勝手な未来
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刀と刀がぶつかり合う音が聞こえる。それは外からのものだけではない。この屋内で、壁の向こう側で、誰かが敵と戦っているのだ。
そんな味方の無事を祈りながら、戦いの音を避け、門へと向かう。
角を曲がる直前、前田が審神者の手を離し、後ろへと突き飛ばした。平野と五虎退に受け止めるようにして支えられた審神者の目の前で、前田が吹き飛んだ。その勢いで壁に打ち付けられた前田は、苦しそうに咳き込む。
そして、角の向こうから現れたのは、一振の短刀だ。
「主、後ろへ」
審神者をかばうように、平野と五虎退が前に出る。
有利に動けると踏んでの室内戦。だが、相手が短刀となれば、条件は同じ。実力差のみの勝負になった時、果たして自分たちの練度でなんとかなる相手なのだろうか。
「やってみなければわかりませんね」
そう口にするものの、戦いの中に身を置くものとしての直感的なものが告げていた。これは、自分が相手にして勝てる敵ではないと。
3人で協力すれば、もしかしたら可能性はあるかもしれない。だが、その場合、誰が主を門まで逃すのか。本丸中で戦いの場になっている今、安全な場所などきっとない。そんな中を審神者1人で向かわせるなどとは考えられるわけがなかった。
全員でここを切り抜ける、もしくは誰かが囮になる。それしか方法はないように思えた。
一瞬。瞬きをすることも忘れていたような目にすら止まらない速さで、短刀が攻撃を仕掛けた。それはまっすぐに五虎退に向かってくる。
「わっ」
とっさにそれに応戦するが、単純な練度の違いだろうか。防いだと思ったが、体は大きくバランスを崩されてしまった。そこに容赦のない追撃。立て直す暇など与えてもらえるはずもなく、それはまっすぐに五虎退に刺さるはずだった。
「い……たぁ」
敵の短刀の刃は、審神者の太ももをえぐるように斬り裂いていた。
「あ、あるじさまっ」
「五虎退平気!?」
平気でないのは審神者の方だ。守らなければいけないはずの主に、刀である自分が守られてどうするのか。
「あっ……あっ……」
血がどくどくと流れ出る傷は、見ているだけでも痛々しい。日常生活で負う傷のレベルをはるかに超えているそれは、審神者にとっては重傷だ。だがそんなのは全く気にしていなような様子で、審神者は五虎退のみを真っ先に案じる。
「主君!……はぁっ!!」
持ち直した前田が、敵短刀を斬りつけて審神者に駆け寄る。敵短刀は前田の一撃をもろに食らってふらふらとよろめくように頼りなく中を漂う。
不意打ちでの渾身の一撃をもってしても、短刀を完全に倒すにはいたらなかった。だが、
「敵が怯んだ今です!平野、そちらをお願いします」
前田と平野が両側から審神者を持ち上げるようにして支え、なんとか先を急ぐ。
「五虎退!自由に動けるのは貴方だけです、しっかりしなさい!」
審神者に傷を負わせてしまったことのショックで、未だにオロオロとしていた五虎退に、平野が喝を入れる。
「今の刀、主君を斬りつけた後、動きが鈍っているようでした……。だから隙を作れたものの、いつ追いつかれるかわからない」
「ですが、先を急いで他の敵と遭遇することは避けるべきですね」
足を引きずる審神者はどう頑張っても走れる状態ではない。走って切り抜けるという方法は選べない。かといって、今の戦力では敵と十分に戦うこともできない。
屋内で、これ以上敵と遭遇することは避けたいのが現状だ。
「あ、主さま……ごめんなさい、僕のせいで……」
痛々しい傷口からはおびただしい量の血が流れ出して、床を汚している。これでは先ほどの短刀に追いつかれるのも時間の問題だ。それに、他の刀に見つかれば、間違いなくこの跡を追われることだろう。
「だ、大丈夫……私は、へい、き……っ」
審神者の体が大きく崩れた。両側を支える2人のおかげで倒れこむことはなかったが、足に力が入らないのか、まっすぐに立ち上がることができない。
「主君!……血が、流れすぎています。一度、手当をしましょう」
「五虎退、部屋の安全を確認してください」
「は、はい!」
五虎退が先行して手近な部屋の戸に手をかける。そっと中を覗き込んで、安全を確認してから部屋の中に体を滑り込ませる。敵の気配はない。
「だ、大丈夫です!中は誰もいません」
2人が審神者を部屋に運び込む。ほとんど彼らに助けられて、かろうじて歩いていた審神者は、そのまま部屋の中に倒れこむようにして座り込んだ。
「主君、失礼します」
一言断り、前田が傷口を確認する。
太ももの外側、根元近くを斬りつけられたその傷は、しっかりと奥まで刃が入り込んでいて随分と深い傷になっている。未だに止まる気配のない血は、このままでは命に関わるであろうレベルで流れ続けている。
「まずは止血を……」
手近な布を探して、前田は自分のマントを刀で割く。手頃な大きさにしたそれを、きつく、審神者の太ももに巻きつけた。
「ぐ……うぅ……」
見た目の通り、ひどい痛みなのだろう。審神者が耐えるように歯を食いしばり、うめき声をあげる。
巻きつけた布にはすでに血が滲み、前田のマントを真っ赤に染め上げた。
「主さま……!」
「大丈夫、だよ」
苦しむ審神者の姿に耐えられなくなって、五虎退は彼女の手をきつく握った。彼女を救いたいのに、その手を力強く握り返してくれる彼女に救われるのは五虎退の方だ。
痛みに顔を歪めながらも、気丈に振る舞う主の姿に、五虎退は必ず彼女を逃すことを心に固く誓う。今度こそ、守るのは自分の番だ。たとえ命に変えても、主を守ってみせよう。
「このまま、隣の広間を抜ければ外に出ます。外に出れば、必ず敵の目に留まるでしょう。そこからは勢いの勝負になると思います」
前田の言葉に、審神者は頷く。
「他の皆さんもおそらくは応戦中。その中をくぐり抜けて、まっすぐに転移門を目指しましょう」
「痛むでしょうが、もう少しだけご無理をさせてしまいます。お許しください」
まるで自分の傷かのように顔を歪めて痛みを心配する前田。そんな前田に弱気な姿は見せられないと、審神者は笑顔を作って言う。
「私なら平気!……それよりも、みんなが心配。あんなに強い敵が、どうして全部の部隊が出払っているときに……」
まるで、狙ったかのように。それは口にこそしなかったものの、審神者だけではなく、誰もが考えたことだった。あまりにも、タイミングが悪すぎる。
第一部隊は最高練度のメンバーを揃えたこの本丸の主力だ。第二部隊以降も、不安のないメンバーを揃えての遠征だった。本当にたまたま、ちょうど強い刀のいない時に、偶然にもこの本丸が襲撃されたとするのならば、それはあまりにも運のない話だ。
何か、この本丸を狙う理由があった。そう考えるのが自然だろう。
「考えても仕方ない、か。今はこの状況をなんとかしなきゃ」
審神者は、ただ逃げることしかできない自分が悔しくて仕方なかった。
自分に力があったなら、刀を振るえたなら、そう考えてはそれは考えるだけ余計に自分の無力さが際立つだけだと、頭から振り払う。
己の無力さはよくわかっていた。だから、ここに残ってみんなと戦いたいという思いは絶対に胸の中に秘めていた。そんなことをしたところで、足手まといになるのはわかっている。戦場において、審神者はあまりにも無力、できることなどなにもないのだ。
自分ができる最良の策は、無事に逃げ延びて本丸に未来を作ることだ。出払っている部隊が帰還し、この最悪の状況を打破してくれることを祈って、安全なところで待つことしかできないのだ。
「主君、僕たちは使う人あっての刀です。あなたがいなくては、この身はなんの役にも立たない」
まるで、審神者の心を見透かしたかのように前田が静かに言った。それは言い聞かせるように、まっすぐに審神者の目を見て紡がれる。
「ですから……必ず逃げ延びてください。あなたが居てくだされば、僕は、僕たちは、戦える……!」
突然、審神者に飛びかかるようにして、前田の体が審神者を押し倒した。
深々と、畳に食い込む大きな刃。もし、前田がかばってくれなかったら、それは審神者を見事に貫いていたことだろう。
「行ってください!」
すぐに状態を立て直して、前田が吠えるようにいう。その目はしっかりと敵を見据えていて、その小さな背中で審神者をかばっている。
「室内は僕たち短刀の場所です。満足に動けない貴方では、僕に勝てない!」
それは、そう思いたいだけの強がりなのかもしれない。自分よりもはるかに大きな体はそれだけで逃げ出したくなるような威圧感を放っていて、先ほどの一撃からもわかる打撃の強さは一度くらうだけでも致命傷だろう。
それでも、前田には引けない理由があった。守るものが背中にある。それなのに、どうして逃げ出すことなどできるだろう。
「……絶対に振り返らないで、前だけ見て走ってください。……倒したら……倒したら、追いつきます!」
最後の言葉を、一度言い淀んで、それでもしっかりと口にした。
口にしてしまった以上、それは約束として守らねばならない。自分の主に嘘をつくなんて、前田は許さない。目の前の敵を倒して、そして主の元へ戻る。
弾かれるように、審神者、そして平野と五虎退は部屋を飛び出した。
審神者にだってわかる。前田とあの大太刀の実力差はあまりにもはっきりしている。でも、今の自分には信じることしかできない。倒して追いつくと言った彼の言葉を信じて、ただまっすぐ逃げることしかできないのだ。
前田は今まで一度だって審神者に嘘をついたことなどなかった。そんな彼のことを信じられないはずがない。
「前田、信じてる……っ!」
大太刀は部屋を飛び出した審神者を追うために、刀を振り上げて部屋の出口へ向かう。
「遅すぎます!」
大きな体に大きな刀。その動きは身軽な前田には遅すぎる。大太刀の前に回り込んでその道を塞ぐ。
そんな前田を見据えて、敵の大太刀も自分の獲物を認識したようだった。
じわりと嫌な汗が背中を流れるのがわかる。喉はカラカラに乾いて、手は力強く刀を握っていなければ振るえて使い物にならないだろう。
人の体とは不便だ。ただの刀であったならば、道具であったならば、余計な感情など持たずにただその身を戦いに投じることができただろう。だが、人の体と得たからこそ、守りたいと思うものができた。自分の力で、守ることができる力を得た。それは、刀を振るうとき、強い力になるだろう。
「……参ります!」
自分を鼓舞するように、声を張り上げ、大きな敵の懐に飛び込んだ。
2019.4.24
そんな味方の無事を祈りながら、戦いの音を避け、門へと向かう。
角を曲がる直前、前田が審神者の手を離し、後ろへと突き飛ばした。平野と五虎退に受け止めるようにして支えられた審神者の目の前で、前田が吹き飛んだ。その勢いで壁に打ち付けられた前田は、苦しそうに咳き込む。
そして、角の向こうから現れたのは、一振の短刀だ。
「主、後ろへ」
審神者をかばうように、平野と五虎退が前に出る。
有利に動けると踏んでの室内戦。だが、相手が短刀となれば、条件は同じ。実力差のみの勝負になった時、果たして自分たちの練度でなんとかなる相手なのだろうか。
「やってみなければわかりませんね」
そう口にするものの、戦いの中に身を置くものとしての直感的なものが告げていた。これは、自分が相手にして勝てる敵ではないと。
3人で協力すれば、もしかしたら可能性はあるかもしれない。だが、その場合、誰が主を門まで逃すのか。本丸中で戦いの場になっている今、安全な場所などきっとない。そんな中を審神者1人で向かわせるなどとは考えられるわけがなかった。
全員でここを切り抜ける、もしくは誰かが囮になる。それしか方法はないように思えた。
一瞬。瞬きをすることも忘れていたような目にすら止まらない速さで、短刀が攻撃を仕掛けた。それはまっすぐに五虎退に向かってくる。
「わっ」
とっさにそれに応戦するが、単純な練度の違いだろうか。防いだと思ったが、体は大きくバランスを崩されてしまった。そこに容赦のない追撃。立て直す暇など与えてもらえるはずもなく、それはまっすぐに五虎退に刺さるはずだった。
「い……たぁ」
敵の短刀の刃は、審神者の太ももをえぐるように斬り裂いていた。
「あ、あるじさまっ」
「五虎退平気!?」
平気でないのは審神者の方だ。守らなければいけないはずの主に、刀である自分が守られてどうするのか。
「あっ……あっ……」
血がどくどくと流れ出る傷は、見ているだけでも痛々しい。日常生活で負う傷のレベルをはるかに超えているそれは、審神者にとっては重傷だ。だがそんなのは全く気にしていなような様子で、審神者は五虎退のみを真っ先に案じる。
「主君!……はぁっ!!」
持ち直した前田が、敵短刀を斬りつけて審神者に駆け寄る。敵短刀は前田の一撃をもろに食らってふらふらとよろめくように頼りなく中を漂う。
不意打ちでの渾身の一撃をもってしても、短刀を完全に倒すにはいたらなかった。だが、
「敵が怯んだ今です!平野、そちらをお願いします」
前田と平野が両側から審神者を持ち上げるようにして支え、なんとか先を急ぐ。
「五虎退!自由に動けるのは貴方だけです、しっかりしなさい!」
審神者に傷を負わせてしまったことのショックで、未だにオロオロとしていた五虎退に、平野が喝を入れる。
「今の刀、主君を斬りつけた後、動きが鈍っているようでした……。だから隙を作れたものの、いつ追いつかれるかわからない」
「ですが、先を急いで他の敵と遭遇することは避けるべきですね」
足を引きずる審神者はどう頑張っても走れる状態ではない。走って切り抜けるという方法は選べない。かといって、今の戦力では敵と十分に戦うこともできない。
屋内で、これ以上敵と遭遇することは避けたいのが現状だ。
「あ、主さま……ごめんなさい、僕のせいで……」
痛々しい傷口からはおびただしい量の血が流れ出して、床を汚している。これでは先ほどの短刀に追いつかれるのも時間の問題だ。それに、他の刀に見つかれば、間違いなくこの跡を追われることだろう。
「だ、大丈夫……私は、へい、き……っ」
審神者の体が大きく崩れた。両側を支える2人のおかげで倒れこむことはなかったが、足に力が入らないのか、まっすぐに立ち上がることができない。
「主君!……血が、流れすぎています。一度、手当をしましょう」
「五虎退、部屋の安全を確認してください」
「は、はい!」
五虎退が先行して手近な部屋の戸に手をかける。そっと中を覗き込んで、安全を確認してから部屋の中に体を滑り込ませる。敵の気配はない。
「だ、大丈夫です!中は誰もいません」
2人が審神者を部屋に運び込む。ほとんど彼らに助けられて、かろうじて歩いていた審神者は、そのまま部屋の中に倒れこむようにして座り込んだ。
「主君、失礼します」
一言断り、前田が傷口を確認する。
太ももの外側、根元近くを斬りつけられたその傷は、しっかりと奥まで刃が入り込んでいて随分と深い傷になっている。未だに止まる気配のない血は、このままでは命に関わるであろうレベルで流れ続けている。
「まずは止血を……」
手近な布を探して、前田は自分のマントを刀で割く。手頃な大きさにしたそれを、きつく、審神者の太ももに巻きつけた。
「ぐ……うぅ……」
見た目の通り、ひどい痛みなのだろう。審神者が耐えるように歯を食いしばり、うめき声をあげる。
巻きつけた布にはすでに血が滲み、前田のマントを真っ赤に染め上げた。
「主さま……!」
「大丈夫、だよ」
苦しむ審神者の姿に耐えられなくなって、五虎退は彼女の手をきつく握った。彼女を救いたいのに、その手を力強く握り返してくれる彼女に救われるのは五虎退の方だ。
痛みに顔を歪めながらも、気丈に振る舞う主の姿に、五虎退は必ず彼女を逃すことを心に固く誓う。今度こそ、守るのは自分の番だ。たとえ命に変えても、主を守ってみせよう。
「このまま、隣の広間を抜ければ外に出ます。外に出れば、必ず敵の目に留まるでしょう。そこからは勢いの勝負になると思います」
前田の言葉に、審神者は頷く。
「他の皆さんもおそらくは応戦中。その中をくぐり抜けて、まっすぐに転移門を目指しましょう」
「痛むでしょうが、もう少しだけご無理をさせてしまいます。お許しください」
まるで自分の傷かのように顔を歪めて痛みを心配する前田。そんな前田に弱気な姿は見せられないと、審神者は笑顔を作って言う。
「私なら平気!……それよりも、みんなが心配。あんなに強い敵が、どうして全部の部隊が出払っているときに……」
まるで、狙ったかのように。それは口にこそしなかったものの、審神者だけではなく、誰もが考えたことだった。あまりにも、タイミングが悪すぎる。
第一部隊は最高練度のメンバーを揃えたこの本丸の主力だ。第二部隊以降も、不安のないメンバーを揃えての遠征だった。本当にたまたま、ちょうど強い刀のいない時に、偶然にもこの本丸が襲撃されたとするのならば、それはあまりにも運のない話だ。
何か、この本丸を狙う理由があった。そう考えるのが自然だろう。
「考えても仕方ない、か。今はこの状況をなんとかしなきゃ」
審神者は、ただ逃げることしかできない自分が悔しくて仕方なかった。
自分に力があったなら、刀を振るえたなら、そう考えてはそれは考えるだけ余計に自分の無力さが際立つだけだと、頭から振り払う。
己の無力さはよくわかっていた。だから、ここに残ってみんなと戦いたいという思いは絶対に胸の中に秘めていた。そんなことをしたところで、足手まといになるのはわかっている。戦場において、審神者はあまりにも無力、できることなどなにもないのだ。
自分ができる最良の策は、無事に逃げ延びて本丸に未来を作ることだ。出払っている部隊が帰還し、この最悪の状況を打破してくれることを祈って、安全なところで待つことしかできないのだ。
「主君、僕たちは使う人あっての刀です。あなたがいなくては、この身はなんの役にも立たない」
まるで、審神者の心を見透かしたかのように前田が静かに言った。それは言い聞かせるように、まっすぐに審神者の目を見て紡がれる。
「ですから……必ず逃げ延びてください。あなたが居てくだされば、僕は、僕たちは、戦える……!」
突然、審神者に飛びかかるようにして、前田の体が審神者を押し倒した。
深々と、畳に食い込む大きな刃。もし、前田がかばってくれなかったら、それは審神者を見事に貫いていたことだろう。
「行ってください!」
すぐに状態を立て直して、前田が吠えるようにいう。その目はしっかりと敵を見据えていて、その小さな背中で審神者をかばっている。
「室内は僕たち短刀の場所です。満足に動けない貴方では、僕に勝てない!」
それは、そう思いたいだけの強がりなのかもしれない。自分よりもはるかに大きな体はそれだけで逃げ出したくなるような威圧感を放っていて、先ほどの一撃からもわかる打撃の強さは一度くらうだけでも致命傷だろう。
それでも、前田には引けない理由があった。守るものが背中にある。それなのに、どうして逃げ出すことなどできるだろう。
「……絶対に振り返らないで、前だけ見て走ってください。……倒したら……倒したら、追いつきます!」
最後の言葉を、一度言い淀んで、それでもしっかりと口にした。
口にしてしまった以上、それは約束として守らねばならない。自分の主に嘘をつくなんて、前田は許さない。目の前の敵を倒して、そして主の元へ戻る。
弾かれるように、審神者、そして平野と五虎退は部屋を飛び出した。
審神者にだってわかる。前田とあの大太刀の実力差はあまりにもはっきりしている。でも、今の自分には信じることしかできない。倒して追いつくと言った彼の言葉を信じて、ただまっすぐ逃げることしかできないのだ。
前田は今まで一度だって審神者に嘘をついたことなどなかった。そんな彼のことを信じられないはずがない。
「前田、信じてる……っ!」
大太刀は部屋を飛び出した審神者を追うために、刀を振り上げて部屋の出口へ向かう。
「遅すぎます!」
大きな体に大きな刀。その動きは身軽な前田には遅すぎる。大太刀の前に回り込んでその道を塞ぐ。
そんな前田を見据えて、敵の大太刀も自分の獲物を認識したようだった。
じわりと嫌な汗が背中を流れるのがわかる。喉はカラカラに乾いて、手は力強く刀を握っていなければ振るえて使い物にならないだろう。
人の体とは不便だ。ただの刀であったならば、道具であったならば、余計な感情など持たずにただその身を戦いに投じることができただろう。だが、人の体と得たからこそ、守りたいと思うものができた。自分の力で、守ることができる力を得た。それは、刀を振るうとき、強い力になるだろう。
「……参ります!」
自分を鼓舞するように、声を張り上げ、大きな敵の懐に飛び込んだ。
2019.4.24