二章
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「労わってくれないと死んでしまいそうだ」
「そんな簡単に死んでもらったら困りますよ」
手入れ部屋でそんなことを口にするのは鶴丸さんだ。いつもの彼の軽口なんだろうが、それでも確かに思うところはある。
調子の良い夜戦部隊に比べて、第一部隊はかなり厳しい戦場への出陣となっている。当然厳しい戦いには疲労が伴う。それを考慮してメンバーを入れ替えたり、こまめな休息をとっての出陣をしてはいるが、肉体だけでなく精神的にも疲れは溜まるだろう。
「鶴丸さんの言葉に乗るわけじゃないですけど、休息は大切ですよね」
「ん?」
「今日は全力で第一部隊の皆さんを労わる日にしましょうか」
と、いったものの、要は休息日というわけだ。
「さあ皆さん、今日はなんでもやりますよー……えっと、できる範囲で」
意気揚々と宣言したものの、隣で目を輝かせた鶴丸さんに気づいて慌てて付け足した。下手なことは口にするもんじゃない。何をさせられるかたまったもんじゃない。
朝のやり取りを受けて、帰宅した私は第一部隊の面々を集めた。
「なんでも、って主が?」
「はい!お疲れ様の意味を込めて、肩たたきでもパシリでも、できることならなんでもやらせて頂きます!なんでもお申し付けください!」
今日の私は彼らを全力で労わるマンだ。主という立場は今ばかりはないものとしよう。
「フンッ、どうでもいいな」
「あ、ちょ、大倶利伽羅さん!」
大倶利伽羅さんはさっさと部屋を出て行ってしまう。これは想定の範囲内だ。もちろん、休暇の過ごし方は自由だ。必要とされないのならそれまで、深追いはしないと決めている。
「なんでもって言われても、なんか主にそんなことさせるのは申し訳ないよね」
「……同感だな」
「なんだなんだ、誰もいないようなら早速俺に付き合ってもらうとするかなぁ」
鶴丸さんの嬉しそうな声に待ったをかけるように手をあげたのは燭台切さんだった。
「あ、じゃあ僕いいかな?」
「はい!なんなりと!」
「買い出しに行きたいんだけど……」
おそらくは食材だろう。おつかいくらいなら容易いものだ。
「任せてください!何を買ってこればいいですか?」
「あ、そうじゃなくってね。僕が買い物に行きたいから、一緒に行って欲しいんだけど……ダメかな?」
お使いではない、ということは荷物持ちだろうか。燭台切さんと一緒にいて荷物持ちとして力を発揮できるかは怪しいところだが、求められるのならばそれに応えない選択はない。
「もちろんいいですよ!行きましょう!」
「ほんと?よかったぁ。じゃあ僕、準備してくるよ!」
「はい、私もすぐに」
嬉しそうに顔を華やがせた燭台切さんは慌て気味に部屋を出て行く。彼があんなに嬉しそうにするなんて、一体何を買いにいくのだろうか。身だしなみには人一倍気を遣う彼のことだし、なにやらおしゃれなお店にでも連れて行かれるのかもしれない。
だとすると着替えた方がいいだろうか。制服のままの自分を見下ろしてしばし考える。
だが、変に気合を入れようとすると迷走していまいそうだ。今日の私はあくまで付き人。ならば、この格好で問題ないだろう。
「それじゃあ行ってきますね。他のみんなも何か考えておいてね!」
残ったメンバーに手を振って、玄関の方へと向かう。
考える時間があったほうが、きっとみんな色々と提案してくれるだろう。鶴丸さんだけは燭台切さんに先を越されたのが不服そうだったが、彼に捕まるのは何となく怖い。できれば最後に回したいところだ。
「お待たせ!ごめんね、待たせちゃった?」
「いいえ、全然。それじゃあ行きましょうか」
燭台切さんはすぐにやってきた。いつもの戦闘服から防具を外して少し軽装になっている。これだけでみるとただのスーツ姿のお兄さんだ。ガタイがいいのと眼帯が影響して、現世でみたら関わっちゃいけない類の人感がすごい。
「ん?どうかした?」
「あ、いえ。現世だったら間違いなく関わりのない人だなぁと思いまして」
「そうなの?まあ僕と主とじゃ年の差とかあるだろうしね。現世だと僕っていくつくらいの見た目なんだろう?」
年齢に限った話ではないのだが、見た目が怖いです、なんて言えば彼を傷つけることになりそうなので話を合わせることにする。堅気っぽくないってだけで、かっこいいことに変わりはないのだから、不必要なことは言うまい。
「うーん、27、8くらいかなぁ……もう少し若くも見えるけど、大人っぽさが勝る気がする……」
「それじゃあ主とは10歳差かぁ……」
「そうですね。実際は何百歳差って感じですけどね」
事実を口にすると燭台切さんはあははと笑う。
「そうだね。本当ならこうして隣を歩くなんて考えられないや。そう思うと僕、刀でよかったなぁ」
「私も、審神者になってよかったです」
「ほんと?」
私の言葉に、隣の燭台切さんがバッとこちらを向いた。勢いがよすぎて若干びっくりした。
「は、はい。審神者じゃなかったら、みんなとこうして一緒に生活するとかありえなかったわけですし……刀と共同生活って、多分考えもしなかったですし」
「そっか……主がそう思ってくれてるなら、僕たちも嬉しいなぁ」
ニコニコと笑う燭台切さんは本当に嬉しそうだ。
「ところで、何を買いに行くんですか?」
しゃべりながら歩いていると、そこは見慣れたいつもの買い出しの街並みだ。審神者や刀剣男士が行き来するそこは、政府が管理する店が立ち並んでいる。
いったい目当ての店はどこかと尋ねると、彼は「ん?」と首をかしげていった。
「いつものお店だよ。主も行ったことあるよね?野菜と、お肉と、あ、あと牛乳が無くなってたんだっけ」
指を折って買い物内容を確認する燭台切さんに、今度は私が首をかしげる番だ。
「え?何か燭台切さんの買い物をするんじゃ?」
「え、僕は夕飯の買い出しのつもりで誘ったんだけど……ダメだった?」
「いえ、ダメってことはないですけど……。てっきり、服やなんかを買って、荷物持ちでもすればいいのかと……あ、でも、おつかいでも荷物持ちはできますね」
「ちょっと、ちょっと、待って!?僕、主に荷物持ちなんてさせる気ないよ!?」
慌てたように燭台切さんが言う。
「むしろ荷物持ちなんて僕の役目だし!僕はただ、主と一緒にゆっくりお買い物がしたかっただけなんだけど……最近は誰かに買ってきてもらってばかりだったから」
燭台切さんは目をそらすと、少し照れたようにして頬をかいた。
「それに、主と二人ってなかなかないでしょ。わざわざお願いすることじゃなかったかもしれないけど……ごめんね?」
少し頬を赤らめて困ったように笑う燭台切さんに、私の方まで釣られてしまう。顔が赤くないかが心配だ。
「い、いえ!嬉しいですよ。確かに、二人で買い物なんてしたことなかったもんね!」
「うん。たまには主を独り占めっていうのかな。ちょっと、してみたくなっちゃって」
照れてはにかむ燭台切さんが、その整った見た目とのギャップを生み出し深々と私に刺さる。これが主従関係というのはわかっていても、イケメンからの好意というのには少なからず舞い上がってしまうのが情けない。しかし、これが本能だろう。
「ほら!早くお買い物しようか、主」
気づけばいつものお店はもう目の前だ。
燭台切さんが私の手を引いた。自然に絡め取られた手は、そのまましっかりと彼に握られる。拒否をするつもりはないが、突然のことに驚いて彼を見やれば少し満足げににっこりと微笑んだ。
そんなにも嬉しそうな顔をされると、こっちまでにやけてしまいそうだ。
燭台切さんの普段はあまり見ない一面に心が跳ねるのがわかる。本丸内でもしっかりとしたまとめ役の立ち位置の彼が、こんなにも楽しそうなのは初めて見る気がする。こんなに素直に好意を感じられるのも初めてだ。
「……燭台切さん、リフレッシュできてますか?」
「リフレッシュ?うん、楽しいよ。たまにで良いから、こうやってまた主とお買い物したいなあ……なんて言ったら迷惑かな?」
「いいえ、全然!むしろご一緒させてください」
「ほんと!?僕、明日からも頑張れそうだなぁ!」
本来の目的であった労わり、という点に関しては予想とは違う形ではあったが達成できたと言って良いだろう。本人が楽しんでくれたなら何よりだ。
本丸に帰ると、今度は鳴さん狐さんと夕暮れの縁側でのんびり過ごす時間がやってきた。いつかの、まだ本丸が始まったばかりの頃を思い出す。
そして、意外にも大倶利伽羅さんからのお誘いがあった。正直、彼はこう言ったことは興味ないだろうと踏んでいたので驚きだ。それでも、断る理由はないのでもちろんしっかりと貢献させてもらった。固い床がお気に召さない彼のために、枕として肩を貸し出すのはおやすいご用だ。
夜には、お風呂から上がった太郎さんの髪を梳かした。いつかの一件以降、本丸内では珍しくない刀剣男子の髪を梳かす私の図だが、相手が太郎さんというのは珍しい。多分、彼が来たばかりの頃、少し髪を触らせてもらった時以来だ。彼曰く「この大きさ故、人に頭を触られるというのはあまり経験がなく……新鮮でしたから」とのこと。身長の高い彼が私の前にちょこんと座っているのは私の方も新鮮で、楽しませてもらったのは内緒だ。
そうこうしていれば1日も終わる。入浴を済ませて、そろそろ自室に引き上げようかという頃、気配もなく背後に立った彼は私を引き止めた。
「おい……俺のことを忘れてるだろう……」
恨めしそうな声とともに、ガシリと肩を掴まれる。
「つ、鶴丸さん……」
事の発端とも言える彼の姿を、そういえば見ていなかったことに気づく。燭台切さんとの買い物から帰ってきてから、鶴丸さんのことをすっかり忘れていた。
「楽しそうな1日だったな」
じっとりとした目でこちらを見つめられる。その目にはしっかりと抗議の意思が感じ取れる。
「す、すみません……遅くなっちゃいましたね」
あくまで忘れていたわけではないのだという程に持って行こうと試みるが「忘れていただろ」とあっさり切り捨てられてしまった。
「ごめんなさい。完全に忘れてました……」
「俺が言い出しっぺのはずなんだがなぁ……。まあ構わないさ。今から君の時間を貰おう」
そういって私の手を取った。
「え、今から?」
「まだ『今日』だろう?ちょっと話でもしようじゃないか。ダメか?」
「ダメじゃないけど……」
「なら決まりだ!立ち話もなんだしな……」
「じゃあ私の部屋にでどうですか?ちょうど部屋に戻るところだったし」
提案すると、鶴丸さんは一瞬固まったように見えたがすぐに了承してくれた。
「こうして君の部屋にくると、初めてここに来た時を思い出すな」
腰を下ろした鶴丸さんは、懐かしむように優しく微笑んだ。
「そうですね……まだ二ヶ月くらいですけど、なんだか随分前のことのような気がします」
「ここも一気に賑やかになったからなぁ。そのせいで君とゆっくり話もできなかったわけだが?」
忘れていた罪悪感をぐさりと刺される。しかし、彼はそれほど気にしていないのか、ニヤリといたずらっぽく笑うだけだった。
「別に咎めるつもりはないさ。こうして時間をくれたわけだしな」
ぽんぽんと私の頭を軽く叩くと、隣に座るように促された。大人しくそれに従って腰を下ろす。それに満足したのか、鶴丸さんは一度こちらに笑いかけると、私から視線を外して黙ってしまった。
なぜなのかわからず、彼の言葉を待つ。なんとなく、雰囲気がこちらから声をかけることを許してくれないような気がした。
「この本丸は、楽しいか?」
突然、彼はこちらに目を向けないままに、呟くように言った。
質問の意図はわからない。でも、それに対する答えは明確だ。
「楽しいですよ。すごく」
迷いのない、素直な答えを口にした。
「……そうか」
こちらに顔を向けた鶴丸さんは嬉しそうに笑っていた。
近い距離でみる彼の屈託のない笑顔に、ぼんやりと「綺麗だなぁ」なんて感想を抱いてしまう。一緒に過ごしていると忘れそうになるが、鶴丸さんに儚い雰囲気の美人だなんて印象を抱いたこともあった。それは彼の登場の一言で一瞬で砕け散ったわけだが。こうしてみると、やっぱり見た目だけは良い。
「ん?どうした?」
顔を見つめ続ける私に、今度はきょとんとした顔で首を傾げた。色素の薄い前髪が揺れるのが随分と絵になる。
「……鶴丸さんって綺麗だなって思ってました」
「え、お、おう……なんだ唐突だな」
「思ってたんだけどなぁ……」
ものの数秒で打ち砕かれたのは良い思い出だ。
立てた膝に頭をおいてうぅーん、と唸れば鶴丸さんの手が頭に伸びてくる。
「さては君、失礼なこと考えてるだろう!?」
「私は素直なんです!や、やめっ……髪はやめてください!」
髪の毛を散らかすようにわしわしと動かされる手から逃げようと身をよじるが、あっさりと捕まえられてしまう。正面から向き合う形になった私たちは、目があうと自然に笑いが溢れた。
「ふははっ、ひどい頭だぞ」
「鶴丸さんのせいでしょ!ふふっ。これも、初めてあった日みたいですね」
「あぁ。……なんだか、こうして君と触れ合うのは久しぶりな気がする」
頭をぐしゃぐしゃにしていた手が、するりと頬を挟み込むように降りてくる。そのまま、彼と見つめ合うようにすくい上げられ、その黄金の目がまっすぐに合う。改めて目を合わせるとやたらと緊張してしまうが、顔を固定されている以上目をそらすことしかできない。それも、この近い距離ではあまり大きな意味を為してはくれないようだ。
「もう、一人で悩んだりはしていないか?」
そう問われて、思い出すのは前にこの部屋で鶴丸さんと交わした会話だ。
審神者になって、とにかく頑張らなきゃと意気込みすぎていた私に、鶴丸さんが「俺たちを頼れ」と言ってくれた。その翌日、二日目にして早速寝坊をやらかしたのだが、刀剣たちに助けられたのはよく覚えている。
「してませんよ。まだまだダメなところばっかですけど、悩んだりもしますけど、みんなが助けてくれますから」
刀剣たちの主として、自分がトップに立って本丸を率いていくのだと思っていた。
でも実際は、やることはたくさんあって、覚えることもいっぱいいっぱいで、とても上手くいくことばかりではなかった。自分の不甲斐なさが嫌になることもあったが、みんなに支えられて、なんとか審神者らしくやれていると思っている。
「そうか。それは、よかったな」
「うん。なので、鶴丸さんも私のこと助けてくださいね」
そういえば、鶴丸さんは頬を挟み込む手の力を強めてくる。
「んん!?」
「ははっ!君、ひどい顔だぞ」
ひどい顔にしているのは鶴丸さんじゃないか。彼の手首を掴んで離そうとするが、全く動かない。細い手をしておいて、しっかり力はあるのだから憎らしいことこの上ない。
「助けてほしいか?」
私が抜け出せないのをいいことに、それはそれは楽しそうに尋ねてくる。私が求めてるのはそういうのじゃない。
ここで助けを求めるのはなんだか悔しくて、なんとか自力での脱出を試みる。手はどうにもならなさそうなので、諦めて次は彼の顔に狙いを定める。
自滅を覚悟して、彼の額に自分の額をぶつけようと試みるが、顔を抑えられているのだ。当然阻止されてしまった。しかし、わずかに動かすことはできたようで、少しだけ彼との距離が縮まった。
息がかかりそうなほどに近い距離に、自分でやっておいて思わずフリーズした。さすがにこれは恥ずかしい。
「どうした?顔が赤いな?」
たまらず顔に出てしまったようで、鶴丸さんは楽しそうだ。その顔には余裕がうかがえるのが気に入らない。年の功、とでもいうのか。慣れない距離に慌てているのは私だけみたいだ。
そう思うと、余計に自分だけが意識しているのが恥ずかしくなってくる。顔に熱が集まっているのもよくわかる。
「あっはっは、もっと赤くなった!」
吹き出す鶴丸さん。ようやく手が外れて解放される。
「からかわないでよ!!」
「すまんすまん。主は可愛いな」
まだ笑いが残っている鶴丸さんに言われても、なんだかバカにされた気分だ。
「それじゃあ、そろそろお暇しようか」
ひとしきり笑って、息をつくと鶴丸さんは立ち上がった。
「じゃあな、主。おやすみ」
ぽんと、頭に手を乗せるとそのまま部屋を出て行ってしまう。
鶴丸さんが出て行ってから、本来の目的を思い出して「あっ」と声をあげた。結局、彼を労ろうという話はどこへやら、本当に話をしただけで終わってしまった。
もう夜も遅く、彼を訪ねるのは憚られたためおとなしく布団に入った。
翌日、出陣の準備をする鶴丸さんはどこか上機嫌に見えた。満足げな彼の様子に思い当たる節はないものの、結果的にやる気が戻っているのならいいだろう。
連隊戦はまだ続く。彼らの活躍に期待したところだ。
2019.8.28
「そんな簡単に死んでもらったら困りますよ」
手入れ部屋でそんなことを口にするのは鶴丸さんだ。いつもの彼の軽口なんだろうが、それでも確かに思うところはある。
調子の良い夜戦部隊に比べて、第一部隊はかなり厳しい戦場への出陣となっている。当然厳しい戦いには疲労が伴う。それを考慮してメンバーを入れ替えたり、こまめな休息をとっての出陣をしてはいるが、肉体だけでなく精神的にも疲れは溜まるだろう。
「鶴丸さんの言葉に乗るわけじゃないですけど、休息は大切ですよね」
「ん?」
「今日は全力で第一部隊の皆さんを労わる日にしましょうか」
と、いったものの、要は休息日というわけだ。
「さあ皆さん、今日はなんでもやりますよー……えっと、できる範囲で」
意気揚々と宣言したものの、隣で目を輝かせた鶴丸さんに気づいて慌てて付け足した。下手なことは口にするもんじゃない。何をさせられるかたまったもんじゃない。
朝のやり取りを受けて、帰宅した私は第一部隊の面々を集めた。
「なんでも、って主が?」
「はい!お疲れ様の意味を込めて、肩たたきでもパシリでも、できることならなんでもやらせて頂きます!なんでもお申し付けください!」
今日の私は彼らを全力で労わるマンだ。主という立場は今ばかりはないものとしよう。
「フンッ、どうでもいいな」
「あ、ちょ、大倶利伽羅さん!」
大倶利伽羅さんはさっさと部屋を出て行ってしまう。これは想定の範囲内だ。もちろん、休暇の過ごし方は自由だ。必要とされないのならそれまで、深追いはしないと決めている。
「なんでもって言われても、なんか主にそんなことさせるのは申し訳ないよね」
「……同感だな」
「なんだなんだ、誰もいないようなら早速俺に付き合ってもらうとするかなぁ」
鶴丸さんの嬉しそうな声に待ったをかけるように手をあげたのは燭台切さんだった。
「あ、じゃあ僕いいかな?」
「はい!なんなりと!」
「買い出しに行きたいんだけど……」
おそらくは食材だろう。おつかいくらいなら容易いものだ。
「任せてください!何を買ってこればいいですか?」
「あ、そうじゃなくってね。僕が買い物に行きたいから、一緒に行って欲しいんだけど……ダメかな?」
お使いではない、ということは荷物持ちだろうか。燭台切さんと一緒にいて荷物持ちとして力を発揮できるかは怪しいところだが、求められるのならばそれに応えない選択はない。
「もちろんいいですよ!行きましょう!」
「ほんと?よかったぁ。じゃあ僕、準備してくるよ!」
「はい、私もすぐに」
嬉しそうに顔を華やがせた燭台切さんは慌て気味に部屋を出て行く。彼があんなに嬉しそうにするなんて、一体何を買いにいくのだろうか。身だしなみには人一倍気を遣う彼のことだし、なにやらおしゃれなお店にでも連れて行かれるのかもしれない。
だとすると着替えた方がいいだろうか。制服のままの自分を見下ろしてしばし考える。
だが、変に気合を入れようとすると迷走していまいそうだ。今日の私はあくまで付き人。ならば、この格好で問題ないだろう。
「それじゃあ行ってきますね。他のみんなも何か考えておいてね!」
残ったメンバーに手を振って、玄関の方へと向かう。
考える時間があったほうが、きっとみんな色々と提案してくれるだろう。鶴丸さんだけは燭台切さんに先を越されたのが不服そうだったが、彼に捕まるのは何となく怖い。できれば最後に回したいところだ。
「お待たせ!ごめんね、待たせちゃった?」
「いいえ、全然。それじゃあ行きましょうか」
燭台切さんはすぐにやってきた。いつもの戦闘服から防具を外して少し軽装になっている。これだけでみるとただのスーツ姿のお兄さんだ。ガタイがいいのと眼帯が影響して、現世でみたら関わっちゃいけない類の人感がすごい。
「ん?どうかした?」
「あ、いえ。現世だったら間違いなく関わりのない人だなぁと思いまして」
「そうなの?まあ僕と主とじゃ年の差とかあるだろうしね。現世だと僕っていくつくらいの見た目なんだろう?」
年齢に限った話ではないのだが、見た目が怖いです、なんて言えば彼を傷つけることになりそうなので話を合わせることにする。堅気っぽくないってだけで、かっこいいことに変わりはないのだから、不必要なことは言うまい。
「うーん、27、8くらいかなぁ……もう少し若くも見えるけど、大人っぽさが勝る気がする……」
「それじゃあ主とは10歳差かぁ……」
「そうですね。実際は何百歳差って感じですけどね」
事実を口にすると燭台切さんはあははと笑う。
「そうだね。本当ならこうして隣を歩くなんて考えられないや。そう思うと僕、刀でよかったなぁ」
「私も、審神者になってよかったです」
「ほんと?」
私の言葉に、隣の燭台切さんがバッとこちらを向いた。勢いがよすぎて若干びっくりした。
「は、はい。審神者じゃなかったら、みんなとこうして一緒に生活するとかありえなかったわけですし……刀と共同生活って、多分考えもしなかったですし」
「そっか……主がそう思ってくれてるなら、僕たちも嬉しいなぁ」
ニコニコと笑う燭台切さんは本当に嬉しそうだ。
「ところで、何を買いに行くんですか?」
しゃべりながら歩いていると、そこは見慣れたいつもの買い出しの街並みだ。審神者や刀剣男士が行き来するそこは、政府が管理する店が立ち並んでいる。
いったい目当ての店はどこかと尋ねると、彼は「ん?」と首をかしげていった。
「いつものお店だよ。主も行ったことあるよね?野菜と、お肉と、あ、あと牛乳が無くなってたんだっけ」
指を折って買い物内容を確認する燭台切さんに、今度は私が首をかしげる番だ。
「え?何か燭台切さんの買い物をするんじゃ?」
「え、僕は夕飯の買い出しのつもりで誘ったんだけど……ダメだった?」
「いえ、ダメってことはないですけど……。てっきり、服やなんかを買って、荷物持ちでもすればいいのかと……あ、でも、おつかいでも荷物持ちはできますね」
「ちょっと、ちょっと、待って!?僕、主に荷物持ちなんてさせる気ないよ!?」
慌てたように燭台切さんが言う。
「むしろ荷物持ちなんて僕の役目だし!僕はただ、主と一緒にゆっくりお買い物がしたかっただけなんだけど……最近は誰かに買ってきてもらってばかりだったから」
燭台切さんは目をそらすと、少し照れたようにして頬をかいた。
「それに、主と二人ってなかなかないでしょ。わざわざお願いすることじゃなかったかもしれないけど……ごめんね?」
少し頬を赤らめて困ったように笑う燭台切さんに、私の方まで釣られてしまう。顔が赤くないかが心配だ。
「い、いえ!嬉しいですよ。確かに、二人で買い物なんてしたことなかったもんね!」
「うん。たまには主を独り占めっていうのかな。ちょっと、してみたくなっちゃって」
照れてはにかむ燭台切さんが、その整った見た目とのギャップを生み出し深々と私に刺さる。これが主従関係というのはわかっていても、イケメンからの好意というのには少なからず舞い上がってしまうのが情けない。しかし、これが本能だろう。
「ほら!早くお買い物しようか、主」
気づけばいつものお店はもう目の前だ。
燭台切さんが私の手を引いた。自然に絡め取られた手は、そのまましっかりと彼に握られる。拒否をするつもりはないが、突然のことに驚いて彼を見やれば少し満足げににっこりと微笑んだ。
そんなにも嬉しそうな顔をされると、こっちまでにやけてしまいそうだ。
燭台切さんの普段はあまり見ない一面に心が跳ねるのがわかる。本丸内でもしっかりとしたまとめ役の立ち位置の彼が、こんなにも楽しそうなのは初めて見る気がする。こんなに素直に好意を感じられるのも初めてだ。
「……燭台切さん、リフレッシュできてますか?」
「リフレッシュ?うん、楽しいよ。たまにで良いから、こうやってまた主とお買い物したいなあ……なんて言ったら迷惑かな?」
「いいえ、全然!むしろご一緒させてください」
「ほんと!?僕、明日からも頑張れそうだなぁ!」
本来の目的であった労わり、という点に関しては予想とは違う形ではあったが達成できたと言って良いだろう。本人が楽しんでくれたなら何よりだ。
本丸に帰ると、今度は鳴さん狐さんと夕暮れの縁側でのんびり過ごす時間がやってきた。いつかの、まだ本丸が始まったばかりの頃を思い出す。
そして、意外にも大倶利伽羅さんからのお誘いがあった。正直、彼はこう言ったことは興味ないだろうと踏んでいたので驚きだ。それでも、断る理由はないのでもちろんしっかりと貢献させてもらった。固い床がお気に召さない彼のために、枕として肩を貸し出すのはおやすいご用だ。
夜には、お風呂から上がった太郎さんの髪を梳かした。いつかの一件以降、本丸内では珍しくない刀剣男子の髪を梳かす私の図だが、相手が太郎さんというのは珍しい。多分、彼が来たばかりの頃、少し髪を触らせてもらった時以来だ。彼曰く「この大きさ故、人に頭を触られるというのはあまり経験がなく……新鮮でしたから」とのこと。身長の高い彼が私の前にちょこんと座っているのは私の方も新鮮で、楽しませてもらったのは内緒だ。
そうこうしていれば1日も終わる。入浴を済ませて、そろそろ自室に引き上げようかという頃、気配もなく背後に立った彼は私を引き止めた。
「おい……俺のことを忘れてるだろう……」
恨めしそうな声とともに、ガシリと肩を掴まれる。
「つ、鶴丸さん……」
事の発端とも言える彼の姿を、そういえば見ていなかったことに気づく。燭台切さんとの買い物から帰ってきてから、鶴丸さんのことをすっかり忘れていた。
「楽しそうな1日だったな」
じっとりとした目でこちらを見つめられる。その目にはしっかりと抗議の意思が感じ取れる。
「す、すみません……遅くなっちゃいましたね」
あくまで忘れていたわけではないのだという程に持って行こうと試みるが「忘れていただろ」とあっさり切り捨てられてしまった。
「ごめんなさい。完全に忘れてました……」
「俺が言い出しっぺのはずなんだがなぁ……。まあ構わないさ。今から君の時間を貰おう」
そういって私の手を取った。
「え、今から?」
「まだ『今日』だろう?ちょっと話でもしようじゃないか。ダメか?」
「ダメじゃないけど……」
「なら決まりだ!立ち話もなんだしな……」
「じゃあ私の部屋にでどうですか?ちょうど部屋に戻るところだったし」
提案すると、鶴丸さんは一瞬固まったように見えたがすぐに了承してくれた。
「こうして君の部屋にくると、初めてここに来た時を思い出すな」
腰を下ろした鶴丸さんは、懐かしむように優しく微笑んだ。
「そうですね……まだ二ヶ月くらいですけど、なんだか随分前のことのような気がします」
「ここも一気に賑やかになったからなぁ。そのせいで君とゆっくり話もできなかったわけだが?」
忘れていた罪悪感をぐさりと刺される。しかし、彼はそれほど気にしていないのか、ニヤリといたずらっぽく笑うだけだった。
「別に咎めるつもりはないさ。こうして時間をくれたわけだしな」
ぽんぽんと私の頭を軽く叩くと、隣に座るように促された。大人しくそれに従って腰を下ろす。それに満足したのか、鶴丸さんは一度こちらに笑いかけると、私から視線を外して黙ってしまった。
なぜなのかわからず、彼の言葉を待つ。なんとなく、雰囲気がこちらから声をかけることを許してくれないような気がした。
「この本丸は、楽しいか?」
突然、彼はこちらに目を向けないままに、呟くように言った。
質問の意図はわからない。でも、それに対する答えは明確だ。
「楽しいですよ。すごく」
迷いのない、素直な答えを口にした。
「……そうか」
こちらに顔を向けた鶴丸さんは嬉しそうに笑っていた。
近い距離でみる彼の屈託のない笑顔に、ぼんやりと「綺麗だなぁ」なんて感想を抱いてしまう。一緒に過ごしていると忘れそうになるが、鶴丸さんに儚い雰囲気の美人だなんて印象を抱いたこともあった。それは彼の登場の一言で一瞬で砕け散ったわけだが。こうしてみると、やっぱり見た目だけは良い。
「ん?どうした?」
顔を見つめ続ける私に、今度はきょとんとした顔で首を傾げた。色素の薄い前髪が揺れるのが随分と絵になる。
「……鶴丸さんって綺麗だなって思ってました」
「え、お、おう……なんだ唐突だな」
「思ってたんだけどなぁ……」
ものの数秒で打ち砕かれたのは良い思い出だ。
立てた膝に頭をおいてうぅーん、と唸れば鶴丸さんの手が頭に伸びてくる。
「さては君、失礼なこと考えてるだろう!?」
「私は素直なんです!や、やめっ……髪はやめてください!」
髪の毛を散らかすようにわしわしと動かされる手から逃げようと身をよじるが、あっさりと捕まえられてしまう。正面から向き合う形になった私たちは、目があうと自然に笑いが溢れた。
「ふははっ、ひどい頭だぞ」
「鶴丸さんのせいでしょ!ふふっ。これも、初めてあった日みたいですね」
「あぁ。……なんだか、こうして君と触れ合うのは久しぶりな気がする」
頭をぐしゃぐしゃにしていた手が、するりと頬を挟み込むように降りてくる。そのまま、彼と見つめ合うようにすくい上げられ、その黄金の目がまっすぐに合う。改めて目を合わせるとやたらと緊張してしまうが、顔を固定されている以上目をそらすことしかできない。それも、この近い距離ではあまり大きな意味を為してはくれないようだ。
「もう、一人で悩んだりはしていないか?」
そう問われて、思い出すのは前にこの部屋で鶴丸さんと交わした会話だ。
審神者になって、とにかく頑張らなきゃと意気込みすぎていた私に、鶴丸さんが「俺たちを頼れ」と言ってくれた。その翌日、二日目にして早速寝坊をやらかしたのだが、刀剣たちに助けられたのはよく覚えている。
「してませんよ。まだまだダメなところばっかですけど、悩んだりもしますけど、みんなが助けてくれますから」
刀剣たちの主として、自分がトップに立って本丸を率いていくのだと思っていた。
でも実際は、やることはたくさんあって、覚えることもいっぱいいっぱいで、とても上手くいくことばかりではなかった。自分の不甲斐なさが嫌になることもあったが、みんなに支えられて、なんとか審神者らしくやれていると思っている。
「そうか。それは、よかったな」
「うん。なので、鶴丸さんも私のこと助けてくださいね」
そういえば、鶴丸さんは頬を挟み込む手の力を強めてくる。
「んん!?」
「ははっ!君、ひどい顔だぞ」
ひどい顔にしているのは鶴丸さんじゃないか。彼の手首を掴んで離そうとするが、全く動かない。細い手をしておいて、しっかり力はあるのだから憎らしいことこの上ない。
「助けてほしいか?」
私が抜け出せないのをいいことに、それはそれは楽しそうに尋ねてくる。私が求めてるのはそういうのじゃない。
ここで助けを求めるのはなんだか悔しくて、なんとか自力での脱出を試みる。手はどうにもならなさそうなので、諦めて次は彼の顔に狙いを定める。
自滅を覚悟して、彼の額に自分の額をぶつけようと試みるが、顔を抑えられているのだ。当然阻止されてしまった。しかし、わずかに動かすことはできたようで、少しだけ彼との距離が縮まった。
息がかかりそうなほどに近い距離に、自分でやっておいて思わずフリーズした。さすがにこれは恥ずかしい。
「どうした?顔が赤いな?」
たまらず顔に出てしまったようで、鶴丸さんは楽しそうだ。その顔には余裕がうかがえるのが気に入らない。年の功、とでもいうのか。慣れない距離に慌てているのは私だけみたいだ。
そう思うと、余計に自分だけが意識しているのが恥ずかしくなってくる。顔に熱が集まっているのもよくわかる。
「あっはっは、もっと赤くなった!」
吹き出す鶴丸さん。ようやく手が外れて解放される。
「からかわないでよ!!」
「すまんすまん。主は可愛いな」
まだ笑いが残っている鶴丸さんに言われても、なんだかバカにされた気分だ。
「それじゃあ、そろそろお暇しようか」
ひとしきり笑って、息をつくと鶴丸さんは立ち上がった。
「じゃあな、主。おやすみ」
ぽんと、頭に手を乗せるとそのまま部屋を出て行ってしまう。
鶴丸さんが出て行ってから、本来の目的を思い出して「あっ」と声をあげた。結局、彼を労ろうという話はどこへやら、本当に話をしただけで終わってしまった。
もう夜も遅く、彼を訪ねるのは憚られたためおとなしく布団に入った。
翌日、出陣の準備をする鶴丸さんはどこか上機嫌に見えた。満足げな彼の様子に思い当たる節はないものの、結果的にやる気が戻っているのならいいだろう。
連隊戦はまだ続く。彼らの活躍に期待したところだ。
2019.8.28