刀剣乱舞短編
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【君の好きな人】
「ねえねえ、主さんって恋人とかいるのー?」
突然の乱の言葉に、大広間にいた大勢の男士の注目が集まる。
それは、誰もが聞きたくて、でも恐ろしくて聞くことができなかった質問。その答えを聞き逃すまいと、皆素知らぬふりをしながら聞き耳を立てる。
「えっ、そんな人いないよー。どうしたの、急に?」
その返事に、何名かが心の中でそっとガッツポーズを決める。刀剣男士たちの中には審神者に特別な思いを寄せるものも少なくない。それは恋心だったり、過保護な親心だったりと、内情は様々だが、審神者に恋人がいないことを喜ぶ男士が多いというのは事実だ。
「だってー、主さんって可愛いから!男の人にモテモテでしょー?僕心配だなぁ」
そんな乱の言葉に激しく同意するものが何名か。
年頃の娘である審神者は、きっと言い寄られたりすることもあるだろう。そんなとき、自分たちはそばにいてやれない。知らないところでどんな男に言い寄られているのか、悪い男に捕まりはしないかと気が気ではないのだ。
「全然、そんなことないよっ……!むしろ男の人には縁がない方で……」
「嘘っ!僕が主さんと現世で知り合ってたら間違いなく好きって伝えてるのになぁ……」
ほとんど審神者のことが好きだと伝えているようなその言葉に、彼の兄が反応するが、それを鶴丸がなだめている。ここは黙って話の続きを聞こうと、そういうことらしい。
幸い、審神者は乱の言葉に含められた気持ちに気づく様子はない。男士たちは抜け駆け未遂をした乱に警戒を強めつつも、自分たちでは聞けない話に必死に耳を傾けた。
「じゃあじゃあ、好きな人はいないの?」
核心をつくその質問に、再び男士たちの間に緊張が走る。いくら審神者に恋人がいなくとも、思いを寄せる相手がいるのならばそこに入る余地はない。自分の思いのために審神者の恋路を邪魔できるような、そんな刀はこの本丸にはいない。それを知ってしまったら、自分の思いに蓋をして、苦い気持ちで応援せざるをえないだろう。
とても気になる話題ではあるが、知ってしまうのは恐ろしい。そんな葛藤を繰り広げる彼らのことなど露知らず、審神者はあっさりと返事を口にした。
「いないいない!だって、私あんまり現世にいないんだもん。付き合いのある男の人って言ったら、本丸のみんなくらいだよ」
その返事に、男士たちの間には安堵の色が広がる。
「なんだぁ、つまんないのー」
つまらなくて良い。それでいいのだ。緊張が解け、聞き耳大会にも解散のムードが漂う。だが、次の一言で、彼らの耳はまた2人の会話から離れられなくなるのだ。
「それじゃあ、主さんの好みのタイプは?」
願っても無いチャンスが到来する。そんなの絶対に自分では聞けない。だが、ここで聞いたことを参考にすれば、それが審神者の心を射抜き、あわよくば好きになってもらえるなんてこともあるかもしれない。もしくは、すでに自分がそのタイプの人というのも考えられる。そうであれば、きっと審神者と想いが通じ合う日も遠くないに違いない。
先ほどにも増した熱意にも気づかず、審神者は首をひねって頭を悩ませた。
それを見つめる刀剣男士。もはや聞き耳を立てるなんてレベルは通り越して、2人の会話に注目してしまっている。
「うーん……まず守ってくれそうな強い人がいいかな」
(自分だ……!)
審神者の一言に、そう思ったのは一振、二振ではない。刀である以上、皆自分の強さには自信があるのか、漠然としたその印象に真っ先に自分を当てはめる。審神者を敵の手から守るイメージトレーニングは誰もが完璧だ。
「おい、主の好みは俺みたいだぞ」
「何言ってるの長谷部くん。僕の方が強いに決まってるじゃないか」
得意げに鼻息を荒くした長谷部に抗議するのは光忠だ。打刀の長谷部よりも打撃の勝る光忠は強さには自信があるらしい。
「足が遅くては主のピンチに駆けつけられないだろう。打撃だけが強さだと思うなよ」
「いーや、僕ならまずそんな危険なところに主を1人にはしないね!」
当人たちは真面目だが、側から聞いていれば随分と不毛な争いだ。妄想の中の主をいかに守れるかの言い争いを続ける2人だが、それを気にとめるものはいない。なぜなら、他も皆自分がその人だというアピールで必死だからだ。
「おい、お前たち。不毛な言い合いは止すんだな」
その争いに割って入った者が1人。
「なんだい、伽羅ちゃん。これは大事な話だよ」
それは意外にも大倶利伽羅だ。止めないでくれ、とでも言いたげな雰囲気の光忠だがそんなのにはお構いなしだ。大倶利伽羅は自分の主張を通す。
「争うのは勝手だが、無駄だ。練度が一番高いのは誰だと思う?」
そう、俺だ。と、彼の瞳がそう告げる。カンスト済みの彼には及ばない2人はぐぬぬ、と唇を噛むしかない。
「ねー、主っ!俺って主のこと守ってあげられるし、おまけに可愛いよ?どうどう?」
盗み聞いていたことなどとおに忘れて、各々自分が主の好みであるという言い争いを始めた彼らの輪を抜けて、真っ先に抜け駆けに出たのは加州だ。
突然のアピールに審神者は戸惑うが、そんなのにはおかまいなしだ。
「あっ、加州さんずるい!僕だって可愛さなら負けないもん!ねっ、主さん」
そういってスカートの裾をひらりとつまんで見せる乱。あざとい仕草だが、実際に可愛らしい見た目をしている彼がやるとその破壊力はすさまじい。
「ちょっとぉー、邪魔しないでよね」
女の子のような可愛らしさをアピールされては少々部が悪い加州はふくれっつらだ。
2人のやりとりに気づいた他の男士たちが、我先にとなだれ込んでくる。渦中の審神者はというと、わけがわからずただそれをおろおろと見守るばかりだ。
「はいはーい、俺なら一気に倒せちゃうよ。ね、主?」
「ふむ、一掃することであれば私も負ける気はしませんね」
「あっ、兄貴ってばずるーい!アタシもアタシも!」
蛍丸を筆頭に大太刀が名乗りをあげる。審神者の膝に手を乗せて、上目遣いを使う蛍丸はなかなかの策士だ。それに負けじと、逆に大きな体の男らしさを強調する兄弟。次郎に至っては、さらにそこに美しさまで加わると猛アピールだ。
「はっはっは!大きさといったら俺だろう!主の前に立ちはだかるものは皆なぎ倒してしまおうぞ!」
大太刀以上の大きさを持つ薙刀、岩融が大太刀たちの好きにはさせまいと割り入ってくる。大きな刀に取り込まれた審神者はなんとも言えない威圧感を感じる。
「ダメですよ、いわとおし!あるじさまをそばでおまもりできるのは、このぼくです!」
そんな岩融の肩口から顔を覗かせ、そこからひらりと降り立ち、審神者と岩融の間に仁王立したのは今剣だ。
「ぼくならずーっとあるじさまのおそばで守ってあげられますよ?」
くるりと審神者の方を振り返り、こてんと首をかしげて得意げにいう姿はその見た目の年相応で可愛らしい。しかし、さらにそんな今剣を邪魔するものが。
「お側でお守りすることなら、僕だって負けませんよ!」
「僕もです!」
「ねー大将、懐に入れてくれたらいつでも守ってあげられるよ?」
各々が自分をアピールしてなだれ込んできたのは、粟田口の短刀たちだ。
「ぼっ、僕も、主さまのためなら……頑張れます!」
「24時間、お守りするばい!」
「だから自分を選んでよ」と、粟田口派に囲まれるこの時間は悪いものでない。だが、選べと言われても、そもそもどうしてこんな話になってしまったのか。急にみんなが自分を売り込んでくるのはなんでだろうか。
「こら。いけないよ、お前たち。弟たちが申し訳ありませんな、主」
群がる短刀たちをなだめながら現れたのは長兄、一期一振。いち兄の登場に短刀たちは静かになる。
「弟たちも主殿のことを慕っておりますが故、どうかお許しください。もちろん、弟たちに負けず、私も主殿のことを……」
「おーーーっと、そうはさせませんよ、いち兄!」
「はっはっは、抜け駆け失敗ってところか?」
一期の言葉を遮ったのは鯰尾。ニヤニヤと笑っているのは薬研だ。
「油断も隙もない」
めずらしく、本体の方が口を開いたのは鳴狐。粟田口派が勢揃いだ。
みんながいち兄に向かってぶーぶーと文句を言っている。こんな光景は珍しい。いつも聞き分けのいい弟たちに、言われるがままになっている一期というのも、これまた珍しいものだ。
「あ、あの、私はみなさんとずっと一緒にいたい……よ?」
兄弟喧嘩、とまではいかないが、どこか収集がつかなくなってしまったような粟田口派に、そう声をかける。
みんな、自分をそばに置いてほしいとそう口々にいうものだから、審神者は自分がみんなと一緒に過ごしたいことを伝える。こうして改めていうことはあまりない。そのせいなのかはわからないが、みんなにそういうアピールをさせてしまうような不安な気持ちにさせてしまっていたのかも。そう思い、彼らに安心してほしいと伝えた。
そのつもりだったが、なぜかみんなの反応は微妙だ。
「あー……ま、大将だもんなぁ」
「急にこんなこと言われても気づかないかぁ」
その顔はどこか残念そうだ。
理由がわからない審神者だけがきょとん顔だ。
「いいんだよ、きみは知らなくて」
ぐい、と審神者の腕を引いて、輪の中から引っ張り出したのは歌仙兼定だ。
この本丸の初期刀である彼は、刀剣たちの中でも比較的過保護なところがある。
「おーおー。相変わらずだねぇ」
それを同じ刀派である和泉守に指摘される。同じ兼定ではあるが、この2人はあまり仲が良いとは言えない。それは、審神者を思うが故、そして歌仙が人一倍に審神者に構うからだろう。
「こいつの好み聞いただろう?かっこよくてつよーい!まさに俺じゃないか!」
堂々とそう言い切って、審神者を自分の方へ引き寄せる和泉守。
歌仙から助けの手が伸びてきたと思ったら、次はこっちが一触即発と言った様子だ。審神者の困惑は続く。
「かっこよくて強いヒト、なんて言ってた?」
安定の口にした疑問は、この会話を聞いていた全員が思ったことだったが、誰も口にはしなかった。場には微妙な空気が流れる。締まりきらなかった和泉守がどこか居心地が悪そうだ。
「きみの思い込みだったたいだね。さ、主。部屋に戻ろう」
勢いを挫かれる形になった和泉守を鼻で笑い、審神者を取り戻して、歌仙は部屋へと誘導する。あわよくば、と自分を売り込む刀たちの中心に大事な審神者を置いておくことなんてできない。そういったことにあまり関心のなさそうな審神者だ。変なことを吹き込まれてはいけない。知らないならば、まだ知らないままでいいのだ。
「あっ!おい、歌仙!ずるいぞ!」
それに気づいた刀からはブーイングの声がかかる。
「あの、みんな引き止めてるみたいだけど……」
「気にしなくていいんだよ、まったく……」
そんなのは全てスルーして、歌仙はやれやれと息をつく。
広間を出て、審神者の部屋の方までやってくると、声は随分遠く静かだ。
「もしも、きみに大事な人ができたなら、僕は誰よりも応援するさ」
「うん?」
突然切り出される話に審神者は首をかしげる。
「うん、今はそれでいいんだ。それに、僕の目の黒いうちは誰にも手を出させるつもりはないからね」
後半は、口の中でもごもごと発せられたせいで、審神者の耳には意味を持った言葉としては伝わらなかったようだ。
いつか、審神者と結ばれる相手が現れたとして、果たしてそれはこの本丸の刀剣男士なのか否か。それはまだ、神にもわからない話だ。
2019.3.24
「ねえねえ、主さんって恋人とかいるのー?」
突然の乱の言葉に、大広間にいた大勢の男士の注目が集まる。
それは、誰もが聞きたくて、でも恐ろしくて聞くことができなかった質問。その答えを聞き逃すまいと、皆素知らぬふりをしながら聞き耳を立てる。
「えっ、そんな人いないよー。どうしたの、急に?」
その返事に、何名かが心の中でそっとガッツポーズを決める。刀剣男士たちの中には審神者に特別な思いを寄せるものも少なくない。それは恋心だったり、過保護な親心だったりと、内情は様々だが、審神者に恋人がいないことを喜ぶ男士が多いというのは事実だ。
「だってー、主さんって可愛いから!男の人にモテモテでしょー?僕心配だなぁ」
そんな乱の言葉に激しく同意するものが何名か。
年頃の娘である審神者は、きっと言い寄られたりすることもあるだろう。そんなとき、自分たちはそばにいてやれない。知らないところでどんな男に言い寄られているのか、悪い男に捕まりはしないかと気が気ではないのだ。
「全然、そんなことないよっ……!むしろ男の人には縁がない方で……」
「嘘っ!僕が主さんと現世で知り合ってたら間違いなく好きって伝えてるのになぁ……」
ほとんど審神者のことが好きだと伝えているようなその言葉に、彼の兄が反応するが、それを鶴丸がなだめている。ここは黙って話の続きを聞こうと、そういうことらしい。
幸い、審神者は乱の言葉に含められた気持ちに気づく様子はない。男士たちは抜け駆け未遂をした乱に警戒を強めつつも、自分たちでは聞けない話に必死に耳を傾けた。
「じゃあじゃあ、好きな人はいないの?」
核心をつくその質問に、再び男士たちの間に緊張が走る。いくら審神者に恋人がいなくとも、思いを寄せる相手がいるのならばそこに入る余地はない。自分の思いのために審神者の恋路を邪魔できるような、そんな刀はこの本丸にはいない。それを知ってしまったら、自分の思いに蓋をして、苦い気持ちで応援せざるをえないだろう。
とても気になる話題ではあるが、知ってしまうのは恐ろしい。そんな葛藤を繰り広げる彼らのことなど露知らず、審神者はあっさりと返事を口にした。
「いないいない!だって、私あんまり現世にいないんだもん。付き合いのある男の人って言ったら、本丸のみんなくらいだよ」
その返事に、男士たちの間には安堵の色が広がる。
「なんだぁ、つまんないのー」
つまらなくて良い。それでいいのだ。緊張が解け、聞き耳大会にも解散のムードが漂う。だが、次の一言で、彼らの耳はまた2人の会話から離れられなくなるのだ。
「それじゃあ、主さんの好みのタイプは?」
願っても無いチャンスが到来する。そんなの絶対に自分では聞けない。だが、ここで聞いたことを参考にすれば、それが審神者の心を射抜き、あわよくば好きになってもらえるなんてこともあるかもしれない。もしくは、すでに自分がそのタイプの人というのも考えられる。そうであれば、きっと審神者と想いが通じ合う日も遠くないに違いない。
先ほどにも増した熱意にも気づかず、審神者は首をひねって頭を悩ませた。
それを見つめる刀剣男士。もはや聞き耳を立てるなんてレベルは通り越して、2人の会話に注目してしまっている。
「うーん……まず守ってくれそうな強い人がいいかな」
(自分だ……!)
審神者の一言に、そう思ったのは一振、二振ではない。刀である以上、皆自分の強さには自信があるのか、漠然としたその印象に真っ先に自分を当てはめる。審神者を敵の手から守るイメージトレーニングは誰もが完璧だ。
「おい、主の好みは俺みたいだぞ」
「何言ってるの長谷部くん。僕の方が強いに決まってるじゃないか」
得意げに鼻息を荒くした長谷部に抗議するのは光忠だ。打刀の長谷部よりも打撃の勝る光忠は強さには自信があるらしい。
「足が遅くては主のピンチに駆けつけられないだろう。打撃だけが強さだと思うなよ」
「いーや、僕ならまずそんな危険なところに主を1人にはしないね!」
当人たちは真面目だが、側から聞いていれば随分と不毛な争いだ。妄想の中の主をいかに守れるかの言い争いを続ける2人だが、それを気にとめるものはいない。なぜなら、他も皆自分がその人だというアピールで必死だからだ。
「おい、お前たち。不毛な言い合いは止すんだな」
その争いに割って入った者が1人。
「なんだい、伽羅ちゃん。これは大事な話だよ」
それは意外にも大倶利伽羅だ。止めないでくれ、とでも言いたげな雰囲気の光忠だがそんなのにはお構いなしだ。大倶利伽羅は自分の主張を通す。
「争うのは勝手だが、無駄だ。練度が一番高いのは誰だと思う?」
そう、俺だ。と、彼の瞳がそう告げる。カンスト済みの彼には及ばない2人はぐぬぬ、と唇を噛むしかない。
「ねー、主っ!俺って主のこと守ってあげられるし、おまけに可愛いよ?どうどう?」
盗み聞いていたことなどとおに忘れて、各々自分が主の好みであるという言い争いを始めた彼らの輪を抜けて、真っ先に抜け駆けに出たのは加州だ。
突然のアピールに審神者は戸惑うが、そんなのにはおかまいなしだ。
「あっ、加州さんずるい!僕だって可愛さなら負けないもん!ねっ、主さん」
そういってスカートの裾をひらりとつまんで見せる乱。あざとい仕草だが、実際に可愛らしい見た目をしている彼がやるとその破壊力はすさまじい。
「ちょっとぉー、邪魔しないでよね」
女の子のような可愛らしさをアピールされては少々部が悪い加州はふくれっつらだ。
2人のやりとりに気づいた他の男士たちが、我先にとなだれ込んでくる。渦中の審神者はというと、わけがわからずただそれをおろおろと見守るばかりだ。
「はいはーい、俺なら一気に倒せちゃうよ。ね、主?」
「ふむ、一掃することであれば私も負ける気はしませんね」
「あっ、兄貴ってばずるーい!アタシもアタシも!」
蛍丸を筆頭に大太刀が名乗りをあげる。審神者の膝に手を乗せて、上目遣いを使う蛍丸はなかなかの策士だ。それに負けじと、逆に大きな体の男らしさを強調する兄弟。次郎に至っては、さらにそこに美しさまで加わると猛アピールだ。
「はっはっは!大きさといったら俺だろう!主の前に立ちはだかるものは皆なぎ倒してしまおうぞ!」
大太刀以上の大きさを持つ薙刀、岩融が大太刀たちの好きにはさせまいと割り入ってくる。大きな刀に取り込まれた審神者はなんとも言えない威圧感を感じる。
「ダメですよ、いわとおし!あるじさまをそばでおまもりできるのは、このぼくです!」
そんな岩融の肩口から顔を覗かせ、そこからひらりと降り立ち、審神者と岩融の間に仁王立したのは今剣だ。
「ぼくならずーっとあるじさまのおそばで守ってあげられますよ?」
くるりと審神者の方を振り返り、こてんと首をかしげて得意げにいう姿はその見た目の年相応で可愛らしい。しかし、さらにそんな今剣を邪魔するものが。
「お側でお守りすることなら、僕だって負けませんよ!」
「僕もです!」
「ねー大将、懐に入れてくれたらいつでも守ってあげられるよ?」
各々が自分をアピールしてなだれ込んできたのは、粟田口の短刀たちだ。
「ぼっ、僕も、主さまのためなら……頑張れます!」
「24時間、お守りするばい!」
「だから自分を選んでよ」と、粟田口派に囲まれるこの時間は悪いものでない。だが、選べと言われても、そもそもどうしてこんな話になってしまったのか。急にみんなが自分を売り込んでくるのはなんでだろうか。
「こら。いけないよ、お前たち。弟たちが申し訳ありませんな、主」
群がる短刀たちをなだめながら現れたのは長兄、一期一振。いち兄の登場に短刀たちは静かになる。
「弟たちも主殿のことを慕っておりますが故、どうかお許しください。もちろん、弟たちに負けず、私も主殿のことを……」
「おーーーっと、そうはさせませんよ、いち兄!」
「はっはっは、抜け駆け失敗ってところか?」
一期の言葉を遮ったのは鯰尾。ニヤニヤと笑っているのは薬研だ。
「油断も隙もない」
めずらしく、本体の方が口を開いたのは鳴狐。粟田口派が勢揃いだ。
みんながいち兄に向かってぶーぶーと文句を言っている。こんな光景は珍しい。いつも聞き分けのいい弟たちに、言われるがままになっている一期というのも、これまた珍しいものだ。
「あ、あの、私はみなさんとずっと一緒にいたい……よ?」
兄弟喧嘩、とまではいかないが、どこか収集がつかなくなってしまったような粟田口派に、そう声をかける。
みんな、自分をそばに置いてほしいとそう口々にいうものだから、審神者は自分がみんなと一緒に過ごしたいことを伝える。こうして改めていうことはあまりない。そのせいなのかはわからないが、みんなにそういうアピールをさせてしまうような不安な気持ちにさせてしまっていたのかも。そう思い、彼らに安心してほしいと伝えた。
そのつもりだったが、なぜかみんなの反応は微妙だ。
「あー……ま、大将だもんなぁ」
「急にこんなこと言われても気づかないかぁ」
その顔はどこか残念そうだ。
理由がわからない審神者だけがきょとん顔だ。
「いいんだよ、きみは知らなくて」
ぐい、と審神者の腕を引いて、輪の中から引っ張り出したのは歌仙兼定だ。
この本丸の初期刀である彼は、刀剣たちの中でも比較的過保護なところがある。
「おーおー。相変わらずだねぇ」
それを同じ刀派である和泉守に指摘される。同じ兼定ではあるが、この2人はあまり仲が良いとは言えない。それは、審神者を思うが故、そして歌仙が人一倍に審神者に構うからだろう。
「こいつの好み聞いただろう?かっこよくてつよーい!まさに俺じゃないか!」
堂々とそう言い切って、審神者を自分の方へ引き寄せる和泉守。
歌仙から助けの手が伸びてきたと思ったら、次はこっちが一触即発と言った様子だ。審神者の困惑は続く。
「かっこよくて強いヒト、なんて言ってた?」
安定の口にした疑問は、この会話を聞いていた全員が思ったことだったが、誰も口にはしなかった。場には微妙な空気が流れる。締まりきらなかった和泉守がどこか居心地が悪そうだ。
「きみの思い込みだったたいだね。さ、主。部屋に戻ろう」
勢いを挫かれる形になった和泉守を鼻で笑い、審神者を取り戻して、歌仙は部屋へと誘導する。あわよくば、と自分を売り込む刀たちの中心に大事な審神者を置いておくことなんてできない。そういったことにあまり関心のなさそうな審神者だ。変なことを吹き込まれてはいけない。知らないならば、まだ知らないままでいいのだ。
「あっ!おい、歌仙!ずるいぞ!」
それに気づいた刀からはブーイングの声がかかる。
「あの、みんな引き止めてるみたいだけど……」
「気にしなくていいんだよ、まったく……」
そんなのは全てスルーして、歌仙はやれやれと息をつく。
広間を出て、審神者の部屋の方までやってくると、声は随分遠く静かだ。
「もしも、きみに大事な人ができたなら、僕は誰よりも応援するさ」
「うん?」
突然切り出される話に審神者は首をかしげる。
「うん、今はそれでいいんだ。それに、僕の目の黒いうちは誰にも手を出させるつもりはないからね」
後半は、口の中でもごもごと発せられたせいで、審神者の耳には意味を持った言葉としては伝わらなかったようだ。
いつか、審神者と結ばれる相手が現れたとして、果たしてそれはこの本丸の刀剣男士なのか否か。それはまだ、神にもわからない話だ。
2019.3.24