一章
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「よーっし!経験値アップキャンペーンだって!みんなのレベルを底上げするチャンス!」
「主ってばすっかり元気じゃん」
「そりゃね、いつまでも落ち込んでられないよ!」
先日の数珠丸さん鍛刀失敗で、完全に落ち込んでいた。
みんなの必死の遠征の成果である資材を完全に使い切ったにもかかわらず、ついに鍛刀することができなかった。それはみんなの努力の成果を形にできず、無駄にしてしまったようなそんな気になって、とても顔向けできないと思っていた。
でも、歌仙さんをはじめ、みんなの励ましに支えられて、今ではすっかりやる気を取り戻している。
というのも、政府から新たに知らせが届いたイベント。経験値アップキャンペーンがスタートしたのだ。
出陣や遠征から帰ると、刀剣男士、そして審神者である私にも経験値が入る。そのシステムはゲームやなんかで見たことがあるそれと同じで、一定の量がたまるとレベルアップするのだ。
その経験値の獲得量がアップするというのだから、ここで頑張らずしていつやるのだ、というわけだ。
「やる気が戻ったのなら結構。さ、頑張ろうじゃないか!」
みんなのレベル上げ、そして、使い切った資材の補充を目指して、やる気は十分だ。
基本はいつも通り、第一部隊を出陣部隊、他を遠征部隊としてメンバーを入れ替え順番に回していく。鍛刀期間中のように無理に回すことはしないが、普段に比べたらかなりのハイペースで、帰還後すぐに出陣を繰り返す。
「少しずつだけど、資材が戻ってきたね」
その甲斐あって、ゼロまで使い切った資材は少しずつだが確実に溜まり始めている。そのかわりといってはなんだが、鍛刀はしばらく我慢だ。
「そうだね、みんなが頑張ってくれるおかげだよ」
「僕、生活に困った時には売り飛ばされる覚悟はできていたんだ」
「え、突然どうしたの!?」
突然そんなことをぶっこんでくるものだからびっくりしてしまう。小夜さんは冗談なんて言っている様子はなくて、それが本当に思っていることなのだとわかる。
「僕でも売れば少しはお金になるし、そうじゃなくても、解かせば少しは資材の足しになるでしょ」
「そんなの考えもしなかった……」
むしろ、小夜さんがそんなことを考えていたのが驚きだ。
「資材がなくなったのは一大事かもしれないけど、でもすぐに死ぬわけでもないんだし……それに、もし本当にやばい!ってなったらまず本丸から家財道具がなくなるのが先だよ」
「そのあとが僕たち?」
「違う違う!誰も手放す気なんてないから!」
どうにも立ち行かなくなったとして、誰かを切り捨てるなどありえない。もし、そうなったなら、
「全員背負って夜逃げするよ。ほら、みんな自分の足で歩いてくれるから荷物にならないしね!」
30本を超える刀を背負って夜逃げする姿は想像するとかなり壮絶だが、幸いにもうちの刀たちは自ら動いてくれるのでその心配はない。むしろ荷物持ちにすらなってくれそうだから心強いばかりだ。
「……変な人」
「えっ……」
言い方は置いておいても、内容ははなかなか良いことを言ったと思っただけに、小夜さんのそっけない反応がガンとショックを与えてくる。いや、小夜さんに明るい反応を求めるというのも違う気がするが。
「でも、あなたのそういう考え方は嫌いじゃないよ」
落とした後のデレ。実際、デレというほどの大層なものではないが、それでも、小夜さんが良いと言ってくれるのは嬉しい。
「あなたが使い続けてくれるのなら、それに応えなくちゃね。行ってくるよ」
小夜さんが立ち上がるのと同時に、第一部隊の帰還を知らせる通知が端末に届く。
次はメンバーを入れ替えての出陣だ。小夜さんには隊長を任せている。
「隊長、頑張ってね!」
「うん、そうだね。復讐でなくとも、あなたがそう望むのなら……」
静かに言って部屋を出て行く小夜さん。正直驚いた。
復讐に生を見出した小夜さんは、何をしていても晴れない顔をしていた。実際に、いつだって復讐を求めてしまうのだと、そう言っていた。
けれど、今小夜さんは、
「私が望むなら。って……」
確かにそう言って出て行った。敵を倒しても、誉を取ったときでさえ、気持ちが晴れないとそう言っていた彼が、どこか少し微笑んだように見えたその顔でそう言ったのだ。
「帰った。入れ替わりで第一部隊が……」
「山姥切さん!小夜さんが、小夜さんが笑った!気がする!」
今帰還した第一部隊の隊長を勤めていた山姥切さんが部屋に入ってくるのと同時に、彼に興奮を押し付ける。口にしてみると、ますます実感が湧いてくる。
入ってくるなり、私が飛びついてきたことに驚いたのか、山姥切さんが二、三歩後ずさるが、そんなことにはお構いなしだ。
「ううううう、どうしよ……なんか感激……」
1人で盛り上がって、今度は涙を滲ませようとしているのだから、賑やかなことこの上ない。なんのことやら全くわからない山姥切さんからすれば、この状況はどうあがいても理解できないことだろう。
「何があったのかは知らないが……よかったんじゃないか?」
「よかったんだよぉ……あー……なんだろうこの嬉しさ」
初めて見る笑顔は、本当に笑ったのか危うい、もしかしたら見間違いだったかもしれないレベルのものなのだが、それでも喜びは溢れてくる。
いうならば、全く警戒を解いてくれなかった野良猫が隙を見せてくれたような、ギュンと心を鷲掴まれるような感覚だ。
「次はさ、撫でさせてくれるかなーみたいな。期待しちゃうよね!」
「主は僕を撫でたいの?」
山姥切さんではない声、先ほどまで話していた覚えのあるその声は小夜さんのものだ。
「あれ、小夜さん!?出陣は!?」
「山姥切さんに確認したいことがあって、そうしたら、あなたの声が聞こえたから」
山姥切さんをちらりと確認して、再び私に目を向けた小夜さん。
「撫でたいのならどうぞ。何が面白いのかはわからないけど……」
私よりも随分低い位置にある頭をさらにかがめて、どうぞと言わんばかりに差し出す小夜さん。あれは比喩表現というか、あくまでたとえ話のつもりだったが、ここまでさせて断るのは恥をかかせることになるのではなかろうか。
「あ、じゃあ失礼します……」
小夜さんの頭に手を伸ばし、動かす。重力に逆らって跳ねる、馬のしっぽにはあまり似ていないポニーテールが物語っているが、随分攻撃的な髪質だ。硬めの毛質は手のひらにしっかりとした感触を与えてきて、かといって触りごことが悪いかというとそうではない。
「……もういいの?」
手を離すと、小夜さんが見上げてくる。
「あ、はい。ありがとう」
「うん、楽しかった?」
楽しかったかと聞かれると微妙なところだが、黙って撫でられる小夜さんは可愛かった。それこそ、こんな風に撫でさせてもらえるなんて思っていなかったから、心を開いてくれた野良猫を手なずけた気分だ。
「それじゃあね。山姥切さん、少し聞きたいんですけどいいですか」
役目を終えたというように、それだけ済ませると小夜さんは山姥切さんを連れていってしまう。
2人が出て行った部屋で、ぼーっと手に残った感触を思い出す。
考えてみると、小夜さんを始め、笑ったところを見たことがない刀というのは案外いるかもしれない。そんな彼らのことを考えて、どうすれば笑ってくれるだろうかと頭を悩ませる。
左文字三兄弟は全員揃ってあまり笑わない。いや、宗三さんは表情が暗いだとかそういうことはないが、あの意地の悪い笑みを『笑顔』というのは癪だ。兄弟揃ってなかなかの高難易度だ。
骨喰さんは鯰尾さんといるときですら笑っているところを見たことがあるかどうか怪しい。そうなると、兄弟でもない私には荷が重すぎるのではないかと思えてくる。
そして、思いつく限りで一番の強敵、大倶利伽羅さん。彼とはそもそもあまりまともに話した記憶すらない。たまに話しかけたところであしらわれてしまうのが今までだ。笑った顔などまず、想像すらできない気がする。むしろ、笑ったら何事かと恐怖すら感じそうだ。
「刀にくすぐりって効くのかなぁ」
笑わせようというとき、おそらく誰もが思いつくであろう古典的な方法だ。人の体を持っている以上、きっと弱い場所くらいあるはずだ。だが、もし仕掛けた場合、反応を見る前に殺されそうな気がする人が若干名いるため、その考えは頭から振り払うのが賢明だ。
「あんたはろくなことを考えないな」
戻ってきた山姥切さんに、独り言を聞かれていたらしい。呆れ顔の彼に、ピンとひらめきが舞い降りる。
「実際に試してみない?」
そう、山姥切さんで。とは言わずに、彼の目を期待を込めて見つめる。
「はぁ……本当にろくでもないな……。俺は絶対に嫌だからな」
「えー、なんでなんで?実はめちゃくちゃ弱いから、とか?」
「そんなことは言ってない」
「じゃあ、試そう!考えてみたら山姥切さんもあんまり笑ったところ見たことない気がするし」
じわじわと彼に迫っていくが、それに合わせて彼もじわじわと離れていくため距離は縮まらない。そんな無駄なことを部屋の中で円を描くように続ける。
「……なにやってるんだい?」
呆れたような声で、私たちの追いかけっことも呼べないそれは中断される。
「取り込み中ならば出直した方がいいかな」
「これが取り込み中に見えるか?」
部屋にやってきたのは歌仙さんで、おそらくは遠征の報告だろう。
「ちょうどいいところに!山姥切さんを捕まえてください!」
ビシッと指をさして、まるでモンスターか何かに命令するように格好つけて言ってみるが、そんなもの知らない歌仙さんは乗ってこない。おそらく知っていても乗ってはこないだろうが。
「いや、やらないよ。どうせ君はまた変なことをしているんだろう」
変とは失礼だ。
歌仙さんとそんなやり取りをしている間に、そっと部屋を抜けていく山姥切さんは、そのまままんまと逃げ出すように出て行く。
「あ、逃げられる。歌仙さん、追え!」
「それは僕に命令しているのかい?必要なことならばもちろん協力するけれど、本当に必要なんだね?」
念を押して聞いてくる歌仙さんからの威圧がすごい。とてもそれにたえられるわけもなく、「いえ、冗談デス……」と縮こまるに終わってしまった。
「まったく君は……。落ち込んでいたのはどこへやら、だね。いつもの調子に戻ったのならいいんだけどね、悪ふざけは大概にしなさい」
「はーい……あ、歌仙さん。明後日なんですけど、私朝から1日出かけるので。夜ご飯までには戻ります」
ふと、予定を思い出して、ご飯をとり仕切る彼に伝えておく。
「おや、珍しいね。現世かい?」
「はい、友人たちと少し」
「そう、楽しんでおいで」
「ありがとうございます!あ、報告でしたよね。すみません、聞きます」
遠征の報告を歌仙さんから聞いて、資材集めの方も順調なことに安心する。これならば、みんなで揃って夜逃げなんてことにはならずに済みそうだ。
長期休みに入ってから、思えば今日までずっと働きづめだった気がする。もちろんそれが嫌だったわけではないが、この本丸から出ることなく、まったく現世にも行っていないのは初めてのことだ。
そう思うと、明後日は久しぶりに現世に戻ることになる。友人たちに会うのはもちろん楽しみだが、単純に久しぶりの現世には心が躍る。明後日が楽しみだ。
2019.4.14
「主ってばすっかり元気じゃん」
「そりゃね、いつまでも落ち込んでられないよ!」
先日の数珠丸さん鍛刀失敗で、完全に落ち込んでいた。
みんなの必死の遠征の成果である資材を完全に使い切ったにもかかわらず、ついに鍛刀することができなかった。それはみんなの努力の成果を形にできず、無駄にしてしまったようなそんな気になって、とても顔向けできないと思っていた。
でも、歌仙さんをはじめ、みんなの励ましに支えられて、今ではすっかりやる気を取り戻している。
というのも、政府から新たに知らせが届いたイベント。経験値アップキャンペーンがスタートしたのだ。
出陣や遠征から帰ると、刀剣男士、そして審神者である私にも経験値が入る。そのシステムはゲームやなんかで見たことがあるそれと同じで、一定の量がたまるとレベルアップするのだ。
その経験値の獲得量がアップするというのだから、ここで頑張らずしていつやるのだ、というわけだ。
「やる気が戻ったのなら結構。さ、頑張ろうじゃないか!」
みんなのレベル上げ、そして、使い切った資材の補充を目指して、やる気は十分だ。
基本はいつも通り、第一部隊を出陣部隊、他を遠征部隊としてメンバーを入れ替え順番に回していく。鍛刀期間中のように無理に回すことはしないが、普段に比べたらかなりのハイペースで、帰還後すぐに出陣を繰り返す。
「少しずつだけど、資材が戻ってきたね」
その甲斐あって、ゼロまで使い切った資材は少しずつだが確実に溜まり始めている。そのかわりといってはなんだが、鍛刀はしばらく我慢だ。
「そうだね、みんなが頑張ってくれるおかげだよ」
「僕、生活に困った時には売り飛ばされる覚悟はできていたんだ」
「え、突然どうしたの!?」
突然そんなことをぶっこんでくるものだからびっくりしてしまう。小夜さんは冗談なんて言っている様子はなくて、それが本当に思っていることなのだとわかる。
「僕でも売れば少しはお金になるし、そうじゃなくても、解かせば少しは資材の足しになるでしょ」
「そんなの考えもしなかった……」
むしろ、小夜さんがそんなことを考えていたのが驚きだ。
「資材がなくなったのは一大事かもしれないけど、でもすぐに死ぬわけでもないんだし……それに、もし本当にやばい!ってなったらまず本丸から家財道具がなくなるのが先だよ」
「そのあとが僕たち?」
「違う違う!誰も手放す気なんてないから!」
どうにも立ち行かなくなったとして、誰かを切り捨てるなどありえない。もし、そうなったなら、
「全員背負って夜逃げするよ。ほら、みんな自分の足で歩いてくれるから荷物にならないしね!」
30本を超える刀を背負って夜逃げする姿は想像するとかなり壮絶だが、幸いにもうちの刀たちは自ら動いてくれるのでその心配はない。むしろ荷物持ちにすらなってくれそうだから心強いばかりだ。
「……変な人」
「えっ……」
言い方は置いておいても、内容ははなかなか良いことを言ったと思っただけに、小夜さんのそっけない反応がガンとショックを与えてくる。いや、小夜さんに明るい反応を求めるというのも違う気がするが。
「でも、あなたのそういう考え方は嫌いじゃないよ」
落とした後のデレ。実際、デレというほどの大層なものではないが、それでも、小夜さんが良いと言ってくれるのは嬉しい。
「あなたが使い続けてくれるのなら、それに応えなくちゃね。行ってくるよ」
小夜さんが立ち上がるのと同時に、第一部隊の帰還を知らせる通知が端末に届く。
次はメンバーを入れ替えての出陣だ。小夜さんには隊長を任せている。
「隊長、頑張ってね!」
「うん、そうだね。復讐でなくとも、あなたがそう望むのなら……」
静かに言って部屋を出て行く小夜さん。正直驚いた。
復讐に生を見出した小夜さんは、何をしていても晴れない顔をしていた。実際に、いつだって復讐を求めてしまうのだと、そう言っていた。
けれど、今小夜さんは、
「私が望むなら。って……」
確かにそう言って出て行った。敵を倒しても、誉を取ったときでさえ、気持ちが晴れないとそう言っていた彼が、どこか少し微笑んだように見えたその顔でそう言ったのだ。
「帰った。入れ替わりで第一部隊が……」
「山姥切さん!小夜さんが、小夜さんが笑った!気がする!」
今帰還した第一部隊の隊長を勤めていた山姥切さんが部屋に入ってくるのと同時に、彼に興奮を押し付ける。口にしてみると、ますます実感が湧いてくる。
入ってくるなり、私が飛びついてきたことに驚いたのか、山姥切さんが二、三歩後ずさるが、そんなことにはお構いなしだ。
「ううううう、どうしよ……なんか感激……」
1人で盛り上がって、今度は涙を滲ませようとしているのだから、賑やかなことこの上ない。なんのことやら全くわからない山姥切さんからすれば、この状況はどうあがいても理解できないことだろう。
「何があったのかは知らないが……よかったんじゃないか?」
「よかったんだよぉ……あー……なんだろうこの嬉しさ」
初めて見る笑顔は、本当に笑ったのか危うい、もしかしたら見間違いだったかもしれないレベルのものなのだが、それでも喜びは溢れてくる。
いうならば、全く警戒を解いてくれなかった野良猫が隙を見せてくれたような、ギュンと心を鷲掴まれるような感覚だ。
「次はさ、撫でさせてくれるかなーみたいな。期待しちゃうよね!」
「主は僕を撫でたいの?」
山姥切さんではない声、先ほどまで話していた覚えのあるその声は小夜さんのものだ。
「あれ、小夜さん!?出陣は!?」
「山姥切さんに確認したいことがあって、そうしたら、あなたの声が聞こえたから」
山姥切さんをちらりと確認して、再び私に目を向けた小夜さん。
「撫でたいのならどうぞ。何が面白いのかはわからないけど……」
私よりも随分低い位置にある頭をさらにかがめて、どうぞと言わんばかりに差し出す小夜さん。あれは比喩表現というか、あくまでたとえ話のつもりだったが、ここまでさせて断るのは恥をかかせることになるのではなかろうか。
「あ、じゃあ失礼します……」
小夜さんの頭に手を伸ばし、動かす。重力に逆らって跳ねる、馬のしっぽにはあまり似ていないポニーテールが物語っているが、随分攻撃的な髪質だ。硬めの毛質は手のひらにしっかりとした感触を与えてきて、かといって触りごことが悪いかというとそうではない。
「……もういいの?」
手を離すと、小夜さんが見上げてくる。
「あ、はい。ありがとう」
「うん、楽しかった?」
楽しかったかと聞かれると微妙なところだが、黙って撫でられる小夜さんは可愛かった。それこそ、こんな風に撫でさせてもらえるなんて思っていなかったから、心を開いてくれた野良猫を手なずけた気分だ。
「それじゃあね。山姥切さん、少し聞きたいんですけどいいですか」
役目を終えたというように、それだけ済ませると小夜さんは山姥切さんを連れていってしまう。
2人が出て行った部屋で、ぼーっと手に残った感触を思い出す。
考えてみると、小夜さんを始め、笑ったところを見たことがない刀というのは案外いるかもしれない。そんな彼らのことを考えて、どうすれば笑ってくれるだろうかと頭を悩ませる。
左文字三兄弟は全員揃ってあまり笑わない。いや、宗三さんは表情が暗いだとかそういうことはないが、あの意地の悪い笑みを『笑顔』というのは癪だ。兄弟揃ってなかなかの高難易度だ。
骨喰さんは鯰尾さんといるときですら笑っているところを見たことがあるかどうか怪しい。そうなると、兄弟でもない私には荷が重すぎるのではないかと思えてくる。
そして、思いつく限りで一番の強敵、大倶利伽羅さん。彼とはそもそもあまりまともに話した記憶すらない。たまに話しかけたところであしらわれてしまうのが今までだ。笑った顔などまず、想像すらできない気がする。むしろ、笑ったら何事かと恐怖すら感じそうだ。
「刀にくすぐりって効くのかなぁ」
笑わせようというとき、おそらく誰もが思いつくであろう古典的な方法だ。人の体を持っている以上、きっと弱い場所くらいあるはずだ。だが、もし仕掛けた場合、反応を見る前に殺されそうな気がする人が若干名いるため、その考えは頭から振り払うのが賢明だ。
「あんたはろくなことを考えないな」
戻ってきた山姥切さんに、独り言を聞かれていたらしい。呆れ顔の彼に、ピンとひらめきが舞い降りる。
「実際に試してみない?」
そう、山姥切さんで。とは言わずに、彼の目を期待を込めて見つめる。
「はぁ……本当にろくでもないな……。俺は絶対に嫌だからな」
「えー、なんでなんで?実はめちゃくちゃ弱いから、とか?」
「そんなことは言ってない」
「じゃあ、試そう!考えてみたら山姥切さんもあんまり笑ったところ見たことない気がするし」
じわじわと彼に迫っていくが、それに合わせて彼もじわじわと離れていくため距離は縮まらない。そんな無駄なことを部屋の中で円を描くように続ける。
「……なにやってるんだい?」
呆れたような声で、私たちの追いかけっことも呼べないそれは中断される。
「取り込み中ならば出直した方がいいかな」
「これが取り込み中に見えるか?」
部屋にやってきたのは歌仙さんで、おそらくは遠征の報告だろう。
「ちょうどいいところに!山姥切さんを捕まえてください!」
ビシッと指をさして、まるでモンスターか何かに命令するように格好つけて言ってみるが、そんなもの知らない歌仙さんは乗ってこない。おそらく知っていても乗ってはこないだろうが。
「いや、やらないよ。どうせ君はまた変なことをしているんだろう」
変とは失礼だ。
歌仙さんとそんなやり取りをしている間に、そっと部屋を抜けていく山姥切さんは、そのまままんまと逃げ出すように出て行く。
「あ、逃げられる。歌仙さん、追え!」
「それは僕に命令しているのかい?必要なことならばもちろん協力するけれど、本当に必要なんだね?」
念を押して聞いてくる歌仙さんからの威圧がすごい。とてもそれにたえられるわけもなく、「いえ、冗談デス……」と縮こまるに終わってしまった。
「まったく君は……。落ち込んでいたのはどこへやら、だね。いつもの調子に戻ったのならいいんだけどね、悪ふざけは大概にしなさい」
「はーい……あ、歌仙さん。明後日なんですけど、私朝から1日出かけるので。夜ご飯までには戻ります」
ふと、予定を思い出して、ご飯をとり仕切る彼に伝えておく。
「おや、珍しいね。現世かい?」
「はい、友人たちと少し」
「そう、楽しんでおいで」
「ありがとうございます!あ、報告でしたよね。すみません、聞きます」
遠征の報告を歌仙さんから聞いて、資材集めの方も順調なことに安心する。これならば、みんなで揃って夜逃げなんてことにはならずに済みそうだ。
長期休みに入ってから、思えば今日までずっと働きづめだった気がする。もちろんそれが嫌だったわけではないが、この本丸から出ることなく、まったく現世にも行っていないのは初めてのことだ。
そう思うと、明後日は久しぶりに現世に戻ることになる。友人たちに会うのはもちろん楽しみだが、単純に久しぶりの現世には心が躍る。明後日が楽しみだ。
2019.4.14