平和な日常~冬~4

「学園長!? まだいらっしゃったのですか?」

同じ頃魔法協会本部の自室で仕事をしていた近右衛門だが、そろそろ夕食を食べようと協会本部内にある食堂に行くと食堂内に居た数人の若い者達が驚きの声をあげる。


「少し仕事があってのう。 君達は当直か? 残業ならば今日はいいから帰りなさい。」

若い者達は大学生くらいの年齢で大晦日の夜に本部に居るということは、当直か残業であろう。

大晦日とはいえ警備やシステム管理など最低限の人員は仕事をしていた。

事実彼らは当直の警備員でありこれから麻帆良市内の巡回に向かうのだが、彼らもまさか麻帆良のトップである近右衛門が大晦日の夜まで残業してることには驚きを隠せないようである。

麻帆良学園のトップは一国の首相や大統領並みに忙しいらしいとは、麻帆良の人々ならば一度は聞いたことのある噂だが実際に大晦日まで仕事をしてる近右衛門はそれ以上なのではと若い者達は思う。


「私達は当直です。」

「そうか、では大変じゃろうがよろしく頼む。」

若い者達にとって近右衛門は雲の上の存在であり、その地位や権力を羨ましいと思う者も中には居る。

しかし大晦日の夜まで一人で仕事をする近右衛門を直接見ると、必ずしも地位や権力もそれほどいいものではないのかも知れないと感じていた。


「驚いたな。 まさか学園長がまだ仕事をしていたなんて。」

「娘さんも姫も京都に帰省したんだろ? 本部で仕事をしながら一人で正月を迎えるのか。 なんか切ないな。」

「偉いんだからもっと部下を使えばいいと思うが。」

その後若い者達は近右衛門と入れ替わるように市内の巡回に出るが、年老いた近右衛門が一人で大晦日に残業していることには複雑な心境を抱く。

まあ人一倍報酬を得てるのだから働いて当然だと考える者も中には居たが、子や孫と離れ一人で仕事をしながら正月を迎えることには流石に切ないものを感じてしまうようだ。


「昔は魔法協会も大変だったらしいからな。 学園長としたらそんな時代が忘れられんのかもしれん。 家は親父もじいさんも魔法協会に所属してるけど、向こうの立派な魔法使い様はプライドが高くて大変だったってじいさんが言ってたよ。」

少し重苦しい空気になる若い者達だが、一人の若い者がふと語り始めた話に周囲は静かになるとそれぞれに考え込んでしまう。


「向こうじゃ今でも奴隷制度があるって話だしな。 こっちのことは旧世界なんて見下してるし、地球の人や向こうの亜人なんかに対しても差別意識があるんだろ。 よその世界の人を救う前にてめえの世界をなんとかしろよな。」

そもそも麻帆良では魔法使いばかりではなく魔法協会に関わる関係者にも魔法や魔法関係の教育を最低限しているが、一般的な魔法協会の人々のメガロに対する認識は正直良くはない。

魔法協会も特に反メガロ教育をしているわけではないが年配者は二十年前より以前の頃の苦労からメガロに友好的な人間は多くはないこともあるし、何よりメガロを語る上で評判が悪いのは奴隷制度が現在も存在することだった。

自分の国では未だに奴隷制度がありながら、よその世界の人々を救うと言われても説得力などありはしない。

まあメガロメセンブリアでは公式には奴隷ではなく契約制度であるといい、メガロメセンブリア及びメセンブリーナ連合内では労働契約の一種なので人権は守られているとは言っているが。

ただ基本的にメセンブリーナ連合はメガロメセンブリアのような都市を中心にした自治国家の連合であり、内情はそれぞれの国家によりいろいろと違う。

正直なところ地球側もさほど誉められた現状ではないが、魔法の首輪をされて奴隷にされるよりはマシだというのが地球側の人々の認識である。

尤も魔法世界の奴隷制度は地球とは違い完全に種族が違う生命体や魔物の住む世界なだけに、一概に制度の善し悪しを言い切れない歴史や事情も無いわけではないが。

加えて個々の人々の能力に差が大きいので、簡単に平等とはいかないのが現状だった。

少し話は逸れたが、結局若い者達は魔法世界の現実や近右衛門の実情などを話ながら大晦日の夜を仕事で過ごしていく。
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