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二章

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「春の匂いって何だと思う?」

「はぁ?……花とかそういうことか?」

「うーーーん……悪い匂いではないよね、きっと」

 先日言われた匂いの話。そんなことを他人に指摘されるのは初めてのことで、まさか自分は臭かったりするのか!?と疑ったりもしたが、恐らくは悪い匂いではないはずだ。きっと。多分。
 春の匂いだと言われたのを思い出して、他の刀からの意見をもらったりもしたが、誰もそれが悪いものだとは思わないようだ。

「もしかして、私ってめちゃくちゃフローラルな香りがしたりする……?」

 ハッと1つの結論にたどり着いて頭をあげた私を、山姥切さんの白けた目が見つめる。

「……あんたは別に、ただの人の匂いだぞ」

「人の匂いって、なんかあんまりいい響きじゃないね」

 特別な香りはしない、とそういうことが言いたかったのだろうが、その言葉選びはなんとなく嫌な響きだ。
 
「はい、お手入れ終わり!しばらくは大人しくお休みしてね」

 もうすっかり慣れてしまった刀の手入れを終えて、山姥切さん本人の方にも念を押す。
 不思議なもので、刀の方を修復すると人の姿の方の傷はみるみる塞がっていく。逆に言えば、戦いで本体の方に負った傷は人の姿の方を治療したところで治らない。彼らの手入れをするたびに、あぁ刀の神様なんだ……と改めて実感するのだ。

「ボロボロのままでもよかったんだがな……」

「いいわけないでしょ、中傷だよ!?あんな傷、救急車レベルだからね!」

 戦場に出る彼らは少なからず傷を負う。さすがに毎回驚くようなことはなくなったが、それでも慣れるということはないと思う。彼らの傷ついた姿は何度見ても肝が冷える。

「敵、強くなってきてるよね」

「……そうだな」

 大阪城は地下深くに潜れば潜るほど、その道のりは複雑になり、敵も力を増している。こちらもメンバーを入れ替え、本丸内の最高戦力をつぎ込んでいるが、それでもけが人が出てしまう。

「だが、なんとか50階まで突破できた」

 山姥切さんたちの頑張りのおかげで、なんとか目標であった信濃さんのいる50階まで突破することができたのだ。信濃さんを連れ帰ってきてくれた第一部隊を迎え、山姥切さんを手入れして今に至るというわけだ。

「あんたの望みだ。叶えられたならよかった」

「うん、ありがとう……。でも!だからって手入れしなくていいとか、そういうことにはならないでしょ」

「……汚れているくらいが、お似合いだろう」

 ぼそりと言った山姥切さんの背中をバシンと少しだけ強めに叩いた。手入れ中の相手に対してであることには目をつむって欲しい。

「怪我したまんまなんて痛いでしょ。汚れていたいならどーぞ、泥でもかぶってて」

 汚れの原因が自分の血だなんて、そんなの良いわけがない。刀剣といっても、痛みを感じないわけではない。人の体を得た以上、それに伴う痛みなどの感覚だってあるのだ。それなのに、その傷を放置したままになんてできるわけがない。
 そもそも汚れていて欲しいなどと思ってはいないのだが、彼がそこまで望むなら血以外の方法で存分に汚れてくれればいい。短刀たちと遊んでいればいやでも汚れられるだろう。

「泥……か」

「そーですよ。お手軽に汚れられていいでしょ」

 面食らったような顔をする山姥切さんに、どうぞどうぞと泥を勧める。

「ふっ……あんたには敵わない」

 その表情を崩して、山姥切さんが笑みを溢した。

「そう思うなら、ちゃんと怪我は治して。っていうか治すから、絶対に隠したりしないでよね」

「隠したことはないだろ」

 その通り、山姥切さんはぶつくさと言いはするものの本当に傷を隠したりしたことはない。その点はなんだかんだで信頼していたりする。

「念には念を、って感じ?」

「そうか」

 ふと、静かな時間が訪れる。
 山姥切さんと、こうして完全に二人っきりというのは、多分私の誕生日以来のことだ。
 あの日、何だか慣れない空気を無理矢理に振り払って寝てしまったあの日。それ以降、彼との関係に変化はない。まあ、別段何があったというわけでもないので、何も変わらないのも当然といえば当然かもしれないが、私としては今少しだけ緊張していたりする。
 それを表に出さないように、いつも通り軽口を言ってなんとかなったはずだ。だが、こうして訪れてしまった無言の時間に忘れかけていた緊張感が舞い戻ってくる。
 居心地の悪い無言ではないのだが、空気に耐えられない私が何かを口に出そうと必死になっているのがわかる。だが、どうせよくわからないことを言って呆れた顔を引き出してしまいそうな未来が見えるので、なんとかこらえている次第だ。
 その我慢もついには無言の重さに耐えきれなくなったころだ。

「たーいしょ?ここにいる?」

 助け舟とも呼べる声が飛び込んできた。
 部屋の外から聞こえたその声は、まだ成熟しきっていない少年の声だ。

「はーい、いますよ」

 その声に返事をすれば、手入れ部屋の入り口がスパンと開く。

「大将ー!紹介もそこそこにすぐいなくなっちゃうんだから、探したよ」

 そこに姿を覗かせたのは、先ほど話題にも登った信濃さんだ。つい先ほど、山姥切さんたちがつれ帰り、顕現後顔合わせもそこそこに私は山姥切さんの手入れへときてしまったのだ。

「へへっ、懐がら空きだね」

 そんな不敵なセリフを吐いて、飛び込んできたのは私の懐だ。というか、腰に巻きついてきたという方が正しいだろうか。

「うぇっ!?」

「なっ……!!」

 私と山姥切さんの驚きの声が重なる。
 信濃さんの突然の行動に咄嗟の対応が遅れる。と言っても、対応しなければいけないような緊急性はないのだが。
 戦の中で聞いたのならば、命を取られていてもおかしくないようなセリフではあったが、この場においてはただただ可愛らしい子どもの一言に過ぎなかった。それは、彼の行動が物語っている。

「大将の懐、やっぱり落ち着くなぁ……」

 そう言って、嬉しそうな顔で私の腕の下に潜り込むようにする信濃さん。

「あの、これは一体……?」

 逃げ出すような緊急性こそないものの、いまいち理解に苦しむ彼の行動に、疑問は言葉となって口から出る。

「俺って短刀でしょ?ここが落ち着くんだー……ダメだった?」

 へへっと屈託のない笑顔でそう言われた後だと、それを咎める気など起きない。
 もとより、別にダメだとかそんなことはない。ただ突然のことで驚いただけだ。弟のような短刀に懐かれて悪い気などするはずもない。

「ダメじゃないよ。短刀だから、ってことは他の子たちもそうなのかな?」

 今まで、そう言った素振りを見せられたことはなかったように思うが、実はそういうとこがあるのかもしれない。もちろん、他の子たちだって懐に入れて欲しいというのなら大歓迎で受け入れる自信がある。

「どうだろう?俺、秘蔵っ子だから、余計その気が強いのかも」

「ふぅん?」

 秘蔵っ子、とは何を指すのかいまいち掴めないまま、彼は私の懐とやらを堪能しているようだ。
 彼の説明を受け、一応は納得した私に対して、山姥切さんはまだ驚いたような微妙な顔で信濃さんを見つめている。人一倍、コミュニケーションなんかが苦手そうな山姥切さんからすると、信濃さんのこの密接なコミュニケーションは理解し難いものなのかもしれない。



「あー、信濃いた!ダメじゃん、ここ手入れ部屋だよ?」

「そういうお前も声落とせ」

「痛いっ」

 声に入口の方を見やれば、そこにいるのは頭を抑える乱さんと、それを叩いたであろう厚さんがいる。

「悪いな大将。山姥切も。傷の具合はどうだ?」

 そして、最後に部屋に入ってきたのは薬研さんだ。粟田口兄弟が揃ってやってきたのは、どうやら信濃さんが目的らしい。

「ごめんね、信濃が『大将探してくる』とか言って出て行っちゃって」

「ううん、もう手入れは終わったところだから。でも、そうだね。ここはけが人がいることもあるから、飛び込んだりしたらダメだよ」

 言われてみて、確かにここが手入れ部屋であることに思い当たる。今回は治療こそ終わっていたものの、休んでいる人がいることもあるのだし、むやみに入ってきていい場所ではない。
 私の言葉に少しだけむくれながらも「はーい」と返事をしてくれた信濃さんは、しっかり巻きついた腕を離すつもりはないらしい。

「いつまでそうしてるつもりだよ……」

 そして、それを呆れたように厚さんに指摘されている。

「いつまででも大将の懐にいさせて欲しいよ。ねー、大将」

 ねー、と同意を求められても何と返事をしたものか困ってしまうが、そんな私の様子を察したのか厚さんが信濃さんを剥がしにかかる。

「ほら、案内まだ途中だっただろ!終わらせてそのあとやることもあるんだから……」

 実力行使でぐいぐい信濃さんを引っ張る厚さんだが、信濃さんも負けじと私にしがみつく。おかげで私ごとずるずると引っ張られていく始末だ。

「こりゃ大将ごと連れて行った方が早いな」

「間違いないね」

 そんな様子を眺めて、薬研さんと乱さんははぁっと息を吐く。
 これは、私も案内に同行することになるだろうかと思った矢先、厚さんと信濃さんの攻防に第三の勢力が参戦する。
 私の腕を掴んだそれは、山姥切さんのものだ。

「こいつは置いていけ」

 強い力が加わったわけではない。怪我が治っているとはいえ、まだ万全ではない山姥切さんだが、それでも力であれば短刀に負けることはないだろう。
 だが、今はそういった力の強さが働いたわけではなく、ただその一言に短刀たちが動きを止めた。
 頑として譲る様子のなさそうな山姥切さんに、何か意図するところがあるのかもしれない、と私もそちら側に回る。

「ごめん、まだ用事があるから、またあとでね」

 信濃さんの手を解くようにしてやんわりと断れば、彼も駄々をこねるようなことはしない。

「うーん、なら仕方ないかぁ。じゃあまたあとでね」

 厚さんとの攻防は何だったのか、あっさりと部屋を出て行く信濃さん。他の三振りもそのあとに続く。
 そうして再び二人きりになった部屋で、私は山姥切さんに目を向ける。引き止めた目的は一体なんだろうか。
 だが、山姥切さんは何かを切り出す様子はない。そこには少しほっとしたような安堵があるのみで、私は首を傾げた。

「あれ、何かあったんじゃないの?」

「?何がだ?」

 尋ねているのは私なのに、なぜか山姥切さんの方まで不思議そうにしている。

「え?引き止めたから、てっきり何か用事でもあるのかと思ったんだけど……」

「いや、これといって用はない」

 ならばなぜ?当然の疑問が私の頭には浮かぶ。それを察したのか、山姥切さんはこちらが問う前にそれに答えを示した。

「もう少しあんたといたかったからだ」

 その回答に、私の頭はしばし真っ白に思考を停止した。それに追い打ちをかけようとでもいうのか、山姥切さんはさらに言葉を続ける。

「それに、さっきのはなんだか見ていて落ち着かなかった」

 一体その言葉にどれほどの意味が込められているのか。私には推し量ることはできない。
 ただ、彼の表情にいつもと変わったところはなく、こうして心をざわつかせているのは私だけらしい。

「そ、そう……デスカ……」

 やたらと乾いた喉のせいで、声がかすれる。絞り出した返事は自分でもわかるくらいには不自然に他人行儀で、それは山姥切さんにも伝わっていた。

「なんだ?どうした」

 不思議そうにする彼を見るに、本当に大した意味はない言葉だったらしい。それならば、私ばかりが気にするのは馬鹿らしい。無理にでも深く考えることをやめて、首を横に振る。

「ううん、なんでもない」

「そうか」

 首をひねりはするものの、それ以上は追求してこない彼に内心ホッと息をつく。
 だが、これからどうしようか。私としては部屋を出たいところだが、もう少し一緒にいたかったなどと言われてそそくさと出て行くのも躊躇われる。だからこうして、山姥切さんのそばに腰をおろしたままにしているが、また妙な無言が周りを包んでいる。
 話を切り出そうにも、意気込むとうまく話題が思いつかないものだ。あれでもない、これでもないと頭の中を散らかしていると、山姥切さんの方から口を開いた。

「引き止めて悪かったな。あんたも他に仕事があるだろう」

 それはつまり、もう行っても良いということだろう。引き止められて、特に何をしたわけでもなかったが、本人がそういうのなら良いのだろう。

「うん、じゃあ私はこれで。ゆっくり休んでね」

「あぁ」

 山姥切さんが布団に入るまで見届けようかと思ったのだが、彼は彼で私を見送るつもりらしい。仕方ないので、私の方が彼に見送られる形で部屋を出る。
 襖を閉めて、彼の顔が見えなくなったところで深く息を吐いた。溜まっていた緊張を吐き出すように。

「心臓に悪い……」

 彼の言動はまっすぐで、ひどく心を揺さぶられるようだ。それは間違いなく彼の本心なのだろうが、そこに他意はないと見える。つまり、私の自意識過剰で、気にしすぎているだけだというのは理解している。しかし、そう簡単に割り切れるほど心はうまくできていないようだ。
 意味ありげなその言葉に簡単に揺らされる心は、まだ少し早く脈打っているようだ。





2019.6.3
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