二章
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「第一部隊、帰還した」
「おかえり。今回も無事でなによりです!」
「何もない、というのが良いことかはわからんがな」
無事、というのは単に大きな怪我もなく帰ってきてくれたことを言いたかっただけなのだが、山姥切さんは少しバツが悪そうに目をそらした。
それは、成果が全く出ないことを気にしているのだろう。
彼の性格を考えたら、自分のせいでなんて思っていてもおかしくない。決してそんなことはないのだが、成果もなく、怪我をして戻ってくるのを繰り返すのはそれなりにしんどいだろう。
「刀剣だけが収穫じゃないよ。確実にレベルアップしてるのは、立派な成果じゃん」
山姥切さんを元気づけたくて、その背中を強めに叩く。顔を伏せ気味にして、小さく丸まりかけた背筋が嫌でも伸びる。隊長たるもの、しゃんとしてくれなければ困る。
というのは建前で、単純に山姥切さんが気落ちすることではないし、元気を出して欲しいだけだ。
「手入れもありますし、しばらく休憩しましょうか。第一部隊は各自自由にしてください。怪我人は手入れ部屋へ」
「了解いたしました主殿!私たちは一度部屋に戻るとしましょうか」
「そうだね。主、いつでも出陣できるから、呼んでね」
みんなそれぞれに散っていく。
そんな中で、私は注意深く大倶利伽羅さんを見つめる。それに気がついたのか、大倶利伽羅さんがこちらを振り返った。その顔はどこか鬱陶しそうにも見える。
「なんだ。怪我はしてない」
その言葉を受けて、手元の端末でも確認する。
「……よし。大丈夫そうですね、行ってよし!」
大倶利伽羅さんは隠そうともせずため息を吐くと、じっとりとこちらを見つめてくる。
「な、なんですか」
「あんたもしつこいな」
「しつこいとは失礼な……刀剣の状態管理だって審神者の務めです」
確かに、大倶利伽羅さんには他の人よりも厳しいチェックが入ってはいるが、それは自分がしたことの報いとして受け取って欲しい。
と言っても、彼はあれ以降傷を隠すことはしていない。怪我をしたならばちゃんと手入れ部屋へ行ってくれるし、こうして必要以上のチェックをする必要ももうないだろう。
「でも、もう必要なさそうなのでしません!信用してますからね」
「……勝手にしろ」
ふいっと顔をそらして、そのまま大倶利伽羅さんは行ってしまった。
勝手にしろ、というのは彼なりの肯定の返事だと受け取っている。多分、信用してくれて構わないと、そういうことだろう。
相変わらず大倶利伽羅さんの少ない言葉から真意を読み取ることは難しいが、存外彼も冷たい人ではないのだとわかった後だと、その言葉も良いものに受け取れるというものだ。
「おう、主。手入れ部屋がお待ちかねだぞ」
「あ、すみません。すぐ行きます!」
先に送っていたのを思い出して、一人に立っていた玄関前から引き上げる。
「んなとこで何一人でニヤニヤしてたんだ?」
たまたま通りかかった兼さんがいじわるそうに聞いてくる。別に、やましいことはないが、そんな聞き方をされると身構えてしまう。
「別になんでもないですよ!私は手入れ部屋に行くので失礼します!」
「なんだよ、いいことでもあったのか?うん?」
そんな私の態度を見てか、兼さんの目が面白そうに歪んだ。兼さんは見た目の割に結構子どもっぽいところがある。頼れるお兄さんと行った感じではあるのだが、ちょっかいをかけてくることも多い。
「ちょっと良いことはありましたよ!それだけです」
それだけ言って足早に手入れ部屋へと向かう。
「なんだよ、つれねえなぁ」
どうやらそれ以上しつこくするつもりはないようで、追ってきたりはしないみたいだ。
足早に手入れ部屋へと向かって、怪我の手入れを終わらせる。今日も軽傷で済んだようで何よりだ。
「ん?騒がしいな」
外を向いてそういった山姥切さんに習って、外の音に耳をすませてみる。
パタパタとこちらにかけてくる足音が複数。それらは部屋の前で止まったようだ。
「あるじさまいらっしゃいますか!?」
「いますよー」
手入れ部屋ということで、飛び込んできたりはしないみたいだが、その声からそわそわしているのが聞いて取れる。一体何事だろうか。声は今剣さんのものだが、何人かいる。おそらくは帰還した第二部隊のメンバーだろう。
山姥切さんと目を合わせるが、彼の方も首をかしげるだけだ。
「はいはい、どうしたの?」
部屋の前で待っているであろう彼らに尋ねるべく襖を開けると、飛び込んできたのは大きな刀だった。
「みてください、あるじさま!」
ずい、と差し出されたそれは短刀たちが持つにはとても大きい刀だった。太刀、もしかしたら大太刀サイズかもしれない。
「新しい刀ですよ、見つけたんです」
大きな刀を持った今剣さんを支えるようにして、鯰尾さんが続く。
部屋の前にいたのはやはり第二部隊のメンバーで、その顔は皆どこか嬉しそうにニコニコしている。
「すみません、主君。早くお見せしたくて……」
真面目な前田さんは手入れ部屋へと押しかけたのを気にしているのか、少しだけバツが悪そうだ。さすが前田さん。
「ううん、手入れは終わってたから大丈夫だよ」
しょぼんとしてしまう前田さんの肩をぽんと叩いて励ます。それだけのことなのに、少し顔が晴れた気がするので少し嬉しい。
それから、今剣さんが持つ刀に向き直る。見たことのない刀だ。新しい刀、というのだから、そうなのだろう。今回のイベントが始まって以来、初の収穫だ。
「あ、主さま、喜んでくれるかなって、頑張りました……!」
「受け取って」
促されてその刀を受け取る。見た目の通りずっしりと重たい刀だ。
「顕現、してきたらどうだ?俺はもういい」
見かねて山姥切さんが声をかけてくれる。軽傷だし、もう数十分もすれば手入れは完了するだろう。せっかくなのでお言葉に甘えようと思う。
「わかった。ゆっくり休んでね」
山姥切さんを手入れ部屋に残し、第二部隊の面々と別の部屋に移動する。
新たな刀の顕現は楽しみだが、それは彼らも同じらしい。自分たちの成果というのもあってワクワクとした顔で私の後を付いてくる。
「さぁ、行きますよ」
広間のそばにある小さめの部屋。多目的部屋として普段はいろいろと自由に使ってもらっている部屋で、顕現を試みる。
私の後ろを鳥囲うように、小夜さん、前田さん、今剣さん、五虎退さん、鯰尾さん、骨喰さんが控える。そんな風に見られることに少し緊張を感じつつ、私は刀に霊力を込めた。
ぽん、と桜が弾けるイメージが一瞬映る。そこに、彼はいた。
「阿蘇神社にあった蛍丸でーす。じゃーん、真打登場ってね」
その背に似合わない大きな刀を持った、幼い少年だ。
「ん?貴方が主だよね?おーい」
その小さな背を目一杯の背伸びで伸ばして、彼は私の顔の前でひらひらと手を振った。
てっきり大太刀というと刀本体のように大きい人が出てくるものだとばかり思っていた。現れた蛍丸さんは見た目だけで行ったら短刀と見間違えてしまいそうだ。そのせいでしばらくフリーズしてしまったらしい。
「あ、すみません。えっと、審神者です。よろしく、蛍丸さん」
「うん、よろしくね主。にしても、歓迎されてるね、俺」
私の後ろに並ぶ6振を見て、蛍丸さんが言う。そんな彼に、事の経緯を話す。今回のイベントで初めての成果で、みんな待ち望んでいたのだと言うと、少しだけ嬉しそうにはにかんだ。
「ふーん、じゃあ俺のこと大事にしてね。……少しだけなら撫でてもいいよ?」
大太刀とは言っても、見た目相応に甘えたいみたいだ。可愛らしく上目遣いでそう言う彼の頭を遠慮なしに撫でさせてもらう。うん、短刀たちと同じ枠だ。
「えへへ、あんまり強くしないでね。背が縮んじゃうから」
「了解です」
大太刀である彼だから、将来は随分大きく成長しそうだ……と思うのと同時に、刀に成長という概念があるのかと疑問に思う。でも、それを口にするのは軽率だということは私にもわかる。
「蛍丸!よければぼくたちが、ほんまるをあんないしますよ!」
横から今剣さんが提案する。蛍丸さんを迎えたのが自分たちなのもあって、世話が焼きたいのだろう。微笑ましい提案に私が異論を唱えることはない。
「うん、それじゃあお願い」
蛍丸さんも了承したことで、みんなが連れ立って部屋を出て行く。仲が良さそうで何よりだ。新人の蛍丸さんもすぐに馴染めることだろう。
「あれ、小夜さんは行かないの?」
みんなが出て行った後、部屋に一人残った小夜さんに声をかける。
「あまり大勢で行っても邪魔かと思って」
まあ、確かに。7人でぞろぞろと歩くというのもなかなかの大所帯だ。小夜さんが乗り気じゃないのも頷ける。
「ねえ、蛍丸が入手できて、嬉しかった?」
「へ?あ、うん。嬉しかったよ」
「そう……」
小夜さんの頬が少し緩む。
小夜さんの表情はお世辞にも柔らかいとは言えない。いつもどこか不機嫌そうに見える。でも、一緒にいるとだんだん些細な表情の変化というのにも気がつけるものだ。今の表情は少し嬉しさがにじみ出ている顔だ。口角が少しだけ上がっている。
「……小夜さん。ありがとね」
小夜さんは今回隊長を務めてくれていた。誉れを持ち帰ったのも彼だ。褒める意味を込めて彼の頭をぽんぽんと撫でる。跳ね除けられることは……ないみたいだ。
私の手を受け入れて、目を細める小夜さんに少しばかり感動を覚える。なんだか、ツンツンしていた子猫が懐いてくれたような、そんな気持ちだ。随分と懐いてもらえているみたいで嬉しい。
「主は、頭を撫でるのが好きなの?」
拒否されないのをいいことに撫で続けていると、ふと小夜さんがそう訪ねてくる。
「うーん、好き、なのかな……?」
嫌いではないと思う。
思い返すと、度々彼らのことを撫でている気がする。というのも、どうも短刀たちはその見た目からも弟のように感じているのだ。そうすると、やはり可愛くてついつい手が伸びでしまう。
「そう……」
「あ、あんまり好きじゃなかった……?」
小夜さんの反応に慌てて頭の上の手を引っ込める。
もしかして、審神者からの行いということで渋々受け入れていたりだとか、そんな背景があるのかもしれない。よく考えればそうだ。彼らは見た目こそ幼いものの私の何十、何百倍も行きている刀だ。実はめちゃくちゃ失礼に当たっていた可能性に行き着く。
でもその不安は小夜さんの一言で解消される。
「ううん……嫌いじゃないよ」
そう言って、私の手に再びすり寄るように頭を寄せた。
「ほ、ほんと……?」
恐る恐る、再び小夜さんを撫でる。
「貴方の手は、温かくて心地良いから……嫌いじゃない」
そう言ってくれた小夜さんの表情は今まで見てきたどんな顔よりも柔らかく見えて、私は思わず自分の顔を覆い隠した。
「……?どうかしたの?」
「いえ……ちょっと喜びが……」
今の自分の顔は随分と酷いことだろう。全力でニヤけている自信がある。
小夜さんが可愛い。
もちろん、短刀たちはみんな可愛い弟のような存在だと思っているのだが、なんだかこうステップアップして仲良くなれた感じがどうも私の心にグサリときた。小夜さん可愛い。
「貴方が喜んでくれるなら、また次も頑張るよ。求められるのは復讐じゃないのに……それでも貴方に必要とされるのは、悪くない気分なんだ」
小夜さんの言う『復讐』は私にはわからない。度々、彼はその言葉を口にする。そして、その話をするときには決まって苦い顔をしているのだ。
それを私はわかってあげられない。復讐なんて何も生まない、なんて綺麗事を言うつもりはない。でも、かといって彼の復讐に対する気持ちは簡単に肯定できるものでないし、彼もそれを望んではいないだろう。
だから、なるべくその辺には触れないように、踏み込まないようにとしていた。
それを、彼の口から、少しだけだがそれ以外を見出せたと聞くことができた。
「うん、小夜さんにはこれからも頑張ってほしい。頼りにしてるよ」
十分だ。
小夜さんに復讐なんて忘れろとは言わない。でも、それ以外に生きる理由を見出せるというなら私は全力でそれを応援したい。
「期待には応えるよ。そうでなくちゃ、売り飛ばされてしまっても文句は言えないだろうしね」
「売り飛ばすって……前にも言ったけど、私そんなことするつもりないからね」
小夜さんの信用にはまだ足りないと言うことか、どうも私が手放すのだとまだ思われているらしい。
「フッ……そんな顔しないで。貴方はそんなことしない……と思ってる」
「うぇっ!?な、なら良いんだけど……」
そんな顔、って一体どんな顔をしていたんだろうか。小夜さんが思わず口元を緩めるくらいだから、相当酷い顔だったのかもしれない。
「あ、小夜ー!まだいたんですね!」
「今剣さん。もう案内は終わったんですか?」
今剣さんに続いて、第二部隊のメンバーがぞろぞろと戻ってくる。随分と早いお戻りだ。よく見ると蛍丸さんの姿だけなくなっている。
「あんないのつづきは愛染にまかせました!」
「二人は同じ刀派みたいで、せっかくですからね」
なるほど、それで引き上げてきたというわけだ。
「ねえあるじさま、ぼくたちまたしゅつじんしたいです!」
今剣さんが「はい!」と手を上げてそういう。成果を上げて帰ってきたばかりだというのに、そう急ぐこともないと思うのだが。
「そうですね、調子がいいのでまだまだやれますよ!」
「あぁ。俺もだ」
今剣さんの意見にみんなが賛同の様子を見せる。もちろん、全員それでいいというのなら私が止める理由はない。
「夜というのは僕たちに合っているみたいです」
「い、いつもよりも、上手く戦える気がします……!」
夜戦というのは短刀や脇差に有利なマップだ。普段、どうしても太刀なんかに比べると打撃などの面で遅れを取ってしまう彼らが活躍できる面とあって、きっと気分も良いのだろう。
「そうだね、みんながやる気なら出陣しようか」
「わーい!ありがとうございます!」
「さ、早速準備してきます……!」
やる気の彼らはすぐに出陣準備に取り掛かるようだ。
部屋を出て行く彼らの一番最後、小夜さんが立ち止まる。
「期待して待っていてよ」
振り返ってそういう彼に、期待しないはずがない。
「うん、期待してるよ。小夜さんだもんね」
2019.7.7
「おかえり。今回も無事でなによりです!」
「何もない、というのが良いことかはわからんがな」
無事、というのは単に大きな怪我もなく帰ってきてくれたことを言いたかっただけなのだが、山姥切さんは少しバツが悪そうに目をそらした。
それは、成果が全く出ないことを気にしているのだろう。
彼の性格を考えたら、自分のせいでなんて思っていてもおかしくない。決してそんなことはないのだが、成果もなく、怪我をして戻ってくるのを繰り返すのはそれなりにしんどいだろう。
「刀剣だけが収穫じゃないよ。確実にレベルアップしてるのは、立派な成果じゃん」
山姥切さんを元気づけたくて、その背中を強めに叩く。顔を伏せ気味にして、小さく丸まりかけた背筋が嫌でも伸びる。隊長たるもの、しゃんとしてくれなければ困る。
というのは建前で、単純に山姥切さんが気落ちすることではないし、元気を出して欲しいだけだ。
「手入れもありますし、しばらく休憩しましょうか。第一部隊は各自自由にしてください。怪我人は手入れ部屋へ」
「了解いたしました主殿!私たちは一度部屋に戻るとしましょうか」
「そうだね。主、いつでも出陣できるから、呼んでね」
みんなそれぞれに散っていく。
そんな中で、私は注意深く大倶利伽羅さんを見つめる。それに気がついたのか、大倶利伽羅さんがこちらを振り返った。その顔はどこか鬱陶しそうにも見える。
「なんだ。怪我はしてない」
その言葉を受けて、手元の端末でも確認する。
「……よし。大丈夫そうですね、行ってよし!」
大倶利伽羅さんは隠そうともせずため息を吐くと、じっとりとこちらを見つめてくる。
「な、なんですか」
「あんたもしつこいな」
「しつこいとは失礼な……刀剣の状態管理だって審神者の務めです」
確かに、大倶利伽羅さんには他の人よりも厳しいチェックが入ってはいるが、それは自分がしたことの報いとして受け取って欲しい。
と言っても、彼はあれ以降傷を隠すことはしていない。怪我をしたならばちゃんと手入れ部屋へ行ってくれるし、こうして必要以上のチェックをする必要ももうないだろう。
「でも、もう必要なさそうなのでしません!信用してますからね」
「……勝手にしろ」
ふいっと顔をそらして、そのまま大倶利伽羅さんは行ってしまった。
勝手にしろ、というのは彼なりの肯定の返事だと受け取っている。多分、信用してくれて構わないと、そういうことだろう。
相変わらず大倶利伽羅さんの少ない言葉から真意を読み取ることは難しいが、存外彼も冷たい人ではないのだとわかった後だと、その言葉も良いものに受け取れるというものだ。
「おう、主。手入れ部屋がお待ちかねだぞ」
「あ、すみません。すぐ行きます!」
先に送っていたのを思い出して、一人に立っていた玄関前から引き上げる。
「んなとこで何一人でニヤニヤしてたんだ?」
たまたま通りかかった兼さんがいじわるそうに聞いてくる。別に、やましいことはないが、そんな聞き方をされると身構えてしまう。
「別になんでもないですよ!私は手入れ部屋に行くので失礼します!」
「なんだよ、いいことでもあったのか?うん?」
そんな私の態度を見てか、兼さんの目が面白そうに歪んだ。兼さんは見た目の割に結構子どもっぽいところがある。頼れるお兄さんと行った感じではあるのだが、ちょっかいをかけてくることも多い。
「ちょっと良いことはありましたよ!それだけです」
それだけ言って足早に手入れ部屋へと向かう。
「なんだよ、つれねえなぁ」
どうやらそれ以上しつこくするつもりはないようで、追ってきたりはしないみたいだ。
足早に手入れ部屋へと向かって、怪我の手入れを終わらせる。今日も軽傷で済んだようで何よりだ。
「ん?騒がしいな」
外を向いてそういった山姥切さんに習って、外の音に耳をすませてみる。
パタパタとこちらにかけてくる足音が複数。それらは部屋の前で止まったようだ。
「あるじさまいらっしゃいますか!?」
「いますよー」
手入れ部屋ということで、飛び込んできたりはしないみたいだが、その声からそわそわしているのが聞いて取れる。一体何事だろうか。声は今剣さんのものだが、何人かいる。おそらくは帰還した第二部隊のメンバーだろう。
山姥切さんと目を合わせるが、彼の方も首をかしげるだけだ。
「はいはい、どうしたの?」
部屋の前で待っているであろう彼らに尋ねるべく襖を開けると、飛び込んできたのは大きな刀だった。
「みてください、あるじさま!」
ずい、と差し出されたそれは短刀たちが持つにはとても大きい刀だった。太刀、もしかしたら大太刀サイズかもしれない。
「新しい刀ですよ、見つけたんです」
大きな刀を持った今剣さんを支えるようにして、鯰尾さんが続く。
部屋の前にいたのはやはり第二部隊のメンバーで、その顔は皆どこか嬉しそうにニコニコしている。
「すみません、主君。早くお見せしたくて……」
真面目な前田さんは手入れ部屋へと押しかけたのを気にしているのか、少しだけバツが悪そうだ。さすが前田さん。
「ううん、手入れは終わってたから大丈夫だよ」
しょぼんとしてしまう前田さんの肩をぽんと叩いて励ます。それだけのことなのに、少し顔が晴れた気がするので少し嬉しい。
それから、今剣さんが持つ刀に向き直る。見たことのない刀だ。新しい刀、というのだから、そうなのだろう。今回のイベントが始まって以来、初の収穫だ。
「あ、主さま、喜んでくれるかなって、頑張りました……!」
「受け取って」
促されてその刀を受け取る。見た目の通りずっしりと重たい刀だ。
「顕現、してきたらどうだ?俺はもういい」
見かねて山姥切さんが声をかけてくれる。軽傷だし、もう数十分もすれば手入れは完了するだろう。せっかくなのでお言葉に甘えようと思う。
「わかった。ゆっくり休んでね」
山姥切さんを手入れ部屋に残し、第二部隊の面々と別の部屋に移動する。
新たな刀の顕現は楽しみだが、それは彼らも同じらしい。自分たちの成果というのもあってワクワクとした顔で私の後を付いてくる。
「さぁ、行きますよ」
広間のそばにある小さめの部屋。多目的部屋として普段はいろいろと自由に使ってもらっている部屋で、顕現を試みる。
私の後ろを鳥囲うように、小夜さん、前田さん、今剣さん、五虎退さん、鯰尾さん、骨喰さんが控える。そんな風に見られることに少し緊張を感じつつ、私は刀に霊力を込めた。
ぽん、と桜が弾けるイメージが一瞬映る。そこに、彼はいた。
「阿蘇神社にあった蛍丸でーす。じゃーん、真打登場ってね」
その背に似合わない大きな刀を持った、幼い少年だ。
「ん?貴方が主だよね?おーい」
その小さな背を目一杯の背伸びで伸ばして、彼は私の顔の前でひらひらと手を振った。
てっきり大太刀というと刀本体のように大きい人が出てくるものだとばかり思っていた。現れた蛍丸さんは見た目だけで行ったら短刀と見間違えてしまいそうだ。そのせいでしばらくフリーズしてしまったらしい。
「あ、すみません。えっと、審神者です。よろしく、蛍丸さん」
「うん、よろしくね主。にしても、歓迎されてるね、俺」
私の後ろに並ぶ6振を見て、蛍丸さんが言う。そんな彼に、事の経緯を話す。今回のイベントで初めての成果で、みんな待ち望んでいたのだと言うと、少しだけ嬉しそうにはにかんだ。
「ふーん、じゃあ俺のこと大事にしてね。……少しだけなら撫でてもいいよ?」
大太刀とは言っても、見た目相応に甘えたいみたいだ。可愛らしく上目遣いでそう言う彼の頭を遠慮なしに撫でさせてもらう。うん、短刀たちと同じ枠だ。
「えへへ、あんまり強くしないでね。背が縮んじゃうから」
「了解です」
大太刀である彼だから、将来は随分大きく成長しそうだ……と思うのと同時に、刀に成長という概念があるのかと疑問に思う。でも、それを口にするのは軽率だということは私にもわかる。
「蛍丸!よければぼくたちが、ほんまるをあんないしますよ!」
横から今剣さんが提案する。蛍丸さんを迎えたのが自分たちなのもあって、世話が焼きたいのだろう。微笑ましい提案に私が異論を唱えることはない。
「うん、それじゃあお願い」
蛍丸さんも了承したことで、みんなが連れ立って部屋を出て行く。仲が良さそうで何よりだ。新人の蛍丸さんもすぐに馴染めることだろう。
「あれ、小夜さんは行かないの?」
みんなが出て行った後、部屋に一人残った小夜さんに声をかける。
「あまり大勢で行っても邪魔かと思って」
まあ、確かに。7人でぞろぞろと歩くというのもなかなかの大所帯だ。小夜さんが乗り気じゃないのも頷ける。
「ねえ、蛍丸が入手できて、嬉しかった?」
「へ?あ、うん。嬉しかったよ」
「そう……」
小夜さんの頬が少し緩む。
小夜さんの表情はお世辞にも柔らかいとは言えない。いつもどこか不機嫌そうに見える。でも、一緒にいるとだんだん些細な表情の変化というのにも気がつけるものだ。今の表情は少し嬉しさがにじみ出ている顔だ。口角が少しだけ上がっている。
「……小夜さん。ありがとね」
小夜さんは今回隊長を務めてくれていた。誉れを持ち帰ったのも彼だ。褒める意味を込めて彼の頭をぽんぽんと撫でる。跳ね除けられることは……ないみたいだ。
私の手を受け入れて、目を細める小夜さんに少しばかり感動を覚える。なんだか、ツンツンしていた子猫が懐いてくれたような、そんな気持ちだ。随分と懐いてもらえているみたいで嬉しい。
「主は、頭を撫でるのが好きなの?」
拒否されないのをいいことに撫で続けていると、ふと小夜さんがそう訪ねてくる。
「うーん、好き、なのかな……?」
嫌いではないと思う。
思い返すと、度々彼らのことを撫でている気がする。というのも、どうも短刀たちはその見た目からも弟のように感じているのだ。そうすると、やはり可愛くてついつい手が伸びでしまう。
「そう……」
「あ、あんまり好きじゃなかった……?」
小夜さんの反応に慌てて頭の上の手を引っ込める。
もしかして、審神者からの行いということで渋々受け入れていたりだとか、そんな背景があるのかもしれない。よく考えればそうだ。彼らは見た目こそ幼いものの私の何十、何百倍も行きている刀だ。実はめちゃくちゃ失礼に当たっていた可能性に行き着く。
でもその不安は小夜さんの一言で解消される。
「ううん……嫌いじゃないよ」
そう言って、私の手に再びすり寄るように頭を寄せた。
「ほ、ほんと……?」
恐る恐る、再び小夜さんを撫でる。
「貴方の手は、温かくて心地良いから……嫌いじゃない」
そう言ってくれた小夜さんの表情は今まで見てきたどんな顔よりも柔らかく見えて、私は思わず自分の顔を覆い隠した。
「……?どうかしたの?」
「いえ……ちょっと喜びが……」
今の自分の顔は随分と酷いことだろう。全力でニヤけている自信がある。
小夜さんが可愛い。
もちろん、短刀たちはみんな可愛い弟のような存在だと思っているのだが、なんだかこうステップアップして仲良くなれた感じがどうも私の心にグサリときた。小夜さん可愛い。
「貴方が喜んでくれるなら、また次も頑張るよ。求められるのは復讐じゃないのに……それでも貴方に必要とされるのは、悪くない気分なんだ」
小夜さんの言う『復讐』は私にはわからない。度々、彼はその言葉を口にする。そして、その話をするときには決まって苦い顔をしているのだ。
それを私はわかってあげられない。復讐なんて何も生まない、なんて綺麗事を言うつもりはない。でも、かといって彼の復讐に対する気持ちは簡単に肯定できるものでないし、彼もそれを望んではいないだろう。
だから、なるべくその辺には触れないように、踏み込まないようにとしていた。
それを、彼の口から、少しだけだがそれ以外を見出せたと聞くことができた。
「うん、小夜さんにはこれからも頑張ってほしい。頼りにしてるよ」
十分だ。
小夜さんに復讐なんて忘れろとは言わない。でも、それ以外に生きる理由を見出せるというなら私は全力でそれを応援したい。
「期待には応えるよ。そうでなくちゃ、売り飛ばされてしまっても文句は言えないだろうしね」
「売り飛ばすって……前にも言ったけど、私そんなことするつもりないからね」
小夜さんの信用にはまだ足りないと言うことか、どうも私が手放すのだとまだ思われているらしい。
「フッ……そんな顔しないで。貴方はそんなことしない……と思ってる」
「うぇっ!?な、なら良いんだけど……」
そんな顔、って一体どんな顔をしていたんだろうか。小夜さんが思わず口元を緩めるくらいだから、相当酷い顔だったのかもしれない。
「あ、小夜ー!まだいたんですね!」
「今剣さん。もう案内は終わったんですか?」
今剣さんに続いて、第二部隊のメンバーがぞろぞろと戻ってくる。随分と早いお戻りだ。よく見ると蛍丸さんの姿だけなくなっている。
「あんないのつづきは愛染にまかせました!」
「二人は同じ刀派みたいで、せっかくですからね」
なるほど、それで引き上げてきたというわけだ。
「ねえあるじさま、ぼくたちまたしゅつじんしたいです!」
今剣さんが「はい!」と手を上げてそういう。成果を上げて帰ってきたばかりだというのに、そう急ぐこともないと思うのだが。
「そうですね、調子がいいのでまだまだやれますよ!」
「あぁ。俺もだ」
今剣さんの意見にみんなが賛同の様子を見せる。もちろん、全員それでいいというのなら私が止める理由はない。
「夜というのは僕たちに合っているみたいです」
「い、いつもよりも、上手く戦える気がします……!」
夜戦というのは短刀や脇差に有利なマップだ。普段、どうしても太刀なんかに比べると打撃などの面で遅れを取ってしまう彼らが活躍できる面とあって、きっと気分も良いのだろう。
「そうだね、みんながやる気なら出陣しようか」
「わーい!ありがとうございます!」
「さ、早速準備してきます……!」
やる気の彼らはすぐに出陣準備に取り掛かるようだ。
部屋を出て行く彼らの一番最後、小夜さんが立ち止まる。
「期待して待っていてよ」
振り返ってそういう彼に、期待しないはずがない。
「うん、期待してるよ。小夜さんだもんね」
2019.7.7