ヒプノシスマイク短編
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『優しい彼』
「オイ、なんか言うことあんだろ」
部屋に入って早々、彼の鋭い視線が私を射抜く。いかにも怒っていますというように、隠す気など一切なくきつく私を睨みつけ、苛立たしげに足を揺らす。
左馬刻をこうして怒らせてしまうのはもう何度目だろうか。
初めは池袋に行ったことが原因だったような気がする。後から知ったが、彼とは仲の悪い相手が池袋にはいるのだとか。そんなこと知りもしなかった私は、意味もわからないまま左馬刻に怒鳴りつけられ、恐怖を感じたのを覚えている。
彼がヤクザだということを気にしたことはなかったが、その時ばかりはついつい頭にそれがちらついてしまったものだ。それくらいに、怒った左馬刻は怖かった。銃兎さんが間に入ってくれていなければ、あのまま会うこともなかったかもしれない。
それでもこうして左馬刻との仲が続いているのは、銃兎さんの仲介があること。そしてなにより、怒った後の左馬刻は優しいことが理由だ。左馬刻だって理由もなくあたり散らかしているのではない。私に怒られるような要因があって、その怒りはいつだって私のためのものだ。
今回だって、きっと私が悪いのだと思う。心当たりはないが、それは私が鈍いからだ。そのせいで今までだって何度でも左馬刻に迷惑をかけてきた。
「ごめんなさい……」
自分が悪いと思ったので、謝罪の言葉を述べた。
返ってきたのは脳が揺れる激しい衝撃と、床に打ち付けられる全身の痛み。そして、頬に遅れてやってくる蹴られた痛みだ。
耐えられずに口からはうめき声が漏れた。
「謝ればいいと思ってんのか?」
「ごめん、ごめんなさい……私が悪いの」
左馬刻に手を上げさせてしまった。これも私が悪いのだ。
「あ?何が悪いんだよ、言ってみろ」
心当たりのない私はだんまりを決め込むしかない。そんなことをすれば左馬刻が余計に怒ってしまうのはわかっている。でも、間違ったことをいうわけにもいかない。何も言えずに、ただ床を見つめる。
「はっ、とりあえず謝っとけばそれでいいだろってか?っざけんなよオイ」
後頭部に走る痛み。顔が押しつぶされるのもお構いなしに頭を踏みつけられる。冷たい床の感触と、ザリザリと擦れる後頭部の痛みに涙が出そうになる。
「ごめん、ごめん、左馬刻、ごめんなさい」
ただひたすらに謝罪の言葉を並べる。こんなので彼が満足してくれるとは思わない。それでも、彼を怒らせてしまっている。悪いことをしたのだから謝らなければいけない。謝罪の言葉は口から紡がれ続ける。
「なぁ、俺様が怒ってんのはわかるよなぁ?なんで毎回毎回怒らせるようなことすんだよ、わざとやってんのか?」
「ちがっ……」
「っるせぇ、しゃべんな」
弁解すら許してはもらえない。髪を引っ張り持ち上げられた頭をそのまま床に投げつけられる。されるがまま、再び私は床に横たわる。
「あー、クッソ!気分悪ぃ……何回目だよ」
はぁー、と長く息を吐いて立ち上がる左馬刻。そのまま部屋を出て行くのか、その足は入り口の方へ向かう。
「まっ、まって。さまとき……ごめんなさい、もうしない。もうしないから」
何をしたのかはわからない。でも、左馬刻が嫌ならもうしない。それは心からの言葉だ。
「いっつもそれ言って、守らねぇだろうが。もううんざりなんだよ」
呆れたように言い捨てて、左馬刻はこちらを振り向くことなく部屋を出て行ってしまう。初めてだ。左馬刻が、許してくれなかった。
「さまとき……?さまとき、いっちゃやだ……さまときぃ……!」
体はまだズキズキと痛む。起き上がるのが精一杯だ。
追いかけなければ、彼が行ってしまう。体に鞭をふるって立ち上がる。しかし足は動かない。
彼は私を置いて出て行ったのに、追いかけたところで振り払われるだけだ。再び拒絶されたら、そう思うとすくんだ足は動かない。
再びその場に崩れ落ちた。涙が溢れてどんどんこぼれ落ちていく。何度も呼ぶ彼の名前は嗚咽にまみれてだんだん形を失っていく。
どれだけの間そうしていただろう。窓から差し込む光が赤さを増し、影が長く伸びる。
涙は気がついたら止まっていた。泣くのに疲れてしまった目はしょぼしょぼとして、今にも閉じてしまいそうだ。手放してしまいそうな意識の中でも、ひたすらに彼の名前を呼び続ける。
「さま、とき……。さまとき。さまとき……」
「なんつー顔してんだよ」
上から降ってきた乱暴な声。目の前にはさきほど蹴られた靴。左馬刻だ。しゃがみこんだ彼と目があう。
「目が腫れてんのは俺様のせいじゃねぇからな」
乱暴な口調とは反対に、優しい手つきで頬を撫でる。鈍い痛みが、彼が触れたところに走る。
「腫れてんな……痛ぇか?痛ぇよな……悪い」
彼の顔が悲痛に歪む。私が、彼にそんな顔をさせてしまっているのだ。
彼の温かい手の感触に、もう流れきったと思っていた涙がまた溢れてくる。
「もう、もう戻ってこないと思ったぁ……左馬刻っ、左馬刻ぃ!」
「もう泣くな」
ぽんぽんと背中を撫でてくれる彼のぬくもりに、ひどく安心する。
「ごめんなさい、もう左馬刻が怒るようなことしないから。だから、置いて行かないで」
必死に左馬刻に縋る。もう左馬刻を怒らせるようなことはしたくない。彼だってそんなことしたくないはずなのに、私がそうさせてしまう。結果、彼に悲しい顔をさせてしまうのだ。彼の顔が私のために歪むのはもう嫌だ。
結局何が悪かったのかはわからない。でも、そんなことは重要ではない。私が彼の気に入らないことをした。それが事実で、すべてだ。
優しい左馬刻が怒る姿はもう見たくない。
今日したことを思い返し、そのすべてに頭の中でバツをつける。全部、左馬刻を怒らせてしまうから、してはいけないことだ。
明日からはきっと、ずっと優しい左馬刻のままでいてくれるだろう。いや、本当の彼はいつだって優しいのだ。ただ私が悪いだけ。
2019.2.1
「オイ、なんか言うことあんだろ」
部屋に入って早々、彼の鋭い視線が私を射抜く。いかにも怒っていますというように、隠す気など一切なくきつく私を睨みつけ、苛立たしげに足を揺らす。
左馬刻をこうして怒らせてしまうのはもう何度目だろうか。
初めは池袋に行ったことが原因だったような気がする。後から知ったが、彼とは仲の悪い相手が池袋にはいるのだとか。そんなこと知りもしなかった私は、意味もわからないまま左馬刻に怒鳴りつけられ、恐怖を感じたのを覚えている。
彼がヤクザだということを気にしたことはなかったが、その時ばかりはついつい頭にそれがちらついてしまったものだ。それくらいに、怒った左馬刻は怖かった。銃兎さんが間に入ってくれていなければ、あのまま会うこともなかったかもしれない。
それでもこうして左馬刻との仲が続いているのは、銃兎さんの仲介があること。そしてなにより、怒った後の左馬刻は優しいことが理由だ。左馬刻だって理由もなくあたり散らかしているのではない。私に怒られるような要因があって、その怒りはいつだって私のためのものだ。
今回だって、きっと私が悪いのだと思う。心当たりはないが、それは私が鈍いからだ。そのせいで今までだって何度でも左馬刻に迷惑をかけてきた。
「ごめんなさい……」
自分が悪いと思ったので、謝罪の言葉を述べた。
返ってきたのは脳が揺れる激しい衝撃と、床に打ち付けられる全身の痛み。そして、頬に遅れてやってくる蹴られた痛みだ。
耐えられずに口からはうめき声が漏れた。
「謝ればいいと思ってんのか?」
「ごめん、ごめんなさい……私が悪いの」
左馬刻に手を上げさせてしまった。これも私が悪いのだ。
「あ?何が悪いんだよ、言ってみろ」
心当たりのない私はだんまりを決め込むしかない。そんなことをすれば左馬刻が余計に怒ってしまうのはわかっている。でも、間違ったことをいうわけにもいかない。何も言えずに、ただ床を見つめる。
「はっ、とりあえず謝っとけばそれでいいだろってか?っざけんなよオイ」
後頭部に走る痛み。顔が押しつぶされるのもお構いなしに頭を踏みつけられる。冷たい床の感触と、ザリザリと擦れる後頭部の痛みに涙が出そうになる。
「ごめん、ごめん、左馬刻、ごめんなさい」
ただひたすらに謝罪の言葉を並べる。こんなので彼が満足してくれるとは思わない。それでも、彼を怒らせてしまっている。悪いことをしたのだから謝らなければいけない。謝罪の言葉は口から紡がれ続ける。
「なぁ、俺様が怒ってんのはわかるよなぁ?なんで毎回毎回怒らせるようなことすんだよ、わざとやってんのか?」
「ちがっ……」
「っるせぇ、しゃべんな」
弁解すら許してはもらえない。髪を引っ張り持ち上げられた頭をそのまま床に投げつけられる。されるがまま、再び私は床に横たわる。
「あー、クッソ!気分悪ぃ……何回目だよ」
はぁー、と長く息を吐いて立ち上がる左馬刻。そのまま部屋を出て行くのか、その足は入り口の方へ向かう。
「まっ、まって。さまとき……ごめんなさい、もうしない。もうしないから」
何をしたのかはわからない。でも、左馬刻が嫌ならもうしない。それは心からの言葉だ。
「いっつもそれ言って、守らねぇだろうが。もううんざりなんだよ」
呆れたように言い捨てて、左馬刻はこちらを振り向くことなく部屋を出て行ってしまう。初めてだ。左馬刻が、許してくれなかった。
「さまとき……?さまとき、いっちゃやだ……さまときぃ……!」
体はまだズキズキと痛む。起き上がるのが精一杯だ。
追いかけなければ、彼が行ってしまう。体に鞭をふるって立ち上がる。しかし足は動かない。
彼は私を置いて出て行ったのに、追いかけたところで振り払われるだけだ。再び拒絶されたら、そう思うとすくんだ足は動かない。
再びその場に崩れ落ちた。涙が溢れてどんどんこぼれ落ちていく。何度も呼ぶ彼の名前は嗚咽にまみれてだんだん形を失っていく。
どれだけの間そうしていただろう。窓から差し込む光が赤さを増し、影が長く伸びる。
涙は気がついたら止まっていた。泣くのに疲れてしまった目はしょぼしょぼとして、今にも閉じてしまいそうだ。手放してしまいそうな意識の中でも、ひたすらに彼の名前を呼び続ける。
「さま、とき……。さまとき。さまとき……」
「なんつー顔してんだよ」
上から降ってきた乱暴な声。目の前にはさきほど蹴られた靴。左馬刻だ。しゃがみこんだ彼と目があう。
「目が腫れてんのは俺様のせいじゃねぇからな」
乱暴な口調とは反対に、優しい手つきで頬を撫でる。鈍い痛みが、彼が触れたところに走る。
「腫れてんな……痛ぇか?痛ぇよな……悪い」
彼の顔が悲痛に歪む。私が、彼にそんな顔をさせてしまっているのだ。
彼の温かい手の感触に、もう流れきったと思っていた涙がまた溢れてくる。
「もう、もう戻ってこないと思ったぁ……左馬刻っ、左馬刻ぃ!」
「もう泣くな」
ぽんぽんと背中を撫でてくれる彼のぬくもりに、ひどく安心する。
「ごめんなさい、もう左馬刻が怒るようなことしないから。だから、置いて行かないで」
必死に左馬刻に縋る。もう左馬刻を怒らせるようなことはしたくない。彼だってそんなことしたくないはずなのに、私がそうさせてしまう。結果、彼に悲しい顔をさせてしまうのだ。彼の顔が私のために歪むのはもう嫌だ。
結局何が悪かったのかはわからない。でも、そんなことは重要ではない。私が彼の気に入らないことをした。それが事実で、すべてだ。
優しい左馬刻が怒る姿はもう見たくない。
今日したことを思い返し、そのすべてに頭の中でバツをつける。全部、左馬刻を怒らせてしまうから、してはいけないことだ。
明日からはきっと、ずっと優しい左馬刻のままでいてくれるだろう。いや、本当の彼はいつだって優しいのだ。ただ私が悪いだけ。
2019.2.1
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