このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

一章

名前変換

本棚全体の夢小説設定
主人公の苗字
主人公の名前

※名前変換推奨



 すっかり遅くなってしまった。
 友人の家に招待されて行われた誕生日パーティーはそれはそれは楽しかった。審神者になてからというもの、学校外で遊ぶことなど、なかなかなかったからか、久しぶりに随分はしゃいでしまった気がする。気がついたらなかなかもう日が落ちかけている。
 随分日が長くなってきたとはいえ、まだまだ夏は遠い。それに、風が冷たくなってきた。早く帰るべきだというのはよくわかる。
 帰路につき、足早に本丸への門をくぐる。門が開いて、薄暗い本丸の庭が目に入るが、そこには見慣れない光景が広がっている。
 真っ先に目に入るのは、転々と広がる小さな明かり。地面に光るそれは、道を作るように続いている。建物を回り込むようにして続いているそれは、一体どこまで続いているのだろう。

「おかえり、主」

「お待ちしておりました、主君」

 そんな光景に目を奪われていると、声がかかる。随分薄暗くなってきたが、点在する明かりのおかげでそれが誰かはすぐにわかる。

「小夜さんと前田さん?これ、どうしたの?」

 これ、といって地面の明かりを指差すが、2人ともそれに答えてはくれない。

「こっち」

 そう言って小夜さんが左手を握り、くいっと引っ張る。この明かりの道を進めということだろうか。

「失礼します、行きましょうか」

 一言断って、前田さんは反対側、右手を取る。そして同じように、小夜さんと並んで前を進んでいく。それに引っ張られるように、足を踏み出した。光でできた道を、2人の刀にエスコートされて歩いていく。
 建物の向こうに消えている道は、一体どこに続いているのか。道に従って、そこを回り込んだ時、その先にひときわ明るいものがあるのが目に入る。あれは、

「桜?」

 道の先に、明るく輝いているのは、審神者の部屋からも見える庭の桜の木だ。その周りにみんなが集まっているのがこの位置からも見て取れる。足を止めて、一体何事だとその光景を眺める。

「みなさん待ってますよ」

「ほら、早く行こう」

 2人に手を引かれ、桜まで続く明かりの道を歩く。小高く丘のようになっているそこに近づくにつれて、刀剣たちが、こちらを見てまるで私を待っていたかのようにしているのに気がつく。木の周りは色とりどりに飾り立てられている。

「これって……」

 その答えは、聞かずともみんなの口から告げられた。



「せーの!」

「「「主!お誕生日おめでとう!」」」

 誰かの掛け声で、みんなで口を揃えたお祝いの言葉。

「嘘……これ、みんなが準備してくれたの……?」

「そうだよ。飾り付けは俺が考えたの、どう?カワイイ?」

 誇らしげにそう伝えてくる加州さんは、感想を期待して目を輝かせている。

「うん、めちゃくちゃかわいい。最高……!」

「えへへ、やったー!みんなに手伝ってもらったんだー」

 みんな、に当たるであろう刀たちがにっこりと笑う。私がいない間にこんなことをしていたなんて、驚きでいっぱいだが、それ以上に喜びが勝る。

「みんなありがとう!こんな綺麗な桜初めてかも……!」

 明かりに照らし出されて淡く光る桜は、真っ暗な夜空によく映える。まるで絵のような美しさだ。

「さあ、ここからは主役の仕事だよ」

「よろしくね、主」

 その意味がわからずに、一体何のことかと思案する間もなく、並んで立っていた歌仙さんと燭台切さんが隠していた何かを見せるように横にずれる。

「おめでとう」

 2人の後ろに隠れるようにして立っていたのは山姥切さんだ。その手には見事なバースデーケーキを乗せている。たくさんの果物で飾り付けられたそのケーキには、私の年の数だけ、ろうそくが立てられている。

「わっ……!じゃあいきます……ふぅっ」

 一本も残さないように、思いっきり息を吸い込んでろうそくに息を吹きかける。

「ありゃ……」

 しかし、うまくはいかない。3本も火を残してしまった。

「はっはっは、随分豪快に吹いた割に残ってるじゃないか」

「う、うるさいですよ!」

 今度こそ、残った火を一本も残すことなく吹き消す。
 すべての火が消えるとどこからともなく拍手が起こる。パチパチと、それは広がっていって、そしてみんながまた口々に「おめでとう」とお祝いの言葉を投げかけてくれる。
 それが嬉しくて、何かがこみあげてくるようなそんな気がした。目に溜まったそれを、こぼしてしまわないように、何度も瞬きする。幸い薄暗いここではみんなにも気づかれていないだろう。

「大丈夫?」

 くい、と手を引かれた方をみると小夜さんが控えめに袖を引いている。夜目の効く短刀には見えてしまったのか。

「嬉しくて、だよ。内緒ね」

 小夜さんに合わせて身をかがめ、彼の耳元でそっと告げる。こくりと頷いた彼は、「それならよかった」と兄たちの方へ駆けていく。

「なに?内緒話?」

「なんでもないですよ。それよりも!これ、ケーキも全部作ってくれたの!?」

 お花見をするように引かれたシートの上には、色とりどりの料理が並んでいる。見た目からも楽しいその料理たちは、間違いなく、うちの厨房担当たちが腕によりをかけて作ってくれたものだろう。

「そうだよ、みんなで協力して作ったんだ」

「はいはーい!俺の作ったおにぎりです、どーぞ!」

 お皿にのせて、わざわざおにぎりを運んでくれたのは鯰尾さん。なんだか、大きくていびつな形をしているが、そのぶきっちょなところが可愛らしい。ありがたくいただことするが、そのお皿を横から取り上げられてしまう。

「あ、何するんだよ兄弟!」

「……やめておいたほうがいい」

 それに抗議する鯰尾さんだが、骨喰さんは真顔で食べないことを勧めてくる。普段の2人の様子からして、信頼できるのは骨喰さんの方だろうか。そう思うと、一体あのおにぎりはなんなのか怖くなってくるが、考えないようにする。
 2人が言い争っている間に、そっとその場を離れて、改めてなにを食べようか迷ってしまう。

「ふふっ、いっぱい食べてね。どれも自信作だから」

「ほら、どれが食べたいんだい?とってあげよう」

 甘やかしモード全開の歌仙さんから感じるお母さんのオーラがいつにも増してすごい。誕生日に甘やかしてもらうのは、娘の特権だ。これを使わない手はない。今日はみんなの好意に存分に甘えてしまおう。



 そうして、楽しい時間はあっという間にすぎてしまう。
 帰宅時間が遅かったのもあって、宴会はあっという間にお開きだ。片付けはやるから、とに先に返された私は、先にお風呂をいただいて部屋に戻った。調子にのって食べ過ぎてしまったからか、お腹がいっぱいすぎてすぐにでも横になりたい気分だ。
 外の明かりは消えていて、みんなももう撤収したらしい。
 部屋で1人、ぼーっとしているとやたら静かなのが不思議に思えてくる。
 今日は、1日ずっと騒がしかった気がする。久しぶりの友達と大盛り上がりして、そのあとはまさかの本丸で二次会だ。楽しすぎてあっという間だった気がするが、思い返すとすごく濃い1日だったように思う。



「まだ起きているか?」

 その声に意識が戻ってくる。
 考えているうちに寝かかっていたみたいだ。

「あ、はい、起きてます!」

 半分寝ていたが、とっさにそう答える。すると声の主が部屋の扉をそっと開けた。

「少し、いいか」

 お風呂を済ませた後らしい、寝間着姿の山姥切さんが、相変わらず布をしっかりかぶってそこに立っていた。

「山姥切さん!どうぞー、どうかしました?」

 布団に寝たまま、半分だけ体を起こしてそれに対応する。

「いや、大したことじゃないんだが……」

 そういって、言葉をつまらせる山姥切さん。何か言いにくいことでもあるのか、その様子にさすがにこのまま話を聞くのも気がひけるため、布団からちゃんと起き上がる。

「とりあえず、どうぞ?」

 部屋の外に立ったままの山姥切さんに、部屋の中に入るように促す。だが、なぜか渋るようなそぶりを見せる彼。だが、そのまま部屋の前で何か悩まれていても困るので、「寒いから閉めてほしい」と理由をつけて無理やり部屋に招き入れた。

「それで、どうかしたの?」

「いや、そのだな……」

 なにやら言葉に迷っている様子の山姥切さん。なにか言いにくいこと、というよりは、どう言おうか迷っているといった感じだ。おとなしく、彼の言葉を待つ。

「あー……」

 口を開いては、踏ん切りがつかないように、また口を閉じてしまう。一体彼は何を言おうとしているのか。
 散々時間を使って、やっと心が決まったのか、顔を上げてまっすぐに私を見つめてくる。その目はあまりにもじっと見つめてくるのでまるで睨まれているような迫力がある。

「……名前!」

「は、はい!」

 勢いをつけられて呼ばれた名前に、なぜか私まで反射的に勢いよく返事をしてしまう。

「誕生日……おめでとう。あんたが生まれた日を祝えてよかった」

 続けてそういった山姥切さんの言葉に、嬉しさがこみ上げる反面、なぜわざわざ?という気持ちも同時に湧いてくる。

「それを、わざわざ言いに来てくれたの?」

「あぁ……審神者として、じゃなくて、名前に、ちゃんといっておきたかった。……それだけだ。時間をとって悪かった」

 山姥切さんが「名前」と私の名を口にすることは滅多にない。というか、多分これが二回目だ。一回目と同じ、私を、審神者としてではなく、1人の人間として扱うときの彼のその呼び方は、どこか特別な響きを持って私の耳をくすぐる。
 この本丸でただ1人、私の名前を呼ぶ刀。ただ1人、私の名を知っている刀。彼から呼ばれる名前は、今までずっと生きてきた自分の名前のはずなのに、なぜこんなにも心を揺さぶるのだろうか。

「待って」

 言い残したまま、部屋を出て行こうとする彼を呼び止める。

「ありがとう……国広」

 慣れない呼び方で彼のことを呼ぶ。
 刀の名前は人の姓名とは勝手が違うというのは、初めの頃に聞かされて知っている。現に、堀川さんも山伏さんも、山姥切さんと同じ『国広』だ。
 だが、私を主としてではなく、1人の人間として名前と呼ぶ山姥切さんに、こちらからも歩み寄りたいと、そう思った。普段との線引き、という意味も込めての「国広」呼びだ。

「……なんか返事してくれないと恥ずかしいんだけど」

 国広、と呼ばれた山姥切さんはこちらを振り返ることもなく、ただ立ち尽くしている。うんともすんとも言わないその反応に、なんだかどすべりしたような気持ちにさせられて、ども居心地が悪い。

「ねえってば」

 それでも振り向かない山姥切さんの腕を引いて、強引にこちらを向かせようとする。不意をつかれたからか、彼は一瞬ハッとした顔で目を合わせたがすぐにその顔を外に向けてしまう。
 一瞬見えた顔は、過去一番、真っ赤に染まっていた。

「いやいやいや、なんで山姥切さんが照れてるの!やめてよ!なんか、なんか私が恥ずかしい!」

「て、照れてない!もう行く!早く寝ろ!」

 ぴしゃんと襖をを閉めて、足音が遠ざかっていく。
 熱が登った顔はまだ熱いままだ。

「国広……」

 審神者と刀ではない。私と山姥切さんの2人の間だけでの呼び名。それをもう一度口にして、その慣れない響きにむずがゆさを感じる。
 山姥切さんに名前で呼ばれた時、そして私が国広と呼んだ時。その時だけは、主と刀の関係ではなく、一個人の関係が築かれたようなそんな気がした。主と刀の関係が主従関係ならば、私と山姥切さんの関係には一体どんな名がつくのだろうか。
 考えても見つからない答えに蓋をするように、布団をかぶって潜り込んだ。
 きっと、そのうち見つかるだろう。
 今はまだ、しばらくそのむず痒さを楽しんでいようじゃないか。



2019.4.18
30/30ページ
スキ