平和な日常~冬~2

その後もパーティーは順調に進んでいき横島達は相変わらず挨拶周りを続けるが全ての人が横島を歓迎してることなど有り得ないし、同時に全ての人が寛容な態度で接することなど有り得ない。

まあ社会経験を重ねた大人ならばさほど問題にすることなど起きないが、時として予期せぬトラブルに巻き込まれることは仕方のないことだろう。


「はじめまして、那波さん」

それは横島が大ホールに戻ってとある会社の重役との挨拶を終えた時のことだった。

一人の泥酔した様子の青年が突然千鶴に声をかけて来る。

年の頃は二十代半ばで恐らくは大学生か大学院生だろう。

全身嫌みなほどブランド物で固めた青年は、一瞬横島に挑発的な視線を送ると満面の笑みで千鶴に挨拶する。


「はじめまして、那波千鶴です」

挑発的な視線を送られた横島は見知らぬ相手に誰だと言わんばかりに呆気に取られるが、千鶴は相変わらずの笑顔で言葉少なく返答した。


「麻帆良大の経済学部四年の斉木四郎先輩ですよ。 個人投資家として有名な方です」

その様子に夕映はすかさず相手の素性を横島に説明するように語るが、実は千鶴も相手を知らないことを夕映は瞬時に見抜いて助け舟を出していた。

そもそも斉木は大学部ではいろんな意味で有名な人物だが、千鶴が知るような人間ではない。


「一度お会いしたかったのですよ。 よろしければこの後食事でもいかがですか?」

見た目は割とイケメンの部類に入るようだが、性格が滲み出ているような雰囲気が印象に残る。

斉木は横島と夕映を無視するかのように千鶴だけを見て食事に誘うが、その言葉に周りの人間は絶句に近い形で静まり返った。

別に横島を無視することは構わないが、那波家の一人娘である千鶴を大衆の面前で堂々と食事に誘うような空気の読めなさに周りは驚いている。

本音を言えば千鶴と食事をしたいと考えてる関係者は当然ながら多いが、みんな空気を読んで挨拶に留めているのだ。


「ごめんなさい。 今日は予定がありますので」

「そうですか、そうそう口が上手いよそ者には気をつけた方がいいですよ。 最近得体の知れないよそ者が麻帆良で媚びを売ってるようですから」

そして驚いていたのは千鶴も同じだった。

先程から横島の挨拶周りをサポートしていたが、あからさまに横島を無視して食事に誘うような人物は当然ながら初めてである。

もちろん考える間もなく断りを入れるが、それにムッとした様子の斉木は直接的な明言を避けつつも横島を挑発するような笑みと言葉を口にした。


この男は馬鹿なのか?

その瞬間周りに偶然居合わせた人々は、言葉にこそ出さないが固唾を呑んで同じ疑問を抱く。

よそ者などという乱暴な言葉をこの場で使ったことが雪広清十郎の耳にでも入れば、たとえ生徒でも大変なことになる。

現状の斉木はかなり泥酔しているようだが、酒のせいにするには少し言葉が乱暴過ぎた。


「面白いことをおっしゃいますね。 でも言葉が過ぎますわよ」

どう考えてもめんどくさい相手に絡まれたと互いに顔を見合わせた横島達は、さっさと逃げに入ろうと日本人らしい曖昧な笑顔でその場を離れようとする。

本音では千鶴は結構ムッとしてもいたが、ここで相手をしても自分達が損をするだけなのは明らかだった。

しかしこんな時に限って、そんな言葉を聞き流せない人物が近くで横島達を見守っていた。



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