二章
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「どう?俺の髪の毛サラサラでしょ?」
「うん、女の子か!って感じ」
「それは……褒められるよね?」
男ばかりの本丸のはずだが、なぜだか度々女子力で負けを感じる。私を負かしてくる筆頭、加州さんは可愛くあるために努力を怠らない。素晴らしい。女子の鑑だ。男の子だけど。
私は今、そんな彼の髪の毛をさらりと指で撫でている。なぜか。これが趣味だとか、そんな変態じみた理由はない。
小狐丸さんがやって来て以降、習慣となりつつあった彼の髪のお手入れ。それが五虎退さんに伝染したのは先日。そしてそれを目撃した他の刀剣たちの間でもなぜか私に頭を突き出すのがブームらしい。
初めは何事かと戸惑ったものだし、短刀たちならとにかく、自分よりも背の高い大人の男性の頭を撫でるというのには抵抗があった。しかし、人間は適応する生き物だ。慣れてしまえば何事もない。
今もこうして、風呂上がりのサラサラの加州さんの髪を梳いているところだ。
「良い香りまでするんだもん……絶対私より高いシャンプー使ってそう」
「主ー、それ変態くさいんだけど」
くんくんと彼の髪の匂いを嗅ごうとする私に、加州さんがやだー、と悲鳴をあげてケラケラと笑う。これでは本当に男女立場が逆転だ。
「お、主ー!どうどう、アタシの髪もさらさらだろう?」
次郎さんがやってきて、加州さん同様お風呂上がりの髪を差し出す。うん、こちらも私の女子力完敗である。
そしてその隣。次郎さんの兄である太郎さんまでもがその高い身長をかがめて私の前に頭を差し出した。
「ちょっ、兄貴!」
ブハッと次郎さんが吹き出す。加州さんも声をあげて笑っている。
それに対して、太郎さんは何事かわかっていないように首を傾げた。なぜ自分が笑われているのかわかっていないようだ。
「あの、太郎さん……これは、やらなきゃいけないことではなくてですね……」
恐らくは、加州さんや次郎さんに習ってやってくれたのだろうが、彼は好んでそんなことをするようには見えない。もし義務のように思わせてしまったのなら訂正しておかなければいけない。
義務ではない。みんなが好き好んでやっているだけだ。決して私が強制しているんじゃない。誤解されたら困る。
「そうでしたか……それは失礼しました」
そう言って頭を下げる太郎さん。謝られることなんて何もない。
「いやいやいや、むしろこちらが失礼しました」
釣られて私の方も頭を下げる。お互いにお辞儀し合っている変な光景だ。
「あー、でもね主。兄貴の髪もなかなかのもんだよ。加州にも負けないんじゃない?」
「はぁ!?なにそれ!確かに太郎太刀の髪は綺麗だけどさ……」
次郎さんに引き合いに出され、加州さんが反論するが、その語尾はだんだんと小さくなっていく。自分の髪の先をつまんで、しきりに痛みがないか確認しているようだ。そんなこと心配しなくても、加州さんの髪は綺麗だ。少なくとも私よりは。
「でも確かに、太郎さんもサラサラですね」
太郎さんの方に目をやった私に、加州さんが「主ぃ!!」と声を上げる。決して加州さんをないがしろにしたいわけではない。
「そうですか?あまり気にはしていませんでしたが……」
黒くて艶のある髪の毛は、風呂上がりということもありまっすぐに降ろされている。そのせいか、普段よりも色気的なものが増している気がする。
本体同様に体が大きく、神々しい雰囲気を纏う彼は、どこか人とは違うような感じがする。それこそ、神様らしいと言うのがよいだろうか。
弟の次郎さんに比べて物静かなのもあり、どこか近寄りがたい雰囲気のある人だ。
そんな彼が、再び私の方に頭を傾けた。
「貴女に褒められるのは良い気分です」
そう言って微笑む彼。
この状態はつまり、私に髪を触る許可が出されているのだろうか。
重ね重ね言うが、私に男性の髪を触る特殊な趣味はない。あくまで、求められているから、髪を梳いているだけだ。
そんな目の前に差し出された黒髪。それを断ることもできずに、私はその髪に指を滑らせた。
「あっ、サラっサラ……!」
その指通りは想像以上だった。一本一本が細いのに、絡まったりすることなくするすると指が通っていく美しい髪の毛だ。
「もぉー!今は俺の番だったのに!」
横で加州さんが声をあげると、太郎さんは苦笑して身を引いた。
「すみません、邪魔をしましたね。私たちはこれで」
一礼すると、次郎さんとともに部屋を出て行く。
再び私の前に腰を下ろした加州さんは、ちょっとだけ不機嫌に見える。
「ごめんね、加州さん」
「……いっぱい撫でてくれるなら許してあげる」
そのありがたい言葉を受け取って、私はせっせと彼の髪を梳かし、仕上げにしっかりその頭を撫でてやった。
加州さんはというと、すっかり機嫌は治ったようでニコニコとしている。こういうときの加州さんはなんだか幼く見えてかわいい。
「ありがとねっ、主」
そう言って上機嫌に部屋を出て行く様子はなんとも微笑ましい。私の働き1つであんなにも喜んでくれるのだから、私の方も嬉しい限りだ。
「おや?一人でニコニコしてどうしたんだい?」
続いての来訪者は青江さんだった。
先の人たちと同じように、風呂上がりの彼は髪を下ろしている。彼もまた、美しい髪の持ち主の一人である。
「ついさっきまで、加州さんといたんだよ」
「あぁ、彼ね。いつもの……やっていたんだね」
んふふ、と笑う青江さん。いつもの、とはお風呂上がりのブラッシングのことであり、何も隠すようなことではない。彼が言うとどこか意味を含んでいるように聞こえるのが不思議だ。
「そういえば、僕はまだ君に触れてもらったことがなかったなぁ」
「そういえばそうだっけ?青江さん、お願いしてこないもんね」
そう、あくまで希望者のみという形で行っているため、求められなければやらない。青江さんにはまだ一度も頼まれたことはなかった。
「僕だって君を求めたいけどね……君の周りにはいつも誰かいるからねぇ」
少し眉を下げて寂しそうに笑う。
意外だ。あまりそういうのには興味がないんだと思っていた。青江さんとはよく話す方だし、彼も友好的に接してくれるが、加州さんや小狐丸さんたちのように甘えるように慕ってくるタイプではない。だから、そういうことは別に求めていないんだと思っていた。
「よし、じゃあこっからは青江さんタイムだね!こっちきて」
ぽんぽんと、先ほどまで加州さんが座っていたあたりを示す。
青江さんは一度、迷うようなそぶりを見せたが、おとなしく私の前に腰を下ろした。
「ふふっ、初めてってドキドキするね」
「私は手馴れてるんで。安心して」
「それは……僕はどうされてしまうんだろうね」
どうって、髪が整えられる。それだけだ。
青江さんの緑の髪に、櫛を通していく。やはり絡まりの少ない綺麗な髪は、数度通しただけですっかり綺麗だ。
「うーん……刀剣男士って髪が綺麗じゃなきゃいけない決まりでもあるの?」
「そんな心当たりはないけど、でも僕たちは手入れで元に戻ってしまうからね。傷めようがないんじゃないかな」
青江さんの考えに納得する。手入れっていうのは便利なものらしい。言われてみれば、傷だけじゃなくて服なんかも元どおり綺麗に直ってしまう。ならば髪も同様に手入れされるはずだ。
「なるほどねー……ってことは、髪を切っても元に戻るのかな?」
「恐らくね」
「えぇー、夏とかの暑い時期は大変そうだね。私毎年切っちゃうよ」
首元に張り付く髪が嫌で、夏場はだいたい髪を短くしてしまう。
青江さんなんかは長くて暑そうだ。私だったら耐えられない。
「そういう変化を楽しめるのは、人間だからこそかもしれないね」
「ふーん、そうかなぁ……。あ、でも、別に切れないわけじゃないでしょ?だったら、切っちゃえばいいんだよ。手入れで元に戻るって思えば失敗も怖くないし、いろんな髪型試し放題だよ」
前髪1つ切るのにだって、失敗はつきものだ。間違って眉毛よりも短くしてしまった時なんかは、外に出ない決意を固めるほどに、髪というのは大切なものだと思っている。
それが失敗し放題とあれば、もう恐れるものなんて何もない。青江さんの顔を覆う長い前髪だって、何度でもカットできるわけだ。
「……僕は別に今の髪に不満はないよ。切るつもりも、ないからね」
「え、そうなの?なんだぁ、残念」
イメチェンした姿も見てみたかったのに。あわよくば、私がカットしてみたかったのに。そんな思いを察知されたのか、青江さんに牽制を食らってしまった。
「なんか、そういうところを改めて認識すると、みんなって刀の神様なんだよね……」
一緒に過ごしていると忘れそうになるが、彼らは付喪神だ。太郎さんを神様らしいと表現したが、らしいもなにも彼らは皆神である。当然、人間の私とは違う。
「これから、私だけが年を取っていくのかなぁ……若い男に囲まれて過ごす老後って世間的にどうなんだろう」
浮かんだのは、年老いてよぼよぼになった私を甲斐甲斐しく介護するみんなの姿だ。見た目美しい男たちに囲まれて過ごす余生は幸せだろうか。
「あははっ、君ってばいつまで審神者でいるつもりなんだい?」
「えっ?あぁ……確かに」
指摘されて初めて、当然のように老後を本丸で過ごすことを考えていたことに気づく。
いつ終わるともわからない遡行軍との戦いだが、それが終われば審神者という存在も必要なくなるのだろうか。そうなった時、私はこの本丸を離れることになるんだろうか。
「……なんか考えられないなぁ。みんなとこのまま過ごしていくのが当たり前だと思ってた」
ここは、すでに私に取って家のような場所で、彼らは家族のような存在だった。当然、このままずっと一緒に暮らしていくのだと、そう信じて疑わなかった。
「君の未来に僕たちがいるのは嬉しいことだけどね。僕だって、君がずっと主でいてくれたらって思うよ」
青江さんの言葉に胸がきゅんとする。一緒にいたいと思っているのは私だけじゃないんだ。
「だったら、もうみんなで現世にいければいいのにね」
「現世って、主の時代ってことかい?」
突拍子もない提案に、青江さんが驚いた声をあげる。
「うん、そう。楽しいと思うなー。みんなで遊びにいったりして……そうそう、私最近行きたいパンケーキのお店があってね!」
口にしながら想像が膨らむ。本丸のみんなと、戦いの終わった後の世界で平和に暮らせたならきっと幸せだろう。
「ぱんけーき、って燭台切君が作ってくれるあれかい?」
「そうなんだけど……現世のパンケーキってすごいんだよ。ふわっふわで、クリームたっぷりで、いちごとかいっぱい乗ってて……」
自分で言っていて食べたくなってくる。以前友人たちが食べに行っただとか話していたのを聞いたのだ。
他にも、現世にいたらできるだろう楽しいことが次々に思い浮かぶ。そのどれもが、私のやってみたいことだ。
審神者になってからというもの、あまり現世の流行りについていけない。というのも、学校以外の時間はこちらで過ごすことが多く、放課後に遊びに行ったりなんてことは全くしていないからだ。
もちろんそのことに不満はない。これは自分で選んだことだし、本丸で過ごす時間というのは私に取って一番心が安らぐ時だ。
でも、もしもの話をするならば、私だってやりたいことがいっぱいある。そして、そのどれもに彼らがいてくれたらきっと楽しくて仕方がないだろう。
「へぇー……燭台切君に聞かせてあげたほうがいいかな?」
「あ、ちょ、違うからね!燭台切さんのパンケーキはすっごく美味しいし、家庭の味はあれでいいんだよ!!」
決して燭台切さんのおやつにケチをつけたいわけじゃない。でも燭台切さんのことだから、作ろうと思えばお店さながらのものを作ってしまいそうなのが怖い。張り切らせてしまわないように、青江さんにはしっかり口止めをする。
「わかったわかった、彼には言わないよ。でも、主がそんなにいうんだから、僕も食べてみたいな」
「あ、ほんと?じゃあいつか一緒に行けたらいいね」
「そうだね……いつか」
いつか、そんな時がやってくるのかはわからない。でも、夢くらい持ったってバチは当たらないと思う。
いつか、私が審神者でなくなったとき。そんな時がくるんだろうか。それが彼らとの別れを意味するなら、ずっとこなければいいのに。そう思う。
2019.6.22
「うん、女の子か!って感じ」
「それは……褒められるよね?」
男ばかりの本丸のはずだが、なぜだか度々女子力で負けを感じる。私を負かしてくる筆頭、加州さんは可愛くあるために努力を怠らない。素晴らしい。女子の鑑だ。男の子だけど。
私は今、そんな彼の髪の毛をさらりと指で撫でている。なぜか。これが趣味だとか、そんな変態じみた理由はない。
小狐丸さんがやって来て以降、習慣となりつつあった彼の髪のお手入れ。それが五虎退さんに伝染したのは先日。そしてそれを目撃した他の刀剣たちの間でもなぜか私に頭を突き出すのがブームらしい。
初めは何事かと戸惑ったものだし、短刀たちならとにかく、自分よりも背の高い大人の男性の頭を撫でるというのには抵抗があった。しかし、人間は適応する生き物だ。慣れてしまえば何事もない。
今もこうして、風呂上がりのサラサラの加州さんの髪を梳いているところだ。
「良い香りまでするんだもん……絶対私より高いシャンプー使ってそう」
「主ー、それ変態くさいんだけど」
くんくんと彼の髪の匂いを嗅ごうとする私に、加州さんがやだー、と悲鳴をあげてケラケラと笑う。これでは本当に男女立場が逆転だ。
「お、主ー!どうどう、アタシの髪もさらさらだろう?」
次郎さんがやってきて、加州さん同様お風呂上がりの髪を差し出す。うん、こちらも私の女子力完敗である。
そしてその隣。次郎さんの兄である太郎さんまでもがその高い身長をかがめて私の前に頭を差し出した。
「ちょっ、兄貴!」
ブハッと次郎さんが吹き出す。加州さんも声をあげて笑っている。
それに対して、太郎さんは何事かわかっていないように首を傾げた。なぜ自分が笑われているのかわかっていないようだ。
「あの、太郎さん……これは、やらなきゃいけないことではなくてですね……」
恐らくは、加州さんや次郎さんに習ってやってくれたのだろうが、彼は好んでそんなことをするようには見えない。もし義務のように思わせてしまったのなら訂正しておかなければいけない。
義務ではない。みんなが好き好んでやっているだけだ。決して私が強制しているんじゃない。誤解されたら困る。
「そうでしたか……それは失礼しました」
そう言って頭を下げる太郎さん。謝られることなんて何もない。
「いやいやいや、むしろこちらが失礼しました」
釣られて私の方も頭を下げる。お互いにお辞儀し合っている変な光景だ。
「あー、でもね主。兄貴の髪もなかなかのもんだよ。加州にも負けないんじゃない?」
「はぁ!?なにそれ!確かに太郎太刀の髪は綺麗だけどさ……」
次郎さんに引き合いに出され、加州さんが反論するが、その語尾はだんだんと小さくなっていく。自分の髪の先をつまんで、しきりに痛みがないか確認しているようだ。そんなこと心配しなくても、加州さんの髪は綺麗だ。少なくとも私よりは。
「でも確かに、太郎さんもサラサラですね」
太郎さんの方に目をやった私に、加州さんが「主ぃ!!」と声を上げる。決して加州さんをないがしろにしたいわけではない。
「そうですか?あまり気にはしていませんでしたが……」
黒くて艶のある髪の毛は、風呂上がりということもありまっすぐに降ろされている。そのせいか、普段よりも色気的なものが増している気がする。
本体同様に体が大きく、神々しい雰囲気を纏う彼は、どこか人とは違うような感じがする。それこそ、神様らしいと言うのがよいだろうか。
弟の次郎さんに比べて物静かなのもあり、どこか近寄りがたい雰囲気のある人だ。
そんな彼が、再び私の方に頭を傾けた。
「貴女に褒められるのは良い気分です」
そう言って微笑む彼。
この状態はつまり、私に髪を触る許可が出されているのだろうか。
重ね重ね言うが、私に男性の髪を触る特殊な趣味はない。あくまで、求められているから、髪を梳いているだけだ。
そんな目の前に差し出された黒髪。それを断ることもできずに、私はその髪に指を滑らせた。
「あっ、サラっサラ……!」
その指通りは想像以上だった。一本一本が細いのに、絡まったりすることなくするすると指が通っていく美しい髪の毛だ。
「もぉー!今は俺の番だったのに!」
横で加州さんが声をあげると、太郎さんは苦笑して身を引いた。
「すみません、邪魔をしましたね。私たちはこれで」
一礼すると、次郎さんとともに部屋を出て行く。
再び私の前に腰を下ろした加州さんは、ちょっとだけ不機嫌に見える。
「ごめんね、加州さん」
「……いっぱい撫でてくれるなら許してあげる」
そのありがたい言葉を受け取って、私はせっせと彼の髪を梳かし、仕上げにしっかりその頭を撫でてやった。
加州さんはというと、すっかり機嫌は治ったようでニコニコとしている。こういうときの加州さんはなんだか幼く見えてかわいい。
「ありがとねっ、主」
そう言って上機嫌に部屋を出て行く様子はなんとも微笑ましい。私の働き1つであんなにも喜んでくれるのだから、私の方も嬉しい限りだ。
「おや?一人でニコニコしてどうしたんだい?」
続いての来訪者は青江さんだった。
先の人たちと同じように、風呂上がりの彼は髪を下ろしている。彼もまた、美しい髪の持ち主の一人である。
「ついさっきまで、加州さんといたんだよ」
「あぁ、彼ね。いつもの……やっていたんだね」
んふふ、と笑う青江さん。いつもの、とはお風呂上がりのブラッシングのことであり、何も隠すようなことではない。彼が言うとどこか意味を含んでいるように聞こえるのが不思議だ。
「そういえば、僕はまだ君に触れてもらったことがなかったなぁ」
「そういえばそうだっけ?青江さん、お願いしてこないもんね」
そう、あくまで希望者のみという形で行っているため、求められなければやらない。青江さんにはまだ一度も頼まれたことはなかった。
「僕だって君を求めたいけどね……君の周りにはいつも誰かいるからねぇ」
少し眉を下げて寂しそうに笑う。
意外だ。あまりそういうのには興味がないんだと思っていた。青江さんとはよく話す方だし、彼も友好的に接してくれるが、加州さんや小狐丸さんたちのように甘えるように慕ってくるタイプではない。だから、そういうことは別に求めていないんだと思っていた。
「よし、じゃあこっからは青江さんタイムだね!こっちきて」
ぽんぽんと、先ほどまで加州さんが座っていたあたりを示す。
青江さんは一度、迷うようなそぶりを見せたが、おとなしく私の前に腰を下ろした。
「ふふっ、初めてってドキドキするね」
「私は手馴れてるんで。安心して」
「それは……僕はどうされてしまうんだろうね」
どうって、髪が整えられる。それだけだ。
青江さんの緑の髪に、櫛を通していく。やはり絡まりの少ない綺麗な髪は、数度通しただけですっかり綺麗だ。
「うーん……刀剣男士って髪が綺麗じゃなきゃいけない決まりでもあるの?」
「そんな心当たりはないけど、でも僕たちは手入れで元に戻ってしまうからね。傷めようがないんじゃないかな」
青江さんの考えに納得する。手入れっていうのは便利なものらしい。言われてみれば、傷だけじゃなくて服なんかも元どおり綺麗に直ってしまう。ならば髪も同様に手入れされるはずだ。
「なるほどねー……ってことは、髪を切っても元に戻るのかな?」
「恐らくね」
「えぇー、夏とかの暑い時期は大変そうだね。私毎年切っちゃうよ」
首元に張り付く髪が嫌で、夏場はだいたい髪を短くしてしまう。
青江さんなんかは長くて暑そうだ。私だったら耐えられない。
「そういう変化を楽しめるのは、人間だからこそかもしれないね」
「ふーん、そうかなぁ……。あ、でも、別に切れないわけじゃないでしょ?だったら、切っちゃえばいいんだよ。手入れで元に戻るって思えば失敗も怖くないし、いろんな髪型試し放題だよ」
前髪1つ切るのにだって、失敗はつきものだ。間違って眉毛よりも短くしてしまった時なんかは、外に出ない決意を固めるほどに、髪というのは大切なものだと思っている。
それが失敗し放題とあれば、もう恐れるものなんて何もない。青江さんの顔を覆う長い前髪だって、何度でもカットできるわけだ。
「……僕は別に今の髪に不満はないよ。切るつもりも、ないからね」
「え、そうなの?なんだぁ、残念」
イメチェンした姿も見てみたかったのに。あわよくば、私がカットしてみたかったのに。そんな思いを察知されたのか、青江さんに牽制を食らってしまった。
「なんか、そういうところを改めて認識すると、みんなって刀の神様なんだよね……」
一緒に過ごしていると忘れそうになるが、彼らは付喪神だ。太郎さんを神様らしいと表現したが、らしいもなにも彼らは皆神である。当然、人間の私とは違う。
「これから、私だけが年を取っていくのかなぁ……若い男に囲まれて過ごす老後って世間的にどうなんだろう」
浮かんだのは、年老いてよぼよぼになった私を甲斐甲斐しく介護するみんなの姿だ。見た目美しい男たちに囲まれて過ごす余生は幸せだろうか。
「あははっ、君ってばいつまで審神者でいるつもりなんだい?」
「えっ?あぁ……確かに」
指摘されて初めて、当然のように老後を本丸で過ごすことを考えていたことに気づく。
いつ終わるともわからない遡行軍との戦いだが、それが終われば審神者という存在も必要なくなるのだろうか。そうなった時、私はこの本丸を離れることになるんだろうか。
「……なんか考えられないなぁ。みんなとこのまま過ごしていくのが当たり前だと思ってた」
ここは、すでに私に取って家のような場所で、彼らは家族のような存在だった。当然、このままずっと一緒に暮らしていくのだと、そう信じて疑わなかった。
「君の未来に僕たちがいるのは嬉しいことだけどね。僕だって、君がずっと主でいてくれたらって思うよ」
青江さんの言葉に胸がきゅんとする。一緒にいたいと思っているのは私だけじゃないんだ。
「だったら、もうみんなで現世にいければいいのにね」
「現世って、主の時代ってことかい?」
突拍子もない提案に、青江さんが驚いた声をあげる。
「うん、そう。楽しいと思うなー。みんなで遊びにいったりして……そうそう、私最近行きたいパンケーキのお店があってね!」
口にしながら想像が膨らむ。本丸のみんなと、戦いの終わった後の世界で平和に暮らせたならきっと幸せだろう。
「ぱんけーき、って燭台切君が作ってくれるあれかい?」
「そうなんだけど……現世のパンケーキってすごいんだよ。ふわっふわで、クリームたっぷりで、いちごとかいっぱい乗ってて……」
自分で言っていて食べたくなってくる。以前友人たちが食べに行っただとか話していたのを聞いたのだ。
他にも、現世にいたらできるだろう楽しいことが次々に思い浮かぶ。そのどれもが、私のやってみたいことだ。
審神者になってからというもの、あまり現世の流行りについていけない。というのも、学校以外の時間はこちらで過ごすことが多く、放課後に遊びに行ったりなんてことは全くしていないからだ。
もちろんそのことに不満はない。これは自分で選んだことだし、本丸で過ごす時間というのは私に取って一番心が安らぐ時だ。
でも、もしもの話をするならば、私だってやりたいことがいっぱいある。そして、そのどれもに彼らがいてくれたらきっと楽しくて仕方がないだろう。
「へぇー……燭台切君に聞かせてあげたほうがいいかな?」
「あ、ちょ、違うからね!燭台切さんのパンケーキはすっごく美味しいし、家庭の味はあれでいいんだよ!!」
決して燭台切さんのおやつにケチをつけたいわけじゃない。でも燭台切さんのことだから、作ろうと思えばお店さながらのものを作ってしまいそうなのが怖い。張り切らせてしまわないように、青江さんにはしっかり口止めをする。
「わかったわかった、彼には言わないよ。でも、主がそんなにいうんだから、僕も食べてみたいな」
「あ、ほんと?じゃあいつか一緒に行けたらいいね」
「そうだね……いつか」
いつか、そんな時がやってくるのかはわからない。でも、夢くらい持ったってバチは当たらないと思う。
いつか、私が審神者でなくなったとき。そんな時がくるんだろうか。それが彼らとの別れを意味するなら、ずっとこなければいいのに。そう思う。
2019.6.22