平和な日常~冬~5

「やあ、今日は私服なんだね。」

さて学校から帰った少女達であるが、夕映とのどかとあやかは一旦帰って着替えると雪広コンツェルン本社にある麻帆良カレー実行委員会の事務局に来ていた。

この日は年始の麻帆良カレーの会議があるのでそれに参加する為であるが、すでに何度も来ているせいか雪広グループの社員に顔を覚えられてしまいよく声をかけられている。

ちなみに夕映とのどかは昨年末には雪広コンツェルン本社に入る関係者用の身分証が作られていて、すでに受付を通さずに事務局に行けるようになっていた。

以前よりはだいぶ人見知りが治ったとはいえ元々小心者であるのどかなんかは、立派な雪広コンツェルン本社に来るたびに違和感があるようで何故自分はこうなったのだろうと未だに首を傾げたくなるようだ。

実際あまり目立った功績を上げるタイプではないが意外に器用でなんでもそつなくこなすので、いつの間にか木乃香達の中で一番忙しくなっている。


「ええ、今日は始業式だったので早く終わったのですよ。」

「そういえばまだ中学生なんだよなぁ。 一緒に仕事してると時々忘れそうになるよ。」

「そこは忘れないで下さい。 人数あわせで参加してるだけなのですから。」

あやかはさっそく会議の資料に目を通して関係者と簡単な打ち合わせを始めるが、夕映とのどかは事務局の仕事をしている馴染みの社員の男性に冗談混じりに声をかけられていた。

まあ雪広グループの社長令嬢であるあやかはともかく夕映とのどかは今でも人数合わせのお飾りで参加してるという認識を持っているし、実際二人が来なくても仕事が進まないというほど重要でもない。

ただそこらの新人よりは仕事が出来るので意外に重宝されている。

ちなみに彼女達の功績で一番評価が高いのは、麻帆良カレー提供試験店に宮脇伸二の宮脇食堂を加えたことだった。

半ば潰れる寸前だった宮脇食堂を麻帆良カレーで立て直している宮脇食堂は伸二の料理の腕前もイマイチなことから、今後の参考データとしてはかなり役立っている。

加えて伸二は雪広グループ側にも協力的でやる気もあることから、今後の本格展開のモデルケースとしては理想だった。

実は提供試験店は宮脇食堂を含めて三つあったが、うち一つは失敗とまではいかないが状況が芳しくない。

店主が少し我が強いこともあって少し自由にさせたら食材の品質を落としたりと問題行動があって実行委員会を悩ませている。

まあ相手は個人経営の事業主なのであまり強制は出来ないのだが要は麻帆良カレーの正式な提供店の看板が欲しいだけらしく、どうせ分からないだろうと放っておくとすぐに手を抜く人物らしい。


「いや、困った大人よりはよっぽど大人だよ。」

「また鈴木さんが何かしたのですか?」

「カレーじゃないんだけど味にクレームを付けた客とケンカしたらしい。 そろそろ試験店から外そうかって話まで上がってるよ。」

夕映達と馴染みの社員の話はいつの間にかその困った試験店の話になるが、年明け早々に客とケンカしたらしく事務局では頭を抱えてるようだ。

料理の技術が特にある訳でもないのに変なプライドだけは高い人物らしい。


「そうですか。」

「出来れば切り捨てるようなことはしたくないんだけどね。 横島シェフにでも根性叩き直してもらいたいよ。」

「宮脇さんは元々やる気はありましたからね。 それに横島さんは割りとドライなのでやる気がない人の根性を叩き直すのは向かないと思うです。」

出来れば切り捨てるようなことはしたくないと語る馴染みの社員ではあるが、その対応にはかなり悩んでるらしい。

事務局には宮脇食堂を立て直した横島達に頼めないかとの話も出てるらしいが、実際横島クラスの料理人に頼むのは費用もかかるし横島本人が引き受けるかは別問題である。

ぶっちゃけそんなめんどくさい相手を押し付けるような真似をしても横島が困るだろうと言う意見が大半のようだ。


「そうだよな。 頭を下げて真剣にやるからわざわざ時間をかけて教えるんだよな。」

馴染みの社員は横島とは何度か面識がある程度であまりよく知らないが、伸二とはよく顔を合わせアドバイスをしたり相談に乗ってるらしい。

横島が知り合いに頼まれてタダで料理を教えたことは事務局でも評判になったようだが、結局は伸二の人柄が横島が引き受けた理由なのだろうとの噂だったようである。
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