刀剣乱舞短編
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【気づいた恋心】
「あっ!膝丸ー、ただいまぁ!」
「主、慌てると危ないよ」
本丸に帰り、膝丸の姿を見つける。
今日は少し買い物に出る用事があり、髭切を近侍につけていた。今しがた帰宅し、その弟の姿を見つけて駆け寄った。駆け寄ろうとした。
しかし、久しぶりに履いた高いヒールの靴に足がぐらりと傾くのがわかった。
転ぶ────。
しかし、覚悟した衝撃はやってこない。
「ほら、言わんこっちゃない」
髭切に抱きとめられる形で支えられて事なきを得た。
「す、すみません……」
「ふふっ、構わないよ。僕の可愛いお転婆な主の為だもの」
にっこりと笑う髭切に、私もつられて誤魔化すように照れ笑いを浮かべた。
「ほら、弟が待って……ありゃ?どこに行ってしまったんだろう?弟の……」
「膝丸ね。ほんとだ、居なくなっちゃった」
いつもならば、こうして名前を申告するのは膝丸の役目なのだが、膝丸の姿はいつのまにかなくなっていた。
髭切の姿を見つけとあらば嬉しそうにやってくるはずなのに。さっきの呼びかけた声が届かなかったのだろうか。
ちょうど彼に用があったのだが、仕方ない。
「探しにいくかい?」
「うん……そうだね。せっかくだから早く渡したいなぁ」
「それがいいね、行っておいでよ。僕はこっちのを届けておくよ。えっと……誰に届けるんだったかな」
頼もしく送り出してくれるのかと思いきや、やっぱりどこかふわふわしているのが髭切だ。にこやかに首をかしげる彼に念を押す。
「それは長谷部に!渡せばわかると思うから」
「よし、承ったよ」
今度こそしっかりと返事をしてくれた髭切と別れる。
私の方は膝丸探しだ。
確か今日は、出陣の予定も内番の担当もなかったはず。となれば、本丸内のどこかにいるはずだ。
そのはずだった。
「ど、どこにもいない……」
一般的な家と比べれば随分と広い本丸だが、それでも常識的な範疇のものだ。全てを探すのに丸一日!だとかそんな規格外の大きさではない。
それなのに、膝丸はどこにも見つからなかった。
この本丸で過ごしてしばらく経つ。思いつく限りのところは探したのに、彼は一向に見つからなかった。
おかしいのは、目撃情報はあるということだ。さっきまではあそこにいただとか、向こうで見ただとか。だから本丸内にいることは確実なのに、なぜか全く会うことができない。
「おや、主じゃないか。弟は見つかったの?えっと……」
「膝丸!それが、どこにもいなくて……」
膝丸さんに渡す予定だった袋が手の中で音を立ててシワを刻む。ずっと持ち歩いていたから、すっかり手の中でよれてしまった。中身には問題ないはずだが、これでは見栄えが悪い。
「渡すの、またいつかでいいかな……」
なんだか気が落ちてしまって、そうポツリと呟く。
「うーん……僕は早く渡してあげたほうがいいと思うなぁ。ほら、この後は食事だし必ず会えるよ。ね?」
髭切がポンと背中を叩いてくれる。それはまるで後押ししてくれているようで、落ち込みかけた気分を持ち直してくれた。
「うん……そうだね。そうする」
「ふふっ、よかった。それにしても、弟は何をやっているんだろうね……」
夕食どき。
みんなが広間へ集まってくる。そんな中に、私は膝丸の姿を探す。
彼はかなり遅がけにやってきた。膝丸のそばに座ろうと彼を待っていた私はその姿を見つけてそばに寄ろうとした。彼の方も私に気がついたようで目があう。
そして、ふいっと目をそらされた。
「えっ」
思わず声が漏れた。
今、確実に、膝丸は私に気がついて目をそらしたように見えた。そのまま、私の事は見なかったようにさっさと席についてしまう。
「主ー?ご飯食べないの?」
袖を引かれて、私も適当な席に着く。食事に手を伸ばすが、不思議と味がしない。
膝丸の事が気になって、何度も彼を見たが、その目がこちらを向く事はなかった。彼は普段通りに周りと談笑している。さっきのは私の勘違いだっただろうか。
手早く食事を終えた膝丸はさっさと席を立とうとしている。慌てて私も追いかけるように食器を片付ける。
「あれ、主まだ残ってるよ?食欲なかった?」
「あっ、ごめん……。その、うん。あんまりお腹空いてなくって」
「そっか。体調が悪いとかじゃないんだね」
「うん、それは大丈夫」
心配そうに声をかけてくれた光忠とほんの少し会話を交わしている間に、膝丸はどこかに行ってしまった。
姿を見失って、慌てて追いかけるが廊下にその姿はなかった。
やはり、さっきのは私を無視したんだろうか。
そう思うと、今日1日の事も説明がつく。一日中全く会えないなんて、運のない日だと思っていたが、それがもし膝丸が故意にやっていた事だとしたら。わざと私を避けるように行動していたとしたら、あんなにも会えなかった事にも納得がいく。
私は、膝丸に何かしてしまっただろうか。
聞き出そうにも、本人に避けられていてはどうする事もできない。今日はこのまま、会えずに終わってしまうんだろうか。
明日になったら、もしかするといつも通りに戻っているかもしれない。例えば、今日はたまたま機嫌が悪くて、話したくない気分なだけだったのかもしれない。そうやってもしかしたら、を考えるのと同時に、悪い方の考えも頭をよぎる。
明日になっても、そのあとも、ずっとこれからこのままだったら。この先ずっと膝丸に避けられ続けたら。そう考えるとやはり今日中に彼と話をしたいと思った。
「なんだなんだ、主。暗い顔をしてどうしたんだい?」
「あ、鶴丸。膝丸って、見てない?」
「ん?あいつなら今ちょうど風呂に行ったと思うが、何か用事か?」
「そんな感じです。今日は、なんだか膝丸に避けられてて……なんとか話をしたいんだけど」
そう言った私に、鶴丸はニヤリと笑って見せた。
「なあ主。風呂場には出入り口が1つしかないだろう?」
鶴丸が何を言おうとしているのか考え、そして1つの答えに行き着く。
「あっ……!」
「待ち伏せにはもってこいだろう?」
鶴丸の提案に、私は慌てて脱衣所の前へと向かう。そして、そこで膝丸を逃すまいと監視の目を光らせる。
「うわっ!びっくりした……何やってんだよ」
「なんでもないよ。ほら、行った行った!」
脱衣所から出てくる刀たちが、その傍らで佇む私に驚くが、それをさっさと追いやる。中の膝丸に存在がバレては、出てきてくれないかもしれない。
そして、しばらくしてお目当の彼が出てきた。
「膝丸……!」
出てきたところを逃すまいと、彼の腕を捕まえる。
まさかこんなところで待ち伏せされているとは思わなかったのか、驚いた顔をしている膝丸。しかしすぐにその顔を苦いものに変えると、私の手をやんわりと振りほどいて静かに言った。
「なんだ。用があるのなら兄者を呼んでこよう。俺にできて兄者にできぬ事などないだろうからな……待っていろ」
早口でそうまくし立てると、そそくさと立ち去ろうとする。
「ちょ、待ってよ!私は膝丸に用があって……」
「俺では兄者の代わりは務まらんだろう。すぐに兄者が来るから待っていろ」
それでも頑なに髭切を引き合いに出す膝丸は、よっぽど私を避けたいらしい。目すら合わせないようにしながら、早く立ち去りたいようにそわそわとする。
「なんで……私何かした?」
じわりと涙が滲みそうになるのをぐっと堪える。何をしてしまったのかもわからないのに、ただ被害者面をして泣くのは卑怯な気がした。膝丸に思うところがあるのならちゃんと聞きたい。
「……何もない。もう行くぞ」
だが膝丸から帰ってきたのは短い返事だけだった。
何もない。それは関係の修復を拒否するような言葉に聞こえて、今度こそ涙をこらえ切る事ができなくなる。
幸い、膝丸はすでに私に背を向けている。この顔は見られずに済んだみたいだ。
「あぁあぁ、主をこんな風に泣かせるのは誰だろうね」
彼に見られない事に安堵して、止める事を諦めた涙は、後ろから伸びてきた手にすくいとられる。
「大丈夫、主?よしよし、かわいそうにねぇ」
「髭切……?」
後ろから、私の顔を持ち上げるようにして覗き込んだのは髭切だった。私の涙を拭うと、そのまま抱きすくめるようにして私の体に腕を回した。
「え、ちょ、髭切……?」
「僕の弟は随分と酷いみたいだなぁ……主にこんな顔をさせるなんて。僕が慰めてあげようね」
私の言葉を無視して、髭切は膝丸の背中に言葉を投げかける。
膝丸は足を止めてその言葉を聞いてはいるようだったが、相変わらずこちらを向くつもりはないらしい。
「ほら、主。こっちを向いて」
顔に手を添えられて、そのまま後ろを向くように誘導される。そこには至近距離に髭切の顔が待ち受けていて、そのまま自然な流れで顔が寄せられた。
「ちょっ……髭切っ……!?」
だが、その動きは止められる。
「……兄者とて、無理に、というのは見過ごせない」
膝丸が、私たちの間に割って入るようにして、髭切から私を隠した。
「おや。僕は傷ついた主を見ていられなかっただけなんだけど……それじゃあ主の事は弟に任せようかな?ねえ、膝丸」
いつものように、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいるが、その瞳は鋭く膝丸を見つめている。
「……行くぞ、主」
膝丸は私の腕をとって歩き出した。
何が何やらわからない私は、引っ張られるがままに膝丸についていく。
その途中、後ろを振り返れば髭切がひらひらと手を振っている。その口が「がんばって」と動いたように見えた。
こくりと頷くことで返事をすると、彼も満足そうに笑って頷き返してくれた。
膝丸さんに手を引かれるまま、やってきたのは彼の自室だ。
私を招き入れると、そのままぴしゃりと襖を閉める。室内は随分と薄暗い。
「あの……膝丸?」
暗いせいで彼の表情を読み取ることができず、無言に耐えかねて名前を呼んだ。しかし、彼は返事をしてくれない。
そうして、また無言の時間が過ぎてゆく。
次に沈黙を破ったのは膝丸の方だった。
「俺は……邪魔立てしまったようだ。すまなかった」
なぜ、私が謝られているのか。その内容に思い当たる節がなく、ただ首を傾げる。
「主と兄者の中を邪魔するまいと思っていたが……見ているとどうもこの辺りが締め付けられる。ざわざわするんだ」
そう言って、胸のあたりをぎゅっと握った。
「連れてきてしまってすまない。つい、衝動的になってしまったようだ。俺は、あまり主たちに関わらないほうがいいだろう……何をしてしまうかわからない」
相変わらず、膝丸は私と目を合わせることを避けるように顔をそらして言った。
「膝丸……それって、私と髭切が仲良くしているのが嫌ってこと?」
彼の話を聞いて、思ったことを率直に告げれば、彼がギリリと奥歯を噛みしめるのがわかった。
「認めたくはないが……俺は、何か気にくわないらしい。なぜだかわからないが、主が、兄者といるのが落ち着かない」
それを苦々しく肯定する言葉に、私の顔がカッと熱くなる。
だって、それではまるで……。
自惚れた考えが頭を支配する。まさか、そんなはずない。きっと私の勘違いだ。
「今日……君を抱き止める兄者を見て、自分の中に何か黒いものが渦巻くのがわかった。そのあとも、君が兄者といるのを見るたびに、何か重たいものが胸を圧迫するようだった」
その考えは、続く膝丸の言葉によって肯定される形となる。
「いや……思えば、君が兄者を連れて出かけた時から、どこかもやもやとしていたのかもしれない。帰りを待ちわびているはずなのに、ずっと晴れない気持ちでふたりのことを考えていた」
「膝丸……」
「変な話をした。もう行ってくれ……」
彼は、自分の気持ちに自覚がないんだろうか。
私だけが気づいてしまって、舞い上がって良いのかわからない。
「膝丸……これ」
もう話は終わったと背を向ける彼に、私は小さな包みを手渡した。
今日1日、渡そうと思ってずっと持ち歩いていたものだ。ずっと手にしていたからか、袋は少しよれてしまっているが、今はそんなの気にならない。
「これ……は?」
何かと問いかける膝丸に、私は目で開けるようにと促す。
「お守りか?」
「うん。今日ね、買ってきたの。色が膝丸みたいだなぁって思って」
それは今日の買い物の目的の1つ。以前街に出た時にふと目に止まったお守りだった。
そのお守りとついている飾りの玉がが膝丸の髪と瞳の色によく似ていて、気になっていたのだ。それを相談する意味合いも込めて、今日の付き添いは髭切にお願いした。
名前を覚えることは苦手な髭切だが、弟の姿はしっかりと記憶しているようで「うん、確かに弟っぽいね」と言ってくれた。その一言もあって、今日、このお守りを購入してきたのだ。
「みんなに持ってもらってるお守りみたいな特別な力のあるものではないんだけど……その、私の気持ち?」
私が、膝丸にずっと一緒にいて欲しいと思う願いを込めたお守りだ。
「主が、俺のために?」
「うん」
「俺だけに……か?」
膝丸の瞳が期待の色でこちらを見つめる。
「うん、膝丸だけ。特別だよ」
特別。その言葉に膝丸が目を大きくした。
「……兄者にも、贈っていないのか?」
「なんで髭切が出てくるの……私は、膝丸にしか渡してないよ」
「主……」
ふわりと、彼が私を包んだ。
「嬉しい……嬉しくて、胸が締め付けられるようだ」
そのままぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。そうされて、悪い気はしない。
私も膝丸の背に手を回して、彼を抱きしめ返した。
「あのね、膝丸。私のこと、好き?」
彼の腕の中で、そう問う。
自分の気持ちも伝えずに、そうやって聞くのはちょっとずるいだろうか。
「好き……あぁ、好きだ」
あっさりとそれを肯定する膝丸に、少し拍子抜けする。
もしかしなくても、膝丸は好きの意味を理解していないんじゃないだろうか。
「私もね、膝丸が好きだよ。それは、他のみんなと違って特別な好き」
彼の腕を抜けて、目を見てそう伝える。顔が火照っているのがわかる。きっと今、めちゃくちゃに真っ赤だ。
「特別な……好き?」
そう口にして、じわじわと赤くなっていく膝丸の顔。
「お、俺は……主が、好き……なんだな」
手のひらで顔を覆い隠すようにして、膝丸が小さく言う。好き、と言ったところはやっと聞き取れるくらいの小さな声だったが、それでも確かに聞こえた。
「あぁ、そうか。君を見ていると苦しくなるのは、俺が君を好きだからなのか」
「うん、そうみたい。……膝丸が私を避けてた理由がわかって、ちょっと嬉しかった」
嫉妬。膝丸は、髭切に嫉妬していたのだ。その感情を理解できず、ただモヤモヤとした感情から逃げるように、私を避けていたのだ。
「はは、情けないな……。自分の気持ちに気付けず、君を傷つけるようなことをするなんて」
「うん、傷ついた。私、膝丸を怒らせるようなことしちゃったかと思って」
「本当にすまなかった……」
しゅんとして、頭を下げる膝丸。
傷ついたのは事実だが、こんな姿を見せられては怒る気など起きるはずもない。
「許します。そのかわり、これからはしないでね」
下を向いた彼の顔を持ち上げて、ほっぺを挟む。背伸びをして、彼の額に自分のをくっつける。
「あぁ、肝に銘じる。今度からは、君を避けるのではなくそばに置いておくことにしよう。他の刀に嫉妬するのは、兄者とてもうごめんだ」
その解決方法はどうかと思うが、膝丸がそばにいてくれるのは悪くない。
「そうだね、今度避けられたらショックでどこか行っちゃうかも」
「それはダメだ。行かせない」
逃がさない、とでも言うように再び膝丸に抱きしめられる。
「じゃあちゃんと捕まえといてね」
「あまり、うろうろしないでくれると助かる」
そう言って、お互いにくすくすと笑いあう。
「なあ、主」
「うん?」
「俺は君のことが好きだ」
自覚した気持ちは、改めて言葉にされると少し恥ずかしい。
だが、そうしてストレートに伝えてくれるのは、膝丸らしくて好きだ。
「私も、好きだよ」
それに私もまっすぐに応える。
そうすると、膝丸は本当に嬉しそうに目を細めて微笑んでくれた。
2019.6.5
「あっ!膝丸ー、ただいまぁ!」
「主、慌てると危ないよ」
本丸に帰り、膝丸の姿を見つける。
今日は少し買い物に出る用事があり、髭切を近侍につけていた。今しがた帰宅し、その弟の姿を見つけて駆け寄った。駆け寄ろうとした。
しかし、久しぶりに履いた高いヒールの靴に足がぐらりと傾くのがわかった。
転ぶ────。
しかし、覚悟した衝撃はやってこない。
「ほら、言わんこっちゃない」
髭切に抱きとめられる形で支えられて事なきを得た。
「す、すみません……」
「ふふっ、構わないよ。僕の可愛いお転婆な主の為だもの」
にっこりと笑う髭切に、私もつられて誤魔化すように照れ笑いを浮かべた。
「ほら、弟が待って……ありゃ?どこに行ってしまったんだろう?弟の……」
「膝丸ね。ほんとだ、居なくなっちゃった」
いつもならば、こうして名前を申告するのは膝丸の役目なのだが、膝丸の姿はいつのまにかなくなっていた。
髭切の姿を見つけとあらば嬉しそうにやってくるはずなのに。さっきの呼びかけた声が届かなかったのだろうか。
ちょうど彼に用があったのだが、仕方ない。
「探しにいくかい?」
「うん……そうだね。せっかくだから早く渡したいなぁ」
「それがいいね、行っておいでよ。僕はこっちのを届けておくよ。えっと……誰に届けるんだったかな」
頼もしく送り出してくれるのかと思いきや、やっぱりどこかふわふわしているのが髭切だ。にこやかに首をかしげる彼に念を押す。
「それは長谷部に!渡せばわかると思うから」
「よし、承ったよ」
今度こそしっかりと返事をしてくれた髭切と別れる。
私の方は膝丸探しだ。
確か今日は、出陣の予定も内番の担当もなかったはず。となれば、本丸内のどこかにいるはずだ。
そのはずだった。
「ど、どこにもいない……」
一般的な家と比べれば随分と広い本丸だが、それでも常識的な範疇のものだ。全てを探すのに丸一日!だとかそんな規格外の大きさではない。
それなのに、膝丸はどこにも見つからなかった。
この本丸で過ごしてしばらく経つ。思いつく限りのところは探したのに、彼は一向に見つからなかった。
おかしいのは、目撃情報はあるということだ。さっきまではあそこにいただとか、向こうで見ただとか。だから本丸内にいることは確実なのに、なぜか全く会うことができない。
「おや、主じゃないか。弟は見つかったの?えっと……」
「膝丸!それが、どこにもいなくて……」
膝丸さんに渡す予定だった袋が手の中で音を立ててシワを刻む。ずっと持ち歩いていたから、すっかり手の中でよれてしまった。中身には問題ないはずだが、これでは見栄えが悪い。
「渡すの、またいつかでいいかな……」
なんだか気が落ちてしまって、そうポツリと呟く。
「うーん……僕は早く渡してあげたほうがいいと思うなぁ。ほら、この後は食事だし必ず会えるよ。ね?」
髭切がポンと背中を叩いてくれる。それはまるで後押ししてくれているようで、落ち込みかけた気分を持ち直してくれた。
「うん……そうだね。そうする」
「ふふっ、よかった。それにしても、弟は何をやっているんだろうね……」
夕食どき。
みんなが広間へ集まってくる。そんな中に、私は膝丸の姿を探す。
彼はかなり遅がけにやってきた。膝丸のそばに座ろうと彼を待っていた私はその姿を見つけてそばに寄ろうとした。彼の方も私に気がついたようで目があう。
そして、ふいっと目をそらされた。
「えっ」
思わず声が漏れた。
今、確実に、膝丸は私に気がついて目をそらしたように見えた。そのまま、私の事は見なかったようにさっさと席についてしまう。
「主ー?ご飯食べないの?」
袖を引かれて、私も適当な席に着く。食事に手を伸ばすが、不思議と味がしない。
膝丸の事が気になって、何度も彼を見たが、その目がこちらを向く事はなかった。彼は普段通りに周りと談笑している。さっきのは私の勘違いだっただろうか。
手早く食事を終えた膝丸はさっさと席を立とうとしている。慌てて私も追いかけるように食器を片付ける。
「あれ、主まだ残ってるよ?食欲なかった?」
「あっ、ごめん……。その、うん。あんまりお腹空いてなくって」
「そっか。体調が悪いとかじゃないんだね」
「うん、それは大丈夫」
心配そうに声をかけてくれた光忠とほんの少し会話を交わしている間に、膝丸はどこかに行ってしまった。
姿を見失って、慌てて追いかけるが廊下にその姿はなかった。
やはり、さっきのは私を無視したんだろうか。
そう思うと、今日1日の事も説明がつく。一日中全く会えないなんて、運のない日だと思っていたが、それがもし膝丸が故意にやっていた事だとしたら。わざと私を避けるように行動していたとしたら、あんなにも会えなかった事にも納得がいく。
私は、膝丸に何かしてしまっただろうか。
聞き出そうにも、本人に避けられていてはどうする事もできない。今日はこのまま、会えずに終わってしまうんだろうか。
明日になったら、もしかするといつも通りに戻っているかもしれない。例えば、今日はたまたま機嫌が悪くて、話したくない気分なだけだったのかもしれない。そうやってもしかしたら、を考えるのと同時に、悪い方の考えも頭をよぎる。
明日になっても、そのあとも、ずっとこれからこのままだったら。この先ずっと膝丸に避けられ続けたら。そう考えるとやはり今日中に彼と話をしたいと思った。
「なんだなんだ、主。暗い顔をしてどうしたんだい?」
「あ、鶴丸。膝丸って、見てない?」
「ん?あいつなら今ちょうど風呂に行ったと思うが、何か用事か?」
「そんな感じです。今日は、なんだか膝丸に避けられてて……なんとか話をしたいんだけど」
そう言った私に、鶴丸はニヤリと笑って見せた。
「なあ主。風呂場には出入り口が1つしかないだろう?」
鶴丸が何を言おうとしているのか考え、そして1つの答えに行き着く。
「あっ……!」
「待ち伏せにはもってこいだろう?」
鶴丸の提案に、私は慌てて脱衣所の前へと向かう。そして、そこで膝丸を逃すまいと監視の目を光らせる。
「うわっ!びっくりした……何やってんだよ」
「なんでもないよ。ほら、行った行った!」
脱衣所から出てくる刀たちが、その傍らで佇む私に驚くが、それをさっさと追いやる。中の膝丸に存在がバレては、出てきてくれないかもしれない。
そして、しばらくしてお目当の彼が出てきた。
「膝丸……!」
出てきたところを逃すまいと、彼の腕を捕まえる。
まさかこんなところで待ち伏せされているとは思わなかったのか、驚いた顔をしている膝丸。しかしすぐにその顔を苦いものに変えると、私の手をやんわりと振りほどいて静かに言った。
「なんだ。用があるのなら兄者を呼んでこよう。俺にできて兄者にできぬ事などないだろうからな……待っていろ」
早口でそうまくし立てると、そそくさと立ち去ろうとする。
「ちょ、待ってよ!私は膝丸に用があって……」
「俺では兄者の代わりは務まらんだろう。すぐに兄者が来るから待っていろ」
それでも頑なに髭切を引き合いに出す膝丸は、よっぽど私を避けたいらしい。目すら合わせないようにしながら、早く立ち去りたいようにそわそわとする。
「なんで……私何かした?」
じわりと涙が滲みそうになるのをぐっと堪える。何をしてしまったのかもわからないのに、ただ被害者面をして泣くのは卑怯な気がした。膝丸に思うところがあるのならちゃんと聞きたい。
「……何もない。もう行くぞ」
だが膝丸から帰ってきたのは短い返事だけだった。
何もない。それは関係の修復を拒否するような言葉に聞こえて、今度こそ涙をこらえ切る事ができなくなる。
幸い、膝丸はすでに私に背を向けている。この顔は見られずに済んだみたいだ。
「あぁあぁ、主をこんな風に泣かせるのは誰だろうね」
彼に見られない事に安堵して、止める事を諦めた涙は、後ろから伸びてきた手にすくいとられる。
「大丈夫、主?よしよし、かわいそうにねぇ」
「髭切……?」
後ろから、私の顔を持ち上げるようにして覗き込んだのは髭切だった。私の涙を拭うと、そのまま抱きすくめるようにして私の体に腕を回した。
「え、ちょ、髭切……?」
「僕の弟は随分と酷いみたいだなぁ……主にこんな顔をさせるなんて。僕が慰めてあげようね」
私の言葉を無視して、髭切は膝丸の背中に言葉を投げかける。
膝丸は足を止めてその言葉を聞いてはいるようだったが、相変わらずこちらを向くつもりはないらしい。
「ほら、主。こっちを向いて」
顔に手を添えられて、そのまま後ろを向くように誘導される。そこには至近距離に髭切の顔が待ち受けていて、そのまま自然な流れで顔が寄せられた。
「ちょっ……髭切っ……!?」
だが、その動きは止められる。
「……兄者とて、無理に、というのは見過ごせない」
膝丸が、私たちの間に割って入るようにして、髭切から私を隠した。
「おや。僕は傷ついた主を見ていられなかっただけなんだけど……それじゃあ主の事は弟に任せようかな?ねえ、膝丸」
いつものように、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいるが、その瞳は鋭く膝丸を見つめている。
「……行くぞ、主」
膝丸は私の腕をとって歩き出した。
何が何やらわからない私は、引っ張られるがままに膝丸についていく。
その途中、後ろを振り返れば髭切がひらひらと手を振っている。その口が「がんばって」と動いたように見えた。
こくりと頷くことで返事をすると、彼も満足そうに笑って頷き返してくれた。
膝丸さんに手を引かれるまま、やってきたのは彼の自室だ。
私を招き入れると、そのままぴしゃりと襖を閉める。室内は随分と薄暗い。
「あの……膝丸?」
暗いせいで彼の表情を読み取ることができず、無言に耐えかねて名前を呼んだ。しかし、彼は返事をしてくれない。
そうして、また無言の時間が過ぎてゆく。
次に沈黙を破ったのは膝丸の方だった。
「俺は……邪魔立てしまったようだ。すまなかった」
なぜ、私が謝られているのか。その内容に思い当たる節がなく、ただ首を傾げる。
「主と兄者の中を邪魔するまいと思っていたが……見ているとどうもこの辺りが締め付けられる。ざわざわするんだ」
そう言って、胸のあたりをぎゅっと握った。
「連れてきてしまってすまない。つい、衝動的になってしまったようだ。俺は、あまり主たちに関わらないほうがいいだろう……何をしてしまうかわからない」
相変わらず、膝丸は私と目を合わせることを避けるように顔をそらして言った。
「膝丸……それって、私と髭切が仲良くしているのが嫌ってこと?」
彼の話を聞いて、思ったことを率直に告げれば、彼がギリリと奥歯を噛みしめるのがわかった。
「認めたくはないが……俺は、何か気にくわないらしい。なぜだかわからないが、主が、兄者といるのが落ち着かない」
それを苦々しく肯定する言葉に、私の顔がカッと熱くなる。
だって、それではまるで……。
自惚れた考えが頭を支配する。まさか、そんなはずない。きっと私の勘違いだ。
「今日……君を抱き止める兄者を見て、自分の中に何か黒いものが渦巻くのがわかった。そのあとも、君が兄者といるのを見るたびに、何か重たいものが胸を圧迫するようだった」
その考えは、続く膝丸の言葉によって肯定される形となる。
「いや……思えば、君が兄者を連れて出かけた時から、どこかもやもやとしていたのかもしれない。帰りを待ちわびているはずなのに、ずっと晴れない気持ちでふたりのことを考えていた」
「膝丸……」
「変な話をした。もう行ってくれ……」
彼は、自分の気持ちに自覚がないんだろうか。
私だけが気づいてしまって、舞い上がって良いのかわからない。
「膝丸……これ」
もう話は終わったと背を向ける彼に、私は小さな包みを手渡した。
今日1日、渡そうと思ってずっと持ち歩いていたものだ。ずっと手にしていたからか、袋は少しよれてしまっているが、今はそんなの気にならない。
「これ……は?」
何かと問いかける膝丸に、私は目で開けるようにと促す。
「お守りか?」
「うん。今日ね、買ってきたの。色が膝丸みたいだなぁって思って」
それは今日の買い物の目的の1つ。以前街に出た時にふと目に止まったお守りだった。
そのお守りとついている飾りの玉がが膝丸の髪と瞳の色によく似ていて、気になっていたのだ。それを相談する意味合いも込めて、今日の付き添いは髭切にお願いした。
名前を覚えることは苦手な髭切だが、弟の姿はしっかりと記憶しているようで「うん、確かに弟っぽいね」と言ってくれた。その一言もあって、今日、このお守りを購入してきたのだ。
「みんなに持ってもらってるお守りみたいな特別な力のあるものではないんだけど……その、私の気持ち?」
私が、膝丸にずっと一緒にいて欲しいと思う願いを込めたお守りだ。
「主が、俺のために?」
「うん」
「俺だけに……か?」
膝丸の瞳が期待の色でこちらを見つめる。
「うん、膝丸だけ。特別だよ」
特別。その言葉に膝丸が目を大きくした。
「……兄者にも、贈っていないのか?」
「なんで髭切が出てくるの……私は、膝丸にしか渡してないよ」
「主……」
ふわりと、彼が私を包んだ。
「嬉しい……嬉しくて、胸が締め付けられるようだ」
そのままぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。そうされて、悪い気はしない。
私も膝丸の背に手を回して、彼を抱きしめ返した。
「あのね、膝丸。私のこと、好き?」
彼の腕の中で、そう問う。
自分の気持ちも伝えずに、そうやって聞くのはちょっとずるいだろうか。
「好き……あぁ、好きだ」
あっさりとそれを肯定する膝丸に、少し拍子抜けする。
もしかしなくても、膝丸は好きの意味を理解していないんじゃないだろうか。
「私もね、膝丸が好きだよ。それは、他のみんなと違って特別な好き」
彼の腕を抜けて、目を見てそう伝える。顔が火照っているのがわかる。きっと今、めちゃくちゃに真っ赤だ。
「特別な……好き?」
そう口にして、じわじわと赤くなっていく膝丸の顔。
「お、俺は……主が、好き……なんだな」
手のひらで顔を覆い隠すようにして、膝丸が小さく言う。好き、と言ったところはやっと聞き取れるくらいの小さな声だったが、それでも確かに聞こえた。
「あぁ、そうか。君を見ていると苦しくなるのは、俺が君を好きだからなのか」
「うん、そうみたい。……膝丸が私を避けてた理由がわかって、ちょっと嬉しかった」
嫉妬。膝丸は、髭切に嫉妬していたのだ。その感情を理解できず、ただモヤモヤとした感情から逃げるように、私を避けていたのだ。
「はは、情けないな……。自分の気持ちに気付けず、君を傷つけるようなことをするなんて」
「うん、傷ついた。私、膝丸を怒らせるようなことしちゃったかと思って」
「本当にすまなかった……」
しゅんとして、頭を下げる膝丸。
傷ついたのは事実だが、こんな姿を見せられては怒る気など起きるはずもない。
「許します。そのかわり、これからはしないでね」
下を向いた彼の顔を持ち上げて、ほっぺを挟む。背伸びをして、彼の額に自分のをくっつける。
「あぁ、肝に銘じる。今度からは、君を避けるのではなくそばに置いておくことにしよう。他の刀に嫉妬するのは、兄者とてもうごめんだ」
その解決方法はどうかと思うが、膝丸がそばにいてくれるのは悪くない。
「そうだね、今度避けられたらショックでどこか行っちゃうかも」
「それはダメだ。行かせない」
逃がさない、とでも言うように再び膝丸に抱きしめられる。
「じゃあちゃんと捕まえといてね」
「あまり、うろうろしないでくれると助かる」
そう言って、お互いにくすくすと笑いあう。
「なあ、主」
「うん?」
「俺は君のことが好きだ」
自覚した気持ちは、改めて言葉にされると少し恥ずかしい。
だが、そうしてストレートに伝えてくれるのは、膝丸らしくて好きだ。
「私も、好きだよ」
それに私もまっすぐに応える。
そうすると、膝丸は本当に嬉しそうに目を細めて微笑んでくれた。
2019.6.5