二章
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「かゆいところはございませんかー?」
「はい!それはそれは心地よいです!」
私の目の前で、揺れ出す体を抑えきれないとでも言うようにそわそわとしながら髪を委ねているのは、一番の新入り。小狐丸さんだ。
その態度と名前に似つかわしくない大きな体は私の視界を白いモフモフの毛で埋め尽くしている。
「主は犬でも飼い始めたんですかねぇ」
後ろで誰かがそうつぶやくのが聞こえる。犬じゃなくて狐だ。宗三さんの目は節穴なのか。
「犬ではなく狐ですよ」
私の思考を読んだかのように、小狐丸さんが答える。その返事には特に今の言葉を気にした様子もない。
「ぬしさまに飼われるというのも良いかもしれませんね」
相変わらずわくわくと肩を揺らしていうものだから、冗談なのか本気なのか検討がつかない。
「こんなおっきい犬よりも、小さい方が可愛くていいんじゃない?」
ね?と見上げてくるのは、そこを定位置にして私の隣をすっかりキープしている信濃さんだ。暇さえあればこうして隣にくっついている気がする。
慕われているのは嬉しいことだし、いろいろと手伝いもしてくれるのでありがたいのだが、「懐、懐ー!」と楽しそうに言われると、果たしてその位置を許してしまっていいのか考えてしまう。
「何じゃ。大きいからこそ、この毛並みを存分に味わって頂けると言うもの……そうでありましょう、ぬしさま?」
「や、そもそも飼うつもりないですし……」
飼うなら普通の犬がいい。個人的には柴犬なんかが好みだ。
「はい、ブラッシング終わりです!」
そうこうしているうちに、小狐丸さんの毛並みがしっかりと整う。ここ数日でもはや日課となっているそれにも慣れたものだ。
「おや、もう終わってしまいましたか……」
そう言って、てっぺん辺りの左右の毛がしゅんと下がる。
「あの、気になってたんだけど、それって耳なんですか?」
その束になった毛をさして問うと、彼ははて、と首をかしげる。
「ふふっ、おかしなことをおっしゃいます。私の耳はこちらにありますよ」
そう言って顔の横の毛を見せるように耳にかけた。そこには確かに人間の耳がある。
じゃああの頭についているのは一体……。神様ともなると髪の毛も自由自在に操れたりするんだろうか。
「ていっ」
髪の毛ならば問題ないだろうと、今までなんとなく丁重に扱ってきたその部分の髪に触れる。モフっと私の手を受け止めたそれは、確かに毛束だ。
「おやおや、ぬしさま。くすぐったいですよ」
そのままモフモフと彼の毛を堪能する。
小狐丸さんご自慢の毛は、自信たっぷりなだけあって触り心地がとてもいい。油断すると永遠にモフっていたくなるほどに。
「たいしょー……目が遠いとこ見てるよ!」
信濃さんに呼び戻されてハッと我に帰る。危うくモフモフに意識を持って行かれるところだった。
「あぁ、もう少しだったのに……」
そう小さく呟いた小狐丸さんの声には聞こえなかった振りをして、今乱してしまった毛並みを手櫛で整える。満足そうに目を細めた小狐丸さんの様子に、今日の日課が終わりを告げる。
かと思いきや、
「次は私めに、ぬしさまの御髪を整えさせてください」
いつもはなかった申し出がやってくる。
「へ?え、あぁ……どうぞ」
特に断る理由もないので大人しく頭を差し出す。彼の手にはいつの間にか櫛が握られていて準備は万端だった。
といっても、今日も変わらず学校に行くだけ。あまり気合いを入れられても困るので、「いつも通りな感じでお願いします」と一応断っておく。
「はい!お任せください」
「ちょっと待った!それは俺が引き受けよう」
小狐丸さんの手が髪に触れる前に、私の目の前に颯爽と長谷部さんが現れる。
「なんじゃ。今から私がぬしさまの御髪を整えて差し上げるというのに」
「だからそれは俺がやるといっているんだ。主のお世話は俺の仕事だ」
いえ、頼んだ覚えはないです。
なぜか自分の仕事だと語る長谷部さんだが、今まで一度だって彼に髪を整えてもらったことなんてない。さも、普段からやっているように言うのはやめてほしい。
「ぬしさまは私に許可を下さったのだ。関係のないものは下がっておるんじゃな」
ばちばちと、二人の間に火花が散るのがわかる。これは長引きそうな雰囲気だ。
正直、やってくれるならどちらでも構わないし、なんなら寝癖なんかがついているわけでもないのでいつも通りのセットなしのスタイリングで十分だ。
だが、今更「やっぱりいいです」といったところで引かなそうな二人だ。あまり時間を取られるわけにもいかないし、どうしたものかと考える。
「おや、のんびりしていていいのかい?」
そんなところに、ナイスタイミングで助け舟がやってくる。洗濯カゴを抱えた歌仙さんが私の姿を見つけて声をかけてくれたのだ。
これ幸いと、私はそれに乗っかっていく。
「あぁ!もうこんな時間ですね!残念ですが、時間がないので失礼します!」
言うだけ言って、返事も待たずに二人の間を抜け出した。ついでに信濃さんも置き去りになってしまったが、部屋までついてこられるのも困るので結果オーライだ。
そのままバタバタと自室まで戻る。最後に後ろから「廊下は走らない!」と歌仙さんの声が聞こえた気がしたが、気のせいだ。聞こえていないものには従いようがない。
「走るなといつも言われているだろうに」
「ウワッ……ととと」
突如、部屋から現れたその陰に危うくぶつかりそうになる。急ブレーキをかけてなんとか衝突は回避したが、その反動で転びそうになる。
「そらみろ」
そんな私を腕一本で支えて、山姥切さんは呆れたように言った。
「私ってわかったの?」
まるでそこにくるのがわかっていたかのように、タイミングよく部屋から現れた彼に尋ねる。
「足音でわかる。多分、あんたの足音なら誰でもわかるぞ」
それは言外に「バタバタとうるさい」と言われているようだ。別に、私だっていつでも走ってるわけじゃない。緊急事態の時だけだ。今がその緊急事態かどうかは判断が怪しいところではあるが。
「もう行くのか?」
「うん、そろそろ」
「そうか、気をつけて行ってこい」
「山姥切さんたちも、気をつけてね」
お互いに、見送りの言葉を口にする。私は学校へ、山姥切さんたちは出陣だ。
大阪城での敗退から数日。
主力メンバーを揃えても突破できなかった大阪城地下の攻略は、あの出陣をもって断念ということになった。正しい判断だったと思う。
粟田口の子たちには兄弟を迎えてあげられず申し訳ないが、あの場所にもう一度彼らを出陣させることはできなかった。
力不足。それを痛感した。
もちろん、私たちが特別サボっていただとかそんなことはない。審神者になってまだ2ヶ月も経たない。そんな新米の本丸が、先輩にあたる本丸に肩を並べて戦えるはずがなかった。50階まで突破しただけでも御の字だと、そう思っている。
でも、勝てなかったという事実は私だけではなく、刀たちにも思わせる部分があったようだ。
残りのイベント期間を、大阪城ではなく通常の合戦上への出陣に費やし、彼らはレベルアップを図っていた。それは何も第一部隊だけではない。彼られに感化されて、本丸全体にやる気ムードが広がっていた。
「あぁ、わかった」
「うん。じゃあ私は荷物取ってくるから」
「門まで見送る」
そういう山姥切さんに甘えて、荷物を持って一緒に門まで向かう。
「大変だな、あんたには現世での生活もあるだろうに」
「うーん、そうでもないよ。課題とか書類はしんどかったりするけどね、でもここは私の家みたいなものだから。楽しくやらせてもらってるし」
「そうか、それならいい」
「うん、じゃあいってきます!」
門までやってきて、山姥切さんから荷物を受け取る。こういうことをさらりとできてしまうのが、彼の無自覚な良いところだ。
そんな彼に見送られ、門をくぐる。
不思議なことに、外に一歩踏み出すとそこには私の見慣れた景色が広がっている。時間も場所も超えてつながるこの感覚は何度通ってもなれない。通るたびに、人類の進歩ってすごいなー、なんてぼんやり考えているのだ。
「ぬしさま、おかえりをお待ちしておりました。毛並みが乱れてしまいましたゆえ……」
「いや、なんでそんなふうになるんですか?」
さて。数時間ののち、本丸へと帰ってきた私を待っていたのは異様なまでに髪を乱れさせた小狐丸さんだった。一体何事か。
「す、すみません……僕の虎くんたちが……」
その傍らには、虎を抱えた五虎退さんが申し訳なさそうに立っていた。なるほど、虎のいたずらでこうなっているらしい。
「仕方ない、ほら。こっちきてください」
小狐丸さんのブラッシングで出発して、ブラッシングで帰宅とは。まあ、モフモフな手触りは嫌いではないのでよしとする。
呼ばれるとおとなしく私の前に腰を下ろす小狐丸さん。本当に髪を梳いてもらうのが好きらしい。なんとも動物らしい習性のように思えるが、そのケモミミに見える髪がそうでないことは今朝確認済みだ。
せっせと髪を整える様子を、五虎退さんがじっと見つめているのがわかる。視線が刺さる。
「……五虎退さんもやる?」
このモフモフの毛並みには惹かれるものがある。それはよくわかるので、もしかしたら彼もそれに釣られたのかもしれない。そう思って、小狐丸さんの髪のお手入れを変わろうかと提案する。
「い、いいんですか?」
パァッと顔を明るくして、五虎退さんが反応する。そんなにも嬉しそうな反応がもらえるとは思っておらず、小狐丸さんの毛の魔性に驚かされる。
五虎退さんに櫛を代わろうかとすると、おずおずと差し出されたのはその可愛らしいふわふわとした頭だった。
「へ?」
「え?」
私の気の抜けた声に五虎退さんの不安そうな声が応える。
なるほど。理解した。
「……五虎退さんは柔らかいね。ふわふわしてる」
綿毛のような彼の髪に手を差し入れる。何度か梳くように手を通して頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
「えへへ……主さまに撫でてもらいました……」
それだけのことなのに、こんなにも幸せそうな笑顔を貰ってしまって良いんだろうか。
思った以上の好感触に撫で続ける手を止めることができない。すると、その手を邪魔するように五虎退の腕の中にいた虎が自分の頭をこすりつけてくる。
「あっ、虎くんも、撫でて欲しいみたいです……」
いいですか?と言うように頭によじ登った虎をおずおずと差し出す五虎退さん。
ダメなわけがない。両方の手を使って、五虎退さんも虎も、一緒にくしゃくしゃに撫でてやった。
「わっ、くすぐったいですっ……えへへ」
楽しそうにそれを受け入れる五虎退さんの様子に、私の方も満足だ。
「ぬしさま……」
それとは裏腹な、恨めしそうな声が横から挟まれる。
「あ、ごめん……」
それは、自分のブラッシングタイムを邪魔された小狐丸さんのものだった。
途中で放置してすっかり五虎退さんの方に夢中になってしまっていた。申し訳ない。
「私だって!ぬしさまに撫でて頂きたいのに!」
そういってずいっと差し出された頭。多少かがめてくれてはいるが、それは私よりも高い位置にある。
撫でることは構わない。だが、絵面的問題を気にしてしまうのは私だけなんだろうか。五虎退さんを撫でるのと、小狐丸さんを撫でるのでは、随分わけが違うと思うのだが。
しかし、そんなのはお構いなしといった様子で、小狐丸さんは頭をあげる気配がない。撫でるまで、このままでいるつもりだろうか。
「はぁ……失礼しますよ」
一応、一声断って彼の毛並みの中へ手を差し入れる。すぐに伝わってくる弾力のあるふんわり毛。五虎退さんと比べると毛の一本一本がしっかりしていて硬さがあるが、それでも毛質はなめらかでふんわりと肌触りが良い。
「ふふふっ……」
嬉しそうに笑みをこぼした小狐丸さんは、もっともっとと言わんばかりに手のひらに頭を押し付けてくる。こうしていると小動物みたいだ。体は大きいけれど。
五虎退さんの虎が、今度は膝の上にやってきて、そちらも一緒になって撫でる。なぜだろうか。動物に囲まれているビジョンが頭に浮かんだ。
これはまるでペット……そんな単語が頭に浮かんで慌てて振りらった。神様相手に失礼だ……。目の前に彼に、神様の威厳などまるで感じはしないが、それはそっと心のうちに止めておいた。
2019.6.15
「はい!それはそれは心地よいです!」
私の目の前で、揺れ出す体を抑えきれないとでも言うようにそわそわとしながら髪を委ねているのは、一番の新入り。小狐丸さんだ。
その態度と名前に似つかわしくない大きな体は私の視界を白いモフモフの毛で埋め尽くしている。
「主は犬でも飼い始めたんですかねぇ」
後ろで誰かがそうつぶやくのが聞こえる。犬じゃなくて狐だ。宗三さんの目は節穴なのか。
「犬ではなく狐ですよ」
私の思考を読んだかのように、小狐丸さんが答える。その返事には特に今の言葉を気にした様子もない。
「ぬしさまに飼われるというのも良いかもしれませんね」
相変わらずわくわくと肩を揺らしていうものだから、冗談なのか本気なのか検討がつかない。
「こんなおっきい犬よりも、小さい方が可愛くていいんじゃない?」
ね?と見上げてくるのは、そこを定位置にして私の隣をすっかりキープしている信濃さんだ。暇さえあればこうして隣にくっついている気がする。
慕われているのは嬉しいことだし、いろいろと手伝いもしてくれるのでありがたいのだが、「懐、懐ー!」と楽しそうに言われると、果たしてその位置を許してしまっていいのか考えてしまう。
「何じゃ。大きいからこそ、この毛並みを存分に味わって頂けると言うもの……そうでありましょう、ぬしさま?」
「や、そもそも飼うつもりないですし……」
飼うなら普通の犬がいい。個人的には柴犬なんかが好みだ。
「はい、ブラッシング終わりです!」
そうこうしているうちに、小狐丸さんの毛並みがしっかりと整う。ここ数日でもはや日課となっているそれにも慣れたものだ。
「おや、もう終わってしまいましたか……」
そう言って、てっぺん辺りの左右の毛がしゅんと下がる。
「あの、気になってたんだけど、それって耳なんですか?」
その束になった毛をさして問うと、彼ははて、と首をかしげる。
「ふふっ、おかしなことをおっしゃいます。私の耳はこちらにありますよ」
そう言って顔の横の毛を見せるように耳にかけた。そこには確かに人間の耳がある。
じゃああの頭についているのは一体……。神様ともなると髪の毛も自由自在に操れたりするんだろうか。
「ていっ」
髪の毛ならば問題ないだろうと、今までなんとなく丁重に扱ってきたその部分の髪に触れる。モフっと私の手を受け止めたそれは、確かに毛束だ。
「おやおや、ぬしさま。くすぐったいですよ」
そのままモフモフと彼の毛を堪能する。
小狐丸さんご自慢の毛は、自信たっぷりなだけあって触り心地がとてもいい。油断すると永遠にモフっていたくなるほどに。
「たいしょー……目が遠いとこ見てるよ!」
信濃さんに呼び戻されてハッと我に帰る。危うくモフモフに意識を持って行かれるところだった。
「あぁ、もう少しだったのに……」
そう小さく呟いた小狐丸さんの声には聞こえなかった振りをして、今乱してしまった毛並みを手櫛で整える。満足そうに目を細めた小狐丸さんの様子に、今日の日課が終わりを告げる。
かと思いきや、
「次は私めに、ぬしさまの御髪を整えさせてください」
いつもはなかった申し出がやってくる。
「へ?え、あぁ……どうぞ」
特に断る理由もないので大人しく頭を差し出す。彼の手にはいつの間にか櫛が握られていて準備は万端だった。
といっても、今日も変わらず学校に行くだけ。あまり気合いを入れられても困るので、「いつも通りな感じでお願いします」と一応断っておく。
「はい!お任せください」
「ちょっと待った!それは俺が引き受けよう」
小狐丸さんの手が髪に触れる前に、私の目の前に颯爽と長谷部さんが現れる。
「なんじゃ。今から私がぬしさまの御髪を整えて差し上げるというのに」
「だからそれは俺がやるといっているんだ。主のお世話は俺の仕事だ」
いえ、頼んだ覚えはないです。
なぜか自分の仕事だと語る長谷部さんだが、今まで一度だって彼に髪を整えてもらったことなんてない。さも、普段からやっているように言うのはやめてほしい。
「ぬしさまは私に許可を下さったのだ。関係のないものは下がっておるんじゃな」
ばちばちと、二人の間に火花が散るのがわかる。これは長引きそうな雰囲気だ。
正直、やってくれるならどちらでも構わないし、なんなら寝癖なんかがついているわけでもないのでいつも通りのセットなしのスタイリングで十分だ。
だが、今更「やっぱりいいです」といったところで引かなそうな二人だ。あまり時間を取られるわけにもいかないし、どうしたものかと考える。
「おや、のんびりしていていいのかい?」
そんなところに、ナイスタイミングで助け舟がやってくる。洗濯カゴを抱えた歌仙さんが私の姿を見つけて声をかけてくれたのだ。
これ幸いと、私はそれに乗っかっていく。
「あぁ!もうこんな時間ですね!残念ですが、時間がないので失礼します!」
言うだけ言って、返事も待たずに二人の間を抜け出した。ついでに信濃さんも置き去りになってしまったが、部屋までついてこられるのも困るので結果オーライだ。
そのままバタバタと自室まで戻る。最後に後ろから「廊下は走らない!」と歌仙さんの声が聞こえた気がしたが、気のせいだ。聞こえていないものには従いようがない。
「走るなといつも言われているだろうに」
「ウワッ……ととと」
突如、部屋から現れたその陰に危うくぶつかりそうになる。急ブレーキをかけてなんとか衝突は回避したが、その反動で転びそうになる。
「そらみろ」
そんな私を腕一本で支えて、山姥切さんは呆れたように言った。
「私ってわかったの?」
まるでそこにくるのがわかっていたかのように、タイミングよく部屋から現れた彼に尋ねる。
「足音でわかる。多分、あんたの足音なら誰でもわかるぞ」
それは言外に「バタバタとうるさい」と言われているようだ。別に、私だっていつでも走ってるわけじゃない。緊急事態の時だけだ。今がその緊急事態かどうかは判断が怪しいところではあるが。
「もう行くのか?」
「うん、そろそろ」
「そうか、気をつけて行ってこい」
「山姥切さんたちも、気をつけてね」
お互いに、見送りの言葉を口にする。私は学校へ、山姥切さんたちは出陣だ。
大阪城での敗退から数日。
主力メンバーを揃えても突破できなかった大阪城地下の攻略は、あの出陣をもって断念ということになった。正しい判断だったと思う。
粟田口の子たちには兄弟を迎えてあげられず申し訳ないが、あの場所にもう一度彼らを出陣させることはできなかった。
力不足。それを痛感した。
もちろん、私たちが特別サボっていただとかそんなことはない。審神者になってまだ2ヶ月も経たない。そんな新米の本丸が、先輩にあたる本丸に肩を並べて戦えるはずがなかった。50階まで突破しただけでも御の字だと、そう思っている。
でも、勝てなかったという事実は私だけではなく、刀たちにも思わせる部分があったようだ。
残りのイベント期間を、大阪城ではなく通常の合戦上への出陣に費やし、彼らはレベルアップを図っていた。それは何も第一部隊だけではない。彼られに感化されて、本丸全体にやる気ムードが広がっていた。
「あぁ、わかった」
「うん。じゃあ私は荷物取ってくるから」
「門まで見送る」
そういう山姥切さんに甘えて、荷物を持って一緒に門まで向かう。
「大変だな、あんたには現世での生活もあるだろうに」
「うーん、そうでもないよ。課題とか書類はしんどかったりするけどね、でもここは私の家みたいなものだから。楽しくやらせてもらってるし」
「そうか、それならいい」
「うん、じゃあいってきます!」
門までやってきて、山姥切さんから荷物を受け取る。こういうことをさらりとできてしまうのが、彼の無自覚な良いところだ。
そんな彼に見送られ、門をくぐる。
不思議なことに、外に一歩踏み出すとそこには私の見慣れた景色が広がっている。時間も場所も超えてつながるこの感覚は何度通ってもなれない。通るたびに、人類の進歩ってすごいなー、なんてぼんやり考えているのだ。
「ぬしさま、おかえりをお待ちしておりました。毛並みが乱れてしまいましたゆえ……」
「いや、なんでそんなふうになるんですか?」
さて。数時間ののち、本丸へと帰ってきた私を待っていたのは異様なまでに髪を乱れさせた小狐丸さんだった。一体何事か。
「す、すみません……僕の虎くんたちが……」
その傍らには、虎を抱えた五虎退さんが申し訳なさそうに立っていた。なるほど、虎のいたずらでこうなっているらしい。
「仕方ない、ほら。こっちきてください」
小狐丸さんのブラッシングで出発して、ブラッシングで帰宅とは。まあ、モフモフな手触りは嫌いではないのでよしとする。
呼ばれるとおとなしく私の前に腰を下ろす小狐丸さん。本当に髪を梳いてもらうのが好きらしい。なんとも動物らしい習性のように思えるが、そのケモミミに見える髪がそうでないことは今朝確認済みだ。
せっせと髪を整える様子を、五虎退さんがじっと見つめているのがわかる。視線が刺さる。
「……五虎退さんもやる?」
このモフモフの毛並みには惹かれるものがある。それはよくわかるので、もしかしたら彼もそれに釣られたのかもしれない。そう思って、小狐丸さんの髪のお手入れを変わろうかと提案する。
「い、いいんですか?」
パァッと顔を明るくして、五虎退さんが反応する。そんなにも嬉しそうな反応がもらえるとは思っておらず、小狐丸さんの毛の魔性に驚かされる。
五虎退さんに櫛を代わろうかとすると、おずおずと差し出されたのはその可愛らしいふわふわとした頭だった。
「へ?」
「え?」
私の気の抜けた声に五虎退さんの不安そうな声が応える。
なるほど。理解した。
「……五虎退さんは柔らかいね。ふわふわしてる」
綿毛のような彼の髪に手を差し入れる。何度か梳くように手を通して頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
「えへへ……主さまに撫でてもらいました……」
それだけのことなのに、こんなにも幸せそうな笑顔を貰ってしまって良いんだろうか。
思った以上の好感触に撫で続ける手を止めることができない。すると、その手を邪魔するように五虎退の腕の中にいた虎が自分の頭をこすりつけてくる。
「あっ、虎くんも、撫でて欲しいみたいです……」
いいですか?と言うように頭によじ登った虎をおずおずと差し出す五虎退さん。
ダメなわけがない。両方の手を使って、五虎退さんも虎も、一緒にくしゃくしゃに撫でてやった。
「わっ、くすぐったいですっ……えへへ」
楽しそうにそれを受け入れる五虎退さんの様子に、私の方も満足だ。
「ぬしさま……」
それとは裏腹な、恨めしそうな声が横から挟まれる。
「あ、ごめん……」
それは、自分のブラッシングタイムを邪魔された小狐丸さんのものだった。
途中で放置してすっかり五虎退さんの方に夢中になってしまっていた。申し訳ない。
「私だって!ぬしさまに撫でて頂きたいのに!」
そういってずいっと差し出された頭。多少かがめてくれてはいるが、それは私よりも高い位置にある。
撫でることは構わない。だが、絵面的問題を気にしてしまうのは私だけなんだろうか。五虎退さんを撫でるのと、小狐丸さんを撫でるのでは、随分わけが違うと思うのだが。
しかし、そんなのはお構いなしといった様子で、小狐丸さんは頭をあげる気配がない。撫でるまで、このままでいるつもりだろうか。
「はぁ……失礼しますよ」
一応、一声断って彼の毛並みの中へ手を差し入れる。すぐに伝わってくる弾力のあるふんわり毛。五虎退さんと比べると毛の一本一本がしっかりしていて硬さがあるが、それでも毛質はなめらかでふんわりと肌触りが良い。
「ふふふっ……」
嬉しそうに笑みをこぼした小狐丸さんは、もっともっとと言わんばかりに手のひらに頭を押し付けてくる。こうしていると小動物みたいだ。体は大きいけれど。
五虎退さんの虎が、今度は膝の上にやってきて、そちらも一緒になって撫でる。なぜだろうか。動物に囲まれているビジョンが頭に浮かんだ。
これはまるでペット……そんな単語が頭に浮かんで慌てて振りらった。神様相手に失礼だ……。目の前に彼に、神様の威厳などまるで感じはしないが、それはそっと心のうちに止めておいた。
2019.6.15