平和な日常~冬~4

同じ日刀子は詠春への挨拶に関西呪術協会の総本山である近衛邸を訪れていた。

ひさしぶりに神鳴流の伝統的な服装を身に付けた刀子は修行時代を思い出して、自分もまだ若い子には負けないと気合いを入れての訪問である。


「今まで長い間、木乃香を守ってくれて感謝しています。 結局昨夜には木乃香に裏の存在を明かしましたが、葛葉さんのお陰で木乃香は今まで普通の子としての貴重な時間を経験することが出来ました。」

刀子が詠春と対面したのは日頃から詠春が関西の長として仕事で使っている広間であった。

上座には詠春がおり脇には関西の幹部達が居るが、そこには神鳴流の宗家であり鶴子の父であり詠春の兄でもある人物も当然ながらいる。

刀子や鶴子の師匠は彼であり、名を青山詠明という。

神鳴流に属しながらも関東に在籍する異端とも言える刀子の関西での後見人は彼であり、本来は神鳴流の役目として関東に出向いた刀子は何の遠慮もなく関西に戻れるはずだった。

まあ現状でも長である詠春の実の兄である詠明のおかげもあって、刀子を敵として見る者は少なくともこの場には居ない。


「今後とも木乃香のことをよろしくお願いします。 現状で木乃香の護衛になれるのは、東西の双方を知る貴女しか居ません。」

少し肌寒い広間で詠春は穏やかな表情で刀子に優しい言葉をかけるが、刀子はひさしぶりの関西に珍しく緊張気味である。


「詠春、堅苦しい挨拶はそのくらいでええやろ。 仲間のひさしぶりの帰省なのだ。 それに正直、皆も東の現在の様子が聞きたいんや。」

刀子の緊張感が伝わるのか幹部達もそろって無言であったが、兄である詠明が堅苦しい挨拶は終わりにしようと言い出す。

その際に刀子を仲間と公言する辺りが、彼の優しさなのだろう。


「そうですね。 妻からの報告もありますが、末端や全体の様子を知るのは葛葉さんしか居ませんから。」

この日幹部達が刀子の挨拶に同席した理由は、関東魔法協会の様子を知りたいからである。

もちろんそれは機密などの類いではなく、全体的な関東魔法協会の人々の様子や関西との協力に関する意見や反応を知りたいのだ。

穂乃香も帰京してすぐに報告はしたが、元々幹部クラスでは長い時間をかけて話し合いや交流を深めているだけにある程度相手の反応は分かるがどうしても末端に近い者達の意見はなかなか聞こえて来なかった。


「では僭越ながら私の知る範囲で話させて頂きます。 現状で関東の中堅や末端の魔法協会員にとって東西の対立はあまり興味がないのが現状かと思います。 二十年前の戦争に関しても、実際に西と戦った者はほとんど残ってませんから。 言葉はよくありませんが、関東の者からするとあれはメガロメセンブリアと関西との戦争だとの認識が大多数です。」

フェイトに狙われてる関西としてはまた連中が何か企む前に東西の協力を進めたいが、関西では二十年前の戦争の影響もあり抵抗感を感じる者は少なくはない。

ただ刀子が説明する通り関東では東西の対立や協力について過剰な反応を示す者はほとんど居ない。

元々関東魔法協会は海外の魔法協会との交流も多く、今更交流や協力相手が増えてもさして珍しいことではないのだ。

加えて二十年前の戦争で実際に戦ったのは、麻帆良に居たメガロメセンブリアの勢力に本国からの応援と彼らに同調した一部の日本人の魔法使いである。

しかし戦争は大元の原因である魔法世界で終わってしまいメガロメセンブリアの勢力は日本から叩き出されてしまったし、彼らに同調した一部の日本人の魔法使い達も彼らと一緒に麻帆良を離れてしまった。

結果として関東では二十年前の戦争を明確に伝える者は少なく、現在の関東魔法協会の人間からするとあれはメガロメセンブリアの戦争だろうという考えが大勢である。

まあかつて刀子が経験したように関西を時代錯誤の集団だと馬鹿にする者は一定の年齢以上には多少なりともいるが、こちらはほとんどが人前で言えるほど度胸のある者は居ないので時勢が東西の協力に流れると彼らは素知らぬ顔で東西の協力を進めるだろう。


「先代の長と近右衛門殿が連中を纏めて追い出したのは正解だったか。 それに二十年も前に居なくなった連中の起こした問題など今の若い世代には関係ないということも一理あるな。」

関西にとって東西協力の最大の障害は二十年前の被害者達であるが、肝心の相手はもう麻帆良には居なく麻帆良では他人事のように東西の対立を見てると言われると関西の幹部達はなんとも言えない表情になる。
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