平和な日常~冬~4

そのまま両親に見送られるように実家を出る木乃香だが、今回は刀子が同じく麻帆良に戻ることから一緒に戻ることになっていた。

そんな刀子の年末年始は家族と過ごす時間と神鳴流奥義弐の太刀の修行でほぼ終わっていたが、この短い期間にも刀子の元には少なくない見合いの話が舞い込んでいる。

実は木乃香への魔法解禁はすでに関西呪術協会内に知られているようで、木乃香の守役が事実上刀子であることも知られていたのだ。

この件に関しては後々のことを考えると詠春も隠せなかったというのが本音のようで、同時に協会内への根回しと共に刀子の父は今後より細かい関東との調整にあたる為に新設された交渉役のナンバー2として役職を得ていた。

まあ刀子の守役に関しては本当に賛否両論あるが、以前にも説明した通り現実問題として東西双方がある程度納得出来る人材は他には居ない。

中にはこの機会に木乃香を関西に戻してはとの意見は中堅以下では結構囁かれていたが実際に詠春に直接意見出来るほどの者は居なく、どちらかといえば幹部連中などにはそのような進言がぽつぽつとあったようである。

そもそも木乃香は東西双方において後継者候補の筆頭であり、東西統合の計画など知らない者でもその去就は注目していた。

刀子への見合い話はそんな木乃香を育てることにより将来的に東西のどちらかで影響力が強まると見られる刀子を、今のうちに取り込みたいと考える者がほとんどだった。

関西は歴史があるだけにそんな血縁を用いた権力闘争が現代においてもあるらしい。

ちなみに見合い話は全部刀子の後ろ楯である神鳴流宗家の青山家を通して丁重に断っている。

流石に両親の地位では断るのも一苦労だが、現状の関西において青山家に楯突ける者などいるはずもなかった。



さて実家である近衛本家を出た木乃香は家の人に車で京都駅まで送ってもらい、刀子と二人で駅のホームで新幹線を待つ。

僅か数日だが静かな山奥の実家に居たせいか木乃香は駅の喧騒が何故か懐かしく感じてしまう。

ちょうど帰省客のUターンラッシュと重なったこともあって京都駅は混雑しており、そんな人々を漠然と見ていた木乃香はふと幼き日に麻帆良に引っ越していく時のことを思い出している。

元々木乃香は好き好んで麻帆良に行った訳ではなく最初は行きたくなどなかったのだ。

わざわざ麻帆良に行かなくとも京都にだって学校はあるし、通学が大変でも木乃香は両親と一緒に実家に居たかったのが当時の本音である。

正直なところ今回魔法を知らされるまで木乃香は何故両親が自分を麻帆良に行かせたのか、理解出来ない部分が心の奥底には多少なりともあった。

実際に願わくば両親と一緒に暮らしたいというのは今でも変わらない本音なのだ。

ただ今では麻帆良を離れて京都に戻りたいとも思ってないが。


「昔のウチやったら、魔法に夢がいっぱいやって喜んでたんやろな。」

そんなしばし過去を思い出していた木乃香は、かつて本当に魔法があったらいつでも両親に会えるのになと考えていたことも思い出す。

某アニメのどこでもドアのような道具が欲しいと願ったこともあった。

そんな夢が現実に存在すると知って嬉しい気持ちもあるが、それ以上にそんな夢のような力のせいで両親や祖父が苦労してるのかと思うと素直に喜べない。


「誰もが初めはみんなそうよ。 魔法に夢や希望を抱くわ。」

そして刀子は魔法を知ってもなお現実を見失わない木乃香を頼もしく感じていた。

最初は誰もが魔法に夢や希望を抱くが魔法は決して万能ではないし、魔法があるからこそ現実がより複雑で難しくもなる。

そんな理想と現実がきちんと見えてることこそ、木乃香の昨年の成長の証なのだろう。

刀子自身もこの先に不安がない訳ではないが、そんな木乃香に希望が持てる気がした。

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