二章
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「槍が欲しいです」
「なんだ唐突に」
現在、執務室には本日の近侍である小夜さん。そして仕事を手伝ってくれている山姥切さんと歌仙さんがいる。私の突然のつぶやきに答えてくれたのは山姥切さんだ。
「うちの本丸には、まだ槍がいないじゃないですか」
「……うん、そうだね」
一体何を言い始めるのかと少し不審そうな目で小夜さんに見られる。だが、そんなことでへこたれる私では無い。堂々とその先の言葉を続ける。
「ここに槍レシピというものがございます」
どどん、というセルフ効果音の元、彼らに向かって掲げたのは審神者に支給される端末だ。本丸の状況把握や、管理ができる他に、審神者同士の情報交換の場も設けられており、ここの情報がとても役に立つのだ。
そこで見つけたのが槍レシピと呼ばれるもので、なんでも玉鋼が極端に少ない配合でないとなかなか鍛刀は難しいらしいのだ。だいたいいつも、同じくらいの量ずつ資材を使っていた私では、自力での鍛刀は絶望的だっただろう。
「というわけで、しばらくは槍を狙って鍛刀してみようかと思いまして!」
「それは構わないけど、気合の入れすぎには注意するんだね」
書類から顔をあげないままに言った歌仙さんの言葉が深々と突き刺さる。
「わ、わかってますよぅ……日課分だけですから……」
つい先日の数珠丸さん鍛刀大作戦の散々な結果を思い出して、目をそらしつつ口の中でごにょごにょと答える。
私だって、もちろん反省はしている。あれから毎日少しずつ遠征を回して、資材はしっかりと溜めている。日課分の鍛刀ならば全く問題ないはずだ。
「というわけで、思い立ったが吉日!小夜さん、鍛刀にいきましょう!」
「気合は入れすぎないでね……」
ため息が混ざったような口ぶりで言う小夜さんは、歌仙さんとなにやら目配せをしている。大方、私のお目付けでも頼んでいるのだろう。今までの私のやってきたことを思えば仕方がないことではあるが、どうも歌仙さんからは信頼されていないようだ。
「私だって、ちゃんと我慢くらいできるのに……ねぇ?」
「そう……僕は知らないけど」
小夜さんからの同意は得られず、がっくりと肩を落としてやってきた鍛刀部屋。
さっそく他の本丸からの情報を頼りに槍レシピと呼ばれる配合で鍛刀を試す。2時間半が出れば当たりだ。
「お願いします……っと、おぉ!2時間半!」
さっそくの大当たりに思わずその場で飛び跳ねる。小夜さんを振り返って喜びを共有しようとするが、彼はどこか冷めた目でこちらを見ている。
「よかったね」
「あ、うん……」
その視線に当てられて、彼とハイタッチしようとした手は行き場をなくし、そっと引っ込めるほかなくなった。
「よ、よぉし。誰が出るかなー」
落ち込みかけた気を取り直して、手伝い札を使い鍛刀を完了させる。
現れた槍を手に取り、ぽん、と咲いた花とともに現れたのは緑。私よりも随分と背の高いそれは、間近に立たれると首が痛いほどに見上げなければその目を見ることができない。
「天下三名槍が一本。御手杵だ」
「おぉ……でかい……」
見下ろされながら、彼の第一印象をこぼす。
「ん?あんたが主か?」
「あ、はい。審神者です、どうも。槍……ですよね」
「あぁ、三名槍っていうからにはもちろん槍だぞ」
サンメイソー、と聞きなれない単語を再び口にした御手杵さんは、こてりと首を倒した。
「審神者ってずいぶんちっさいんだなぁ。まだ子供じゃないか」
「こ、こども……っ」
確かに、学生の身であり未成年でもある私は十分に子供のくくりに入るだろう。だが、小さいと言われたのと合わさって、なぜかそれが妙に気に触る。
小さいのは、御手杵さんの身長がとても高いからで、私はあくまで平均身長だ。それに女の子だし。年齢だって、そもそも桁の違う御手杵さんからしてみれば、そりゃ子供も子供だろうが、人間としてはもう子供扱いを受けるのは卒業したい年頃だ。
そんなことを言い返したくなるが、目の前の彼のどこか気の抜けた様子に勢いが削がれてしまう。
まあいいか……と気を取り直して、先ほどと同じ配分でもう一度鍛刀に取り掛かる。
「なんだ?まだ作るのか?」
それを後ろから覆いかぶさるようにして覗き込む御手杵さん。身長の差を見せつけられているようで何だか癪だ。別に、背の高い刀剣は他にもいるし、今まで気にしてこなかったのだが不思議だ。
「作りますよ。日課分の鍛刀です」
あわよくば、この勢いに乗ってもう一振の槍も鍛刀したい。
そんな願いを込めて、表示された時間を見ると、
「2時間半だ……!」
まさかの二連続の当たりに、その場で飛び跳ねる。すると頭が何かにぶつかり「うぇっ」っと声が上がる。
「あ、すみません」
「いてぇ……」
顎を抑える御手杵さんにすみませんと頭を下げる。
「これは歌仙さんに怒られるようなことにはならずに済むね!」
確認する前から、もう新しい槍がきたのがわかりきっているように鼻歌まで歌い出してしまう。もしかしたら、この間の数珠丸さんの一件の運が回ってきたのかもしれない。割ことの後にはいいことがある。そうやって上手くできているんだ。
「いざ、ご対面!」
こちらにも、手伝い札を使って鍛刀を一瞬で完了させる。現れたのは槍だ。だが、ついさっき握った槍によく似ている気がする。
「んあ?なんだ、俺じゃないか」
ご本人からの確認で、やはりそれが二振目の御手杵さんだと確定する。
「なんで二振もくるの!」
「うぇえ!?そんなの俺に言われても困るだろぉ……」
理不尽なのはわかっているが、勝手に舞い上がっていた期待を裏切られて、この感情をぶつけずにはいられなかった。
「こうなったら、もう一回……」
「もう一回、だけだからね」
同じように資材を用意し始めた私に、小夜さんの声がかかる。
任務として設定されている鍛刀は一日三回だ。つまり、それ以上は歌仙さんからのお小言の対象になる。
「わ、わかってるよぉ……」
口ではそういいつつ、実は内心「出るまでやってやる!」と意気込んだのはここだけの秘密だ。
資材を妖精さんに託し、表示される時間を待つ。
「一時間半……だね」
そう上手くはいかない。三連続二時間半などという奇跡は起きなかったみたいだ。
「さ、主。部屋に戻ろう」
「うぅ……はい……」
小夜さんに手を引かれて鍛刀部屋を後にする。それに続いて御手杵さんも出てくる。
「なあ、俺はどうすればいいんだよ……」
服の裾を掴んでついてくるその様子は、どこか雛鳥のようだ。生まれて初めて見たものを親と認識するあれだろうか。
とはいえ、確かに、顕現したばかりの彼を放り出すわけにいかない。
「本丸内の案内、誰かにお願いしますね。とりあえずついてきてください」
「おー、わかった」
小夜さんに手を引かれるままに歩く私の後ろを、少し背を屈めて顔を寄せて話してくれる御手杵さんがついて歩く。
背の順で部屋に戻った私たちを迎えた歌仙さんは、最後に入ってきた御手杵さんを見ると少し驚い顔をした。
「おや、彼は槍じゃないか」
そしてすぐに、疑いの目を私に向けるのだった。
「ちょ、ちょっと!ちゃんと日課分しかやってませんから!ね、小夜さん!?」
「うん。ちゃんときっちり三回でやめさせたよ。主はまだやりたそうだったけど……」
「うっ……」
無実を証明してくれたのと同時に、いらない未遂の罪まで明かされてしまう。それによって歌仙さんからの視線の温度がさらに下がった気がするが、実行には移していないので許して欲しい。
「あんた……信用ないんだな」
なぜか御手杵さんにまで哀れみの目を向けられる。新入りからの印象が最悪ではないか。
とはいっても、それで歌仙さんを責められる道理は私にはない。おとなしくその評価を受け入れるしかないのだ。
「やってないんだからいいじゃないですか……。さ、御手杵さんに案内をって思ったんですけど……」
歌仙さんはまだ手元に書類が広がっており、それは山姥切さんも同様だ。彼らに頼むべきではなさそうだし、ここは小夜さんに頼むべきだろうか。
「それなら君が行ってあげるといい。この仕事は僕たちで終わりそうだし、小夜と二人で案内してあげるといい」
さらりと戦力外通告をされたような気がするが、きっと気のせいだ。私がやらなくても良い仕事なだけだ、きっと。
「わかりました。ほら、行きますよ、御手杵さん」
「ん?おぉー、頼んだ」
キョロキョロと執務室の中を見ていた御手杵さんの袖を引いて部屋を出る。気の抜けた返事と共に、御手杵さんがまた私について歩き始める。
「今通ってきたところが鍛刀部屋と手入れ部屋。傷ついたらそこで手入れします」
「廊下の先が大広間で、食事はここでみんなで取ります」
「みなさんの寝室はこちらに。御手杵さんは四人部屋になりますが、新しい刀剣がくるまではしばらく一人で使ってください」
「さて、これで一通り案内は終わったけど……何か質問はありますか?」
室内をぐるりと案内して、今は庭に出て畑にやってきたところだ。向こうの方では今日の畑当番である刀たちがせっせと働いている。
本丸内で出会った刀剣たちにも新人の彼を紹介して、これにて案内は終わりだ。
「おぉー、特にはないけどさー……」
「けど?」
何か続きのありそうな御手杵さんの言い方に最後の方を繰り返して、首を傾けた。
「いや、あんたってなんか……威厳とかないのな」
その後に続けられたのは、どう考えても良い意味に取れるような言葉ではない。というかむしろ、悪口の領域ではないだろうか。
自分でも、別に威厳があるだとかそんなことは思っていないが、人からそうやって言われるからには、何か至らないところがあるということだろう。
「どういうことですか……?」
突然のそれに、どう対応すべきかわからずに、とっさに聞き返した言葉は震えていた。
「あ、違う違う。悪い意味で言ったんじゃなくて……なんていうかなー……あんたって慕われてるのな」
私が困惑したのに気がついたのか、否定から入った御手杵さんは、その後に先ほどとは違う言葉を続けてはにかんだ。
「主っていうとなんかもっと厳格なんだと思ってた。それがあんたはただの娘にしか見えないし、それなのにみんなに慕われてるしで不思議だよなぁ」
最後の方は独り言のようにそうつぶやいた御手杵さん。
慕われている、彼の目にはそう映ったらしい。途中交わした、本丸の刀たちとの会話がそう映っていたというなら、それは私にとって嬉しいことでしかない。
「そういうことね……威厳がないだとかそういうのは余計だけど……でもありがと。そうやって見られて悪い気はしないかも」
「え?おぉ……礼を言われるとなんかおかしいな……」
がしがしと頭をかいて、どこか居心地が悪そうにする御手杵さんにくすりと笑みが溢れた。
彼は良くも悪くも素直な刀みたいだ。図体だけはでかいが、どこか幼さを感じるその中身に随分と親近感が湧いた。
「さ、特に質問もないみたいだし戻ろっか。もし手が空いてるなら厨房を手伝ってあげてよ。私は部屋に戻るから、何かあったらきてね」
「わかった。ありがとなぁー」
やはりどこか気の抜けた調子でひらひらと手を振ってお礼を言ってくれる御手杵さんに、私も手を振って執務室へと戻った。
2019.5.9
「なんだ唐突に」
現在、執務室には本日の近侍である小夜さん。そして仕事を手伝ってくれている山姥切さんと歌仙さんがいる。私の突然のつぶやきに答えてくれたのは山姥切さんだ。
「うちの本丸には、まだ槍がいないじゃないですか」
「……うん、そうだね」
一体何を言い始めるのかと少し不審そうな目で小夜さんに見られる。だが、そんなことでへこたれる私では無い。堂々とその先の言葉を続ける。
「ここに槍レシピというものがございます」
どどん、というセルフ効果音の元、彼らに向かって掲げたのは審神者に支給される端末だ。本丸の状況把握や、管理ができる他に、審神者同士の情報交換の場も設けられており、ここの情報がとても役に立つのだ。
そこで見つけたのが槍レシピと呼ばれるもので、なんでも玉鋼が極端に少ない配合でないとなかなか鍛刀は難しいらしいのだ。だいたいいつも、同じくらいの量ずつ資材を使っていた私では、自力での鍛刀は絶望的だっただろう。
「というわけで、しばらくは槍を狙って鍛刀してみようかと思いまして!」
「それは構わないけど、気合の入れすぎには注意するんだね」
書類から顔をあげないままに言った歌仙さんの言葉が深々と突き刺さる。
「わ、わかってますよぅ……日課分だけですから……」
つい先日の数珠丸さん鍛刀大作戦の散々な結果を思い出して、目をそらしつつ口の中でごにょごにょと答える。
私だって、もちろん反省はしている。あれから毎日少しずつ遠征を回して、資材はしっかりと溜めている。日課分の鍛刀ならば全く問題ないはずだ。
「というわけで、思い立ったが吉日!小夜さん、鍛刀にいきましょう!」
「気合は入れすぎないでね……」
ため息が混ざったような口ぶりで言う小夜さんは、歌仙さんとなにやら目配せをしている。大方、私のお目付けでも頼んでいるのだろう。今までの私のやってきたことを思えば仕方がないことではあるが、どうも歌仙さんからは信頼されていないようだ。
「私だって、ちゃんと我慢くらいできるのに……ねぇ?」
「そう……僕は知らないけど」
小夜さんからの同意は得られず、がっくりと肩を落としてやってきた鍛刀部屋。
さっそく他の本丸からの情報を頼りに槍レシピと呼ばれる配合で鍛刀を試す。2時間半が出れば当たりだ。
「お願いします……っと、おぉ!2時間半!」
さっそくの大当たりに思わずその場で飛び跳ねる。小夜さんを振り返って喜びを共有しようとするが、彼はどこか冷めた目でこちらを見ている。
「よかったね」
「あ、うん……」
その視線に当てられて、彼とハイタッチしようとした手は行き場をなくし、そっと引っ込めるほかなくなった。
「よ、よぉし。誰が出るかなー」
落ち込みかけた気を取り直して、手伝い札を使い鍛刀を完了させる。
現れた槍を手に取り、ぽん、と咲いた花とともに現れたのは緑。私よりも随分と背の高いそれは、間近に立たれると首が痛いほどに見上げなければその目を見ることができない。
「天下三名槍が一本。御手杵だ」
「おぉ……でかい……」
見下ろされながら、彼の第一印象をこぼす。
「ん?あんたが主か?」
「あ、はい。審神者です、どうも。槍……ですよね」
「あぁ、三名槍っていうからにはもちろん槍だぞ」
サンメイソー、と聞きなれない単語を再び口にした御手杵さんは、こてりと首を倒した。
「審神者ってずいぶんちっさいんだなぁ。まだ子供じゃないか」
「こ、こども……っ」
確かに、学生の身であり未成年でもある私は十分に子供のくくりに入るだろう。だが、小さいと言われたのと合わさって、なぜかそれが妙に気に触る。
小さいのは、御手杵さんの身長がとても高いからで、私はあくまで平均身長だ。それに女の子だし。年齢だって、そもそも桁の違う御手杵さんからしてみれば、そりゃ子供も子供だろうが、人間としてはもう子供扱いを受けるのは卒業したい年頃だ。
そんなことを言い返したくなるが、目の前の彼のどこか気の抜けた様子に勢いが削がれてしまう。
まあいいか……と気を取り直して、先ほどと同じ配分でもう一度鍛刀に取り掛かる。
「なんだ?まだ作るのか?」
それを後ろから覆いかぶさるようにして覗き込む御手杵さん。身長の差を見せつけられているようで何だか癪だ。別に、背の高い刀剣は他にもいるし、今まで気にしてこなかったのだが不思議だ。
「作りますよ。日課分の鍛刀です」
あわよくば、この勢いに乗ってもう一振の槍も鍛刀したい。
そんな願いを込めて、表示された時間を見ると、
「2時間半だ……!」
まさかの二連続の当たりに、その場で飛び跳ねる。すると頭が何かにぶつかり「うぇっ」っと声が上がる。
「あ、すみません」
「いてぇ……」
顎を抑える御手杵さんにすみませんと頭を下げる。
「これは歌仙さんに怒られるようなことにはならずに済むね!」
確認する前から、もう新しい槍がきたのがわかりきっているように鼻歌まで歌い出してしまう。もしかしたら、この間の数珠丸さんの一件の運が回ってきたのかもしれない。割ことの後にはいいことがある。そうやって上手くできているんだ。
「いざ、ご対面!」
こちらにも、手伝い札を使って鍛刀を一瞬で完了させる。現れたのは槍だ。だが、ついさっき握った槍によく似ている気がする。
「んあ?なんだ、俺じゃないか」
ご本人からの確認で、やはりそれが二振目の御手杵さんだと確定する。
「なんで二振もくるの!」
「うぇえ!?そんなの俺に言われても困るだろぉ……」
理不尽なのはわかっているが、勝手に舞い上がっていた期待を裏切られて、この感情をぶつけずにはいられなかった。
「こうなったら、もう一回……」
「もう一回、だけだからね」
同じように資材を用意し始めた私に、小夜さんの声がかかる。
任務として設定されている鍛刀は一日三回だ。つまり、それ以上は歌仙さんからのお小言の対象になる。
「わ、わかってるよぉ……」
口ではそういいつつ、実は内心「出るまでやってやる!」と意気込んだのはここだけの秘密だ。
資材を妖精さんに託し、表示される時間を待つ。
「一時間半……だね」
そう上手くはいかない。三連続二時間半などという奇跡は起きなかったみたいだ。
「さ、主。部屋に戻ろう」
「うぅ……はい……」
小夜さんに手を引かれて鍛刀部屋を後にする。それに続いて御手杵さんも出てくる。
「なあ、俺はどうすればいいんだよ……」
服の裾を掴んでついてくるその様子は、どこか雛鳥のようだ。生まれて初めて見たものを親と認識するあれだろうか。
とはいえ、確かに、顕現したばかりの彼を放り出すわけにいかない。
「本丸内の案内、誰かにお願いしますね。とりあえずついてきてください」
「おー、わかった」
小夜さんに手を引かれるままに歩く私の後ろを、少し背を屈めて顔を寄せて話してくれる御手杵さんがついて歩く。
背の順で部屋に戻った私たちを迎えた歌仙さんは、最後に入ってきた御手杵さんを見ると少し驚い顔をした。
「おや、彼は槍じゃないか」
そしてすぐに、疑いの目を私に向けるのだった。
「ちょ、ちょっと!ちゃんと日課分しかやってませんから!ね、小夜さん!?」
「うん。ちゃんときっちり三回でやめさせたよ。主はまだやりたそうだったけど……」
「うっ……」
無実を証明してくれたのと同時に、いらない未遂の罪まで明かされてしまう。それによって歌仙さんからの視線の温度がさらに下がった気がするが、実行には移していないので許して欲しい。
「あんた……信用ないんだな」
なぜか御手杵さんにまで哀れみの目を向けられる。新入りからの印象が最悪ではないか。
とはいっても、それで歌仙さんを責められる道理は私にはない。おとなしくその評価を受け入れるしかないのだ。
「やってないんだからいいじゃないですか……。さ、御手杵さんに案内をって思ったんですけど……」
歌仙さんはまだ手元に書類が広がっており、それは山姥切さんも同様だ。彼らに頼むべきではなさそうだし、ここは小夜さんに頼むべきだろうか。
「それなら君が行ってあげるといい。この仕事は僕たちで終わりそうだし、小夜と二人で案内してあげるといい」
さらりと戦力外通告をされたような気がするが、きっと気のせいだ。私がやらなくても良い仕事なだけだ、きっと。
「わかりました。ほら、行きますよ、御手杵さん」
「ん?おぉー、頼んだ」
キョロキョロと執務室の中を見ていた御手杵さんの袖を引いて部屋を出る。気の抜けた返事と共に、御手杵さんがまた私について歩き始める。
「今通ってきたところが鍛刀部屋と手入れ部屋。傷ついたらそこで手入れします」
「廊下の先が大広間で、食事はここでみんなで取ります」
「みなさんの寝室はこちらに。御手杵さんは四人部屋になりますが、新しい刀剣がくるまではしばらく一人で使ってください」
「さて、これで一通り案内は終わったけど……何か質問はありますか?」
室内をぐるりと案内して、今は庭に出て畑にやってきたところだ。向こうの方では今日の畑当番である刀たちがせっせと働いている。
本丸内で出会った刀剣たちにも新人の彼を紹介して、これにて案内は終わりだ。
「おぉー、特にはないけどさー……」
「けど?」
何か続きのありそうな御手杵さんの言い方に最後の方を繰り返して、首を傾けた。
「いや、あんたってなんか……威厳とかないのな」
その後に続けられたのは、どう考えても良い意味に取れるような言葉ではない。というかむしろ、悪口の領域ではないだろうか。
自分でも、別に威厳があるだとかそんなことは思っていないが、人からそうやって言われるからには、何か至らないところがあるということだろう。
「どういうことですか……?」
突然のそれに、どう対応すべきかわからずに、とっさに聞き返した言葉は震えていた。
「あ、違う違う。悪い意味で言ったんじゃなくて……なんていうかなー……あんたって慕われてるのな」
私が困惑したのに気がついたのか、否定から入った御手杵さんは、その後に先ほどとは違う言葉を続けてはにかんだ。
「主っていうとなんかもっと厳格なんだと思ってた。それがあんたはただの娘にしか見えないし、それなのにみんなに慕われてるしで不思議だよなぁ」
最後の方は独り言のようにそうつぶやいた御手杵さん。
慕われている、彼の目にはそう映ったらしい。途中交わした、本丸の刀たちとの会話がそう映っていたというなら、それは私にとって嬉しいことでしかない。
「そういうことね……威厳がないだとかそういうのは余計だけど……でもありがと。そうやって見られて悪い気はしないかも」
「え?おぉ……礼を言われるとなんかおかしいな……」
がしがしと頭をかいて、どこか居心地が悪そうにする御手杵さんにくすりと笑みが溢れた。
彼は良くも悪くも素直な刀みたいだ。図体だけはでかいが、どこか幼さを感じるその中身に随分と親近感が湧いた。
「さ、特に質問もないみたいだし戻ろっか。もし手が空いてるなら厨房を手伝ってあげてよ。私は部屋に戻るから、何かあったらきてね」
「わかった。ありがとなぁー」
やはりどこか気の抜けた調子でひらひらと手を振ってお礼を言ってくれる御手杵さんに、私も手を振って執務室へと戻った。
2019.5.9