平和な日常~冬~5

一方刀子は教師としての新学期の準備と、魔法関係者としての関西呪術協会との協力に関する報告書の作成に忙しかった。

具体的な内容はすでに近右衛門には口頭で報告しているが、幹部クラスの中には関西の本音を知りたいと思う者も少なくなく幹部会向けの報告書は当然ながら必要なのである。

総論で協力に賛成なのは東西共に変わらないが具体的な話になると詰めなければならない事は多く、東西共に現状以上の関係悪化は避けたいとの思いから慎重な協議が必要だった。


「それにしても……。」

東西の問題も魔法世界の問題も鍵となる人物はこちらの手の内にあることを刀子は利点だとは思いつつも、一歩扱いを間違えれば大火傷では済まない危険性に背筋が寒くなる気がする。

正直刀子は魔法世界を救おうなんて気は更々なく、いかにして自分達に火の粉がかからないかを考えていた。

詠春や高畑には悪いが世界の危機などは本来は国民を守るはずの国家がすべきことで、ひいてはその国家の国民がするべきことだと思っている。

横島から聞いた二十年前の結末を知る以上、縁もゆかりもない魔法世界の為に人生を棒に振るなどごめんだった。


「ああ、あの子のことも進めなくちゃね。」

山積みになっている問題に頭を抱えたくなる刀子だが立場上報告書を出す以外にすることはなく後は近右衛門達幹部に任せようと頭を切り替えるが、それとは別件で刀子自身が動かねばならないことが残っている。

後々に憂いを残さぬ為にも木乃香と刹那の和解は早い時期に必要だった。

まあこちらは取り立てて難しいことをする気はないが橋渡し役は必要であろうし、それなりに根回しも必要だろう。

とりあえず学校が始まる前にこの問題にけりをつけようと刀子は考えていくことになる。




次に同じく教師である高畑は新学期の準備をしつつも、関東魔法協会にある魔法世界や完全なる世界の最新情報を読んでいた。

相変わらず魔法世界を気にする高畑に情報部の人間は熱心だなと感じるが、実は高畑自身は情勢がどう動こうとも今のところ動く気は全くない。

ただ単に明日菜を守る為に必要な情報であり、完全なる世界は元よりクルト・ゲーデルもそろそろ痺れを切らす頃だと警戒している。

今まではクルトに上手く利用されていた感じもある高畑であるが、高畑としてはそれは百も承知だったし逆にそれで完全なる世界を追い詰められるならいいと思っていた。

高畑とて不器用ではあるが馬鹿ではないのでクルトと本格的に立場を違えるとクルトがどうするかはなんとなく読める。


「クルト、君の欠点はアリカ様を意識しすぎるところだよ。」

今のところ完全なる世界もクルトも大きな動きはなくほっとする高畑であるが、ふと煙草を吸いに外に出ると冬の寒さも忘れて過去に想いを馳せた。

他人の欠点をとやかく言えないなと内心では思いもするが、クルトの最大の欠点はアリカを意識しすぎることだろうと高畑は思う。

価値観や手法もクルトはナギよりはアリカに近く、それ故にアリカの欠点をクルトはそのまま受け継いだと高畑は感じていた。

自身は政治的なセンスが皆無なのは高畑も自覚しているが、それでもかつての大戦においてのアリカの失敗は理解してるつもりである。

高畑はアリカが高潔な革命家や思想家のような存在だったと思うが、歴史を見ても類似の人間が想いを成したことはほとんどないだろうと思う。

それ故に味方であった人々に背後からバッサリとやられてしまったのだろうと思うのだ。


「いずれこんな日が来るかもしれないとは思っていたが……。」

今日も生命力みなぎる世界樹を見つめる高畑は、いつかクルトと立場を違える日が来るかもしれないと考えていたことを思い出す。

目指す先は同じだが決して歩む道は元々近いようで遠かった。

先日異空間アジトで詠春に言われた自由に生きろとの言葉が胸に今も響いている。

何が正しく何が間違いかは今も分からないが、高畑は自分一人が世界ではなく少女を守る側に着いても構わないだろうと思うようになっていた。

煙草を吸い終えた高畑はそのまま仕事に戻るが、それはかつての高畑とは違うように見えるのは気のせいではないだろう。

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