刀剣乱舞短編
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【三つ編み】
「ちょ、ちょ、ちょ、数珠丸さん!数珠丸さん!」
「おや、主ですか。どうしましたか」
ふわりと振り返った数珠丸さんは、現在畑当番に励んでいる。私が声をかけた理由はそのふわりと揺れる綺麗な髪の毛だ。
「髪の毛、全部地面についちゃってますよ!」
しゃがみこんで作業をしているせいで、彼の綺麗な髪の毛が無造作に土の上に投げ出されてしまっている。
「気にしていませんでした。これでは部屋に上がる時に汚してしまいますね、これから気をつけます」
立ち上がってパンパンと土をはらうが、そういうお小言が言いたかったんじゃない。
「うーん、そうだけど、そうじゃなくって……。せっかく綺麗な髪なのに、汚しちゃったらダメですよ。ほら、邪魔にならないように括りましょう!」
いくつか常備している髪ゴムを数珠丸さんに手渡す。
毛先だけをまとめている髪紐を解いて、髪に手を滑らす数珠丸さん。だが、その髪は一向に集まらない。かきあげた側からハラハラと解け落ちていく。
「上手くいきませんね」
何度かその動作を繰り返した彼が、ほぅっと息を吐いた。確かに、慣れない人が結ぶのには苦労する髪の長さだ。
「私でよければお手伝いしましょうか」
女子たるもの、髪を結ぶくらいは慣れているつもりだ。数珠丸さんほどの長さになるとなかなか骨が折れそうだが、三つ編みにするくらいならできるだろう。
「お手をわずらわせますが、すみません。お願いします」
私の申し出を承諾してくれた彼に、縁側に座ってもらう。立ったままの姿勢ではとても手が届かなかったからだ。
彼の細い髪に手ぐしを通す。これだけ長いのに一切ひっかることなくするすると通る感触は触っていてとても気持ちが良い。細くてふわふわとした絡まりやすそうな毛質なのに不思議だ。
「数珠丸さんの髪の毛、すごく綺麗ですね。痛み知らずって感じ」
私も同じシャンプーを使っているはずなのに、なぜこんなにも違うのだろうか。やはり、神様は髪の毛まで神々しいのだろうか。
「私もお祈りしたら綺麗になるかなぁ」
後ろで揺れてくせ毛が存在をアピールする。私の髪はお世辞にも綺麗とは言えないようなふわふわの天然パーマだ。別にこの髪が気に入らないわけではないが、やはり時折綺麗なサラサラの髪の毛というものに憧れを感じてしまうものだ。
羨ましいくらいに手入れの行き届いた綺麗な髪の毛を、三つ編みで一つにまとめ、さらにそれを地面につかないように高い位置でくるくるとまとめた。三つ編みお団子ヘアの完成だ。我ながらなかなかの出来ではないだろうか。
「できましたよ!どうでしょう?」
「ありがとうございます。とてもすっきりしました」
首筋をすらりと一撫でして微笑む。
「それでは、畑当番に戻りますね」
「あーっ!!数珠丸さんいたー!もーう、僕1人にお仕事させないでよー!」
大きな声をあげて、こちらに駆けてきたのは乱くんだ。そういえば、今日のもう1人の畑当番は乱くんだった。
「ごめん乱くん。私が連れてきちゃったの」
数珠丸さんが責められるのは申し訳ないので、私が先に申し出て謝る。
「えぇー、主さんが?それなら仕方ないか……でもでも、僕に一言かけていってよ!腰あげたらどこにもいないんだもん」
ぷくーっと頬を膨らませて怒る姿も可愛くてあまり迫力がないが、申し訳ないことをしてしまったと繰り返し謝る。
「すみません。私の髪が地面にすれていたのを主が結い上げてくれたのです」
数珠丸さんが訳を説明して乱くんをなだめる。
それを聞くと彼は目の色を変えてキラキラとした目で数珠丸さんの髪を眺めだした。
「えっ、えぇー!これ、主さんがやったの?かっわいい!」
いいな、いいなぁ、と羨ましそうにそれを褒める乱くんに悪い気はしない。我ながらなかなかいいい出来だとは思ったが、こうして人に褒められるとなかなか嬉しいものだ。
「おや、そんなに良い出来なのですか?これは、自分では見られないのが残念ですね……」
そんな乱くんの反応を見てか、数珠丸さんも自分の髪の様子が気になるようで、見えるはずのない頭を見ようと少し首を傾けている仕草が少し可愛らしい。
「あっ、僕鏡持ってるよ。はい、どーぞ!」
乱くんがポケットから小さな鏡を取り出して数珠丸さんの前に差し出す。すぐにポケットから出てくるあたり、女子力というものを感じる。彼はれっきとした男の子だが。
差し出された鏡に合わせてかがみ、首を回してなんとか後頭部を見ようと奮闘している数珠丸さん。何度か角度を変えて、ようやくよく見えたようだ。
「これは素晴らしい。貴方はとても器用なんですね、こんな風にうまくまとめあげてしまうとは」
心から関心したように言うものだから、さすがに少し照れてしまう。
「そ、そんなことないですよ。三つ編みなら数珠丸さんもすぐにできますよ」
「そうですか?では、ぜひ教えてください」
「私でよければ……!」
手を握ってお願いされて、その姿があまりにも真剣なものだから断ることもできない。いや、元から断ろうというつもりはないのだが、改めてお願いされるとそんな大したことではないのに……と思ってしまう。
「いいないいなぁ!ねーえ、主さん。僕もやってー?」
ぐい、と横から腕を引かれ、乱くんに上目遣いでお願いされる。そんな風にお願いされてしまっては断るなんてことできるわけがない。
彼の髪の長さ的に、畑仕事の邪魔にはならないだろうし、そもそも元から自分でしっかりくくっているから必要はないのだろうけど。でもお願いされてしまったし、乱くんもすでに髪を解いて結んでもらう気満々だ。
「仕方ないなぁ、じゃあこっちおいで」
数珠丸さんのときと同じように、縁側に座ってもらうように言う。「はーい!」と良い返事をして乱くんはちょこんと縁側に腰掛けた。
「乱くんも三つ編みがいいの?」
「うーん、なんでもいいよ!主さんにやってもらえるならどんな髪型でもうれしい!」
そういって笑う彼のなんと可愛いことか。うまく乗せられているような気がしなくもないが、そんなことを考えるのが無粋というものだ。可愛くおねだりされたのなら、それに答える以外の選択肢はない。
さて、どんな髪型に仕上げようか。考えながら乱くんの髪に手を通す。彼の髪も数珠丸さんと同じく手入れがしっかり行き届いている綺麗な髪の毛だ。
「失礼、彼の髪は私にやらせていただいてもいいですか?」
横から伸びてきた腕が、私の手を止めた。その主は数珠丸さんだ。
「せっかくなので、三つ編みの仕方を教えてください」
「え……あ、私は構いませんけど……」
「えー、主さんやってくれないのー?」
バッと振り返って乱くんが声をあげる。私にやってほしいと言ってくれるのはとても嬉しいが、数珠丸さんも引く様子がないみたいだ。なにやら少し思案した後、乱くんの耳元に口を寄せて何かをいったようだ。私には何を言ったのか聞き取ることはできない。
「え、えぇー!なら仕方ないなぁ!ふふっ、数珠丸さんがやっていーよ!」
数珠丸さんが顔を離すと、なぜか上機嫌な乱さん。足をぶらぶらとしてすごく楽しそうだ。にこにこを通り越してにんまり、と言った感じのその笑顔に何か不思議なものを感じて、数珠丸さんに何を言ったのか尋ねる。
「さあ、なんでしたかね」
はて、と真顔で首をひねられる。冗談なのだろうが、あまりにも涼しい顔で言うものだから反応に困ってしまう。それ以上追求することもできず、わからずじまいだ。
少しすっきりしないが、そのまま数珠丸さんに三つ編みを指南する。とは言っても、彼は物覚えが良いし、手先も器用だ。一度教えてしまえばなんということはない。あっというまに乱さんの髪を結び終えてしまった。
「どうでしょうか?」
「お上手です!」
少し得意げにこちらをみる数珠丸さんも出来に満足しているみたいだ。
「わっ、かーわいい!数珠丸さんありがとうっ」
乱くんも自分で鏡を取り出して確認したみたいだ。満足してもらえたようでこちらとしても嬉しい。
「ねえ、主さんも僕たちとお揃いにしようよ!」
ひとしきり見て満足したのか、乱くんが顔を上げて言う。それはつまり、私も三つ編みにしよう、とそう言う誘いだろう。
「あー……私はいいかな」
なんとなく、断ってしまった。別にお揃いにするのが嫌だったとかそういうわけではない。ただ、2人の綺麗な髪を見た後では、自分の髪に自信をなくしてしまったのだ。同じ髪型にする事で、余計にそれを感じてしまいそうで、思わず断ってしまった。
「いいではありませんか」
するりと、首筋をなにかが撫でる感覚。自分の髪の毛だ。数珠丸さんが、私の髪を解いたからだった。
「ちょっ、数珠丸さん!?」
「私にやらせてください。さあ、どうぞこちらに」
そう言って、さっきまで乱くんが座っていたところを指す。
どうしようかと、なかなか動かない私にしびれを切らしたのか、乱くんが手を引く。そして数珠丸さんの前に私を座らせた。
「では、失礼しますね」
そう言って、数珠丸さんの細く綺麗な指が私の髪を梳く。人が私の髪を梳くという慣れない感覚に思わず体が固まってしまう。
「そう固くならずとも良いのですよ?」
数珠丸さんに見透かされてしまっていて余計に緊張してしまう。彼の手が私の髪を梳くたびに、頭に触れるたびに、この心臓の音が伝わってしまうのではないかと不安になる。
「主さん、顔赤いよ?」
前から私を見ていた乱くんがおかしそうに首をかしげる。そのいたずらそうな顔は、まるで私の心情を見透かしているみたいだ。
「な、なんでもないよ」
「そーお?」
ふふふっと笑う乱くんは見た目よりも随分ませて見える。実際彼は何百歳という年齢なのだが、普段は見た目の年相応に見えることが多いため、こういうときにドキリとさせられる。
そうしている間にも、数珠丸さんの手はするすると動き続け、あまり長くない私の髪の毛をあっというまに編んでしまった。
「どうでしょうか?」
「はい!主さん、鏡」
数珠丸さんが仕上がりを告げるのに合わせて、乱くんが鏡を見せてくれる。
鏡の中には、少し緩めにふんわりと仕上げられた三つ編みが出来上がっている。いつもはしない髪型なので新鮮だ。
「よくお似合いですね」
「主さん可愛い!」
2人に褒められて悪い気はしない。新しい髪型というのは、なんだか気持ちまで新しくしてくれる気がする。私のくせっ毛も、こうしてみるとふわふわとしたシルエットが可愛いではないか。
「ありがとうございます……可愛いです……!」
「お気に召していただけたようでなによりです」
「じゃあ僕たちは畑当番頑張ろう!主さん、また後でねっ」
そう言って、数珠丸さんの手を引いて乱くんは畑の方へ戻っていく。
数珠丸さんに結ってもらった髪の毛を揺らすと、自然と笑みがこぼれてしまう。少し強引にだったが、やってくれた彼に感謝だ。
私も、この後の仕事を頑張らなければ。髪型のおかげでなんだか楽しく仕事ができそうだ。
「主、その髪型可愛いね!俺も三つ編みしようかなー」
「おや、珍しい髪型だね。よく似合っているよ」
「主君、そのお髪、素敵ですね!」
小さな変化だが、意外にもみんな気づいてくれるみたいだ。そうやってこの半日くらいで何人も声をかけてくれた。そのたびに、私のテンションは上がっていく。
「可愛いヘアアレンジだね」
「おしゃれな光忠さんに褒めてもらえるなんて光栄です」
光忠さんにお願いしたら、なんだかすごいアレンジをしてくれそうだ。
「僕も主の髪、いじってみたいなぁ」
「それは遠慮願いたいですね」
私の髪に手を伸ばした光忠さんの手が、触れることはなかった。畑当番を終えたらしい数珠丸さんが、私の肩を抱き寄せたからだ。
「えっ、えっ!?数珠丸さん!?」
突然の至近距離に私はただ戸惑うことしかできない。
「彼女の髪に触れるのは、私だけの特権だと嬉しいのですが……」
その言葉が、含まれた意味も込めて私の中に入ってくる。それはつまり……
「なるほど、ごめんね。僕が触れるのは嫌だったみたいだね。ふふっ、主、愛されてるね」
光忠さんが、わざとらしく手を上げて笑う。
愛されてる。その言葉がやたら強く、私の中で響く。
「おや、バレてしまいましたね」
そう言いながらも、そこか楽しそうに微笑む数珠丸さん。
「私は主を愛しているんですよ。知っていましたか?」
そんなの、知るはずなかった。それなのに、突然その事実が私の中に入ってきて、どう反応して良いかもわからない。ただただ赤くなっていく顔を押さえることしかできない。手のひらからも熱が伝わってくる。
「いつか、全て私だけのものになってくれることを願っていますよ」
そういって、私の髪を取り、そっと口付けた。そのキザな仕草も、数珠丸さんがやるとその綺麗さに飲まれてあまりにも自然に見えるから不思議だ。
そんな彼にポーっと見惚れるしかできない私が、彼のものにされてしまうのは、そう遠くない気がする。
2019.3.15
「ちょ、ちょ、ちょ、数珠丸さん!数珠丸さん!」
「おや、主ですか。どうしましたか」
ふわりと振り返った数珠丸さんは、現在畑当番に励んでいる。私が声をかけた理由はそのふわりと揺れる綺麗な髪の毛だ。
「髪の毛、全部地面についちゃってますよ!」
しゃがみこんで作業をしているせいで、彼の綺麗な髪の毛が無造作に土の上に投げ出されてしまっている。
「気にしていませんでした。これでは部屋に上がる時に汚してしまいますね、これから気をつけます」
立ち上がってパンパンと土をはらうが、そういうお小言が言いたかったんじゃない。
「うーん、そうだけど、そうじゃなくって……。せっかく綺麗な髪なのに、汚しちゃったらダメですよ。ほら、邪魔にならないように括りましょう!」
いくつか常備している髪ゴムを数珠丸さんに手渡す。
毛先だけをまとめている髪紐を解いて、髪に手を滑らす数珠丸さん。だが、その髪は一向に集まらない。かきあげた側からハラハラと解け落ちていく。
「上手くいきませんね」
何度かその動作を繰り返した彼が、ほぅっと息を吐いた。確かに、慣れない人が結ぶのには苦労する髪の長さだ。
「私でよければお手伝いしましょうか」
女子たるもの、髪を結ぶくらいは慣れているつもりだ。数珠丸さんほどの長さになるとなかなか骨が折れそうだが、三つ編みにするくらいならできるだろう。
「お手をわずらわせますが、すみません。お願いします」
私の申し出を承諾してくれた彼に、縁側に座ってもらう。立ったままの姿勢ではとても手が届かなかったからだ。
彼の細い髪に手ぐしを通す。これだけ長いのに一切ひっかることなくするすると通る感触は触っていてとても気持ちが良い。細くてふわふわとした絡まりやすそうな毛質なのに不思議だ。
「数珠丸さんの髪の毛、すごく綺麗ですね。痛み知らずって感じ」
私も同じシャンプーを使っているはずなのに、なぜこんなにも違うのだろうか。やはり、神様は髪の毛まで神々しいのだろうか。
「私もお祈りしたら綺麗になるかなぁ」
後ろで揺れてくせ毛が存在をアピールする。私の髪はお世辞にも綺麗とは言えないようなふわふわの天然パーマだ。別にこの髪が気に入らないわけではないが、やはり時折綺麗なサラサラの髪の毛というものに憧れを感じてしまうものだ。
羨ましいくらいに手入れの行き届いた綺麗な髪の毛を、三つ編みで一つにまとめ、さらにそれを地面につかないように高い位置でくるくるとまとめた。三つ編みお団子ヘアの完成だ。我ながらなかなかの出来ではないだろうか。
「できましたよ!どうでしょう?」
「ありがとうございます。とてもすっきりしました」
首筋をすらりと一撫でして微笑む。
「それでは、畑当番に戻りますね」
「あーっ!!数珠丸さんいたー!もーう、僕1人にお仕事させないでよー!」
大きな声をあげて、こちらに駆けてきたのは乱くんだ。そういえば、今日のもう1人の畑当番は乱くんだった。
「ごめん乱くん。私が連れてきちゃったの」
数珠丸さんが責められるのは申し訳ないので、私が先に申し出て謝る。
「えぇー、主さんが?それなら仕方ないか……でもでも、僕に一言かけていってよ!腰あげたらどこにもいないんだもん」
ぷくーっと頬を膨らませて怒る姿も可愛くてあまり迫力がないが、申し訳ないことをしてしまったと繰り返し謝る。
「すみません。私の髪が地面にすれていたのを主が結い上げてくれたのです」
数珠丸さんが訳を説明して乱くんをなだめる。
それを聞くと彼は目の色を変えてキラキラとした目で数珠丸さんの髪を眺めだした。
「えっ、えぇー!これ、主さんがやったの?かっわいい!」
いいな、いいなぁ、と羨ましそうにそれを褒める乱くんに悪い気はしない。我ながらなかなかいいい出来だとは思ったが、こうして人に褒められるとなかなか嬉しいものだ。
「おや、そんなに良い出来なのですか?これは、自分では見られないのが残念ですね……」
そんな乱くんの反応を見てか、数珠丸さんも自分の髪の様子が気になるようで、見えるはずのない頭を見ようと少し首を傾けている仕草が少し可愛らしい。
「あっ、僕鏡持ってるよ。はい、どーぞ!」
乱くんがポケットから小さな鏡を取り出して数珠丸さんの前に差し出す。すぐにポケットから出てくるあたり、女子力というものを感じる。彼はれっきとした男の子だが。
差し出された鏡に合わせてかがみ、首を回してなんとか後頭部を見ようと奮闘している数珠丸さん。何度か角度を変えて、ようやくよく見えたようだ。
「これは素晴らしい。貴方はとても器用なんですね、こんな風にうまくまとめあげてしまうとは」
心から関心したように言うものだから、さすがに少し照れてしまう。
「そ、そんなことないですよ。三つ編みなら数珠丸さんもすぐにできますよ」
「そうですか?では、ぜひ教えてください」
「私でよければ……!」
手を握ってお願いされて、その姿があまりにも真剣なものだから断ることもできない。いや、元から断ろうというつもりはないのだが、改めてお願いされるとそんな大したことではないのに……と思ってしまう。
「いいないいなぁ!ねーえ、主さん。僕もやってー?」
ぐい、と横から腕を引かれ、乱くんに上目遣いでお願いされる。そんな風にお願いされてしまっては断るなんてことできるわけがない。
彼の髪の長さ的に、畑仕事の邪魔にはならないだろうし、そもそも元から自分でしっかりくくっているから必要はないのだろうけど。でもお願いされてしまったし、乱くんもすでに髪を解いて結んでもらう気満々だ。
「仕方ないなぁ、じゃあこっちおいで」
数珠丸さんのときと同じように、縁側に座ってもらうように言う。「はーい!」と良い返事をして乱くんはちょこんと縁側に腰掛けた。
「乱くんも三つ編みがいいの?」
「うーん、なんでもいいよ!主さんにやってもらえるならどんな髪型でもうれしい!」
そういって笑う彼のなんと可愛いことか。うまく乗せられているような気がしなくもないが、そんなことを考えるのが無粋というものだ。可愛くおねだりされたのなら、それに答える以外の選択肢はない。
さて、どんな髪型に仕上げようか。考えながら乱くんの髪に手を通す。彼の髪も数珠丸さんと同じく手入れがしっかり行き届いている綺麗な髪の毛だ。
「失礼、彼の髪は私にやらせていただいてもいいですか?」
横から伸びてきた腕が、私の手を止めた。その主は数珠丸さんだ。
「せっかくなので、三つ編みの仕方を教えてください」
「え……あ、私は構いませんけど……」
「えー、主さんやってくれないのー?」
バッと振り返って乱くんが声をあげる。私にやってほしいと言ってくれるのはとても嬉しいが、数珠丸さんも引く様子がないみたいだ。なにやら少し思案した後、乱くんの耳元に口を寄せて何かをいったようだ。私には何を言ったのか聞き取ることはできない。
「え、えぇー!なら仕方ないなぁ!ふふっ、数珠丸さんがやっていーよ!」
数珠丸さんが顔を離すと、なぜか上機嫌な乱さん。足をぶらぶらとしてすごく楽しそうだ。にこにこを通り越してにんまり、と言った感じのその笑顔に何か不思議なものを感じて、数珠丸さんに何を言ったのか尋ねる。
「さあ、なんでしたかね」
はて、と真顔で首をひねられる。冗談なのだろうが、あまりにも涼しい顔で言うものだから反応に困ってしまう。それ以上追求することもできず、わからずじまいだ。
少しすっきりしないが、そのまま数珠丸さんに三つ編みを指南する。とは言っても、彼は物覚えが良いし、手先も器用だ。一度教えてしまえばなんということはない。あっというまに乱さんの髪を結び終えてしまった。
「どうでしょうか?」
「お上手です!」
少し得意げにこちらをみる数珠丸さんも出来に満足しているみたいだ。
「わっ、かーわいい!数珠丸さんありがとうっ」
乱くんも自分で鏡を取り出して確認したみたいだ。満足してもらえたようでこちらとしても嬉しい。
「ねえ、主さんも僕たちとお揃いにしようよ!」
ひとしきり見て満足したのか、乱くんが顔を上げて言う。それはつまり、私も三つ編みにしよう、とそう言う誘いだろう。
「あー……私はいいかな」
なんとなく、断ってしまった。別にお揃いにするのが嫌だったとかそういうわけではない。ただ、2人の綺麗な髪を見た後では、自分の髪に自信をなくしてしまったのだ。同じ髪型にする事で、余計にそれを感じてしまいそうで、思わず断ってしまった。
「いいではありませんか」
するりと、首筋をなにかが撫でる感覚。自分の髪の毛だ。数珠丸さんが、私の髪を解いたからだった。
「ちょっ、数珠丸さん!?」
「私にやらせてください。さあ、どうぞこちらに」
そう言って、さっきまで乱くんが座っていたところを指す。
どうしようかと、なかなか動かない私にしびれを切らしたのか、乱くんが手を引く。そして数珠丸さんの前に私を座らせた。
「では、失礼しますね」
そう言って、数珠丸さんの細く綺麗な指が私の髪を梳く。人が私の髪を梳くという慣れない感覚に思わず体が固まってしまう。
「そう固くならずとも良いのですよ?」
数珠丸さんに見透かされてしまっていて余計に緊張してしまう。彼の手が私の髪を梳くたびに、頭に触れるたびに、この心臓の音が伝わってしまうのではないかと不安になる。
「主さん、顔赤いよ?」
前から私を見ていた乱くんがおかしそうに首をかしげる。そのいたずらそうな顔は、まるで私の心情を見透かしているみたいだ。
「な、なんでもないよ」
「そーお?」
ふふふっと笑う乱くんは見た目よりも随分ませて見える。実際彼は何百歳という年齢なのだが、普段は見た目の年相応に見えることが多いため、こういうときにドキリとさせられる。
そうしている間にも、数珠丸さんの手はするすると動き続け、あまり長くない私の髪の毛をあっというまに編んでしまった。
「どうでしょうか?」
「はい!主さん、鏡」
数珠丸さんが仕上がりを告げるのに合わせて、乱くんが鏡を見せてくれる。
鏡の中には、少し緩めにふんわりと仕上げられた三つ編みが出来上がっている。いつもはしない髪型なので新鮮だ。
「よくお似合いですね」
「主さん可愛い!」
2人に褒められて悪い気はしない。新しい髪型というのは、なんだか気持ちまで新しくしてくれる気がする。私のくせっ毛も、こうしてみるとふわふわとしたシルエットが可愛いではないか。
「ありがとうございます……可愛いです……!」
「お気に召していただけたようでなによりです」
「じゃあ僕たちは畑当番頑張ろう!主さん、また後でねっ」
そう言って、数珠丸さんの手を引いて乱くんは畑の方へ戻っていく。
数珠丸さんに結ってもらった髪の毛を揺らすと、自然と笑みがこぼれてしまう。少し強引にだったが、やってくれた彼に感謝だ。
私も、この後の仕事を頑張らなければ。髪型のおかげでなんだか楽しく仕事ができそうだ。
「主、その髪型可愛いね!俺も三つ編みしようかなー」
「おや、珍しい髪型だね。よく似合っているよ」
「主君、そのお髪、素敵ですね!」
小さな変化だが、意外にもみんな気づいてくれるみたいだ。そうやってこの半日くらいで何人も声をかけてくれた。そのたびに、私のテンションは上がっていく。
「可愛いヘアアレンジだね」
「おしゃれな光忠さんに褒めてもらえるなんて光栄です」
光忠さんにお願いしたら、なんだかすごいアレンジをしてくれそうだ。
「僕も主の髪、いじってみたいなぁ」
「それは遠慮願いたいですね」
私の髪に手を伸ばした光忠さんの手が、触れることはなかった。畑当番を終えたらしい数珠丸さんが、私の肩を抱き寄せたからだ。
「えっ、えっ!?数珠丸さん!?」
突然の至近距離に私はただ戸惑うことしかできない。
「彼女の髪に触れるのは、私だけの特権だと嬉しいのですが……」
その言葉が、含まれた意味も込めて私の中に入ってくる。それはつまり……
「なるほど、ごめんね。僕が触れるのは嫌だったみたいだね。ふふっ、主、愛されてるね」
光忠さんが、わざとらしく手を上げて笑う。
愛されてる。その言葉がやたら強く、私の中で響く。
「おや、バレてしまいましたね」
そう言いながらも、そこか楽しそうに微笑む数珠丸さん。
「私は主を愛しているんですよ。知っていましたか?」
そんなの、知るはずなかった。それなのに、突然その事実が私の中に入ってきて、どう反応して良いかもわからない。ただただ赤くなっていく顔を押さえることしかできない。手のひらからも熱が伝わってくる。
「いつか、全て私だけのものになってくれることを願っていますよ」
そういって、私の髪を取り、そっと口付けた。そのキザな仕草も、数珠丸さんがやるとその綺麗さに飲まれてあまりにも自然に見えるから不思議だ。
そんな彼にポーっと見惚れるしかできない私が、彼のものにされてしまうのは、そう遠くない気がする。
2019.3.15