰められていた。

正直なところ現状では恐怖に恐怖してる様子であって、正確に木乃香の気持ちや反応を考えられる状態ではない。

刀子も随分前から指摘したし事前に話をさせると予告試していたのであるが、結局覚悟が決まらなかったのだろう。


「なにがそんなにこわいの?」

木乃香も刀子も後は刹那の決断を待とうと重苦しい沈黙が僅かに続いたが、恐怖に苦しむ刹那に腕組みをして考える様子を見せていたタマモが不思議そうに問い掛けた。

刹那が何を悩み恐れてるのかタマモにはいくら考えても分からない。

木乃香も刀子も優しい目で刹那を見ているし、タマモが知ってる二人はどんな話でも優しく受け止めてくれるのだから。


「……貴女には怖いことはないのですか?」

そして長い年月逃げて逃げて逃げまくっていた刹那を動かしたのは、同じく人ではないのにも関わらずまるで恐怖という苦しみを知らぬような純粋なタマモの一言であった。

気を付けてないと聞き逃すほどか細い声で、刹那は逆にタマモに自らの疑問をぶつけてしまう。


「あるよ。 だからわたしがんばってるんだよ!」

怖いというか恐怖にという意味ではタマモと刹那では次元が違うし、タマモの怖いことは刹那にとってはたいしたことではないかもしれない。

しかしそれでも怖いことがあるから頑張っていると胸を張るタマモの笑顔が刹那にはたまらなくまぶしく見えていた。


「私は頑張れませんでした。 だから逃げ出したんです。 お嬢様から。 ……私は半妖ですから。」

そんなタマモとの会話だからこそ刹那はようやく話せたのかもしれない。

自身が逃げ出したことも、そしてその理由である自身の正体も。


「はんようって何なん?」

「ようかいとにんげんのことものことだよ。」

絶対に明かすつもりはなかったそれは、今は縁もゆかりもない一族の掟でもある。

対する木乃香ははんようという言葉の意味を理解出来なかったようで首を傾げていたが、タマモがすぐに意味を教えると木乃香は刹那の正体を理解するがそれでも木乃香はそれが何で逃げ出した理由になるのかまでは理解出来なかった。


「ようわからんのやけど、何で半妖だと逃げ出したくなるん? ウチなんか気に障ることでも言うたかな。」

正直木乃香にとって刹那と遊んだ記憶は幼い頃の記憶なのでかなり曖昧である。

自分は刹那が嫌がることでも言ってしまったのかと木乃香は曖昧な記憶を必死に思い出そうとしていた。


「いえ、お嬢様に責任はありません。 元々妖怪は人とは住む世界が違いますから。 それに半妖は人からも妖怪からも異端な扱いをされるんです。」

それは刹那にとっては死よりも苦しい告白であったが、木乃香の反応は薄いしイマイチ理解もしてない。

そもそも木乃香にとって妖怪と言えばタマモしか知らなく他にも幽霊や吸血鬼が居たしハニワの国まで行ったのだ。

刹那は住む世界が違うと説明するものの、今度は一応妖怪という自覚が少しはあるタマモがキョトンとしてしまう。

木乃香としては今更半妖がと言われても刹那が純粋な人間でなかったこと以外は驚くほどではないし、タマモ的にはそもそも住む世界という言葉の意味を理解出来なく二人は何故それで九年も木乃香を避けてきたのか分からなかった。


「人も妖怪も自分達と同じじゃない相手には冷たいのよ。 近衛さん達には分からないかもしれないけどね。」

木乃香達と刹那のあまりに違う価値観に刀子は出来るだけ柔らかい表現で説明するが、タマモはそれでも理解出来ないようであり木乃香に至ってはやっぱり刹那が勝手に自己完結したのだとしか思えない。

まあ根本的な話をすれば今まで避けられ無視されてきた木乃香からすると最終的に刹那がどうしたいのかよく分からないのだが。

本来の歴史ならば修学旅行にて刹那が木乃香を守るために戦うことになるのでその流れのままに和解出来たが、現状だとそれがないので木乃香が多少戸惑うのも無理はない。

ぶっちゃけ木乃香からすると仲良くしたいならば、また仲良くしたいと素直に言ってくれるだけでいいのだから肝心の刹那がどうしたいのか言わないことにはなんとも言えなかった。
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