勝手な未来
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部屋を飛び出して、広間に抜ける。その向こうはもう庭だ。
後ろからは、刀のぶつかり合う音。そして何かが激しく打ち付けられたような鈍い音が聞こえる。小さく聞こえる呻き声に、戻りたくなる気持ちをぐっと堪える。後ろは振り返らない。審神者は前田を信じている。
部屋の中に敵の姿はない。だが、外には刀を交えるものが目に入るだけで何人もいる。転移門はその向こう。この中を走り抜ける他、たどり着く方法はない。
「……僕たちで道を開きます。主はただ、まっすぐ前へ」
「必ず……主さまだけは、必ず……!」
前に出る二振の背中は小さい。こんな小さな背中に頼り切ることしかできない自分がひどく情けない。せめて、今できる最良を尽くせるように、審神者は怪我をした左足にぐっと力を込めた。
ジクジクと痛む傷口は、地面に足をつけるだけでもひどい痛みが走る。体重をかければ声をあげたくなるような焼け付く痛みに涙がにじむ。だが、この足でなんとしても逃げ延びなければならない。
「いいよ、いつでもいける」
審神者の言葉に2人はこくりと頷いて応える。
部屋と門の間、そこに一瞬生まれた障害物のない道。そのタイミングを逃さない。
「いきます……!」
平野の合図で3人は同時に飛び出した。
隠れることはしないその行動に、当然敵の刀たちは気づく。そして、その行方を阻むべく、刀を振り上げる。だが、それは叶わない。
「君たちの相手は僕だよ!浮気なんて、ひどいじゃないか」
庭で応戦していた刀たちも、主とそれを先導する短刀の姿に気づく。その邪魔はさせまいと、敵の動きを封じる。
しかし、敵の数は多い。本丸に残っていた刀剣数を上回るであろうそれらは、主には近寄らせまいと必死に戦う刀剣たちの間を抜けて3人に迫る。
届いた刃を弾いて道を作る。だが、短刀の2人では力で押し負けてしまう。進むことをやめてはいけないと少しずつでも前に進むが、その歩みはもう止まってしまいそうだ。
「伏せろォ!」
突然響く大声に、3人は反射的に身をかがめた。
後ろから、大きな影が覆いかぶさり、そして行く手に立ちふさがっていた敵を薙ぎはらった。
「行け!」
岩融の一撃で大きく押し返された敵の間を3人は抜ける。
門まではあと30メートル。あと少し、あと少しだ。
その希望を打ち砕くように、行く手を阻んだのは二振の太刀だ。誰かと争っていた様子もない。足の遅い太刀に先回りをされたとも思えない。
おそらくは、審神者がここに逃げることをわかっていて、ここで待ち伏せていたのだろう。もう、門はそこにあるのに、立ちふさがる壁で向こうが見えないような錯覚に襲われる。
二対二。太刀と短刀。それだけでもこちら側に不利な条件が、実力差という埋めることのできない溝でさらに不利なものとなる。
「五虎退、いけますね」
「はい……任せてください」
覚悟を決めた2人の短刀に、敵がその刀を抜く。睨み合う両者はその距離をじわじわと詰める。敵の間合いに入ればその刃はどこからも斬りかかってくるだろう。だが、短刀の間合いに敵を入れなければ、その刃は届かない。
ジリジリと、静かな戦いは続く。迂闊に動けば、間合いを詰める前にやられてしまう。見極めることがこの戦いを左右することだろう。目の前の敵にだけ、集中する。
そのせいで、横から飛び込んでくる刀に、気づくのが遅れたのは短刀2人だけではなかった。
「オラオラ!誰の主の行く手を塞いでやがる!」
「僕たちの主を邪魔するもの……それはつまり斬られても文句は言えないだろうね」
二振の太刀に斬りかかったのは、2人の打刀。
「お前らよくここまで連れてきた。そのまま門まで走れ!ここは引き受ける!」
「和泉守さん!」
太刀に斬りかかった和泉守の後ろから別の刀が斬りかかる。
「安心しろ、お前らの相手だって忘れちゃいねえさ!」
斬りかかった刀で太刀を押し返して、その隙に後ろに迫った刀をはじき返した。
「2人でこの量か、まったく骨が折れるね」
「なんだ?自信がないのか、二代目」
「まさか。之定の作にむかってそれをいうのかい?」
ギラギラとした目で敵を見据えるその瞳は、刀の本能そのものだ。
見れば、2人とも無事という姿ではない。服はあちこち斬りつけられ、その傷は体にも達している。血が衣装を赤く染め上げるが、それがより一層戦場の刀を演出している。
すでに何振かと交戦していた彼らは、それらを引き連れて、太刀の前までやってきた。すでに手一杯であったのは、その体の傷が物語っている。それでも、さらに二振相手を増やしたのは、他ならない審神者のためだ。
審神者に降りかかる刀に届くところに己があるのなら、それを振らない選択肢はない。もし届かないのなら、届く距離にまで近寄れば良いだけの話だ。
同時に複数を相手取る2人に、太刀はなんとかそこを抜け出そうとするが、それを逃してはくれない。別の相手をしているかと思えば、しっかりとこちらにまで刀を伸ばしてくるのだ。
2人の足止めのおかげで、3人は転移門への距離をわずか5メートルにまで詰めた。もう目的は目と鼻の先だ。
そこに、気の緩みが生じたのかもしれない。
「あっ……」
踏み出したはずの足が、地面を蹴り返すことなく、そのまま沈んでいく。
急に力の抜けた足の支えをなくして、崩れ落ちるようにその場に転がった。
「主さま……!」
振り返る2人に追いつこうと慌てて立ち上がろうとするが、足にうまく力が入らない。未だに熱く痛む傷口の痛みが邪魔をして、足先まで力が届かないのだ。
あと少し、それなのにここに来て動かなくなるなど、なんて役立たずな足なのか。
「大丈夫、いけるよ……!」
立つことを諦めて、左足を投げ出し、残った手足で地面をはって進む。
ザリザリとした砂の地面が肌と擦れて小さな傷を生み出すが、幸いと言って良いのかあまりの大きな傷の痛みにそんな小さな痛みはまったく感じられなかった。
ズリズリと引きずって、確実に歩みを進めていく。
「そのまま、お進みください」
進む審神者と入れ違うように、平野が地面を蹴った。背後では刀のぶつかる音。
味方の足止めをくぐり抜けてきたらしい打刀が、審神者の背後に迫っていた。
平野は五虎退と目を合わせて、頷く。あとは彼に託した。自らは、打刀を排除すべく、来た道を引き返す。
あと少し、あと少しなのだ。ほんの少しだけ、目の前の敵を足止めできればそれでいい。それなのに、そんな思いも虚しく、顔の横を一振の短刀が抜けて行く。
打刀の後ろから飛び出したそれは、まるで平野が打刀と刀を交えるのを待っていたようにまっすぐ審神者の方へ向かっていった。
「五虎退!」
後ろに残した兄弟に、全てを託すしかない。
誰よりも小心者で、自信のなさげな彼はどこか頼りない。だが、主を守ろうとするその姿は立派な一振の刀だ。
向かってくる短刀に狙いを定めて、距離を見定める。
「主さま、先に行っていてくださいね。またあとで、いっぱい撫でてほしいです」
審神者と門の間はもう3メートルもない。その場に残った五虎退はじっと、ただじっとその時が来るのを待つ。
まっすぐに向かってくる短刀と五虎退の距離が迫る。
「今っ……!」
確実に捉えた短刀に、渾身の一撃を繰り出す。
しかし、
「────っ!主さま!」
敵の短刀は、五虎退の攻撃を受けるつもりなどなかった。元より、狙いは審神者。五虎退の繰り出した攻撃を身を捻って避けるとそのままの勢いを殺さずにまっすぐに審神者に向かっていった。
平野を、五虎退を信じて、ただ門へ向かって進んでいた審神者は、手が届く住んでのところで、敵の短刀に首を絡め取られた。
「あ、あぁ……そんな!」
審神者のそばを離れたばかりに。守るという目的のために、守らなければならない人を1人にしてしまった。
審神者の首に巻きついた短刀は、その骨のような体を審神者の喉に食い込ませて、拘束する。
それを合図に、平野と戦っていた打刀が雄叫びをあげた。それは瞬く間に本丸中に伝染していく。
「なっ……!おい待てェ!!」
それを聞いて、敵は次々に引き上げ始める。ギリギリのところで応戦していた刀たちに彼らを逃すまいとする力はもう残っていない。なんとか倒し切ろうとするが、ボロボロの刀では傷のない敵刀剣に追いつくこともできなかった。
審神者の周りを鳥囲うように、敵の刀たちは集まり陣形を作る。
あまりに強固なその壁は崩すことなど到底不可能だろう。その形のまま、敵は本丸の外へと去っていく。残された刀たちは手を出すこともできずに、ただそれを見送ることしかできなかった。
完全なる、敗北だった。
2019.4.25
後ろからは、刀のぶつかり合う音。そして何かが激しく打ち付けられたような鈍い音が聞こえる。小さく聞こえる呻き声に、戻りたくなる気持ちをぐっと堪える。後ろは振り返らない。審神者は前田を信じている。
部屋の中に敵の姿はない。だが、外には刀を交えるものが目に入るだけで何人もいる。転移門はその向こう。この中を走り抜ける他、たどり着く方法はない。
「……僕たちで道を開きます。主はただ、まっすぐ前へ」
「必ず……主さまだけは、必ず……!」
前に出る二振の背中は小さい。こんな小さな背中に頼り切ることしかできない自分がひどく情けない。せめて、今できる最良を尽くせるように、審神者は怪我をした左足にぐっと力を込めた。
ジクジクと痛む傷口は、地面に足をつけるだけでもひどい痛みが走る。体重をかければ声をあげたくなるような焼け付く痛みに涙がにじむ。だが、この足でなんとしても逃げ延びなければならない。
「いいよ、いつでもいける」
審神者の言葉に2人はこくりと頷いて応える。
部屋と門の間、そこに一瞬生まれた障害物のない道。そのタイミングを逃さない。
「いきます……!」
平野の合図で3人は同時に飛び出した。
隠れることはしないその行動に、当然敵の刀たちは気づく。そして、その行方を阻むべく、刀を振り上げる。だが、それは叶わない。
「君たちの相手は僕だよ!浮気なんて、ひどいじゃないか」
庭で応戦していた刀たちも、主とそれを先導する短刀の姿に気づく。その邪魔はさせまいと、敵の動きを封じる。
しかし、敵の数は多い。本丸に残っていた刀剣数を上回るであろうそれらは、主には近寄らせまいと必死に戦う刀剣たちの間を抜けて3人に迫る。
届いた刃を弾いて道を作る。だが、短刀の2人では力で押し負けてしまう。進むことをやめてはいけないと少しずつでも前に進むが、その歩みはもう止まってしまいそうだ。
「伏せろォ!」
突然響く大声に、3人は反射的に身をかがめた。
後ろから、大きな影が覆いかぶさり、そして行く手に立ちふさがっていた敵を薙ぎはらった。
「行け!」
岩融の一撃で大きく押し返された敵の間を3人は抜ける。
門まではあと30メートル。あと少し、あと少しだ。
その希望を打ち砕くように、行く手を阻んだのは二振の太刀だ。誰かと争っていた様子もない。足の遅い太刀に先回りをされたとも思えない。
おそらくは、審神者がここに逃げることをわかっていて、ここで待ち伏せていたのだろう。もう、門はそこにあるのに、立ちふさがる壁で向こうが見えないような錯覚に襲われる。
二対二。太刀と短刀。それだけでもこちら側に不利な条件が、実力差という埋めることのできない溝でさらに不利なものとなる。
「五虎退、いけますね」
「はい……任せてください」
覚悟を決めた2人の短刀に、敵がその刀を抜く。睨み合う両者はその距離をじわじわと詰める。敵の間合いに入ればその刃はどこからも斬りかかってくるだろう。だが、短刀の間合いに敵を入れなければ、その刃は届かない。
ジリジリと、静かな戦いは続く。迂闊に動けば、間合いを詰める前にやられてしまう。見極めることがこの戦いを左右することだろう。目の前の敵にだけ、集中する。
そのせいで、横から飛び込んでくる刀に、気づくのが遅れたのは短刀2人だけではなかった。
「オラオラ!誰の主の行く手を塞いでやがる!」
「僕たちの主を邪魔するもの……それはつまり斬られても文句は言えないだろうね」
二振の太刀に斬りかかったのは、2人の打刀。
「お前らよくここまで連れてきた。そのまま門まで走れ!ここは引き受ける!」
「和泉守さん!」
太刀に斬りかかった和泉守の後ろから別の刀が斬りかかる。
「安心しろ、お前らの相手だって忘れちゃいねえさ!」
斬りかかった刀で太刀を押し返して、その隙に後ろに迫った刀をはじき返した。
「2人でこの量か、まったく骨が折れるね」
「なんだ?自信がないのか、二代目」
「まさか。之定の作にむかってそれをいうのかい?」
ギラギラとした目で敵を見据えるその瞳は、刀の本能そのものだ。
見れば、2人とも無事という姿ではない。服はあちこち斬りつけられ、その傷は体にも達している。血が衣装を赤く染め上げるが、それがより一層戦場の刀を演出している。
すでに何振かと交戦していた彼らは、それらを引き連れて、太刀の前までやってきた。すでに手一杯であったのは、その体の傷が物語っている。それでも、さらに二振相手を増やしたのは、他ならない審神者のためだ。
審神者に降りかかる刀に届くところに己があるのなら、それを振らない選択肢はない。もし届かないのなら、届く距離にまで近寄れば良いだけの話だ。
同時に複数を相手取る2人に、太刀はなんとかそこを抜け出そうとするが、それを逃してはくれない。別の相手をしているかと思えば、しっかりとこちらにまで刀を伸ばしてくるのだ。
2人の足止めのおかげで、3人は転移門への距離をわずか5メートルにまで詰めた。もう目的は目と鼻の先だ。
そこに、気の緩みが生じたのかもしれない。
「あっ……」
踏み出したはずの足が、地面を蹴り返すことなく、そのまま沈んでいく。
急に力の抜けた足の支えをなくして、崩れ落ちるようにその場に転がった。
「主さま……!」
振り返る2人に追いつこうと慌てて立ち上がろうとするが、足にうまく力が入らない。未だに熱く痛む傷口の痛みが邪魔をして、足先まで力が届かないのだ。
あと少し、それなのにここに来て動かなくなるなど、なんて役立たずな足なのか。
「大丈夫、いけるよ……!」
立つことを諦めて、左足を投げ出し、残った手足で地面をはって進む。
ザリザリとした砂の地面が肌と擦れて小さな傷を生み出すが、幸いと言って良いのかあまりの大きな傷の痛みにそんな小さな痛みはまったく感じられなかった。
ズリズリと引きずって、確実に歩みを進めていく。
「そのまま、お進みください」
進む審神者と入れ違うように、平野が地面を蹴った。背後では刀のぶつかる音。
味方の足止めをくぐり抜けてきたらしい打刀が、審神者の背後に迫っていた。
平野は五虎退と目を合わせて、頷く。あとは彼に託した。自らは、打刀を排除すべく、来た道を引き返す。
あと少し、あと少しなのだ。ほんの少しだけ、目の前の敵を足止めできればそれでいい。それなのに、そんな思いも虚しく、顔の横を一振の短刀が抜けて行く。
打刀の後ろから飛び出したそれは、まるで平野が打刀と刀を交えるのを待っていたようにまっすぐ審神者の方へ向かっていった。
「五虎退!」
後ろに残した兄弟に、全てを託すしかない。
誰よりも小心者で、自信のなさげな彼はどこか頼りない。だが、主を守ろうとするその姿は立派な一振の刀だ。
向かってくる短刀に狙いを定めて、距離を見定める。
「主さま、先に行っていてくださいね。またあとで、いっぱい撫でてほしいです」
審神者と門の間はもう3メートルもない。その場に残った五虎退はじっと、ただじっとその時が来るのを待つ。
まっすぐに向かってくる短刀と五虎退の距離が迫る。
「今っ……!」
確実に捉えた短刀に、渾身の一撃を繰り出す。
しかし、
「────っ!主さま!」
敵の短刀は、五虎退の攻撃を受けるつもりなどなかった。元より、狙いは審神者。五虎退の繰り出した攻撃を身を捻って避けるとそのままの勢いを殺さずにまっすぐに審神者に向かっていった。
平野を、五虎退を信じて、ただ門へ向かって進んでいた審神者は、手が届く住んでのところで、敵の短刀に首を絡め取られた。
「あ、あぁ……そんな!」
審神者のそばを離れたばかりに。守るという目的のために、守らなければならない人を1人にしてしまった。
審神者の首に巻きついた短刀は、その骨のような体を審神者の喉に食い込ませて、拘束する。
それを合図に、平野と戦っていた打刀が雄叫びをあげた。それは瞬く間に本丸中に伝染していく。
「なっ……!おい待てェ!!」
それを聞いて、敵は次々に引き上げ始める。ギリギリのところで応戦していた刀たちに彼らを逃すまいとする力はもう残っていない。なんとか倒し切ろうとするが、ボロボロの刀では傷のない敵刀剣に追いつくこともできなかった。
審神者の周りを鳥囲うように、敵の刀たちは集まり陣形を作る。
あまりに強固なその壁は崩すことなど到底不可能だろう。その形のまま、敵は本丸の外へと去っていく。残された刀たちは手を出すこともできずに、ただそれを見送ることしかできなかった。
完全なる、敗北だった。
2019.4.25