平和な日常~冬~5

街が完全に夜の闇に包まれる頃になると店には坂本夫妻と夫妻に会いにきた年配の友人に加えて、木乃香達や美砂達やあやか達などいつものメンバーが揃っていた。

窓の外では雪が降ったり止んだりしているが、暖かい店内からそんな冷たい銀世界を見ながらの酒も悪くはない。

坂本夫妻と年配の友人達はつい昔に戻ったかのように話に華を咲かせていく。


「この一年でいろいろ出掛けたが、やはりここが一番落ち着くな。」

先程からの話題は主に店を閉めてから行った旅行について話していたのだが、旅行は旅行で楽しかったものの夫妻が一番落ち着くのはやはり麻帆良でありこの店らしい。

苦労も喜びも共に歩んだこの店が夫妻にとっては大切な場所であることに変わりはない。

前回一夜限りで麻帆良亭を再開して一月ほどたつが、実は夫妻はこの期間にも僅かだが心境の変化があった。

あの日までは麻帆良亭を終わらせたことでまるで息子を失うような心痛を感じていたが、あの日以降は一つの終わりは決して死ではなく新たな誕生なのだと感じるようになっている。

そういう意味では坂本夫妻にとって横島や木乃香達はまるで孫のような存在になっていた。

かつての弟子達は息子のようなものだけに厳しくもなるが、横島達は孫のようなものだけに甘くなる。


「正直もうちょっと頑張っても面白かった気もするわね。」

「そうだな。 そうかもしれん。」

ただ心残りというか後悔も全くない訳ではない。

もしも自分達が後半年頑張って違う形で横島達と出会っていたら、どうなっていたのだろうと思わないこともない。

妻も夫も横島達の若さと才能を間近で感じたが故に、そんなあり得たかもしれない未来を想像してしまい楽しむだけの余裕が出来たことは確かだろう。


「あのマスターも料理はともかく経営はいい加減だからなぁ。 夕映ちゃん達が仕事するようになって変わったけど、最初は見てる方が心配だったよ。」

その後坂本夫妻と友人達の話題はいつの間にか坂本夫妻が来る前の店の話に変わっていた。

実は料理の腕前はいいが喫茶店の経営者としての横島はイマイチ評価されてない。

割りと資産家だとの噂もあるにはあったが、だからといって赤字のような経営をしていいはずもなくサービスと仕事の区別が下手だとは噂されていたのだ。

実際横島を心配していろいろ教えてあげた人はそれなりに居て横島も徐々に改善して行ったが、最終的には夕映達が店に本格的に関わるようになるまでは周りから見ても結構いい加減に見えていたようである。


「でもよくやってるよ。 坂本さんの後だから誰が店をやっても比べられるしな。 中途半端な腕前じゃ潰れちまうよ。」

「麻帆良亭は特別だったからな。」

経営者としての横島はあまり評価されてないが、一方で坂本夫妻の後釜としての料理の腕前はやはり評価されていた。

喫茶店にしたとはいえ洋食屋時代とほぼ同じ店舗で営業する以上は、どうしても坂本夫妻と比べてしまうのが元常連達の本音である。

正直生半可な腕前では麻帆良亭の歴史に押し潰されてしまう可能性もなかった訳ではなく、そういう意味では個性豊かな横島は割りと評価されていた。


「でも横島さんって、実はここ借りてから喫茶店にするって考えたんですよ。 私達が引っ越しの手伝いに来た時にどうしようかって考てましたから。」

坂本夫妻達の話が横島になると仕事をしている夕映達以外の美砂達やあやか達も興味深げに聞いていたが、彼らにお酒のお代わりを運んで来た明日菜がふと横島が喫茶店を始めた経緯を語り出すと坂本夫妻や年配者達は唖然としてしまう。


「元々料理は得意なようでしたけど。 変わった人ですからね。」

同じくつまみを運んで来た夕映は変わった人だと横島を評価するが、実はこの評価は横島の秘密を聞いた後も変わってない。

横島が純粋な人間でないことや異世界出身なのは一応頭には入っているが、横島が一種の変人なのは今もそう思っている。

まあ夕映も当初は横島が自身の高い能力や異世界出身を隠す為の演技かとも少し疑ったが、結論は元々変人なのだということで落ち着いていた。

というか極度の恋愛オンチとか自己不振とかは、隠すどころか目立ってしまうのだから演技や偽装でないことは少し考えれば分かることなのだが。

ただ夕映なんかは馬鹿と天才は紙一重という言葉は横島の為にあるのではとしみじみと思うようだ。
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