一章
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「主はなにやら楽しそうだな」
「うん、なんか政府から催し事のお知らせが来たんだって」
学業と並行してやってきた審神者の仕事。しかし、それもしばらくは審神者一本になる。時期はちょうど学校の長期休み。このタイミングで、政府から何やらお知らせが届いたのだ。
「レアな刀が手に入るんだって!レアだよ、レア!」
特定の配合で鍛刀をすると新しいレアな刀が出やすいというキャンペーンらしい。政府はそんなところまで管理できてしまうのかと、驚きはしたが、レアな刀が手に入ると聞けば心が踊るのも無理はない。ガチャなんかでもそうだが、確率アップだとかそういうのにはどうしても弱いのだ。
「ず、ずじゅ……じゅじゅ……数珠丸。数珠丸さんっていうのが新しい刀なんだって」
なんて呼びにくい名前だ。彼が本丸に来てくれるまでに早口言葉の練習でもしておいたほうがいいかもしれない。
新たに権限が可能となる刀は数珠丸恒次。天下五剣と呼ばれる刀のうちの一振で、三日月さん以来のレア度が5の刀らしい。
「って、三日月さんって一番レアだったんですね……」
彼を迎えた当初は、そんなことは知らずに太刀が一振増えたなぁくらいの感覚だったため、改めて彼がすごい刀なのだと認識する。
三日月さんだけじゃない。鶴丸さんも、江雪さんも、三日月さんに次いでレアな刀だった。そうとは知らず、そんな大層な刀を書類仕事に使っていたことが思い出される。もしかして、相当罰当たりだったんじゃないだろうか。いや、そもそも刀の神様な時点で、それはみんな同じかもしれない。
「レアな刀ねぇ……」
「ふぅん、主はこういう刀が好きなの?」
知らせが届いて、レアという言葉にテンションが上がってしまったが、それは私だけみたいだ。みんなはどうも乗り気でない、というわけではなさそうだがいまいち反応が微妙な気がする。
「好きっていうか……レアって聞くと欲しくなるというか……」
「主に欲しがってもらえるなんて羨ましいなぁ。俺って主の言う『レア』じゃないもんね」
そう言ってしょんぼりしてしまう加州さん。
レアな刀がいるということは、その逆もいるわけで。本人が言う通り加州さんは決してレアな刀ではない。すでにこの本丸でも何振りも鍛刀しているし、ドロップもしている。だからと言って、この本丸の加州さんはただ1人だけだし、レアでないからどうと言うわけではない。
「主の求める刀ってどんな刀?政府の決めた『レアな刀』が好きなの?」
私の求める刀。そう聞かれるとすぐには答えが出てこない。
数珠丸さんが私の求める刀なのかというと、それは違うだろう。私は数珠丸恒次という刀を知らないし、言ってしまえば政府の決めたレア度に釣られただけだ。
「レアなんていうのは、所詮人が決めた物差しでしかないがな、いつだって刀の価値を決めるのはそれをもつ人間だ。美しいのが良いのか、強いのが良いのか。持つ人によってそれは変わるだろうな」
鶴丸さんが言う。
「もちろん、政府の決めた貴重な刀を集めるというのもその中の1つだろうな」
私が欲しい刀、それはどんな刀だろうか。どれだけ眺めていても飽きないような美しい刀。どんな敵でも斬り伏せてしまうような強い刀。持っているだけで自慢できるようなレアな刀。
そのどれもが魅力的ではある。その刀を求める理由には十分なり得るだろう。
だが、私が思う一番重要なこと。それは、
「私は、一緒にいたいって、そう思える刀が欲しいです。そして、欲をいうなら、刀にも一緒にいて欲しいって思ってもらえたら嬉しいです」
「あ、主は、俺と一緒にいたい?」
「もちろん!この本丸の刀はみんないい人たちばかりで、みんな私の求める刀たちそのものだよ」
刀に求めるものとしては少しずれているかもしれない。一緒にいたい、と思うのはきっと彼らが人の体を持った付喪神だからそう思うところが大きいのだと思う。でも、私が彼らに求めるのは間違いなくそれだ。
私が一緒にいたいと思える刀たちと、ずっと一緒に過ごしていきたいと思っている。強さや歴史なんて、もともとそんなに知らないのだから関係ない。
「でもさ、それって一緒に過ごしているからそう思うわけで、求める理由にはならないんじゃないの?」
それまで話を聞いていた大和守さんが口を挟む。
確かに、彼の言う通りだ。本丸の刀たちにそう言えるのは、一緒に過ごした時間があるからだろう。新しい刀を欲しがる理由にはならないかもしれない。
「やっぱり主は新しいレアな刀が欲しいんじゃん!」
「う、うーん……そりゃ、レアな刀は欲しいかもしれない……」
「わ、認めた」
政府が決めた物差しだというが、やはりレアだと言われれば気になってしまう。そこは認めざるをえないだろう。
「でも、レアじゃないからいらないだとか、そんなことはないよ!欲しい理由の1つではあるけどさ」
「ほんと?俺のこと愛してくれる?」
「清光、それめんどくさいからやめなよ」
「あはは、加州さんも大和守さんも、私の大切な刀だよ。それには絶対変わりない」
そう言い切れば加州さんの顔はパッと華やぐ。大和守さんも、「ふぅん」と言っただけで反応は薄いが、それでも顔はどこか嬉しそうだ。
「俺はどうだ?俺はレアな刀でもあるんだろう?主は俺が欲しくて仕方なかったんじゃないか?」
割って入ってくる鶴丸さんはそう捲したてる。今レア度は気にしないと、そういったばかりなのに、自分のレアをアピールしくる彼はさすがといったお調子者だ。
「いえ、鶴丸さんのレア度なんて知らなかったので、迎えたのはたまたまです」
なぜか彼の変なテンションを前にすると、言葉が冷めてしまう。だが事実ではある。特別彼を求めて鍛刀したわけではなかった。
「ふーん、それじゃあ主は誰でもよかったわけか……きたのがたまたま俺だったってだけだもんな」
そうやって、わざと嫌な言い方をする鶴丸さんは、間違いなく私をからかいたいだけだろう。だが、運の悪いことにそれは飛び火してしまう。
「そ、そっか……鍛刀ってどんな刀がくるかわからないんだもんね。俺じゃなくてもよかったのかな」
そういう加州さんは鶴丸さんと違って本気でそう思っているであろうから怖い。彼みたいにあしらうなんてことはできない。
「違います違います!結果としてはそうかもしれないけど、でも加州さんでよかったし!私加州さんがきてくれたの嬉しかったし!」
「俺がきたのがそんなに嬉しかったか?はっはっは、俺ってば罪な刀だな」
「鶴丸さんに言ってないです!」
政府から届いたキャンペーンの知らせから、なぜこんなことになってしまったのかわからない。私はただ、新しい刀と初めてのイベントごとに少し浮かれていただけだったのに、なぜか必死に加州さんを励ます図になっている。鶴丸さんというおまけつきで。
「イベントが始める前から大騒ぎだね……」
「ほんと、あいつもいちいちあんなこと言ってたらキリがないと思うんだけどね」
この調子で大丈夫かと心配そうな燭台切さんと、加州さんのことを言っているであろう大和守さん。見ているならば、この状況に助け舟を出して欲しい。
「まあでも、加州くんの気持ち、ちょっとはわかるけどね」
「へえ、意外。燭台切もああいうこと考えるわけ?」
大和守さんがめんどくさいと切り捨てる加州さんの気持ちに賛同する燭台切さんに、意外そうな目を向ける。たしかに、燭台切さんはそんなこと考えたりしなさそうに見える。余裕の表情で、そういうことは割り切って考えていそうだ。
「そりゃあ僕だって主の所有物だからね。他の刀を欲しがっていたりしたら気になるよ。僕は選ばれて主のものになったわけではないから」
「そういうもの?……まあ、僕をほっぽり出して他の刀に夢中になられたら嫌だけどさ」
「そう思うと、僕は山姥切くんが羨ましいなぁ」
突然出てきた山姥切さんの名前に、みんながなぜかと疑問を抱く。
「だって、彼は唯一、主が選んだ刀なんでしょ?僕たちからしたら、そりゃあ羨ましいよ」
確かに、初期刀である山姥切さんは、五振の中から私が選んだ一振だ。唯一選んだ刀と言っていいだろう。
「うわー、そうじゃん。あいつ羨ましすぎるんだけど……」
「なるほどなぁ、山姥切だけは特別なんだなぁ」
「別に、特別だとかそんなことは……」
ない。と、はっきりは言い切れなかった。
言われてみると、確かに彼を選んだことは特別かもしれないし、一番初めの一振というのは大きな思い出でもある。
「否定はしないんだな」
「えー、ショック!俺一番じゃなくてもいいから、主に愛されていたいよ。ねえ主、愛してるって言って!」
「えぇー……」
突然に愛を求められても困る。「愛してる」なんて、そうそう口にする言葉でもないし、口にするのはちょっと恥ずかしい。それを「言って」と求められて言うというのも、言いにくさが倍増だ。
加州さんのことを愛しているか、と言われればそれはもちろん愛している。私の大事な刀だ。でも、愛しているという言葉は、どうもそういう意味ではなく、特別な意味が含まれている言葉だという印象の方が強い。特別な意味はこもっていなくても、それを伝えるのは小っ恥ずかしくて気がひける。
「俺も愛されたいなぁ……主、言ってくれ!」
言い淀んだ私に、すかさず追撃を仕掛けてくるのは当然、鶴丸さんだ。こちらは完全に私がいうのを躊躇っている理由までわかって言っている。でなければ、その楽しそうな笑顔はなんだ。反応を楽しみたいと顔に書いてあるようなものではないか。
「あはは、ねえ主。僕にも言って欲しいな」
ここでまさかの燭台切さんが参戦だ。まさか助け舟どころか敵にまわるなんて思ってもいなかった。
「いや、あの……」
逃げようにも、加州さんにがっちりと握られたてのおかげで逃げ出すことは叶わない。これは本当にいうまで収拾がつかなそうだ。
「あ……あい……」
意を決して、言ってしまおうと口を開くが、声に出すとやっぱり恥ずかしい。だが、少しだけ声を出したことによって3人の期待度は高まる。食い入るようにその先の言葉を待って見つめてくる。
もう、早く楽になってしまいたい。
「っ……ちゃんと愛してるよ!」
声が消えてしまわないように、それなりに声を張り上げていう。
「嬉しい!主俺も愛してるー!」
そう言って抱きついてくる加州さん。満足してくれたならば何よりだ。加州さんの肩越しに見える、後の2人はというと、こちらも満足げににっこり顔だ。
「そうかそうか、嬉しいなぁ」
「うん、照れちゃうね」
絶対にそんなことないだろう。みじんも照れてなんかいないじゃないか。
ともあれ、これで一件落着。来るイベントを前にとんだ大騒ぎだったが、これで無事にイベントを迎えられるだろう。
「あ、主……これはいったい……?」
と、思いきや。このまま終わることはできないらしい。
部屋に飛び込んできたのは長谷部さんだ。
「主の声を聞いて駆けつけたのですが……主は加州と……?」
加州さんに抱きつかれている私を見て、口をパクパクさせている。これは厄介ごとの匂いしかしない。
「よお長谷部!主の愛の言葉、聞いてたか?」
餌を見つけたとばかりに飛びつく鶴丸さん。長谷部さんがワナワナと震えだす。絶対にまずい。
「あ、主のお気持ちが……そうであるならば、俺は……」
「ちがうちがう、絶対に違うと思う。あれはそういうんじゃなくてね」
加州さんの腕の中からそういうが、この姿の説得力のなさはさすがに自覚している。
「加州さん、一回離そう。長谷部さんが、大変」
ペシペシと加州さんの背を叩いて離すように促すが、その間にも長谷部さんは感情の整理がつかないと言った様子で拳を握りしめている。
「あーあ、大変だなぁ。僕、もう行くね」
早々に見切りをつけて去っていく大和守さん。賢明な判断だ。だが、見捨てないで欲しかった。
おかしい。ただ、イベントの始まりが楽しみであることを共有したかっただけなのに。まだ始まってすらいないのに、謎の疲労感に襲われているのはなぜだろうか。
数珠丸さんの鍛刀を前に、期待よりも不安が勝る今日この頃。このあと、長谷部さんの誤解をといて、さらに、長谷部さんにも愛を求められることになるのは知りたくなかった話だ。
2019.4.7
「うん、なんか政府から催し事のお知らせが来たんだって」
学業と並行してやってきた審神者の仕事。しかし、それもしばらくは審神者一本になる。時期はちょうど学校の長期休み。このタイミングで、政府から何やらお知らせが届いたのだ。
「レアな刀が手に入るんだって!レアだよ、レア!」
特定の配合で鍛刀をすると新しいレアな刀が出やすいというキャンペーンらしい。政府はそんなところまで管理できてしまうのかと、驚きはしたが、レアな刀が手に入ると聞けば心が踊るのも無理はない。ガチャなんかでもそうだが、確率アップだとかそういうのにはどうしても弱いのだ。
「ず、ずじゅ……じゅじゅ……数珠丸。数珠丸さんっていうのが新しい刀なんだって」
なんて呼びにくい名前だ。彼が本丸に来てくれるまでに早口言葉の練習でもしておいたほうがいいかもしれない。
新たに権限が可能となる刀は数珠丸恒次。天下五剣と呼ばれる刀のうちの一振で、三日月さん以来のレア度が5の刀らしい。
「って、三日月さんって一番レアだったんですね……」
彼を迎えた当初は、そんなことは知らずに太刀が一振増えたなぁくらいの感覚だったため、改めて彼がすごい刀なのだと認識する。
三日月さんだけじゃない。鶴丸さんも、江雪さんも、三日月さんに次いでレアな刀だった。そうとは知らず、そんな大層な刀を書類仕事に使っていたことが思い出される。もしかして、相当罰当たりだったんじゃないだろうか。いや、そもそも刀の神様な時点で、それはみんな同じかもしれない。
「レアな刀ねぇ……」
「ふぅん、主はこういう刀が好きなの?」
知らせが届いて、レアという言葉にテンションが上がってしまったが、それは私だけみたいだ。みんなはどうも乗り気でない、というわけではなさそうだがいまいち反応が微妙な気がする。
「好きっていうか……レアって聞くと欲しくなるというか……」
「主に欲しがってもらえるなんて羨ましいなぁ。俺って主の言う『レア』じゃないもんね」
そう言ってしょんぼりしてしまう加州さん。
レアな刀がいるということは、その逆もいるわけで。本人が言う通り加州さんは決してレアな刀ではない。すでにこの本丸でも何振りも鍛刀しているし、ドロップもしている。だからと言って、この本丸の加州さんはただ1人だけだし、レアでないからどうと言うわけではない。
「主の求める刀ってどんな刀?政府の決めた『レアな刀』が好きなの?」
私の求める刀。そう聞かれるとすぐには答えが出てこない。
数珠丸さんが私の求める刀なのかというと、それは違うだろう。私は数珠丸恒次という刀を知らないし、言ってしまえば政府の決めたレア度に釣られただけだ。
「レアなんていうのは、所詮人が決めた物差しでしかないがな、いつだって刀の価値を決めるのはそれをもつ人間だ。美しいのが良いのか、強いのが良いのか。持つ人によってそれは変わるだろうな」
鶴丸さんが言う。
「もちろん、政府の決めた貴重な刀を集めるというのもその中の1つだろうな」
私が欲しい刀、それはどんな刀だろうか。どれだけ眺めていても飽きないような美しい刀。どんな敵でも斬り伏せてしまうような強い刀。持っているだけで自慢できるようなレアな刀。
そのどれもが魅力的ではある。その刀を求める理由には十分なり得るだろう。
だが、私が思う一番重要なこと。それは、
「私は、一緒にいたいって、そう思える刀が欲しいです。そして、欲をいうなら、刀にも一緒にいて欲しいって思ってもらえたら嬉しいです」
「あ、主は、俺と一緒にいたい?」
「もちろん!この本丸の刀はみんないい人たちばかりで、みんな私の求める刀たちそのものだよ」
刀に求めるものとしては少しずれているかもしれない。一緒にいたい、と思うのはきっと彼らが人の体を持った付喪神だからそう思うところが大きいのだと思う。でも、私が彼らに求めるのは間違いなくそれだ。
私が一緒にいたいと思える刀たちと、ずっと一緒に過ごしていきたいと思っている。強さや歴史なんて、もともとそんなに知らないのだから関係ない。
「でもさ、それって一緒に過ごしているからそう思うわけで、求める理由にはならないんじゃないの?」
それまで話を聞いていた大和守さんが口を挟む。
確かに、彼の言う通りだ。本丸の刀たちにそう言えるのは、一緒に過ごした時間があるからだろう。新しい刀を欲しがる理由にはならないかもしれない。
「やっぱり主は新しいレアな刀が欲しいんじゃん!」
「う、うーん……そりゃ、レアな刀は欲しいかもしれない……」
「わ、認めた」
政府が決めた物差しだというが、やはりレアだと言われれば気になってしまう。そこは認めざるをえないだろう。
「でも、レアじゃないからいらないだとか、そんなことはないよ!欲しい理由の1つではあるけどさ」
「ほんと?俺のこと愛してくれる?」
「清光、それめんどくさいからやめなよ」
「あはは、加州さんも大和守さんも、私の大切な刀だよ。それには絶対変わりない」
そう言い切れば加州さんの顔はパッと華やぐ。大和守さんも、「ふぅん」と言っただけで反応は薄いが、それでも顔はどこか嬉しそうだ。
「俺はどうだ?俺はレアな刀でもあるんだろう?主は俺が欲しくて仕方なかったんじゃないか?」
割って入ってくる鶴丸さんはそう捲したてる。今レア度は気にしないと、そういったばかりなのに、自分のレアをアピールしくる彼はさすがといったお調子者だ。
「いえ、鶴丸さんのレア度なんて知らなかったので、迎えたのはたまたまです」
なぜか彼の変なテンションを前にすると、言葉が冷めてしまう。だが事実ではある。特別彼を求めて鍛刀したわけではなかった。
「ふーん、それじゃあ主は誰でもよかったわけか……きたのがたまたま俺だったってだけだもんな」
そうやって、わざと嫌な言い方をする鶴丸さんは、間違いなく私をからかいたいだけだろう。だが、運の悪いことにそれは飛び火してしまう。
「そ、そっか……鍛刀ってどんな刀がくるかわからないんだもんね。俺じゃなくてもよかったのかな」
そういう加州さんは鶴丸さんと違って本気でそう思っているであろうから怖い。彼みたいにあしらうなんてことはできない。
「違います違います!結果としてはそうかもしれないけど、でも加州さんでよかったし!私加州さんがきてくれたの嬉しかったし!」
「俺がきたのがそんなに嬉しかったか?はっはっは、俺ってば罪な刀だな」
「鶴丸さんに言ってないです!」
政府から届いたキャンペーンの知らせから、なぜこんなことになってしまったのかわからない。私はただ、新しい刀と初めてのイベントごとに少し浮かれていただけだったのに、なぜか必死に加州さんを励ます図になっている。鶴丸さんというおまけつきで。
「イベントが始める前から大騒ぎだね……」
「ほんと、あいつもいちいちあんなこと言ってたらキリがないと思うんだけどね」
この調子で大丈夫かと心配そうな燭台切さんと、加州さんのことを言っているであろう大和守さん。見ているならば、この状況に助け舟を出して欲しい。
「まあでも、加州くんの気持ち、ちょっとはわかるけどね」
「へえ、意外。燭台切もああいうこと考えるわけ?」
大和守さんがめんどくさいと切り捨てる加州さんの気持ちに賛同する燭台切さんに、意外そうな目を向ける。たしかに、燭台切さんはそんなこと考えたりしなさそうに見える。余裕の表情で、そういうことは割り切って考えていそうだ。
「そりゃあ僕だって主の所有物だからね。他の刀を欲しがっていたりしたら気になるよ。僕は選ばれて主のものになったわけではないから」
「そういうもの?……まあ、僕をほっぽり出して他の刀に夢中になられたら嫌だけどさ」
「そう思うと、僕は山姥切くんが羨ましいなぁ」
突然出てきた山姥切さんの名前に、みんながなぜかと疑問を抱く。
「だって、彼は唯一、主が選んだ刀なんでしょ?僕たちからしたら、そりゃあ羨ましいよ」
確かに、初期刀である山姥切さんは、五振の中から私が選んだ一振だ。唯一選んだ刀と言っていいだろう。
「うわー、そうじゃん。あいつ羨ましすぎるんだけど……」
「なるほどなぁ、山姥切だけは特別なんだなぁ」
「別に、特別だとかそんなことは……」
ない。と、はっきりは言い切れなかった。
言われてみると、確かに彼を選んだことは特別かもしれないし、一番初めの一振というのは大きな思い出でもある。
「否定はしないんだな」
「えー、ショック!俺一番じゃなくてもいいから、主に愛されていたいよ。ねえ主、愛してるって言って!」
「えぇー……」
突然に愛を求められても困る。「愛してる」なんて、そうそう口にする言葉でもないし、口にするのはちょっと恥ずかしい。それを「言って」と求められて言うというのも、言いにくさが倍増だ。
加州さんのことを愛しているか、と言われればそれはもちろん愛している。私の大事な刀だ。でも、愛しているという言葉は、どうもそういう意味ではなく、特別な意味が含まれている言葉だという印象の方が強い。特別な意味はこもっていなくても、それを伝えるのは小っ恥ずかしくて気がひける。
「俺も愛されたいなぁ……主、言ってくれ!」
言い淀んだ私に、すかさず追撃を仕掛けてくるのは当然、鶴丸さんだ。こちらは完全に私がいうのを躊躇っている理由までわかって言っている。でなければ、その楽しそうな笑顔はなんだ。反応を楽しみたいと顔に書いてあるようなものではないか。
「あはは、ねえ主。僕にも言って欲しいな」
ここでまさかの燭台切さんが参戦だ。まさか助け舟どころか敵にまわるなんて思ってもいなかった。
「いや、あの……」
逃げようにも、加州さんにがっちりと握られたてのおかげで逃げ出すことは叶わない。これは本当にいうまで収拾がつかなそうだ。
「あ……あい……」
意を決して、言ってしまおうと口を開くが、声に出すとやっぱり恥ずかしい。だが、少しだけ声を出したことによって3人の期待度は高まる。食い入るようにその先の言葉を待って見つめてくる。
もう、早く楽になってしまいたい。
「っ……ちゃんと愛してるよ!」
声が消えてしまわないように、それなりに声を張り上げていう。
「嬉しい!主俺も愛してるー!」
そう言って抱きついてくる加州さん。満足してくれたならば何よりだ。加州さんの肩越しに見える、後の2人はというと、こちらも満足げににっこり顔だ。
「そうかそうか、嬉しいなぁ」
「うん、照れちゃうね」
絶対にそんなことないだろう。みじんも照れてなんかいないじゃないか。
ともあれ、これで一件落着。来るイベントを前にとんだ大騒ぎだったが、これで無事にイベントを迎えられるだろう。
「あ、主……これはいったい……?」
と、思いきや。このまま終わることはできないらしい。
部屋に飛び込んできたのは長谷部さんだ。
「主の声を聞いて駆けつけたのですが……主は加州と……?」
加州さんに抱きつかれている私を見て、口をパクパクさせている。これは厄介ごとの匂いしかしない。
「よお長谷部!主の愛の言葉、聞いてたか?」
餌を見つけたとばかりに飛びつく鶴丸さん。長谷部さんがワナワナと震えだす。絶対にまずい。
「あ、主のお気持ちが……そうであるならば、俺は……」
「ちがうちがう、絶対に違うと思う。あれはそういうんじゃなくてね」
加州さんの腕の中からそういうが、この姿の説得力のなさはさすがに自覚している。
「加州さん、一回離そう。長谷部さんが、大変」
ペシペシと加州さんの背を叩いて離すように促すが、その間にも長谷部さんは感情の整理がつかないと言った様子で拳を握りしめている。
「あーあ、大変だなぁ。僕、もう行くね」
早々に見切りをつけて去っていく大和守さん。賢明な判断だ。だが、見捨てないで欲しかった。
おかしい。ただ、イベントの始まりが楽しみであることを共有したかっただけなのに。まだ始まってすらいないのに、謎の疲労感に襲われているのはなぜだろうか。
数珠丸さんの鍛刀を前に、期待よりも不安が勝る今日この頃。このあと、長谷部さんの誤解をといて、さらに、長谷部さんにも愛を求められることになるのは知りたくなかった話だ。
2019.4.7