刀剣乱舞短編
名前変換
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【呪い】
「君の名を教えてくれ」
「やだ、私を隠すつもりでしょ」
「そんなことはしないさ」
嘘つき。私の部屋で必死に名前につながるものを探していたくせに。あんなに必死になっておいてただ知りたかっただけだなんてよく言えたものだ。
「君の名が知りたい」
「教えたくない」
こうやって彼とやりとりするのももう何度目だろうか。
最初のうちは突然のことに驚いた。あまりにも何度も訊かれるものだから怖くなった。訊かれるたびに断っていたが、彼はすぐに引き下がるのだ。そしてまた、私の名前を訊ねてくる。
「どうして私の名前が知りたいの?」
もう何度目かもわからない質問をされた頃、彼に聞き返したことがあった。
「君のことが知りたいんだ。ダメか?」
「ダメじゃないけど、名前はダメ」
実を言うと、別に名前を教えないことに意味はなかった。そういう決まりがあるわけではないし、うちの本丸にも私の名を知る者は何人かいる。
ただ、始まりが突然のことで断ってしまったがために、それ以降教えるタイミングがなかったのだ。
それに、あまりにも私の名前に執着を見せる彼に、教えてしまったその先のことを考えてしまう。教えてしまったら、彼はそれで満足なんだろうか。それなりに続いている、この奇妙なやりとりがそれで終わってしまうのかと思うと、少し寂しさのようなものを感じてしまう。
だから私は、彼に名前を聞かれるたびに、それを断り続けていた。
「ねえ、鶴さんってまだ君の名前を知りたがってるの?」
「うん、毎日聞かれてる」
鶴丸に初めて名前を聞かれた日、どうすれば良いかわからずにその日近侍だった燭台切に相談した。彼は鶴丸とは古い仲だし、鶴丸が何を考えているのかわかるんじゃないかと思ったのだ。でも、燭台切にも鶴丸の考えていることはわからないと言う。
それから、私が名前を聞かれることを特別気にしなくなったのもあって、その話は流れたものだと思っていたが、こうして燭台切がまた掘り返してきた。
「ねえ、鶴さんさ、君を……隠そうとしているんじゃないかな」
鶴丸が私を隠そうとしている。それはつまり……
「神隠しってこと?」
燭台切はこくりと頷く。
確かに、それならば彼が私の名前に固執するのも納得できる。なるほど、鶴丸は私を隠したいのか。
「それなら、教えてあげても良いかもね」
「えっ、どういうこと?」
燭台切の疑問には答えずに、私はこぼれる笑みを隠しきれなかった。
「鶴丸は私を隠したいの?」
彼は少し驚いたような顔をした。私にそんなことを言われるとは思っていなかったのだろうか。
「……いや、そんなことはないさ」
微妙に空いた間が、それを肯定しているように聞こえた。
「鶴丸は、私のことが好きなの?だから隠そうとするの?」
だから隠そうとするのだろうか。そんな素朴な疑問。
彼はそれを聞くと、一度きょとんとした表情を見せた。そして、心底面白いといったふうに豪快に笑って見せた。
「あっははははは、ははっ、面白いな君は。なるほど、そうくるか。そうかそうか」
彼がなぜそんなにもおかしそうにしているのか、私にはさっぱりわからない。
「俺が君を好きだからじゃないさ。君が、俺を好きだからだ」
彼はまだ笑い足りないと言った様子でそう言った。
私が、鶴丸を好きだから。
なぜ、私が鶴丸を好きだから私を隠そうということになるのか。その答えにはまったく見当もつかない。
私だけがわからないまま、彼に名前を教えるのはどうも癪だ。だから、まだ私は鶴丸に名前を教えていない。その理由がわかったら、彼に名前を教えるのか。それはわからない。
鶴丸とのやりとりは相変わらず続いている。何も変化はない。いや、正確には私とのやりとりには変化はない。
最近の鶴丸は少しおかしな行動が目立つようになった。今までは訊ねてくるだけだった名前を探し始めたのだ。執務室にはじまり、私の部屋まで。別段荒らされていたということはなく、ただ純粋に探し物をした跡がそこにはあった。
それなのに、彼は他の刀剣たちから聞き出そうということは一切しなかった。本丸には何振か私の名を知るものがいるし、それを鶴丸も知っているはずだ。しかし、鶴丸がその彼らに接触したことは一度もないのだ。
彼の真意が読めない。
私は、彼になら隠されても良いと思っている。それは、鶴丸のことが好きだから。
彼の言う通り、私は鶴丸国永が好きだ。そして、彼もそうなのだと思っていた。
彼も私のことが好きだから、私を隠そうとするのだと、そう思っていた。彼が私の名を知りたがるのも、本当のことを言えばあのやりとりを楽しんでいたのだ。
だから、彼が私を隠したいと言えば、私は彼に名前を教えていただろう。両思いだと思い込んでいたならば。
「鶴丸っ、鶴丸どうして……っ!」
鶴丸が折れた。練度の高い部隊だからと安心していた。他の刀にほとんど引きずられるようにして帰ってきた彼が抱いているのは、一目見て修復は不可能だとわかるほどに折られた彼自身だ。
他にも何名か重傷者がいる。しかし破壊は免れたようだ。それは私が渡していたお守りのおかげだろう。
しかし、なぜ鶴丸だけが折れているのか。彼にも、お守りをしっかり渡していたはずだ。
「は、ははっ、参ったな……。君の名前を探していたんだ……」
かすれた声で笑った彼が握っていたのは、中身が開けられたお守りだ。
「これ、では……効力が、なかった……みたいだな……。バチが当たった、ってやつか……」
「もう喋らないで……」
言葉を発するごとに、彼がこの世から消えていくのがわかる。本体が折れている以上、付喪神である彼が消えてしまうのも時間の問題だ。私にはもうどうしようもできないのだと、嫌でもわかってしまう。
「なあ、最後に……聞かせてくれよ……」
何を、と聞くまでもない。彼が聞きたいもの、そんなのはわかりきっている。
「わ、私はっ……」
「ダメだ、主。言っちゃダメだ」
鶴丸は今にも消えそうだというのに、燭台切がそれを邪魔する。
「知れば君は隠される。その状態で鶴さんが消えれば……君の存在も失くなってしまう」
「それでも……」
それでも構わなかった。何も迷うことなどなかったのだ。彼に聞かれた時に、答えていればよかったのだ。私は鶴丸が好き。理由はそれだけでよかった。私は大好きな彼とともに入られるのだから、何も迷う必要はなかったのだ。
「鶴丸、私の名前はね────」
それを聞いた鶴丸が、血で濡らした唇を歪めた。
「そうか……良い名だな」
そしてそのまま目を閉じる。もう消えるのを待つばかりといったように。
「な……んで……?私を隠してくれるんじゃないの?」
鶴丸は返事をしない。私の名を知ったのに、どうして。
「気が変わった……。君の気持ちごと、ここに残していく……」
「これは、呪いだ……」
そう言って、最後、彼は静かに笑った。それが私の目に焼きついた、鶴丸の最期の姿だ。
鶴丸が折れてしばらく経つが、私は未だに彼への思いを断ち切れないでいる。彼は言った。呪いだと。
そう、これはまさに呪いだ。もう届かないこの思いが、私をずっと縛り付けるのだ。
「一緒に消えてしまえれば、楽だったのに……」
だからこそ、彼は名前だけを持ち去っていったのだろう。私と、私の思いだけを残して。
2019.3.8
「君の名を教えてくれ」
「やだ、私を隠すつもりでしょ」
「そんなことはしないさ」
嘘つき。私の部屋で必死に名前につながるものを探していたくせに。あんなに必死になっておいてただ知りたかっただけだなんてよく言えたものだ。
「君の名が知りたい」
「教えたくない」
こうやって彼とやりとりするのももう何度目だろうか。
最初のうちは突然のことに驚いた。あまりにも何度も訊かれるものだから怖くなった。訊かれるたびに断っていたが、彼はすぐに引き下がるのだ。そしてまた、私の名前を訊ねてくる。
「どうして私の名前が知りたいの?」
もう何度目かもわからない質問をされた頃、彼に聞き返したことがあった。
「君のことが知りたいんだ。ダメか?」
「ダメじゃないけど、名前はダメ」
実を言うと、別に名前を教えないことに意味はなかった。そういう決まりがあるわけではないし、うちの本丸にも私の名を知る者は何人かいる。
ただ、始まりが突然のことで断ってしまったがために、それ以降教えるタイミングがなかったのだ。
それに、あまりにも私の名前に執着を見せる彼に、教えてしまったその先のことを考えてしまう。教えてしまったら、彼はそれで満足なんだろうか。それなりに続いている、この奇妙なやりとりがそれで終わってしまうのかと思うと、少し寂しさのようなものを感じてしまう。
だから私は、彼に名前を聞かれるたびに、それを断り続けていた。
「ねえ、鶴さんってまだ君の名前を知りたがってるの?」
「うん、毎日聞かれてる」
鶴丸に初めて名前を聞かれた日、どうすれば良いかわからずにその日近侍だった燭台切に相談した。彼は鶴丸とは古い仲だし、鶴丸が何を考えているのかわかるんじゃないかと思ったのだ。でも、燭台切にも鶴丸の考えていることはわからないと言う。
それから、私が名前を聞かれることを特別気にしなくなったのもあって、その話は流れたものだと思っていたが、こうして燭台切がまた掘り返してきた。
「ねえ、鶴さんさ、君を……隠そうとしているんじゃないかな」
鶴丸が私を隠そうとしている。それはつまり……
「神隠しってこと?」
燭台切はこくりと頷く。
確かに、それならば彼が私の名前に固執するのも納得できる。なるほど、鶴丸は私を隠したいのか。
「それなら、教えてあげても良いかもね」
「えっ、どういうこと?」
燭台切の疑問には答えずに、私はこぼれる笑みを隠しきれなかった。
「鶴丸は私を隠したいの?」
彼は少し驚いたような顔をした。私にそんなことを言われるとは思っていなかったのだろうか。
「……いや、そんなことはないさ」
微妙に空いた間が、それを肯定しているように聞こえた。
「鶴丸は、私のことが好きなの?だから隠そうとするの?」
だから隠そうとするのだろうか。そんな素朴な疑問。
彼はそれを聞くと、一度きょとんとした表情を見せた。そして、心底面白いといったふうに豪快に笑って見せた。
「あっははははは、ははっ、面白いな君は。なるほど、そうくるか。そうかそうか」
彼がなぜそんなにもおかしそうにしているのか、私にはさっぱりわからない。
「俺が君を好きだからじゃないさ。君が、俺を好きだからだ」
彼はまだ笑い足りないと言った様子でそう言った。
私が、鶴丸を好きだから。
なぜ、私が鶴丸を好きだから私を隠そうということになるのか。その答えにはまったく見当もつかない。
私だけがわからないまま、彼に名前を教えるのはどうも癪だ。だから、まだ私は鶴丸に名前を教えていない。その理由がわかったら、彼に名前を教えるのか。それはわからない。
鶴丸とのやりとりは相変わらず続いている。何も変化はない。いや、正確には私とのやりとりには変化はない。
最近の鶴丸は少しおかしな行動が目立つようになった。今までは訊ねてくるだけだった名前を探し始めたのだ。執務室にはじまり、私の部屋まで。別段荒らされていたということはなく、ただ純粋に探し物をした跡がそこにはあった。
それなのに、彼は他の刀剣たちから聞き出そうということは一切しなかった。本丸には何振か私の名を知るものがいるし、それを鶴丸も知っているはずだ。しかし、鶴丸がその彼らに接触したことは一度もないのだ。
彼の真意が読めない。
私は、彼になら隠されても良いと思っている。それは、鶴丸のことが好きだから。
彼の言う通り、私は鶴丸国永が好きだ。そして、彼もそうなのだと思っていた。
彼も私のことが好きだから、私を隠そうとするのだと、そう思っていた。彼が私の名を知りたがるのも、本当のことを言えばあのやりとりを楽しんでいたのだ。
だから、彼が私を隠したいと言えば、私は彼に名前を教えていただろう。両思いだと思い込んでいたならば。
「鶴丸っ、鶴丸どうして……っ!」
鶴丸が折れた。練度の高い部隊だからと安心していた。他の刀にほとんど引きずられるようにして帰ってきた彼が抱いているのは、一目見て修復は不可能だとわかるほどに折られた彼自身だ。
他にも何名か重傷者がいる。しかし破壊は免れたようだ。それは私が渡していたお守りのおかげだろう。
しかし、なぜ鶴丸だけが折れているのか。彼にも、お守りをしっかり渡していたはずだ。
「は、ははっ、参ったな……。君の名前を探していたんだ……」
かすれた声で笑った彼が握っていたのは、中身が開けられたお守りだ。
「これ、では……効力が、なかった……みたいだな……。バチが当たった、ってやつか……」
「もう喋らないで……」
言葉を発するごとに、彼がこの世から消えていくのがわかる。本体が折れている以上、付喪神である彼が消えてしまうのも時間の問題だ。私にはもうどうしようもできないのだと、嫌でもわかってしまう。
「なあ、最後に……聞かせてくれよ……」
何を、と聞くまでもない。彼が聞きたいもの、そんなのはわかりきっている。
「わ、私はっ……」
「ダメだ、主。言っちゃダメだ」
鶴丸は今にも消えそうだというのに、燭台切がそれを邪魔する。
「知れば君は隠される。その状態で鶴さんが消えれば……君の存在も失くなってしまう」
「それでも……」
それでも構わなかった。何も迷うことなどなかったのだ。彼に聞かれた時に、答えていればよかったのだ。私は鶴丸が好き。理由はそれだけでよかった。私は大好きな彼とともに入られるのだから、何も迷う必要はなかったのだ。
「鶴丸、私の名前はね────」
それを聞いた鶴丸が、血で濡らした唇を歪めた。
「そうか……良い名だな」
そしてそのまま目を閉じる。もう消えるのを待つばかりといったように。
「な……んで……?私を隠してくれるんじゃないの?」
鶴丸は返事をしない。私の名を知ったのに、どうして。
「気が変わった……。君の気持ちごと、ここに残していく……」
「これは、呪いだ……」
そう言って、最後、彼は静かに笑った。それが私の目に焼きついた、鶴丸の最期の姿だ。
鶴丸が折れてしばらく経つが、私は未だに彼への思いを断ち切れないでいる。彼は言った。呪いだと。
そう、これはまさに呪いだ。もう届かないこの思いが、私をずっと縛り付けるのだ。
「一緒に消えてしまえれば、楽だったのに……」
だからこそ、彼は名前だけを持ち去っていったのだろう。私と、私の思いだけを残して。
2019.3.8