刀剣乱舞短編
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【主が風邪を拗らせた】
主の声がしたと思ったら、ゴンっという鈍い音と共に倒れこんでくる主そのもの。
「あ、主!?」
真っ先に駆け寄ったのは小夜だ。うつ伏せに倒れこんだ審神者のそばに膝をついてその顔を覗き込む。苦しそうな荒い呼吸と赤く火照った顔にただ事ではないと察するのに時間はかからない。
続けて駆け寄ってきた宗三もすぐにそれを察知したのか、慌てて兄に助言を求める。
「ど、どうしましょう兄様!」
「主、主わかる?苦しいの?」
その横では、小夜が絶えず審神者に声をかけ続けている。
「2人とも落ち着きなさい」
ぴしゃりと言ってのけたそれはさすが長兄の貫禄と言ったところだろうか。いつも物静かでどこかゆったりとした雰囲気のある江雪の一声はよく効いたようだ。
慌てふためいていた2人に的確な指示を飛ばす江雪。
「宗三、あなたは薬研殿を連れてきなさい。お小夜、布団を敷いてくれますか?」
彼の指示で2人はすぐに動き出す。
小夜が布団を敷いている間、江雪も審神者のもとに寄り、状況を確認する。見た目に怪我などは見られない。苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、熱い息を吐いている。その火照った頬に触れるとびっくりするくらいに熱い。
「兄様、準備できたよ」
小夜の敷いてくれた布団に審神者を運ぶ。随分と暑そうにしている彼女に布団をかけるべきか迷うが、きっと冷やすのはよくないだろうと、そっと胸のあたりまで布団をかぶせた。
弟たちの手前、冷静を装ってはいるが、内心江雪もどうして良いのかわからず困惑していた。
この本丸に来てしばらく経つが、こんなことは初めてだし、人間の体の勝手というのはよくわからない。戦いで怪我をおった刀を治療するのは何度か見てきたが、怪我もしていない審神者を治す方法など知るはずもなかった。
とにかく、何もわからない以上安静にしておく意外にできることはないだろう。ここからは得意な者に任せるのが正しい。宗三が呼びに行った薬研の到着を待つことしかできないが、その間にも審神者に声をかけて、何か反応はないかと見守る。
意識は完全にないわけではないのか、たまにうわ言のように何かを発する。それは意味のある言葉なのか、単なる唸り声なのか、判断はつかないが、少なくともそこから何かを汲むことはできない。ただ苦しそうな様子だけがひしひしと伝わってくる。
「主、しっかりして……」
主の苦しみを和らげることもできなければ、弟の不安を取り除いてやることもできない。何もできない自分が情けなくなりながらも、江雪はせめてできることはないかと探す。
「お小夜、汗を拭く布と、それから桶に水をお願いします」
布団に入れたからか、審神者は随分と汗をかいているようだ。暑いのか布団をのけるような仕草も見て取れる。頬に手を当てると先ほどと変わらず随分体温が高い。
「んんっ……あれ……」
身をよじって声を出した審神者がパチリと目を開ける。本人にも状況が近いできていないのか、しばらくまばたきをして顔をしかめている。
「気分はいかがですか?どこか、苦しいところは?」
「頭が痛い……なんかぼーっとする……」
自分の状況を伝えてくれるが、人の身を持って日の浅い江雪にはどうもピンとこない。その状況に陥ったことがないのに、それを理解するというのは難しいことだ。
「私になにかできることは……?」
「江雪さんの手、冷たくて気持ちいい……」
審神者に手を取られ、先ほどまでしていたように頬へと誘導される。そのまま手にすり寄るようにして、彼女はまた目を閉じてしまった。
それ以外にどうして良いかもわからず、江雪はそのまま彼女に手を貸し続ける。
「兄様、薬研連れてきました!」
「おう、旦那。一体どういう状況だ」
宗三に連れられてやってきた薬研に場所を譲り、今までの状況を説明する。それを聞きながらも、薬研はテキパキと審神者の様子を見て診察を進めていく。
「うーん、こりゃ風邪をこじらせたな」
「風邪、ですか……」
知識はある。人間にはよくあることだ。審神者自身も以前、風邪をひいたことがあったはずだ。しかし、今とは随分様子が違ったように思える。
「前はもっと元気だったじゃないですか!」
「ありゃ、早めに気づいて安静にしてたからな。今回は熱も高いし、そうとう無理してたんだろ」
薬研曰く、風邪は健康にしていればそうそう引くものでもないし、予防できるものだという。それに、少し体調を崩したくらいでは倒れることなどそうそうないという。今回は随分と思いようで、審神者は相当無理をしていたのではないか、というのが彼の予想だ。
「そういえばこの人、昨日も今日もあまりご飯を食べていませんでしたよね」
宗三が記憶をたどって思い当たったのは食事の時のことだ。いつも美味しい美味しいと人の分まで食べる勢いで食事を楽しむ審神者が、昨日今日は随分と静かだったように思う。苦手なものでもあったのだろうかと気に留めていなかったが、こうして考えてみると食欲がなかったというのは彼女にしては珍しいことだったかもしれない。
「夜も、なにか遅くまで仕事をしているようでした……」
江雪も、なにか思い当たったものがあるようだ。
思い出すのは昨晩。かなり遅い時間に厠に行った際、審神者の執務室に明かりが灯っていたのを覚えている。
「風邪を引いて食欲がなかったのに夜遅くまで仕事をしてて、そのまま風邪をこじらせた。ってところか。全く、うちの大将は自己管理がなってないみたいだな」
薬研がやれやれといった風に首を振ると、審神者の頭を優しく撫でた。
「気づいてやれなくて悪かったな」
何度も優しく頭を撫でていると、幾分か表情が和らいだような気がする。
「兄様、これ。タオルとお水」
小夜が桶を抱えて戻ってくる。薬研がいることに少し安心したような表情を見せてそれを枕元まで運んでくる。
「主、大丈夫なの?」
「熱を下げる薬を用意する。それ飲んで、あとは飯食って寝てりゃ元気になるさ!」
それを聞いて、左文字三兄弟にやっと安心感が訪れる。
「それじゃあ俺っちは薬の用意をしてくるから、そいつで汗を拭ってやって、そのあとは暖かくしてやってくれ。あぁ、あと起きたらなんか食わせてやるといい」
それだけ言うと、薬研は部屋を出て行った。
「それじゃあ僕、燭台切に何か食べられそうなものを頼んできますね」
随分と落ち着いた様子で、宗三は食事を用意しに厨へ向かう。人に頼もうというのが彼らしい。
残った小夜と江雪は汗で張り付いた髪の毛を避けてやると、首回りを中心に審神者の汗を拭ってやった。
「江雪兄様。僕、どうしていいかわからなかった。兄様が言ってくれなければ何もできなかったよ」
駆け寄って声をかけることしかできなかった自分を反省しているのか、小夜は静かにそう言った。
しかし江雪だって、なにができたわけでもなかった。むしろ、すぐに行動に出ることができずにいたことを反省すべきは自分であると思っている。実際この布団を敷いたのも、タオルを持ってきてくれたのも小夜だ。
「お小夜はよくやりましたよ……。どうして良いのかわからなかったのは私の方です。ただ、主が苦しんでいるのを見ていることしかできなかった」
先ほどよりも幾分か呼吸が楽そうになった主を見て、安堵と同時に後悔が湧いてくる。
額に滲んだ汗を拭うと、その感触で目を覚ましたのか、審神者がうっすらと目を開けた。
「主!気がついたの!?」
小夜が顔を寄せて気遣ってくれる。体を起こそうとするが、揺らぐ視界の不快感とひどい頭痛で布団から起き上がることはできない。
「起きてはいけません。安静にするように、と薬研殿から聞いています」
江雪が体を押し戻し、しっかりと布団をかけ直す。
「私、どうして……」
よく覚えてい。自分がここに寝ている経緯を辿る。確か、左文字部屋に用があり、ここに向かっていたはずだった。
「突然、部屋の前で倒れたんだよ」
疑問の答えは小夜が用意してくれた。そう言われてやっと、自分が風邪で倒れたのだと理解した。
「ごめん、迷惑かけて……」
体調が悪いのは自覚があったが、大したことはないと無理を押して仕事をしていた。風邪っぽさはあったが、軽い症状にそのうち治るだろうと放置していたのだ。それが祟ってこの様だ。情けないことこの上ない。
それに見たところここは左文字部屋だ。布団まで借りてしまっているが、この不快感が自分のひどい汗を物語っている。きっと布団にまで及んでいることだろう。
「構いません。あなたが大事無いのならば……」
「今、ご飯と薬を用意しているから。もう少し我慢してね」
布団の上からぽんぽんと軽くあやすように叩かれて、不思議な安心感が私を包む。風邪をひくと心細くなってしまうというが、本当みたいだ。体調が悪いというだけで、ひどく寂しさを感じてしまう。だが、2人がここにいてくれることで、とても安心できているのだ。
「おや、目を覚ましましたか」
「主、気分はどうかな」
宗三に続いて、燭台切が小さな鍋を持って入ってくる。
「おかゆ、作ったんだけど食べられるかな」
蓋をあけると、美味しそうなたまご粥が湯気をあげている。食欲がなくてあまりご飯を食べていなかったせいか、美味しそうな香りが食欲をくすぐる。
「丈夫な体は食事からだよ。食べられないときはちゃんと言うこと。食べやすいもの考えるからね。はい、熱いから気をつけて」
優しいお説教をしながら、燭台切がおかゆを少量取り分けてくれる。それを受け取って、念入りにフーフーと息をかけて熱を冷ます。
「んっ、美味しい」
「よかった。無理はしなくていいから、食べれるだけ食べてね」
優しい味のお粥は飲み込むとじんわり体に染み込むように温かい。柔らかめに作ってくれたのかどんどん食べるのが進む。
「これだけ食べれれば安心ですね。全く、人騒がせな主です」
「よかったね、宗三兄様。兄様が一番大慌てだったから、安心だね」
「こら、お小夜。余計なことは言わなくていいんですよ」
左文字兄弟の仲の良さそうなやり取りに癒されつつも、やはり心配をかけてしまったのだと反省する。心配をかけたくなくて、風邪気味だったのを隠していたのに、裏目に出てしまった。
「主ー!ご無事ですか!?あぁ、おかわいそうに……」
ばたばたと足音が聞こえたと思ったら、長谷部が飛び込んでくる。
「なにかございましたらこのへし切長谷部にお任せください!主のためならばなんでもやりますよ!」
「うるさいのがきましたね。長谷部、主のために静かにしていてください」
それを宗三さんが冷たくあしらう。
「お前には聞いていない。主っ、何か欲しいものはございますか?寒くはありませんか?」
宗三と長谷部は一瞬ギッとにらみ合ったが、次の瞬間には満面の笑顔をこちらに向けている。特にしてもらいたいことは思いつかないのだが、そうキラキラとした目で見られると、出て行けとも言い辛い。
「長谷部くんってば、世話を焼きたくて仕方ないって感じだね」
コソッと反対側から耳打ちしてくるのは燭台切だ。長谷部はいつも私の身の回りのことをなんでもやりたがるが、なるほど。弱っている今こそ最大のチャンスというわけか。喜んで世話を焼こうというのがなんとも長谷部らしいところだ。
「あ、あるじさま……体調はいかがですか……?」
「すみません、騒がしくするのは良くないとは思ったのですが……」
「みんな大将のことが心配だったんだよ」
「ごめんね、顔だけでも見たかったんだ」
ひょっこりと顔をのぞかせた五虎退に続いてわらわらと部屋に入ってきたのは粟田口の短刀たちだ。みんな思い思いにお見舞いの品であろうお菓子やお花を持ち寄ってくれている。
「こら、お前たち。あまり長居してはいけないよ。すみません、主殿。どうしてもと言って聞かないもので……」
最後にやってきた一期が弟たちをたしなめている。
「ううん、嬉しいよ。みんなありがとう!」
それぞれからもらったお見舞いの品々をありがたく受け取る。それぞれの性格が出ているようでとても微笑ましい品々だ。
「おっと、こりゃ先客が多いな」
「みんな考えることは同じだね」
部屋にはどんどん人が増えていく。みんな口々に私の体調を気遣い、早く元気になって、と見舞いの言葉を残してくれる。
「ここ、僕たちの部屋なんですけどねぇ」
部屋の主の宗三は少し不満そうだ。
「おいおいおい、病人相手に何してんだ。ほら、散った散った」
薬研の一声で、お見舞いにやってきた面々はそれぞれ部屋に戻っていく。どうやら、薬を用意してきてくれたみたいだ。
「ちったぁ、顔色が良くなったな。これ飲んで良く寝てればすぐに治るさ」
そう言って差し出された薬は水で流しこんでもしっかり後味の残るひどい苦さだ。
「うぇええ、にっがい……」
「良薬は口に苦しってな。これに懲りたら無理はしないことだ」
「はい……」
今回のことに関してはしっかり反省している。こじらせてしまってしんどいのはもちろんだが、みんなにも心配させてしまったのだと、さっきのお見舞いラッシュでしっかり身にしみた。
「わかったなら結構。今日はもう休むんだな」
「うん。じゃあ部屋に戻るね……」
のそのそと起き上がろうとする私を二つの手が止めた。
「危ないよ、そんなにふらふらじゃ」
「安静にしていてください」
小夜と江雪に止められて、どうしたものかと悩む。
「部屋に戻って1人というのもなんですからね、今晩は面倒を見てあげますよ」
だから早く寝なさい、と宗三までもが私を布団に押しもどす。
「でも、布団が……」
「僕にその布団で寝ろって言うんですか?」
確かに、汗でぐっしょりの布団を返すのは忍びない。
「兄様も心配なんだよ。今日はここで寝て」
小夜にまでそう言われてしまえば、断ることもできない。
「じゃあ、お世話になります」
「はい、ゆっくりおやすみなさい」
江雪さんにそっと頭を撫でられて、そのまま目を閉じる。体力が落ちているせいか、疲労感でスッと眠りの中に落ちていく。ひんやりとした彼の手の感触が心地良い。
「寝ちゃったね」
「全く、騒がしい日になりましたね」
「騒いでいたのは貴方でしょう」
2019.3.6
主の声がしたと思ったら、ゴンっという鈍い音と共に倒れこんでくる主そのもの。
「あ、主!?」
真っ先に駆け寄ったのは小夜だ。うつ伏せに倒れこんだ審神者のそばに膝をついてその顔を覗き込む。苦しそうな荒い呼吸と赤く火照った顔にただ事ではないと察するのに時間はかからない。
続けて駆け寄ってきた宗三もすぐにそれを察知したのか、慌てて兄に助言を求める。
「ど、どうしましょう兄様!」
「主、主わかる?苦しいの?」
その横では、小夜が絶えず審神者に声をかけ続けている。
「2人とも落ち着きなさい」
ぴしゃりと言ってのけたそれはさすが長兄の貫禄と言ったところだろうか。いつも物静かでどこかゆったりとした雰囲気のある江雪の一声はよく効いたようだ。
慌てふためいていた2人に的確な指示を飛ばす江雪。
「宗三、あなたは薬研殿を連れてきなさい。お小夜、布団を敷いてくれますか?」
彼の指示で2人はすぐに動き出す。
小夜が布団を敷いている間、江雪も審神者のもとに寄り、状況を確認する。見た目に怪我などは見られない。苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、熱い息を吐いている。その火照った頬に触れるとびっくりするくらいに熱い。
「兄様、準備できたよ」
小夜の敷いてくれた布団に審神者を運ぶ。随分と暑そうにしている彼女に布団をかけるべきか迷うが、きっと冷やすのはよくないだろうと、そっと胸のあたりまで布団をかぶせた。
弟たちの手前、冷静を装ってはいるが、内心江雪もどうして良いのかわからず困惑していた。
この本丸に来てしばらく経つが、こんなことは初めてだし、人間の体の勝手というのはよくわからない。戦いで怪我をおった刀を治療するのは何度か見てきたが、怪我もしていない審神者を治す方法など知るはずもなかった。
とにかく、何もわからない以上安静にしておく意外にできることはないだろう。ここからは得意な者に任せるのが正しい。宗三が呼びに行った薬研の到着を待つことしかできないが、その間にも審神者に声をかけて、何か反応はないかと見守る。
意識は完全にないわけではないのか、たまにうわ言のように何かを発する。それは意味のある言葉なのか、単なる唸り声なのか、判断はつかないが、少なくともそこから何かを汲むことはできない。ただ苦しそうな様子だけがひしひしと伝わってくる。
「主、しっかりして……」
主の苦しみを和らげることもできなければ、弟の不安を取り除いてやることもできない。何もできない自分が情けなくなりながらも、江雪はせめてできることはないかと探す。
「お小夜、汗を拭く布と、それから桶に水をお願いします」
布団に入れたからか、審神者は随分と汗をかいているようだ。暑いのか布団をのけるような仕草も見て取れる。頬に手を当てると先ほどと変わらず随分体温が高い。
「んんっ……あれ……」
身をよじって声を出した審神者がパチリと目を開ける。本人にも状況が近いできていないのか、しばらくまばたきをして顔をしかめている。
「気分はいかがですか?どこか、苦しいところは?」
「頭が痛い……なんかぼーっとする……」
自分の状況を伝えてくれるが、人の身を持って日の浅い江雪にはどうもピンとこない。その状況に陥ったことがないのに、それを理解するというのは難しいことだ。
「私になにかできることは……?」
「江雪さんの手、冷たくて気持ちいい……」
審神者に手を取られ、先ほどまでしていたように頬へと誘導される。そのまま手にすり寄るようにして、彼女はまた目を閉じてしまった。
それ以外にどうして良いかもわからず、江雪はそのまま彼女に手を貸し続ける。
「兄様、薬研連れてきました!」
「おう、旦那。一体どういう状況だ」
宗三に連れられてやってきた薬研に場所を譲り、今までの状況を説明する。それを聞きながらも、薬研はテキパキと審神者の様子を見て診察を進めていく。
「うーん、こりゃ風邪をこじらせたな」
「風邪、ですか……」
知識はある。人間にはよくあることだ。審神者自身も以前、風邪をひいたことがあったはずだ。しかし、今とは随分様子が違ったように思える。
「前はもっと元気だったじゃないですか!」
「ありゃ、早めに気づいて安静にしてたからな。今回は熱も高いし、そうとう無理してたんだろ」
薬研曰く、風邪は健康にしていればそうそう引くものでもないし、予防できるものだという。それに、少し体調を崩したくらいでは倒れることなどそうそうないという。今回は随分と思いようで、審神者は相当無理をしていたのではないか、というのが彼の予想だ。
「そういえばこの人、昨日も今日もあまりご飯を食べていませんでしたよね」
宗三が記憶をたどって思い当たったのは食事の時のことだ。いつも美味しい美味しいと人の分まで食べる勢いで食事を楽しむ審神者が、昨日今日は随分と静かだったように思う。苦手なものでもあったのだろうかと気に留めていなかったが、こうして考えてみると食欲がなかったというのは彼女にしては珍しいことだったかもしれない。
「夜も、なにか遅くまで仕事をしているようでした……」
江雪も、なにか思い当たったものがあるようだ。
思い出すのは昨晩。かなり遅い時間に厠に行った際、審神者の執務室に明かりが灯っていたのを覚えている。
「風邪を引いて食欲がなかったのに夜遅くまで仕事をしてて、そのまま風邪をこじらせた。ってところか。全く、うちの大将は自己管理がなってないみたいだな」
薬研がやれやれといった風に首を振ると、審神者の頭を優しく撫でた。
「気づいてやれなくて悪かったな」
何度も優しく頭を撫でていると、幾分か表情が和らいだような気がする。
「兄様、これ。タオルとお水」
小夜が桶を抱えて戻ってくる。薬研がいることに少し安心したような表情を見せてそれを枕元まで運んでくる。
「主、大丈夫なの?」
「熱を下げる薬を用意する。それ飲んで、あとは飯食って寝てりゃ元気になるさ!」
それを聞いて、左文字三兄弟にやっと安心感が訪れる。
「それじゃあ俺っちは薬の用意をしてくるから、そいつで汗を拭ってやって、そのあとは暖かくしてやってくれ。あぁ、あと起きたらなんか食わせてやるといい」
それだけ言うと、薬研は部屋を出て行った。
「それじゃあ僕、燭台切に何か食べられそうなものを頼んできますね」
随分と落ち着いた様子で、宗三は食事を用意しに厨へ向かう。人に頼もうというのが彼らしい。
残った小夜と江雪は汗で張り付いた髪の毛を避けてやると、首回りを中心に審神者の汗を拭ってやった。
「江雪兄様。僕、どうしていいかわからなかった。兄様が言ってくれなければ何もできなかったよ」
駆け寄って声をかけることしかできなかった自分を反省しているのか、小夜は静かにそう言った。
しかし江雪だって、なにができたわけでもなかった。むしろ、すぐに行動に出ることができずにいたことを反省すべきは自分であると思っている。実際この布団を敷いたのも、タオルを持ってきてくれたのも小夜だ。
「お小夜はよくやりましたよ……。どうして良いのかわからなかったのは私の方です。ただ、主が苦しんでいるのを見ていることしかできなかった」
先ほどよりも幾分か呼吸が楽そうになった主を見て、安堵と同時に後悔が湧いてくる。
額に滲んだ汗を拭うと、その感触で目を覚ましたのか、審神者がうっすらと目を開けた。
「主!気がついたの!?」
小夜が顔を寄せて気遣ってくれる。体を起こそうとするが、揺らぐ視界の不快感とひどい頭痛で布団から起き上がることはできない。
「起きてはいけません。安静にするように、と薬研殿から聞いています」
江雪が体を押し戻し、しっかりと布団をかけ直す。
「私、どうして……」
よく覚えてい。自分がここに寝ている経緯を辿る。確か、左文字部屋に用があり、ここに向かっていたはずだった。
「突然、部屋の前で倒れたんだよ」
疑問の答えは小夜が用意してくれた。そう言われてやっと、自分が風邪で倒れたのだと理解した。
「ごめん、迷惑かけて……」
体調が悪いのは自覚があったが、大したことはないと無理を押して仕事をしていた。風邪っぽさはあったが、軽い症状にそのうち治るだろうと放置していたのだ。それが祟ってこの様だ。情けないことこの上ない。
それに見たところここは左文字部屋だ。布団まで借りてしまっているが、この不快感が自分のひどい汗を物語っている。きっと布団にまで及んでいることだろう。
「構いません。あなたが大事無いのならば……」
「今、ご飯と薬を用意しているから。もう少し我慢してね」
布団の上からぽんぽんと軽くあやすように叩かれて、不思議な安心感が私を包む。風邪をひくと心細くなってしまうというが、本当みたいだ。体調が悪いというだけで、ひどく寂しさを感じてしまう。だが、2人がここにいてくれることで、とても安心できているのだ。
「おや、目を覚ましましたか」
「主、気分はどうかな」
宗三に続いて、燭台切が小さな鍋を持って入ってくる。
「おかゆ、作ったんだけど食べられるかな」
蓋をあけると、美味しそうなたまご粥が湯気をあげている。食欲がなくてあまりご飯を食べていなかったせいか、美味しそうな香りが食欲をくすぐる。
「丈夫な体は食事からだよ。食べられないときはちゃんと言うこと。食べやすいもの考えるからね。はい、熱いから気をつけて」
優しいお説教をしながら、燭台切がおかゆを少量取り分けてくれる。それを受け取って、念入りにフーフーと息をかけて熱を冷ます。
「んっ、美味しい」
「よかった。無理はしなくていいから、食べれるだけ食べてね」
優しい味のお粥は飲み込むとじんわり体に染み込むように温かい。柔らかめに作ってくれたのかどんどん食べるのが進む。
「これだけ食べれれば安心ですね。全く、人騒がせな主です」
「よかったね、宗三兄様。兄様が一番大慌てだったから、安心だね」
「こら、お小夜。余計なことは言わなくていいんですよ」
左文字兄弟の仲の良さそうなやり取りに癒されつつも、やはり心配をかけてしまったのだと反省する。心配をかけたくなくて、風邪気味だったのを隠していたのに、裏目に出てしまった。
「主ー!ご無事ですか!?あぁ、おかわいそうに……」
ばたばたと足音が聞こえたと思ったら、長谷部が飛び込んでくる。
「なにかございましたらこのへし切長谷部にお任せください!主のためならばなんでもやりますよ!」
「うるさいのがきましたね。長谷部、主のために静かにしていてください」
それを宗三さんが冷たくあしらう。
「お前には聞いていない。主っ、何か欲しいものはございますか?寒くはありませんか?」
宗三と長谷部は一瞬ギッとにらみ合ったが、次の瞬間には満面の笑顔をこちらに向けている。特にしてもらいたいことは思いつかないのだが、そうキラキラとした目で見られると、出て行けとも言い辛い。
「長谷部くんってば、世話を焼きたくて仕方ないって感じだね」
コソッと反対側から耳打ちしてくるのは燭台切だ。長谷部はいつも私の身の回りのことをなんでもやりたがるが、なるほど。弱っている今こそ最大のチャンスというわけか。喜んで世話を焼こうというのがなんとも長谷部らしいところだ。
「あ、あるじさま……体調はいかがですか……?」
「すみません、騒がしくするのは良くないとは思ったのですが……」
「みんな大将のことが心配だったんだよ」
「ごめんね、顔だけでも見たかったんだ」
ひょっこりと顔をのぞかせた五虎退に続いてわらわらと部屋に入ってきたのは粟田口の短刀たちだ。みんな思い思いにお見舞いの品であろうお菓子やお花を持ち寄ってくれている。
「こら、お前たち。あまり長居してはいけないよ。すみません、主殿。どうしてもと言って聞かないもので……」
最後にやってきた一期が弟たちをたしなめている。
「ううん、嬉しいよ。みんなありがとう!」
それぞれからもらったお見舞いの品々をありがたく受け取る。それぞれの性格が出ているようでとても微笑ましい品々だ。
「おっと、こりゃ先客が多いな」
「みんな考えることは同じだね」
部屋にはどんどん人が増えていく。みんな口々に私の体調を気遣い、早く元気になって、と見舞いの言葉を残してくれる。
「ここ、僕たちの部屋なんですけどねぇ」
部屋の主の宗三は少し不満そうだ。
「おいおいおい、病人相手に何してんだ。ほら、散った散った」
薬研の一声で、お見舞いにやってきた面々はそれぞれ部屋に戻っていく。どうやら、薬を用意してきてくれたみたいだ。
「ちったぁ、顔色が良くなったな。これ飲んで良く寝てればすぐに治るさ」
そう言って差し出された薬は水で流しこんでもしっかり後味の残るひどい苦さだ。
「うぇええ、にっがい……」
「良薬は口に苦しってな。これに懲りたら無理はしないことだ」
「はい……」
今回のことに関してはしっかり反省している。こじらせてしまってしんどいのはもちろんだが、みんなにも心配させてしまったのだと、さっきのお見舞いラッシュでしっかり身にしみた。
「わかったなら結構。今日はもう休むんだな」
「うん。じゃあ部屋に戻るね……」
のそのそと起き上がろうとする私を二つの手が止めた。
「危ないよ、そんなにふらふらじゃ」
「安静にしていてください」
小夜と江雪に止められて、どうしたものかと悩む。
「部屋に戻って1人というのもなんですからね、今晩は面倒を見てあげますよ」
だから早く寝なさい、と宗三までもが私を布団に押しもどす。
「でも、布団が……」
「僕にその布団で寝ろって言うんですか?」
確かに、汗でぐっしょりの布団を返すのは忍びない。
「兄様も心配なんだよ。今日はここで寝て」
小夜にまでそう言われてしまえば、断ることもできない。
「じゃあ、お世話になります」
「はい、ゆっくりおやすみなさい」
江雪さんにそっと頭を撫でられて、そのまま目を閉じる。体力が落ちているせいか、疲労感でスッと眠りの中に落ちていく。ひんやりとした彼の手の感触が心地良い。
「寝ちゃったね」
「全く、騒がしい日になりましたね」
「騒いでいたのは貴方でしょう」
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