勝手な未来
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「ここは一体なんなの?」
その疑問に答えてくれるものはいない。
隣の打刀は相変わらず口を開かないし、それは他の刀剣たちも同じだった。
この本丸、と呼んで良いのだろうか。
ここは確かに本丸だった。最初の部屋を始め、ここまで見たことのある景色ばかりが続いている。
政府から与えられる拠点、本丸。ここは間違いなくそこだった。
ただ、少し審神者の知る本丸と違う点は、酷く荒れた、戦いの跡があるということだろうか。跡、というのは、改善されているわけではないが、片付けたように見られるためだ。直してこそいないものの、荒れ放題というわけではなく人の手できちんと片付けられた跡がある。これは、彼ら遡行軍のやったことだろうか。
遡行軍は、最初に部屋に現れた打刀を始め、他の刀もみんなどこか穏やかに見えた。戦いに身を費やす、荒れた姿しか知らない審神者からすれば、それはひどく不思議な光景だった。
庭の見える縁側に、打刀とともに腰を下ろす。
ふと、一振りの短刀がそばに寄ってくる。空中を泳ぐようにして、そばに寄ってきた短刀は一際小さな短刀だった。
顔の高さで静止したそれは、しばし審神者の顔を見つめた後に位置を低くして、そっとその頭を太ももにすり寄せた。見れば、その短刀は骨のような体の一部が欠け、尾に当たる部分も途中からなくなっているようだった。
「あなた、それ……怪我してるの?」
ふと、一振りの刀に思い当たる。
傷口に擦寄る姿、そしてこの怪我。
「もしかして、あの短刀?」
五虎退をかばった時に斬りつけられ、前田によって退けられたあの短刀だ。
審神者の口にした疑問に答えるように、短刀はその体を一度大きく揺らめかせた。そして、傷口に額を押し当てて目を閉じる。
それはまるで、その傷をつけたことを謝っているように見て取れた。
まさか、遡行軍が謝るなんて。もしかしたら、それは審神者の思い込みなのかもしれない。初めて見る遡行軍の戦場以外での姿に想像が膨らみすぎているだけかもしれない。
それでも、目の前の短刀が敵意など一切なしにその傷を気にしているのは事実だった。
「いいわ、この傷のことは気にしてない。でも、どうして?それなら、なんで私の本丸を襲ったの?」
審神者の疑問に、短刀はただその目を見つめ返すことしかしなかった。無言。遡行軍たちはもともと言葉を口にしたりはしていないが、それが無言を持っての返事だということは審神者にも感じて取れた。
襲撃には、なにか答えたくない理由が隠されているのだろうか。
きっとこれ以上尋ねたところで、答えは出てこないのだろう。短刀との会話を諦めて、審神者は立ち上がる。
すかさず、隣に控えていた打刀がそれを支えて、どこへ向かうのかと審神者の顔を覗き込んだ。
「別に、ただちょっと見て回るだけだよ。構わない?」
その問いかけに、打刀は首を縦にふる。
許可を得て、審神者はこの歩き慣れた本丸によく似た建物を見て回った。どこに何があるのかはよくわかっていた。実際に、どこも審神者の記憶の通り、同じように作られている。やはり、ここはどこかの本丸なのだ。
「ここに審神者はいないんだね」
本丸ならば、そこの主である審神者がいるはずだろう。だが、この本丸には審神者がいないであろうことは、簡単に予想ができた。荒れた建物、遡行軍に占拠されている現状。きっとここは、壊滅した本丸なのだ。
自分の本丸も、いずれはこうなってしまうのか。悪い方に傾きかけた頭を振って、思考を持ち直す。
いや、刀剣たちは無事、と言い切れる状態かはわからないが生きている。きっと今回の襲撃のことは政府に報告され、本丸もきちんと処理がなされるだろう。そうなれば、おそらく後任の審神者が配属されて、本丸は新たに動き出すはずだ。
大丈夫、自分の本丸はこんな風にはならない。
そう自分に言い聞かせて、無意識のうちに足が向いていたのは、元いた本丸であれば手入れ部屋に当たる場所だった。そこには戦いの跡も少なく、比較的綺麗な状態が保たれていた。
部屋の中からは気配がする。
「中に誰かいるの?」
隣の打刀に問えば、彼は入り口を見つめて動かない。止めるような動作がないということは、部屋に入っても良いということだろう。
扉に手をかけるが、打刀は反応しない。そのまま開けると、中にはボロボロになって今にも折れそうな短刀が、床に体を投げ出していた。その傍らには、こちらもひどい傷を負った打刀が壁に背を預けるようにして佇んでいた。
「っ……!ひどい、すぐに手入れしなきゃ折れてしまう!」
二振に駆け寄った審神者は、その損傷の具合を見てすぐに危険だと判断するが、ついてきた打刀はそれをただ見つめるだけだった。そしてそれは審神者も同じことだ。
審神者が彼らにしてやれることはない。刀の手入れは、主である審神者が行って初めて意味のあるものだ。他の本丸の刀剣にはそれが行えないし、ましてや相手は遡行軍。単純に考えて、審神者にどうこうできるものではなかった。
しかし、多くの刀を所持する審神者として、目の前で刀が折れていくのをただ見守ることしかできないだど、許せなかった。
気休めでもいい。それが意味をなさず、たとえ折れてしまったとしても、何もせずに見殺すよりもずっとましだと思った。
短刀に触れ、いつも手入れを行うときのように彼の本体に霊力を込める。たとえ直らなくても、せめて体の傷くらいは癒えないだろうか。そんな小さな望みをこめて、刀の手入れに専念する。
するとどうだろうか。短刀は元の輝きを取り戻す。
本体がもとどおりになった短刀は、目こそ覚まさないものの、息も絶え絶えといった先ほどまでとは違い、比較的穏やかに休んでいるように見えた。
「嘘……手入れが、できたの?」
どういうわけかはわからない。だが、審神者の力で遡行軍を手入れできるのは事実らしい。
奥に座っている打刀にも、同様の手入れを施す。
短刀に比べて軽い傷だった彼は、手入れが終わるとそっと目を開けた。そして、審神者の姿を目にすると、ただそっと、審神者の体を抱きしめた。
突然のことに審神者の体も思考も固まる。
審神者を抱きしめる打刀の腕は優しく、まるで愛おしいものを抱くようにそっと審神者を包み込んでいた。そんな気持ちを向けられることにまったく身に覚えのない審神者は困惑するが、それでもその抱擁が気分の悪いものではないことに安心感を覚えた。されるがままに、彼に抱かれた審神者をそっと離して、打刀はまた壁にもたれかかると目を閉じた。おそらく、体の方の傷を癒すためだろう。
彼の体が離れた後も、まだその温もりが残っているようだった。優しい腕の感触も、頬を撫でた柔らかな髪も、まるでどこかで知っているような、そんな気がした。
2019.4.28
その疑問に答えてくれるものはいない。
隣の打刀は相変わらず口を開かないし、それは他の刀剣たちも同じだった。
この本丸、と呼んで良いのだろうか。
ここは確かに本丸だった。最初の部屋を始め、ここまで見たことのある景色ばかりが続いている。
政府から与えられる拠点、本丸。ここは間違いなくそこだった。
ただ、少し審神者の知る本丸と違う点は、酷く荒れた、戦いの跡があるということだろうか。跡、というのは、改善されているわけではないが、片付けたように見られるためだ。直してこそいないものの、荒れ放題というわけではなく人の手できちんと片付けられた跡がある。これは、彼ら遡行軍のやったことだろうか。
遡行軍は、最初に部屋に現れた打刀を始め、他の刀もみんなどこか穏やかに見えた。戦いに身を費やす、荒れた姿しか知らない審神者からすれば、それはひどく不思議な光景だった。
庭の見える縁側に、打刀とともに腰を下ろす。
ふと、一振りの短刀がそばに寄ってくる。空中を泳ぐようにして、そばに寄ってきた短刀は一際小さな短刀だった。
顔の高さで静止したそれは、しばし審神者の顔を見つめた後に位置を低くして、そっとその頭を太ももにすり寄せた。見れば、その短刀は骨のような体の一部が欠け、尾に当たる部分も途中からなくなっているようだった。
「あなた、それ……怪我してるの?」
ふと、一振りの刀に思い当たる。
傷口に擦寄る姿、そしてこの怪我。
「もしかして、あの短刀?」
五虎退をかばった時に斬りつけられ、前田によって退けられたあの短刀だ。
審神者の口にした疑問に答えるように、短刀はその体を一度大きく揺らめかせた。そして、傷口に額を押し当てて目を閉じる。
それはまるで、その傷をつけたことを謝っているように見て取れた。
まさか、遡行軍が謝るなんて。もしかしたら、それは審神者の思い込みなのかもしれない。初めて見る遡行軍の戦場以外での姿に想像が膨らみすぎているだけかもしれない。
それでも、目の前の短刀が敵意など一切なしにその傷を気にしているのは事実だった。
「いいわ、この傷のことは気にしてない。でも、どうして?それなら、なんで私の本丸を襲ったの?」
審神者の疑問に、短刀はただその目を見つめ返すことしかしなかった。無言。遡行軍たちはもともと言葉を口にしたりはしていないが、それが無言を持っての返事だということは審神者にも感じて取れた。
襲撃には、なにか答えたくない理由が隠されているのだろうか。
きっとこれ以上尋ねたところで、答えは出てこないのだろう。短刀との会話を諦めて、審神者は立ち上がる。
すかさず、隣に控えていた打刀がそれを支えて、どこへ向かうのかと審神者の顔を覗き込んだ。
「別に、ただちょっと見て回るだけだよ。構わない?」
その問いかけに、打刀は首を縦にふる。
許可を得て、審神者はこの歩き慣れた本丸によく似た建物を見て回った。どこに何があるのかはよくわかっていた。実際に、どこも審神者の記憶の通り、同じように作られている。やはり、ここはどこかの本丸なのだ。
「ここに審神者はいないんだね」
本丸ならば、そこの主である審神者がいるはずだろう。だが、この本丸には審神者がいないであろうことは、簡単に予想ができた。荒れた建物、遡行軍に占拠されている現状。きっとここは、壊滅した本丸なのだ。
自分の本丸も、いずれはこうなってしまうのか。悪い方に傾きかけた頭を振って、思考を持ち直す。
いや、刀剣たちは無事、と言い切れる状態かはわからないが生きている。きっと今回の襲撃のことは政府に報告され、本丸もきちんと処理がなされるだろう。そうなれば、おそらく後任の審神者が配属されて、本丸は新たに動き出すはずだ。
大丈夫、自分の本丸はこんな風にはならない。
そう自分に言い聞かせて、無意識のうちに足が向いていたのは、元いた本丸であれば手入れ部屋に当たる場所だった。そこには戦いの跡も少なく、比較的綺麗な状態が保たれていた。
部屋の中からは気配がする。
「中に誰かいるの?」
隣の打刀に問えば、彼は入り口を見つめて動かない。止めるような動作がないということは、部屋に入っても良いということだろう。
扉に手をかけるが、打刀は反応しない。そのまま開けると、中にはボロボロになって今にも折れそうな短刀が、床に体を投げ出していた。その傍らには、こちらもひどい傷を負った打刀が壁に背を預けるようにして佇んでいた。
「っ……!ひどい、すぐに手入れしなきゃ折れてしまう!」
二振に駆け寄った審神者は、その損傷の具合を見てすぐに危険だと判断するが、ついてきた打刀はそれをただ見つめるだけだった。そしてそれは審神者も同じことだ。
審神者が彼らにしてやれることはない。刀の手入れは、主である審神者が行って初めて意味のあるものだ。他の本丸の刀剣にはそれが行えないし、ましてや相手は遡行軍。単純に考えて、審神者にどうこうできるものではなかった。
しかし、多くの刀を所持する審神者として、目の前で刀が折れていくのをただ見守ることしかできないだど、許せなかった。
気休めでもいい。それが意味をなさず、たとえ折れてしまったとしても、何もせずに見殺すよりもずっとましだと思った。
短刀に触れ、いつも手入れを行うときのように彼の本体に霊力を込める。たとえ直らなくても、せめて体の傷くらいは癒えないだろうか。そんな小さな望みをこめて、刀の手入れに専念する。
するとどうだろうか。短刀は元の輝きを取り戻す。
本体がもとどおりになった短刀は、目こそ覚まさないものの、息も絶え絶えといった先ほどまでとは違い、比較的穏やかに休んでいるように見えた。
「嘘……手入れが、できたの?」
どういうわけかはわからない。だが、審神者の力で遡行軍を手入れできるのは事実らしい。
奥に座っている打刀にも、同様の手入れを施す。
短刀に比べて軽い傷だった彼は、手入れが終わるとそっと目を開けた。そして、審神者の姿を目にすると、ただそっと、審神者の体を抱きしめた。
突然のことに審神者の体も思考も固まる。
審神者を抱きしめる打刀の腕は優しく、まるで愛おしいものを抱くようにそっと審神者を包み込んでいた。そんな気持ちを向けられることにまったく身に覚えのない審神者は困惑するが、それでもその抱擁が気分の悪いものではないことに安心感を覚えた。されるがままに、彼に抱かれた審神者をそっと離して、打刀はまた壁にもたれかかると目を閉じた。おそらく、体の方の傷を癒すためだろう。
彼の体が離れた後も、まだその温もりが残っているようだった。優しい腕の感触も、頬を撫でた柔らかな髪も、まるでどこかで知っているような、そんな気がした。
2019.4.28