一章
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「主さーん!見て見て、おっきいの採れたー!」
畑で採れた野菜を見せてくれるのは短刀たちだ。
「すっごーい、美味しく料理してもらわなきゃだね」
「すぐ食べる方にいくんだな」
「えー、だってこの大きさなら何人分よ!?」
そんな他愛もない会話だが、ひどく楽しく感じられる。
それは、審神者としての責務を感じるあまりそれを仕事にぶつけて、気持ちを誤魔化そうとしていたからだろう。
今までよりもしっかりとやろうと打ち込んでいたのはよかったが、こうしてみると気づく。編成を見直して、効率よく、無駄のないようにと考えるあまり、みんなと喋る時間もろくになかった。
山姥切さんのおかげで、変に打ち込むのがバカらしくなって、結局いつも通りに戻っているのだが、改めてこうして過ごすことの楽しさを感じている。
「主さま、この後はお仕事ですか?」
「うん、そうだね。ちゃちゃっと終わらせるから、そしたら遊ぼっかー」
「ほんとうですか?待ってます!お仕事頑張ってくださいね!」
打ち込むのがバカらしくなった、と言っても、なにも仕事をサボっているわけではない。審神者会議を通じて他の本丸から得るものがたくさんあったのは事実だ。そういったものはきちんと取り入れて活かさせてもらっている。
短刀たちに見送られ、執務室に入る。やはり、仕事をするならこの部屋だ。書類仕事なんかじゃない限りは別にここでなくても良いのだが、こうやって他の誘惑がない環境というのは仕事が捗る。
いくつかやりたかったことを取り出して、こなしていく。
どれだけ経ったか、キリがついたところでタイミングよく扉の外から声がかかる。
「失礼いたします、主殿!」
「お疲れ様」
鳴さんと狐さん、合わせて鳴狐さんが顔を覗かせる。その手にはお盆を持っている。私の視線がそこに向かっているのに気づいてか、鳴さんの口元が緩む。
「おやつ、食べる?」
「た、食べるー!」
仕事の後の甘味は格別だ。
鳴さんはたまに、こうやっておやつを用意してくれる。
「みんなには内緒」
そして決まってこういうのだ。口元に指を当てて微笑む姿は少し子供っぽく見える。粟田口派の中でも年長者の彼は、いつも物静かで大人っぽい印象を受けるのだが、本体と話すことが増えた今では彼が意外に親しみやすい性格だというのはよくわかっている。
私の机とは別に用意された、大きい方の机にお菓子とお茶を用意してくれる。
「主殿は最近よく頑張っておられますからね!鳴狐も関心しているのですよぅ!」
「うん。でも、たまには休憩も必要」
そう言って私の頭に手を乗せる鳴さん。その手をポンポンと何度か動かす。
「えっと……」
無言のままポンポンされ続けてどうして良いか戸惑ってしまう。
「主が忙しいと、みんな寂しそう。頑張りすぎは心配」
ぼそりと言った鳴さんの言葉が刺さる。それはきっと、頑張りが空回りしていたこの間のことを言っているのだろう。
「そうです!鳴狐も主殿がおられないとそれはそれは寂しそうにぃっ……」
途中で狐さんの言葉が途切れる。鳴さんが狐さんの口先を開かないようにつまんでいる。
「余計なことは言わなくていいよ」
「むごごごごご」
おそらく抗議の言葉を口にしているのだろうが、何を言っているのかはまったくわからない。
狐さんの口を塞いだ手はそのままに、私の前にしゃがみこむと視線を合わせて言った。
「鳴狐は、今の主が好きだぞ」
好き、とむず痒い言葉をあまりにもストレートにぶつけられて、どう反応して良いかわからない。その言葉に、特別な意味などないのだろうが、それでも年頃の女としては浮かれてしまうものだ。
「顔、赤い」
指摘されて、自分の顔が随分熱いことに気づく。フっと微笑んだ鳴さんの目が細くなる。その金色の目から、なぜか視線が外せなくて、ただじっと彼を見つめることしかできない。
「い、いけません!!」
びたん、と私の顔に張り付いたもふもふ。鳴さんの手を抜け出したそれは、その気持ちの良い毛並みのお腹を私の顔面にピタリと貼り付けて大声をあげる。
突然のことには驚いたが、これはなかなか悪くない感触だ。
「流されてはいけませんぞ、主殿!鳴狐も、もっと段階というものがあるでしょう!」
「キツネ、何言ってるの」
慌てたように言う狐さんとは対照的に、鳴さんの声はいつものように静かで落ち着いている。
顔から毛玉が離れていく。剥がされた、という表現が正しいだろうか。鳴さんが狐さんを回収して、今度は体をきっちり拘束する。
「な、鳴狐!離しなさい!離すのです!」
じたじたと身をよじって暴れる狐さん。見ているだけだと駄々をこねているみたいで可愛らしい。
「おやつ、食べよう」
そんな手の中の狐さんのことは全く気にしていないように、鳴さんが言う。先に立って、机の前に座る彼に習って、私もそちらの机の席に着く。
狐さんも落ち着いたみたいで、定位置の肩に戻って大人しくしている。
「じゃあ……いただきます」
「うん。どうぞ」
「鳴狐、私にも、私にも!」
催促する狐さんの口にも小さいかけらを運んでやりながら、鳴狐さんはポツリポツリと話し始めた。
「主が思いつめたような顔をしてるの、みんな心配してた。何かあったのかなって。でもどうしていいかわからなかった。主といられる時間が、短刀たちも好きだから、今はみんな嬉しそうだ」
まさか、自分では今まで以上に上手くやってやろうというつもりだったのに、それどころかみんなに心配をかけていたなんて思ってもいなかった。気づいていたのは山姥切さんだけじゃなかったのだ。
「そっか……申し訳ないことしちゃったなぁ」
「気を落とさずとも良いのです!主殿が主殿らしくいてくれることが、皆嬉しいのですよぅ!」
「うん、主が元気ならそれでいい」
その暖かい言葉に胸が熱くなる。
鳴さんがこうしておやつを用意してくれるのも、気を遣ってくれてのことなんだろう。本当に、私はいろいろなところで支えられてばかりだ。
でも、それで良いのだと思う。きっと1人でなんでもやろうとするからダメだったんだ。足りない力で必死に他に追いつこうとしたところで、いつかきっと転んでしまう。
足りないならば、その分周りに頼るしかない。幸いにも、私には優秀な刀たちが付いてくれているのだ。これに勝るものなどない。
「さすが、鳴さんは頼り甲斐のあるお兄さんって感じだね」
こてん、と首をかしげて疑問を表現する鳴さんに言葉を続ける。
「粟田口の中でもお兄さんなだけあるなぁって思って」
年長者、と呼ぶのが正しいのかはわからないが、幼い者の多い粟田口の中で鳴さんは一番お兄さんだ。短刀たちに世話を焼いているところも何度か見たことがあるし、やはり気質的にお兄さんなんだろう。
「……違うぞ」
「鳴狐は粟田口派ではありますが、厳密に言えば彼らの兄ではないのです」
「えっ、そうなの?」
勝手に同じ刀派は兄弟なのだと思い込んでいたから驚きだ。
「はい。しかし、弟のように思っていることには変わりありません。彼らの長兄がくるまで、兄のような存在でいてやりたいですねぇ」
「あっ、いち兄って人……?」
いち兄という名は、何度か聞いたことがある。それが彼らの兄に当たる人なんだろう。
「その通りです。一期一振、彼らが兄と慕う太刀でございます」
資料で見た、刀剣男士のことを思い出す。確か、一期一振は入手が厳しいレアな刀たちの中の一振。これは粟田口たちに兄を迎えるのに苦戦しそうだ。早く会わせてあげられたら良いのだが。
「早く会わせてあげたいよね……いいなぁお兄ちゃんって」
「主殿はご兄弟はいないのですか?」
「うん、一人っ子」
自分には兄弟なんかはいなかったので、そういった存在には少し憧れがある。それに、お兄ちゃんなんていったら、みんな一度は憧れたりするものではないだろうか。優しい年上の男性というのには、今になっても多少の憧れがある。
まあ、年上の男性という条件ならば、この本丸に溢れているのだが。
「お兄さん、欲しいの?」
「欲しい……っていうか、憧れはあるなぁ」
「うん。じゃあ、鳴狐が主の兄になるぞ」
兄になるぞ、と言われてもそもそも私は粟田口じゃないし、刀じゃない。兄弟というのは「なるぞ」と言われてなるものでもない気がする。
確かに、鳴さんはよく気をかけてくれて優しい。お兄さんとして不足はないが。
「主は鳴狐の妹はいや?」
「嫌じゃないけど!急に兄弟って言われても……」
「なぜですか!?鳴狐には兄弟もおりませんし、主殿の入る枠は存分にありますぞ!」
別にそこは気にしていないのだが、謎のフォローが狐さんから入る。
「弟のように思っている刀はいっぱいいるけど、妹は初めて」
鳴さんはというと、なぜかもう妹認定をしているような気がする。初めて、といって嬉しそうだ。そんな反応をされては断りにくいではないか。
断る絶対的な理由があるわけではないから、もう鳴さんが満足するならばそれでもいいかもしれない。
「……わかった。鳴さんはお兄ちゃんだね」
「やや!主殿もめでたく粟田口兄弟!」
「にはなれないと思うけどね」
刀でもないし、そもそも生まれを捩じ曲げるなんてできない。どうあがいても刀の神様と人間の変な兄と妹だ。
「ふふっ、よかった。鳴狐は兄になったから、妹はなんでも甘えていいぞ。何かあったら、遠慮なく相談するといい」
そうやって微笑む鳴さんの顔はすごく優しさに溢れている。
もしかして、そうやって私が遠慮せずに甘えられる場所を作ってくれたのだろうか。兄だから、と理由をつけて。
きっとそれは、頼って欲しいというメッセージでもあるのだろう。
「良いですなぁ、主殿!お兄様がいるとは羨ましい!」
「……いいでしょ!私のお兄ちゃんだよ」
彼の気持ちをありがたく受け取らせてもらう。頼ってもいいのだと、そう思える場所があるだけで、きっと楽になる気持ちがたくさんあるはずだ。
「頼りにしてるね、鳴さん」
「……鳴兄って呼ぶ?」
「それは……恥ずかしくない?」
呼び方自体はともかく、急にそんな風に呼び出したら周りが黙っていない気がする。絶対に人前では呼べないだろう。呼び方は今まで通りで行かせてもらいたい。
「残念」
というわりには満足げな顔の鳴さん。嬉しそうでなによりだ。
「ささっ、おやつも終わったことですし私たちはそろそろ失礼しましょうか」
狐さんの言葉に時間を確認すると、かなりゆっくり休憩をしてしまってたみたいだ。
「よし。残りあと少し頑張るぞー」
気合を入れて、自分の執務用の机の前に座り直す。短刀たちに早く終わらせると言ってしまった手前、なるべく急いで終わらせたい。
「手伝おうか」
嬉しい申し出だが、本当に残っている量はあと少し。自分1人で問題なくできてしまう内容だ。
「ありがとう、でもすぐ終わるから大丈夫だよ」
「そう……」
「また今度、やばいなーってときにはお願いしてもいい……?」
断ったのに対して、少し残念そうな鳴さんにそう付け足す。
「もちろん」
「主殿の頼みとあらば、喜んでお手伝いいたしましょう!」
心強い返答にお礼を言って、残った仕事に取り掛かる。
終わったら短刀たちと何をして遊ぼうか。
短刀たちが私といることを楽しく思ってくれているというなら、それは私の方だって同じだ。彼らと過ごす楽しい時間があるから、こうして早く終わらせようと頑張れる。審神者としていられるのは、きっと全て刀たちのためという理由があるから。
私に彼らが必要なように、彼らも私を必要としてくれているのだろうか。もしそうだったら嬉しい。私が必要として欲しいように、彼らも私に必要とされたいと思ってくれているのだろうか。
鳴さんが、甘えて欲しいと言ってくれたことが、きっとそういうことなのだとよくわかる。
兄だというなら、遠慮なく甘えてしまっても仕方ないだろう。兄なのだから。そうやって言い訳を作っておいて、いつか必要な時にはうまく甘えられたら良いな、と彼の笑顔を思い出しながら考えた。
2019.4.7
畑で採れた野菜を見せてくれるのは短刀たちだ。
「すっごーい、美味しく料理してもらわなきゃだね」
「すぐ食べる方にいくんだな」
「えー、だってこの大きさなら何人分よ!?」
そんな他愛もない会話だが、ひどく楽しく感じられる。
それは、審神者としての責務を感じるあまりそれを仕事にぶつけて、気持ちを誤魔化そうとしていたからだろう。
今までよりもしっかりとやろうと打ち込んでいたのはよかったが、こうしてみると気づく。編成を見直して、効率よく、無駄のないようにと考えるあまり、みんなと喋る時間もろくになかった。
山姥切さんのおかげで、変に打ち込むのがバカらしくなって、結局いつも通りに戻っているのだが、改めてこうして過ごすことの楽しさを感じている。
「主さま、この後はお仕事ですか?」
「うん、そうだね。ちゃちゃっと終わらせるから、そしたら遊ぼっかー」
「ほんとうですか?待ってます!お仕事頑張ってくださいね!」
打ち込むのがバカらしくなった、と言っても、なにも仕事をサボっているわけではない。審神者会議を通じて他の本丸から得るものがたくさんあったのは事実だ。そういったものはきちんと取り入れて活かさせてもらっている。
短刀たちに見送られ、執務室に入る。やはり、仕事をするならこの部屋だ。書類仕事なんかじゃない限りは別にここでなくても良いのだが、こうやって他の誘惑がない環境というのは仕事が捗る。
いくつかやりたかったことを取り出して、こなしていく。
どれだけ経ったか、キリがついたところでタイミングよく扉の外から声がかかる。
「失礼いたします、主殿!」
「お疲れ様」
鳴さんと狐さん、合わせて鳴狐さんが顔を覗かせる。その手にはお盆を持っている。私の視線がそこに向かっているのに気づいてか、鳴さんの口元が緩む。
「おやつ、食べる?」
「た、食べるー!」
仕事の後の甘味は格別だ。
鳴さんはたまに、こうやっておやつを用意してくれる。
「みんなには内緒」
そして決まってこういうのだ。口元に指を当てて微笑む姿は少し子供っぽく見える。粟田口派の中でも年長者の彼は、いつも物静かで大人っぽい印象を受けるのだが、本体と話すことが増えた今では彼が意外に親しみやすい性格だというのはよくわかっている。
私の机とは別に用意された、大きい方の机にお菓子とお茶を用意してくれる。
「主殿は最近よく頑張っておられますからね!鳴狐も関心しているのですよぅ!」
「うん。でも、たまには休憩も必要」
そう言って私の頭に手を乗せる鳴さん。その手をポンポンと何度か動かす。
「えっと……」
無言のままポンポンされ続けてどうして良いか戸惑ってしまう。
「主が忙しいと、みんな寂しそう。頑張りすぎは心配」
ぼそりと言った鳴さんの言葉が刺さる。それはきっと、頑張りが空回りしていたこの間のことを言っているのだろう。
「そうです!鳴狐も主殿がおられないとそれはそれは寂しそうにぃっ……」
途中で狐さんの言葉が途切れる。鳴さんが狐さんの口先を開かないようにつまんでいる。
「余計なことは言わなくていいよ」
「むごごごごご」
おそらく抗議の言葉を口にしているのだろうが、何を言っているのかはまったくわからない。
狐さんの口を塞いだ手はそのままに、私の前にしゃがみこむと視線を合わせて言った。
「鳴狐は、今の主が好きだぞ」
好き、とむず痒い言葉をあまりにもストレートにぶつけられて、どう反応して良いかわからない。その言葉に、特別な意味などないのだろうが、それでも年頃の女としては浮かれてしまうものだ。
「顔、赤い」
指摘されて、自分の顔が随分熱いことに気づく。フっと微笑んだ鳴さんの目が細くなる。その金色の目から、なぜか視線が外せなくて、ただじっと彼を見つめることしかできない。
「い、いけません!!」
びたん、と私の顔に張り付いたもふもふ。鳴さんの手を抜け出したそれは、その気持ちの良い毛並みのお腹を私の顔面にピタリと貼り付けて大声をあげる。
突然のことには驚いたが、これはなかなか悪くない感触だ。
「流されてはいけませんぞ、主殿!鳴狐も、もっと段階というものがあるでしょう!」
「キツネ、何言ってるの」
慌てたように言う狐さんとは対照的に、鳴さんの声はいつものように静かで落ち着いている。
顔から毛玉が離れていく。剥がされた、という表現が正しいだろうか。鳴さんが狐さんを回収して、今度は体をきっちり拘束する。
「な、鳴狐!離しなさい!離すのです!」
じたじたと身をよじって暴れる狐さん。見ているだけだと駄々をこねているみたいで可愛らしい。
「おやつ、食べよう」
そんな手の中の狐さんのことは全く気にしていないように、鳴さんが言う。先に立って、机の前に座る彼に習って、私もそちらの机の席に着く。
狐さんも落ち着いたみたいで、定位置の肩に戻って大人しくしている。
「じゃあ……いただきます」
「うん。どうぞ」
「鳴狐、私にも、私にも!」
催促する狐さんの口にも小さいかけらを運んでやりながら、鳴狐さんはポツリポツリと話し始めた。
「主が思いつめたような顔をしてるの、みんな心配してた。何かあったのかなって。でもどうしていいかわからなかった。主といられる時間が、短刀たちも好きだから、今はみんな嬉しそうだ」
まさか、自分では今まで以上に上手くやってやろうというつもりだったのに、それどころかみんなに心配をかけていたなんて思ってもいなかった。気づいていたのは山姥切さんだけじゃなかったのだ。
「そっか……申し訳ないことしちゃったなぁ」
「気を落とさずとも良いのです!主殿が主殿らしくいてくれることが、皆嬉しいのですよぅ!」
「うん、主が元気ならそれでいい」
その暖かい言葉に胸が熱くなる。
鳴さんがこうしておやつを用意してくれるのも、気を遣ってくれてのことなんだろう。本当に、私はいろいろなところで支えられてばかりだ。
でも、それで良いのだと思う。きっと1人でなんでもやろうとするからダメだったんだ。足りない力で必死に他に追いつこうとしたところで、いつかきっと転んでしまう。
足りないならば、その分周りに頼るしかない。幸いにも、私には優秀な刀たちが付いてくれているのだ。これに勝るものなどない。
「さすが、鳴さんは頼り甲斐のあるお兄さんって感じだね」
こてん、と首をかしげて疑問を表現する鳴さんに言葉を続ける。
「粟田口の中でもお兄さんなだけあるなぁって思って」
年長者、と呼ぶのが正しいのかはわからないが、幼い者の多い粟田口の中で鳴さんは一番お兄さんだ。短刀たちに世話を焼いているところも何度か見たことがあるし、やはり気質的にお兄さんなんだろう。
「……違うぞ」
「鳴狐は粟田口派ではありますが、厳密に言えば彼らの兄ではないのです」
「えっ、そうなの?」
勝手に同じ刀派は兄弟なのだと思い込んでいたから驚きだ。
「はい。しかし、弟のように思っていることには変わりありません。彼らの長兄がくるまで、兄のような存在でいてやりたいですねぇ」
「あっ、いち兄って人……?」
いち兄という名は、何度か聞いたことがある。それが彼らの兄に当たる人なんだろう。
「その通りです。一期一振、彼らが兄と慕う太刀でございます」
資料で見た、刀剣男士のことを思い出す。確か、一期一振は入手が厳しいレアな刀たちの中の一振。これは粟田口たちに兄を迎えるのに苦戦しそうだ。早く会わせてあげられたら良いのだが。
「早く会わせてあげたいよね……いいなぁお兄ちゃんって」
「主殿はご兄弟はいないのですか?」
「うん、一人っ子」
自分には兄弟なんかはいなかったので、そういった存在には少し憧れがある。それに、お兄ちゃんなんていったら、みんな一度は憧れたりするものではないだろうか。優しい年上の男性というのには、今になっても多少の憧れがある。
まあ、年上の男性という条件ならば、この本丸に溢れているのだが。
「お兄さん、欲しいの?」
「欲しい……っていうか、憧れはあるなぁ」
「うん。じゃあ、鳴狐が主の兄になるぞ」
兄になるぞ、と言われてもそもそも私は粟田口じゃないし、刀じゃない。兄弟というのは「なるぞ」と言われてなるものでもない気がする。
確かに、鳴さんはよく気をかけてくれて優しい。お兄さんとして不足はないが。
「主は鳴狐の妹はいや?」
「嫌じゃないけど!急に兄弟って言われても……」
「なぜですか!?鳴狐には兄弟もおりませんし、主殿の入る枠は存分にありますぞ!」
別にそこは気にしていないのだが、謎のフォローが狐さんから入る。
「弟のように思っている刀はいっぱいいるけど、妹は初めて」
鳴さんはというと、なぜかもう妹認定をしているような気がする。初めて、といって嬉しそうだ。そんな反応をされては断りにくいではないか。
断る絶対的な理由があるわけではないから、もう鳴さんが満足するならばそれでもいいかもしれない。
「……わかった。鳴さんはお兄ちゃんだね」
「やや!主殿もめでたく粟田口兄弟!」
「にはなれないと思うけどね」
刀でもないし、そもそも生まれを捩じ曲げるなんてできない。どうあがいても刀の神様と人間の変な兄と妹だ。
「ふふっ、よかった。鳴狐は兄になったから、妹はなんでも甘えていいぞ。何かあったら、遠慮なく相談するといい」
そうやって微笑む鳴さんの顔はすごく優しさに溢れている。
もしかして、そうやって私が遠慮せずに甘えられる場所を作ってくれたのだろうか。兄だから、と理由をつけて。
きっとそれは、頼って欲しいというメッセージでもあるのだろう。
「良いですなぁ、主殿!お兄様がいるとは羨ましい!」
「……いいでしょ!私のお兄ちゃんだよ」
彼の気持ちをありがたく受け取らせてもらう。頼ってもいいのだと、そう思える場所があるだけで、きっと楽になる気持ちがたくさんあるはずだ。
「頼りにしてるね、鳴さん」
「……鳴兄って呼ぶ?」
「それは……恥ずかしくない?」
呼び方自体はともかく、急にそんな風に呼び出したら周りが黙っていない気がする。絶対に人前では呼べないだろう。呼び方は今まで通りで行かせてもらいたい。
「残念」
というわりには満足げな顔の鳴さん。嬉しそうでなによりだ。
「ささっ、おやつも終わったことですし私たちはそろそろ失礼しましょうか」
狐さんの言葉に時間を確認すると、かなりゆっくり休憩をしてしまってたみたいだ。
「よし。残りあと少し頑張るぞー」
気合を入れて、自分の執務用の机の前に座り直す。短刀たちに早く終わらせると言ってしまった手前、なるべく急いで終わらせたい。
「手伝おうか」
嬉しい申し出だが、本当に残っている量はあと少し。自分1人で問題なくできてしまう内容だ。
「ありがとう、でもすぐ終わるから大丈夫だよ」
「そう……」
「また今度、やばいなーってときにはお願いしてもいい……?」
断ったのに対して、少し残念そうな鳴さんにそう付け足す。
「もちろん」
「主殿の頼みとあらば、喜んでお手伝いいたしましょう!」
心強い返答にお礼を言って、残った仕事に取り掛かる。
終わったら短刀たちと何をして遊ぼうか。
短刀たちが私といることを楽しく思ってくれているというなら、それは私の方だって同じだ。彼らと過ごす楽しい時間があるから、こうして早く終わらせようと頑張れる。審神者としていられるのは、きっと全て刀たちのためという理由があるから。
私に彼らが必要なように、彼らも私を必要としてくれているのだろうか。もしそうだったら嬉しい。私が必要として欲しいように、彼らも私に必要とされたいと思ってくれているのだろうか。
鳴さんが、甘えて欲しいと言ってくれたことが、きっとそういうことなのだとよくわかる。
兄だというなら、遠慮なく甘えてしまっても仕方ないだろう。兄なのだから。そうやって言い訳を作っておいて、いつか必要な時にはうまく甘えられたら良いな、と彼の笑顔を思い出しながら考えた。
2019.4.7