刀剣乱舞短編
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【小さい主】
「いってきまぁす」
朝食を終えてしばらく。いつものように学校へ行くことを告げる審神者の声がかかる。だが今日はどこか違和感を感じるそれに、慌てて振り返る近侍、山姥切国広。
そこには執務室を覗き込む少女……というには幼すぎる子供が立っている。
ぶかぶかでとても着ているとは言えないような制服。引きずるように持っているカバン。そしてなにより、山姥切が知っているものよりも幾分か幼いが、しっかりとその面影を残した顔。
「あんた……主なのか!?」
とある朝。突然審神者が小さくなってしまった。
「ちょっとぉ、がっこういかないと、ちこくしちゃうよー。山姥切さん、はなしてー」
抱きかかえられた体をじたばたと暴れさせるが、その小さな体ではどうすることもできない。それを抱える山姥切は、自分だけでは手に追うことができないこの状況を、どうにかしなくては、と必死だ。
他の刀を頼りたいところだが、突然皆の前に連れて行って「主が小さくなった」と言っては混乱が大きくなるだけだろう。中には、知られたらまずそうな厄介な刀も何振か思い浮かぶ。とりあえずは頼りになりそうな刀に事情を説明して協力を仰ぐのが良さそうだ。
こういうときに、冷静に対処してくれそうなのは、前田や歌仙、お世話という面に関しては燭台切なんかも頼りになるかもしれない。
「いいか、ここでじっとしているんだぞ。すぐに戻る」
「わかったー」
良い返事をする主を執務室に残し、目星をつけた刀たちを探しに行く。
随分幼く見えるが、話は通じる。それに自分を見て驚かなかったことや、名前を呼んでいたことから、山姥切は彼女の中身は審神者自身のままなのではないかと考える。
それならば、彼女自身に話を聞いて、解決策が思いつくかもしれない。少しずつ冷静になる頭でそんなことを考えながら、目当ての刀たちを呼び出す。
執務室に戻った山姥切の目の前には頭を抱える光景が広がっていた。
「あ、主……こんなお姿になってしまって……!しかし俺は!どこまでも貴方の忠臣です……!」
「長谷部さん、おろしてー!」
「ほーら、主?お名前は言えるかなぁ?」
「いいませーん。おなまえ、いっちゃだめでーす」
「はっはっは、主は幼くとも賢いな。ほれ、じじいが抱っこしてやろう」
「気安く主に触れるな!!」
嘆いているかと思いきや、なぜか嬉しそうな長谷部。ちゃっかりと名前を聞き出そうとする鶴丸。すきんしっぷ、とやらを図ろうとする三日月。
「なぜ見つかった……」
見つかったら厄介であろう刀たちがこうも集まってしまうとは一体どういうわけか。
しかし、嘆いたところで始まらない。まずは山姥切の後ろから部屋の状況覗き込み呆気に取られている彼らへの説明が先だ。
余計な刀が紛れてしまったのはもうこの際仕方がない。
「現状について、緊急会議だ」
長谷部から奪還された審神者は現在山姥切の膝の上。机を取りかこみ、神妙な顔をする男士たちと、どこか楽しそうな者が約2名。それと、恨めしげに山姥切を見つめる者が約1名。
「えっと、主、は主でいいんだよね?」
「はーい!あるじです!」
元気に手をあげる審神者はまるで幼子そのものだ。
「俺たちのことはわかるんだろう?」
「なにいってるの?みんなしってるよー」
少し舌ったらずに話すことを除けば、受け答えはしっかりしているし、中身は審神者そのもののように思えるが……」
「みてみて、おばけー!」
山姥切の布の中に入り込んで、顔を覗かせてケラケラと笑うその姿は、本当に審神者本人なのだろうか。
「なんというか、主であることは間違いないようだけど……」
「年齢だけが、幼くなってしまったような感じですね……」
前田の言葉に、その場の全員が頷く。
幼くなったのは見た目だけで、中身には問題がないようだと思ったが、どうやら記憶はそのままに、精神年齢も見た目通りになってしまっているらしい。
「問題は、どうやったら戻るか……だよね。ずっとこのままってわけにはいかないし、他の皆に隠しておけることでもないしね」
「主君、何か原因に心当たりはありませんか?」
「げーいん?」
「そうだなぁ……今日の朝、何か変わったことはなかったかな?」
首をかしげた審神者に、燭台切が丁寧に説明する。言葉の面に関しても、年相応の知識になってしまっているようだ。
「んー……わかんない。なんかね、あたまがいたくって、きがついたらがっこうのじかんだったの。だから、いそいでじゅんびしたんだよ。えらい?」
「うん、えらいえらい!主はいい子だね」
主の頭を撫でながら、燭台切は頭を悩ませる。
「頭が痛い……っていうのは気になるけど……。そもそも主には『小さくなった』って認識がなさそうだから、本人から聞き出すのは難しそうだね」
「なんというか……手慣れているね」
しっかりと考えを巡らせながらも、主をあやす手は止めない燭台切に、歌仙がつっこむ。幼子と触れ合うことなどなかったはずだが、なぜか異様に順応が早い。
「慣れているわけじゃないけど……主だと思うと可愛がってしまうよね」
困ったように笑う燭台切だが、その顔はどこか楽しそうだ。燭台切までそちら側に回られてしまっては手がつけられなくなってしまう。
だが、誰もがその気持ちがわからないわけではかった。
少なからず、大切に思っている主が、幼い可愛らしい姿で目の前に現れたとあっては、顔が緩んでしまうのも仕方のないことだ。皆、問題解決の体面を保ってはいるが、そうでなかったら審神者を甘やかすのは誰か、争うことになっていただろう。
「主君ご本人に心当たりがないとなると……難しいですね。朝食のときにはいつも通りだったと思うので、その後、お部屋に戻られてからの間に何かがあったと考えるのが良さそうですが……」
「普通では考えられないことだからね……審神者の霊力やなんかが関係しているのかもしれないね」
本人に心当たりがない以上予測の域を出ないが、頭を悩ませる。しかし、正解などわかるはずもない。
原因がわからない以上、解決の策も思いつかない。となれば、この幼いままの主とどうやって過ごしていくのかを考えるべきだろう。他の男士たちへの説明はどうするべきか。そもそも、彼女は審神者としての仕事をこなせるのだろうか。
「僕たちだけで悩んでも仕方がないね……」
「あぁ……すでに一部バレてしまったしな。他の奴らにも事情を話そう」
「おっ!話は決まったのか?それなら行くぞ、主!」
話がまとまりを見せた途端、それまで口を挟まずに大人しくしていた鶴丸が山姥切のもとから審神者を抱き上げる。突然のことに反応が遅れた山姥切を置き去りにして、颯爽と部屋を出て行ってしまう。
「お、おい貴様!主をどこに連れて行くつもりだ!」
その後ろに続くのは長谷部だ。
「ちょ、鶴さん!長谷部くん!!もぉー……心配だから、僕が見てくるよ!」
さらにその後に続いて燭台切が部屋を出て行く。
鶴丸のことだ、よからぬことを考えているのは想像がつくし、他の刀に見つかるにしてもあの二振ではろくな説明もなしに混乱を招きそうだ。
「はっはっは、騒がしいな」
それを面白そうに見送るのは三日月。
「どれ、じじいも遊んでもらうとするか」
どっこいしょ、と掛け声が聞こえそうな動作で、重々しく腰を持ち上げて、ゆっくりと後を追っていく。
半数以上が出て行った部屋は急に静かになる。
「はぁ……一体どうしたものか……」
「政府への報告もしておいた方が良さそうですね」
「そうだな……早く戻ってくれるとありがたいんだが……」
可愛らしい主を前に、手離しに喜びたい気持ちがある反面、真面目な刀たちは今後のことに頭を悩ませるのだった。
審神者を抱えて部屋を飛び出した鶴丸。
執務室を覗いて、どこかで見たような幼い女の子がいたのには驚いた。彼女が「鶴丸さんだー!」と名前を呼んでくれたから、まさか……とピンときたのだ。
何がどうして、こんなことになってしまったのかはわからないが、起こってしまったことは仕方ない。目の前のことを目一杯楽しむ以上に面白いことなどないだろう。
いつもならば、審神者をこんな風に抱えて走ったりはできない。いや、できないということはないが、彼女の年頃からしてそんなことはさせてくれないだろう。ところが今は、腕の中できゃっきゃと嬉しそうに笑う審神者がいるのだ。
「よーし、主。まずはどこに行こうな?」
「んー……はたけ!」
「よぉし、任せろ!」
楽しそうな審神者を見ていると、自分まで楽しくなってくる。こんな驚きはとても心地がいい。
しかし、そこへ邪魔が1人。
「おい、貴様!主を抱えて走るなど、お怪我でもされたらどうするつもりだ!解かされても文句は言えんぞ!」
追いかけられていたはずだったが、なぜかいつの間にか鶴丸の前に回り込んできたのは長谷部だ。
「お前には任せておけん。主を渡せ」
さあ!と迫ってくる長谷部。その迫力はなかなかのものだ。
審神者が、鶴丸の襟元をきゅっと強く握る。
「ん?主、どうした……」
それに気がついた鶴丸が、審神者の顔を覗き込むのが早いか、鳴き声が2人の耳に刺さる。
「ふぇ……うぇーーーん!!」
突然泣き出す審神者に、困惑するのは2人とも同じだ。
「お、おいおい。どうしたんだ?」
自分の腕の中で突然泣き出してしまった審神者に慌てる鶴丸。彼女の体を揺らしながら優しく背中を撫でる。
「つ、鶴丸ゥ!貴様何をした!!」
先ほどまで以上に眉を釣り上げた長谷部が、険しい剣幕で鶴丸に迫った。そんなことを言われても、全く身に覚えのない鶴丸は弁解することしかできない。だが、審神者が腕の中で泣き出してしまったのは事実。覚えはないと言っても言い訳のようにしか聞こえないだろう。
「早く主をこちらに渡せ!」
そう言って、手を出す長谷部に、仕方なく鶴丸は審神者を預けようとする。だが、なぜかその手はきつく鶴丸の服を掴んで離さない。
「やっ、やだぁ!長谷部さんこわい!」
しゃくりあげながら、そう訴える審神者。それを聞いた長谷部はピシリと固まる。
「ぷっ……ふははっ!!そうかそうか!よしよし、怖くないからなー」
長谷部の顔を自分の体で隠すようにして、鶴丸が審神者をあやす。しかしその顔は必死に笑いをこらえていて、ひどいことになっている。
「怖い長谷部は置いておいて、俺と遊ぼうなー?」
「あ、主……」
審神者に手を伸ばすが、ふいっと外を向かれてしまう。
「これは随分と嫌われたみたいだなぁ?」
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべる鶴丸に対して、いつもなら声を荒げるところだろうが、ショックでそれどころではない。審神者に嫌われてしまったという事実が長谷部に深く突き刺さっているのだ。
「俺は、俺は……」
主に必要とされなくなってしまったらどうすれば良いのか。そんな考えが悶々と頭をめぐる中、ポンと小さな手が長谷部の頭に乗せられた。それは審神者のものだ。
「きらいじゃないよ、長谷部さん」
まだ涙の残る顔でそう言う審神者はポンポンと何度も長谷部の頭を撫でる。
「おこってる長谷部さんはこわいけど、長谷部さんはきらいじゃないよ」
「あ、主ぃぃぃ……!」
その一言で舞い上がる長谷部は忠臣なのか、はたまた単純なだけなのか。どちらにしても、主を思うが故であることは変わりない。
そうこうしている間に、鶴丸と長谷部を追ってきた燭台切が合流する。
「ちょっと!勝手に主を連れ出さないでよね!これからみんなにもちゃんと説明して、どうしていこうか、ってところなんだから……。ほら、主おいで」
燭台切が腕を伸ばすと、素直にそれに従う審神者。審神者がそちらに行くというのであれば、鶴丸も無理に引き止めることはできない。
「主がこんなことになっててはしゃぐのはわかるけど……こんなときだからこそしっかりしてよね」
「すまんすまん」
審神者を抱えた燭台切は、鶴丸に軽く説教をすると、腕の中がふいに重くなる。
「ん?主……寝ちゃった?」
燭台切の胸元に体を預けて、すやすやと寝息を立てる審神者。
「どうやら泣き疲れたみたいだな」
やはり幼子。泣いて体力を消耗したのか、すっかり眠ってしまったようだ
「泣き疲れ……なにがあったのかな?」
鶴丸の言葉を聞き逃さなかった燭台切。その顔には笑顔こそ張り付いているが、後ろには般若が見え隠れしている。
「ち、違うぞ!長谷部が怒って驚かせたんだ!」
「ふぅん、本当?長谷部くん」
矛先を向けられた長谷部は、燭台切の剣幕にたじろぐが、主を泣かせてしまったことは事実。その罪を隠すつもりはない。潔く罪を認めれば、それ以上に咎められることはなかった。
「主が起きちゃうからね、部屋に寝かせてくるよ」
「えー!僕も小さい主さん見たーい!」
「そうだねぇ、僕も気になるなぁ」
「うるさいぞ貴様ら。主はお昼寝中だ。眠りを妨げることは許さん」
広間に集められ、事情を聞かされた刀剣たちはこの場にいない主のことが気になって仕方ない様子だ。
だが、審神者はというと燭台切の腕の中で寝落ちた後、執務室にて昼寝中だ。現在は前田が側で子守をしている。
「にしても、突然小さくなっちゃうなんて、不思議なこともあるんだね」
「ちっちゃくて、審神者としての力とかは大丈夫なの?」
「戻らないとなると……よくないかもしれませんね」
まだ見ぬ幼い審神者に頭を悩ませる刀剣たちの前に、突如ポンっという効果音とともに見慣れた狐が現れる。
「刀剣男士のみなさん!審神者様の幼児化の原因が明らかとなりましたのでお知らせに参りました」
それは待っていたこんのすけからの報告だ。
「聞こう。それで、戻る方法もわかったのか?」
「はい。原因は霊力が不安定になったことによるものだと思われます。幼い体で霊力を温存するのが目的ですので、しばらくすれば元に戻ります。実際に他の本丸でも同じ報告が幾つかありますので、問題はないと思います」
こんのすけからの報告に、ほっと胸を撫で下ろす面々。どうやら大きな問題ではなかったみたいだ。
「それでは、私はこれで失礼します」
現れた時と同じように姿を消したこんのすけを見送り、一部の刀剣たちはやっと気が休まった。勝手に戻るというのならば、なにも心配することはなさそうだ。そのしばらく、というのが一体どれくらいのものなのかわからないのが不安だが、このままずっと戻らないなどということがないとわかっただけで一安心だ。
「なんだ、すぐに戻ってしまうんだなぁ」
「ちょっと、なんで少し残念そうなの」
「戻る前に小さい主見たいなぁ」
「あ!それは俺も!」
ちょうど良いタイミング、と言うべきか。
前田が幼い女の子の手を引いて広間へとやってくる。
「あ、お目覚めかな」
初めてその姿をみる刀たちは、見慣れない姿に一瞬不思議な顔をするが、すぐにそれが自分たちの主であることを理解する。
「えー!主さんなの!?」
「ぼ、僕たちよりも小さい主様……かわいいです」
「抱っこ!抱っこさせてください!」
小さな姿に興奮するのは皆同じだが、特に短刀や脇差といった刀たちは自分たちよりも随分小さくなってしまった審神者に人一倍興味津々なようだ。
鯰尾に抱き上げられた審神者は、自分がなぜみんなに囲まれているのかよくわかっていないようだが、構われることは嫌ではないようで嬉しそうにしている。
「鯰尾兄さん!次は僕が抱っこしたいです!」
「えー、秋田には危ないよ」
そんなやり取りの最中。
突然何かがはじけるような音ともに、現れる見慣れた人。
「うわぁっと!?」
突然の重みに崩れ落ちる鯰尾。そんな彼にのしかかるようにしているのは、よく見慣れた、女子高生姿の審神者だ。ただし、セーラー服のしたのスカートが足りていない。
幼くなった姿で、引きずっていたそれはいつの間にかなくなっていたようだ。
「え、え!?なにこれ?」
状況を理解できていないのか、自分の下の鯰尾と周りの短刀たちを見渡す審神者。まだ自分の服装には気づいていないみたいだ。
「わっ、主さんパンツ……」
誰もが気づいていたことだが、それを迷いなく即座に口にするのは流石鯰尾といったところだが、それを遮るようにして何かが審神者の腰に掛けられる。
「部屋に戻れ」
自分の学ランを審神者にかぶせた大倶利伽羅はそれだけ言って部屋を出て行く。
そこで初めて自分がスカートを履いていないことに気づいた審神者は顔を真っ赤にして、大倶利伽羅の服をしっかりと腰に巻きつける。
「意味わかんないんだけど……なにこれぇ……」
「主君、お部屋に戻りましょう!」
前田が手を引き、審神者を部屋に連れて行く。
まさか、しばらくというのがこんなに突然だとは誰も予想していなかった。それに、審神者の様子を見るに、幼かった時の記憶はなさそうだ。
審神者からしてみると、気づいたらパンツで鯰尾に馬乗りになっていたというさっきの状況を、一体そうやって彼女に説明したものか。
「……とりあえずは一件落着だね」
「そうだな……」
審神者が元に戻ったのは間違いなく喜ばしいことだが、先ほどの光景が頭から離れてくれない。あの状況で「見ていない」というのには無理がある。
審神者に顔を合わせ辛いのはみんな同じだろう。
「主さんのパンツ、ピンクでしたね!」
一番のラッキースケベ的ポジションにいた鯰尾だけが、なぜか全く気に留めていない様子で言う。それに同意する者は誰もいない。なぜ、みんなが微妙な顔をしているのか理解できない様子で立ち上がる鯰尾は部屋を出て行こうとする。
「どこ行くの?」
「え?主さんを迎えに行こうかと……」
「頼むから、やめてあげてくれるかな……」
2019.4.3
「いってきまぁす」
朝食を終えてしばらく。いつものように学校へ行くことを告げる審神者の声がかかる。だが今日はどこか違和感を感じるそれに、慌てて振り返る近侍、山姥切国広。
そこには執務室を覗き込む少女……というには幼すぎる子供が立っている。
ぶかぶかでとても着ているとは言えないような制服。引きずるように持っているカバン。そしてなにより、山姥切が知っているものよりも幾分か幼いが、しっかりとその面影を残した顔。
「あんた……主なのか!?」
とある朝。突然審神者が小さくなってしまった。
「ちょっとぉ、がっこういかないと、ちこくしちゃうよー。山姥切さん、はなしてー」
抱きかかえられた体をじたばたと暴れさせるが、その小さな体ではどうすることもできない。それを抱える山姥切は、自分だけでは手に追うことができないこの状況を、どうにかしなくては、と必死だ。
他の刀を頼りたいところだが、突然皆の前に連れて行って「主が小さくなった」と言っては混乱が大きくなるだけだろう。中には、知られたらまずそうな厄介な刀も何振か思い浮かぶ。とりあえずは頼りになりそうな刀に事情を説明して協力を仰ぐのが良さそうだ。
こういうときに、冷静に対処してくれそうなのは、前田や歌仙、お世話という面に関しては燭台切なんかも頼りになるかもしれない。
「いいか、ここでじっとしているんだぞ。すぐに戻る」
「わかったー」
良い返事をする主を執務室に残し、目星をつけた刀たちを探しに行く。
随分幼く見えるが、話は通じる。それに自分を見て驚かなかったことや、名前を呼んでいたことから、山姥切は彼女の中身は審神者自身のままなのではないかと考える。
それならば、彼女自身に話を聞いて、解決策が思いつくかもしれない。少しずつ冷静になる頭でそんなことを考えながら、目当ての刀たちを呼び出す。
執務室に戻った山姥切の目の前には頭を抱える光景が広がっていた。
「あ、主……こんなお姿になってしまって……!しかし俺は!どこまでも貴方の忠臣です……!」
「長谷部さん、おろしてー!」
「ほーら、主?お名前は言えるかなぁ?」
「いいませーん。おなまえ、いっちゃだめでーす」
「はっはっは、主は幼くとも賢いな。ほれ、じじいが抱っこしてやろう」
「気安く主に触れるな!!」
嘆いているかと思いきや、なぜか嬉しそうな長谷部。ちゃっかりと名前を聞き出そうとする鶴丸。すきんしっぷ、とやらを図ろうとする三日月。
「なぜ見つかった……」
見つかったら厄介であろう刀たちがこうも集まってしまうとは一体どういうわけか。
しかし、嘆いたところで始まらない。まずは山姥切の後ろから部屋の状況覗き込み呆気に取られている彼らへの説明が先だ。
余計な刀が紛れてしまったのはもうこの際仕方がない。
「現状について、緊急会議だ」
長谷部から奪還された審神者は現在山姥切の膝の上。机を取りかこみ、神妙な顔をする男士たちと、どこか楽しそうな者が約2名。それと、恨めしげに山姥切を見つめる者が約1名。
「えっと、主、は主でいいんだよね?」
「はーい!あるじです!」
元気に手をあげる審神者はまるで幼子そのものだ。
「俺たちのことはわかるんだろう?」
「なにいってるの?みんなしってるよー」
少し舌ったらずに話すことを除けば、受け答えはしっかりしているし、中身は審神者そのもののように思えるが……」
「みてみて、おばけー!」
山姥切の布の中に入り込んで、顔を覗かせてケラケラと笑うその姿は、本当に審神者本人なのだろうか。
「なんというか、主であることは間違いないようだけど……」
「年齢だけが、幼くなってしまったような感じですね……」
前田の言葉に、その場の全員が頷く。
幼くなったのは見た目だけで、中身には問題がないようだと思ったが、どうやら記憶はそのままに、精神年齢も見た目通りになってしまっているらしい。
「問題は、どうやったら戻るか……だよね。ずっとこのままってわけにはいかないし、他の皆に隠しておけることでもないしね」
「主君、何か原因に心当たりはありませんか?」
「げーいん?」
「そうだなぁ……今日の朝、何か変わったことはなかったかな?」
首をかしげた審神者に、燭台切が丁寧に説明する。言葉の面に関しても、年相応の知識になってしまっているようだ。
「んー……わかんない。なんかね、あたまがいたくって、きがついたらがっこうのじかんだったの。だから、いそいでじゅんびしたんだよ。えらい?」
「うん、えらいえらい!主はいい子だね」
主の頭を撫でながら、燭台切は頭を悩ませる。
「頭が痛い……っていうのは気になるけど……。そもそも主には『小さくなった』って認識がなさそうだから、本人から聞き出すのは難しそうだね」
「なんというか……手慣れているね」
しっかりと考えを巡らせながらも、主をあやす手は止めない燭台切に、歌仙がつっこむ。幼子と触れ合うことなどなかったはずだが、なぜか異様に順応が早い。
「慣れているわけじゃないけど……主だと思うと可愛がってしまうよね」
困ったように笑う燭台切だが、その顔はどこか楽しそうだ。燭台切までそちら側に回られてしまっては手がつけられなくなってしまう。
だが、誰もがその気持ちがわからないわけではかった。
少なからず、大切に思っている主が、幼い可愛らしい姿で目の前に現れたとあっては、顔が緩んでしまうのも仕方のないことだ。皆、問題解決の体面を保ってはいるが、そうでなかったら審神者を甘やかすのは誰か、争うことになっていただろう。
「主君ご本人に心当たりがないとなると……難しいですね。朝食のときにはいつも通りだったと思うので、その後、お部屋に戻られてからの間に何かがあったと考えるのが良さそうですが……」
「普通では考えられないことだからね……審神者の霊力やなんかが関係しているのかもしれないね」
本人に心当たりがない以上予測の域を出ないが、頭を悩ませる。しかし、正解などわかるはずもない。
原因がわからない以上、解決の策も思いつかない。となれば、この幼いままの主とどうやって過ごしていくのかを考えるべきだろう。他の男士たちへの説明はどうするべきか。そもそも、彼女は審神者としての仕事をこなせるのだろうか。
「僕たちだけで悩んでも仕方がないね……」
「あぁ……すでに一部バレてしまったしな。他の奴らにも事情を話そう」
「おっ!話は決まったのか?それなら行くぞ、主!」
話がまとまりを見せた途端、それまで口を挟まずに大人しくしていた鶴丸が山姥切のもとから審神者を抱き上げる。突然のことに反応が遅れた山姥切を置き去りにして、颯爽と部屋を出て行ってしまう。
「お、おい貴様!主をどこに連れて行くつもりだ!」
その後ろに続くのは長谷部だ。
「ちょ、鶴さん!長谷部くん!!もぉー……心配だから、僕が見てくるよ!」
さらにその後に続いて燭台切が部屋を出て行く。
鶴丸のことだ、よからぬことを考えているのは想像がつくし、他の刀に見つかるにしてもあの二振ではろくな説明もなしに混乱を招きそうだ。
「はっはっは、騒がしいな」
それを面白そうに見送るのは三日月。
「どれ、じじいも遊んでもらうとするか」
どっこいしょ、と掛け声が聞こえそうな動作で、重々しく腰を持ち上げて、ゆっくりと後を追っていく。
半数以上が出て行った部屋は急に静かになる。
「はぁ……一体どうしたものか……」
「政府への報告もしておいた方が良さそうですね」
「そうだな……早く戻ってくれるとありがたいんだが……」
可愛らしい主を前に、手離しに喜びたい気持ちがある反面、真面目な刀たちは今後のことに頭を悩ませるのだった。
審神者を抱えて部屋を飛び出した鶴丸。
執務室を覗いて、どこかで見たような幼い女の子がいたのには驚いた。彼女が「鶴丸さんだー!」と名前を呼んでくれたから、まさか……とピンときたのだ。
何がどうして、こんなことになってしまったのかはわからないが、起こってしまったことは仕方ない。目の前のことを目一杯楽しむ以上に面白いことなどないだろう。
いつもならば、審神者をこんな風に抱えて走ったりはできない。いや、できないということはないが、彼女の年頃からしてそんなことはさせてくれないだろう。ところが今は、腕の中できゃっきゃと嬉しそうに笑う審神者がいるのだ。
「よーし、主。まずはどこに行こうな?」
「んー……はたけ!」
「よぉし、任せろ!」
楽しそうな審神者を見ていると、自分まで楽しくなってくる。こんな驚きはとても心地がいい。
しかし、そこへ邪魔が1人。
「おい、貴様!主を抱えて走るなど、お怪我でもされたらどうするつもりだ!解かされても文句は言えんぞ!」
追いかけられていたはずだったが、なぜかいつの間にか鶴丸の前に回り込んできたのは長谷部だ。
「お前には任せておけん。主を渡せ」
さあ!と迫ってくる長谷部。その迫力はなかなかのものだ。
審神者が、鶴丸の襟元をきゅっと強く握る。
「ん?主、どうした……」
それに気がついた鶴丸が、審神者の顔を覗き込むのが早いか、鳴き声が2人の耳に刺さる。
「ふぇ……うぇーーーん!!」
突然泣き出す審神者に、困惑するのは2人とも同じだ。
「お、おいおい。どうしたんだ?」
自分の腕の中で突然泣き出してしまった審神者に慌てる鶴丸。彼女の体を揺らしながら優しく背中を撫でる。
「つ、鶴丸ゥ!貴様何をした!!」
先ほどまで以上に眉を釣り上げた長谷部が、険しい剣幕で鶴丸に迫った。そんなことを言われても、全く身に覚えのない鶴丸は弁解することしかできない。だが、審神者が腕の中で泣き出してしまったのは事実。覚えはないと言っても言い訳のようにしか聞こえないだろう。
「早く主をこちらに渡せ!」
そう言って、手を出す長谷部に、仕方なく鶴丸は審神者を預けようとする。だが、なぜかその手はきつく鶴丸の服を掴んで離さない。
「やっ、やだぁ!長谷部さんこわい!」
しゃくりあげながら、そう訴える審神者。それを聞いた長谷部はピシリと固まる。
「ぷっ……ふははっ!!そうかそうか!よしよし、怖くないからなー」
長谷部の顔を自分の体で隠すようにして、鶴丸が審神者をあやす。しかしその顔は必死に笑いをこらえていて、ひどいことになっている。
「怖い長谷部は置いておいて、俺と遊ぼうなー?」
「あ、主……」
審神者に手を伸ばすが、ふいっと外を向かれてしまう。
「これは随分と嫌われたみたいだなぁ?」
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべる鶴丸に対して、いつもなら声を荒げるところだろうが、ショックでそれどころではない。審神者に嫌われてしまったという事実が長谷部に深く突き刺さっているのだ。
「俺は、俺は……」
主に必要とされなくなってしまったらどうすれば良いのか。そんな考えが悶々と頭をめぐる中、ポンと小さな手が長谷部の頭に乗せられた。それは審神者のものだ。
「きらいじゃないよ、長谷部さん」
まだ涙の残る顔でそう言う審神者はポンポンと何度も長谷部の頭を撫でる。
「おこってる長谷部さんはこわいけど、長谷部さんはきらいじゃないよ」
「あ、主ぃぃぃ……!」
その一言で舞い上がる長谷部は忠臣なのか、はたまた単純なだけなのか。どちらにしても、主を思うが故であることは変わりない。
そうこうしている間に、鶴丸と長谷部を追ってきた燭台切が合流する。
「ちょっと!勝手に主を連れ出さないでよね!これからみんなにもちゃんと説明して、どうしていこうか、ってところなんだから……。ほら、主おいで」
燭台切が腕を伸ばすと、素直にそれに従う審神者。審神者がそちらに行くというのであれば、鶴丸も無理に引き止めることはできない。
「主がこんなことになっててはしゃぐのはわかるけど……こんなときだからこそしっかりしてよね」
「すまんすまん」
審神者を抱えた燭台切は、鶴丸に軽く説教をすると、腕の中がふいに重くなる。
「ん?主……寝ちゃった?」
燭台切の胸元に体を預けて、すやすやと寝息を立てる審神者。
「どうやら泣き疲れたみたいだな」
やはり幼子。泣いて体力を消耗したのか、すっかり眠ってしまったようだ
「泣き疲れ……なにがあったのかな?」
鶴丸の言葉を聞き逃さなかった燭台切。その顔には笑顔こそ張り付いているが、後ろには般若が見え隠れしている。
「ち、違うぞ!長谷部が怒って驚かせたんだ!」
「ふぅん、本当?長谷部くん」
矛先を向けられた長谷部は、燭台切の剣幕にたじろぐが、主を泣かせてしまったことは事実。その罪を隠すつもりはない。潔く罪を認めれば、それ以上に咎められることはなかった。
「主が起きちゃうからね、部屋に寝かせてくるよ」
「えー!僕も小さい主さん見たーい!」
「そうだねぇ、僕も気になるなぁ」
「うるさいぞ貴様ら。主はお昼寝中だ。眠りを妨げることは許さん」
広間に集められ、事情を聞かされた刀剣たちはこの場にいない主のことが気になって仕方ない様子だ。
だが、審神者はというと燭台切の腕の中で寝落ちた後、執務室にて昼寝中だ。現在は前田が側で子守をしている。
「にしても、突然小さくなっちゃうなんて、不思議なこともあるんだね」
「ちっちゃくて、審神者としての力とかは大丈夫なの?」
「戻らないとなると……よくないかもしれませんね」
まだ見ぬ幼い審神者に頭を悩ませる刀剣たちの前に、突如ポンっという効果音とともに見慣れた狐が現れる。
「刀剣男士のみなさん!審神者様の幼児化の原因が明らかとなりましたのでお知らせに参りました」
それは待っていたこんのすけからの報告だ。
「聞こう。それで、戻る方法もわかったのか?」
「はい。原因は霊力が不安定になったことによるものだと思われます。幼い体で霊力を温存するのが目的ですので、しばらくすれば元に戻ります。実際に他の本丸でも同じ報告が幾つかありますので、問題はないと思います」
こんのすけからの報告に、ほっと胸を撫で下ろす面々。どうやら大きな問題ではなかったみたいだ。
「それでは、私はこれで失礼します」
現れた時と同じように姿を消したこんのすけを見送り、一部の刀剣たちはやっと気が休まった。勝手に戻るというのならば、なにも心配することはなさそうだ。そのしばらく、というのが一体どれくらいのものなのかわからないのが不安だが、このままずっと戻らないなどということがないとわかっただけで一安心だ。
「なんだ、すぐに戻ってしまうんだなぁ」
「ちょっと、なんで少し残念そうなの」
「戻る前に小さい主見たいなぁ」
「あ!それは俺も!」
ちょうど良いタイミング、と言うべきか。
前田が幼い女の子の手を引いて広間へとやってくる。
「あ、お目覚めかな」
初めてその姿をみる刀たちは、見慣れない姿に一瞬不思議な顔をするが、すぐにそれが自分たちの主であることを理解する。
「えー!主さんなの!?」
「ぼ、僕たちよりも小さい主様……かわいいです」
「抱っこ!抱っこさせてください!」
小さな姿に興奮するのは皆同じだが、特に短刀や脇差といった刀たちは自分たちよりも随分小さくなってしまった審神者に人一倍興味津々なようだ。
鯰尾に抱き上げられた審神者は、自分がなぜみんなに囲まれているのかよくわかっていないようだが、構われることは嫌ではないようで嬉しそうにしている。
「鯰尾兄さん!次は僕が抱っこしたいです!」
「えー、秋田には危ないよ」
そんなやり取りの最中。
突然何かがはじけるような音ともに、現れる見慣れた人。
「うわぁっと!?」
突然の重みに崩れ落ちる鯰尾。そんな彼にのしかかるようにしているのは、よく見慣れた、女子高生姿の審神者だ。ただし、セーラー服のしたのスカートが足りていない。
幼くなった姿で、引きずっていたそれはいつの間にかなくなっていたようだ。
「え、え!?なにこれ?」
状況を理解できていないのか、自分の下の鯰尾と周りの短刀たちを見渡す審神者。まだ自分の服装には気づいていないみたいだ。
「わっ、主さんパンツ……」
誰もが気づいていたことだが、それを迷いなく即座に口にするのは流石鯰尾といったところだが、それを遮るようにして何かが審神者の腰に掛けられる。
「部屋に戻れ」
自分の学ランを審神者にかぶせた大倶利伽羅はそれだけ言って部屋を出て行く。
そこで初めて自分がスカートを履いていないことに気づいた審神者は顔を真っ赤にして、大倶利伽羅の服をしっかりと腰に巻きつける。
「意味わかんないんだけど……なにこれぇ……」
「主君、お部屋に戻りましょう!」
前田が手を引き、審神者を部屋に連れて行く。
まさか、しばらくというのがこんなに突然だとは誰も予想していなかった。それに、審神者の様子を見るに、幼かった時の記憶はなさそうだ。
審神者からしてみると、気づいたらパンツで鯰尾に馬乗りになっていたというさっきの状況を、一体そうやって彼女に説明したものか。
「……とりあえずは一件落着だね」
「そうだな……」
審神者が元に戻ったのは間違いなく喜ばしいことだが、先ほどの光景が頭から離れてくれない。あの状況で「見ていない」というのには無理がある。
審神者に顔を合わせ辛いのはみんな同じだろう。
「主さんのパンツ、ピンクでしたね!」
一番のラッキースケベ的ポジションにいた鯰尾だけが、なぜか全く気に留めていない様子で言う。それに同意する者は誰もいない。なぜ、みんなが微妙な顔をしているのか理解できない様子で立ち上がる鯰尾は部屋を出て行こうとする。
「どこ行くの?」
「え?主さんを迎えに行こうかと……」
「頼むから、やめてあげてくれるかな……」
2019.4.3