一章
名前変換
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「ねえ、審神者会議で何かあったの?」
「主、帰ってきてからなんかおかしいんだけど」
乱と加州に詰め寄られているのは、本日の近侍であり、審神者会議にも同行したこの本丸の初期刀。山姥切だ。
「な、なんだ急に……」
「だーかーらー!主の様子がおかしいでしょ?って。審神者会議で何かあったんじゃないの?」
会議を終えて帰ってきた審神者。その姿は少し元気がないように見えたが、慣れないことに対する疲れだろうと、皆気にしていなかった。だが、翌日になっても晴れない表情と多いため息。どこかおかしいと思うのは当然だ。タイミングからしても、審神者会議でなにかあったのだと考えるのは自然な流れだろう。
しかしそんなことを言われても山姥切には何の心当たりもなかった。
審神者会議を終えてから、主の様子がおかしいことには気づいている。だが、会議の最中に何かあったという記憶はない。近侍として、会議中離れずにそばにいたが、特別人に変な接触をされただとか、政府の人間に何か言われただとかそんなことはなかったはずだ。それどことか、初めての他の審神者との交流を楽しんでいたように思えた。
「会議ではなにも問題はなかったはずだ……」
「じゃあなんであんな風になっちゃってるのさ!ずっと暗い顔してるのに、やたら仕事に打ち込んでて……」
「なんていうか、見てられないよね……。ねえ山姥切さん?」
乱のその意味ありげな上目遣いは何を意味するのか。
察しの悪い山姥切をわかってか、加州が補足する。
「だから、お前が主に聞いてみてよ。会議に付いていったお前ならなにかわかるかもしれないでしょ」
いやだ、とは言えない。いや、嫌というのは少し違う。
山姥切自身も、今の審神者の様子は気になっているし、心配でもある。ただ、それを上手く聞き出してフォローできる自信はない。自分で、あまりそういうことが上手くない方だというのは自覚しているつもりだ。それこそ、加州や乱の方が上手く審神者の相談に乗れるのではないだろうか。
「俺でなくてもいいだろ……お前たちが……」
「ダメだって!山姥切さんだから相談できることってあると思うし!」
「そーそー。主、悔しいけど結構山姥切のことは頼ってるみたいだしねー」
そこまで言われて、流石に断るのも気がひける。
「……わかった」
「入るぞ」
返事をすると、部屋に入ってくるのは山姥切さんだ。
「遠征連中からの報告だ。疲労しているメンバーを変えて、第三部隊にはもう一度遠征に出てもらった」
「了解ありがとう」
「あんたはさっきからなにをやっているんだ?」
私の手元を見て、山姥切さんが問う。
「編成の見直しとか、いろいろ」
この本丸の刀剣たちも増えてきた。そうなると、全員を部隊に配属することはできなくなるし、同じメンバーばかりで出陣させていれば実力の差がどんどん開いていく。上手く編成を組んで、それぞれのレベルにあった合戦場で確実にレベルアップをできるようにしなければいけない。そのための編成見直しだ。
それに合わせて、当番や近侍の仕事も見直さなければいけない。
政府から支給された端末で見られる審神者向けに作られた情報を元に、刀剣たちの名前を書いては消して、編成を練っているのだ。
「……何かあったか?」
「え?」
突然の質問に、思わず声が出る。
「なにもないけど……なんで?」
そんなことを聞かれるのに心当たりがない。仕事もちゃんとこなしているし、いつも通り過ごしているはずだ。なにか、気になることでもしてしまったのだろうか。
「いや……」
何かを言い渋っているような、迷っているようなそぶりをみせる山姥切さん。しかしそれも一瞬のこと。
「審神者会議、何か思うところでもあったのか」
「……」
返事は「はい」だ。だが私は、無言をもってそれを返事とする。
審神者会議を通じて、初めて他の私以外の審神者との交流を持てた。それは良い刺激になったが、同時に自分の本丸の課題が浮き彫りになった気がした。
同時期に就任したにも関わらず、大きく開いたレベル差。刀剣たちの練度の差。そういったものを嫌でも比べてしまうものだ。
だが、わかった課題はむしろ成長する糧になる。審神者会議を終えてから、今まで以上に仕事には真面目に打ち込んできたつもりだ。褒められることはあってもまさか心配をされるなどとは思ってもいなかった。
「あんたが何を思ったかは知らないが、悩んでいることがあるなら……聞く」
「そんな、心配されるようなことじゃないよ。ただ、もっと頑張らなきゃなーって思っただけ」
そう、みんなの成長のためにも、私が頑張らないといけない。そう実感した。
「頑張るのは良いことだと思うが、今までだってよくやっていたと思う」
「それじゃダメなんだよ。私はまだまだだった」
よくやっていた、と褒められたはずなのに、なぜかそれを否定する言葉がすぐに口から飛び出した。
今までのままではダメだ。実際に、他の審神者よりも大きく出遅れている。きっとこのままでは差は広がるばかりだろう。
「一体誰がそんなこと言ったんだ?」
「誰って、だって見たでしょ?私、他の人に比べたら全然ダメで……」
自分で言っていてどんどん自信がなくなってくる。私よりも優れた審神者を見て、山姥切さんはどう思ったのだろう。自分の主を情けなく思って、幻滅したりはしていないだろうか。
「なぜ他と比べる必要があるんだ?あんたはあんただろう。俺の知っている審神者は……苗字名前はただ1人、あんただけだ」
私の名前を口にした山姥切さん。初めて会った日に、彼に名前を教えてしまったが、呼ばれたのは初めてだ。
審神者としてではなく、1人の人間として。私のことを認めてもらえた気がした。
思えば審神者になってから、人に名前を呼ばれることがめっきりなくなったように思う。
審神者として。主として。そうやって過ごしてきた。だからこそ、審神者としての自分の不甲斐なさを痛感していたのだ。
「他の審神者と比べたところで、俺はあんたしか知らない。俺の知ってるあんたは、面倒くさがりなところはあるが、やることはちゃんとやる人間だ」
「……面倒くさがりは余計でしょ」
「あんただって、俺のことを面倒くさい性格だとか言ってくれただろう」
それは、きっと審神者会議前の時のことを言っているのだろう。そうやって根に持っているのか覚えているあたり、面倒くさい性格に間違いないと思う。
「人には比べるななんだと言っておいて、自分はどうなんだ?あんたも存外面倒くさいな」
再確認したところで、まさかの同族認定を食らってしまう。
だが、言われてみれば確かにそうだ。勝手に審神者という役職に縛られて、誰に言われたわけでもないのに人と比べていたのは私自身だ。
「似た者同士ってことだね、山姥切さん。やったー、お揃いじゃん!」
「……嬉しいか?」
確かにそれは微妙なところだが、共通点があるというのは内容はさておきなんとなく嬉しいものだ。
「あんたの気持ち、わかった。勝手に卑下されるというのはあまりいい気分じゃないな」
それは、山姥切さんが自分を写しであるからと悩んでいることに対して、私が言ったことを言っているのだろう。私が評価している山姥切さんを、本人が否定するのは私の気持ちが否定されているようで悲しかったと。
つまり、山姥切さんも、私のことをきちんと評価してくれていたのだ。それを勝手に否定して、同じ気持ちにさせてしまっていた。
「ごめん、自分で言っておいて同じことしてた」
「まったくだ。まあ、いい。これでお互い様だろう」
面倒くさいもの同士、お互いの気持ちが身にしみたみたいだ。
「てか、名前。覚えてたんだね」
「俺はそんなに忘れっぽくないぞ」
「聞かなかったことにする、とか言ってたのに」
それに、正直言うとこんな小娘の名前なんて、彼にとってはどうでもいいものなんじゃないかと、少しだけ思っていた。歴史に名を残すような、今までの主人たちに比べたら、何もないただの一般人な私の名前など、あってもなくても同じものなんじゃないかと。
「それでも聞いたものは仕方ないだろう。安心しろ、もう口にはしないようにする」
「え、なんで?呼んでくれていいのに……むしろちょっと嬉しかったんだけどなぁ」
そう言うと、ちょっと面食らったようなおかしな顔をする山姥切さん。それは一体どんな感情なんだろう。
「はぁー、なんかすっきりしたー!もういいやこんなの」
机の上に広げていた紙を丸めてゴミ箱に投げ入れる。
「おい、外れたぞ」
「いーのいーの。あー、難しいことばっか考えてたから疲れたよねー。遠征組が帰るまでお昼寝でもしよーっと」
ぐーっと伸びをしてその場に倒れこむ。しばらく机に向かっていたせいで体がミシミシと音を立てているような気がする。
座布団を枕にして、仰向けに転がる。
「ほら、山姥切さんもおいでよ」
パシパシと隣を叩くと、渋々と言った感じで彼が隣にくる。だが寝転がる様子はない。
「寝ないの?」
「勝手に寝ろ。ここにいる」
枕元に腰をおろした山姥切さんはそう言って、こちらを眺めている。
「寝ないのか?」
「いや、見られてると寝にくいんだけど……」
見下ろすようにこちらをじっと見ている山姥切さん。あまり寝る時の環境は気にならない方ではあるが、さすがにこれを気にするなというのは厳しい。
向きを変えて後ろを向いてくれたが、なんとなくそこにいるというのが気になって彼の背中を見続ける。
ちょっとした、イタズラ心が芽生えた。無防備にこちらに背中を向けている今の彼はきっと隙だらけだ。おそらく、もう私が完全に寝にかかっていると思っていることだろう。
そっと半身を起こして、彼の頭に手を伸ばす。
「そりゃ!」
掛け声と一緒に、彼の頭を深くまで覆う布を引っ張る。結果は大成功、布がはらりと落ちて、綺麗な金髪が露わになる。
「は!?何するんだ!?」
布を取られたと理解するや否や、振り向きかけた顔を隠すように伏せて、先ほどまでより深く布を被る。
「や……いたずら?」
「おとなしく寝ていると思ったら……」
私を警戒してか、完全にこちらに背をむける気はなくなったようで、布を手で押さえながらこちらから視線を外さない。あまりの警戒っぷりになぜそこまでするのか不思議に思う。
「なんでそんな頑なに布を取りたくないの?」
「こうしていれば、比較するやつもいないだろうからな」
だからわざわざ薄汚れた布をかぶっているのか。納得すると同時に、彼のコンプレックスの根強さを改めて実感する。
「まー、そこも含めて山姥切さんだしいいかもね。布キャラみたいな」
「あまり良いことを言われてる気がしないな」
「気のせい、気のせい!ほら、今度は取らないからこっちきてよ」
そう言って、再び山姥切さんを隣に呼ぶ。昼寝の再開だ。わざわざ彼を隣に呼んだのは、布を布団代わりにかぶってみようかという思いつきからだ。きっと顔周りの布を警戒して、裾は手薄になっているはず。そこを突いてやろうという作戦だ。
だが、そばに寄ってきた山姥切さんには対して警戒している様子は見られない。それどころか、再び私に背を向けている。
「え、なんでそっち向いちゃうの?」
「?見られていると寝れないんだろう?」
「そう……だけど」
また私がイタズラを仕掛けるとかは考えないのだろうか。それとも、「取らないから」と言ったのを信用してくれたのか。だとしたら、再びイタズラを仕掛けようとした身としては罪悪感が湧いてくる。
「……別に、やりたいならやってもいいぞ。あんたになら、見られても気にならない……かもしれない」
後ろを向いたまま、山姥切さんが言う。
それはつまり、私になら布をとった姿を見られても構わないと、そういうことだろうか。
意味を理解して、だんだんとこみ上げてくるものがある。
私になら、と彼がそう思ってくれたことが嬉しい。信頼を得られたような、特別なものを与えられたような、そんな喜びが私を満たす。
「ねえ、今すぐ顔見てもいい?」
「……ダメだ」
そう言われたものの、下から覗き込むようにして見た彼の顔は少し赤く染まっていて、それだけで私の胸は踊る。
「照れた顔もかわいいよ」
「バカにしてるだろう」
2019.4.4
「ねえ、審神者会議で何かあったの?」
「主、帰ってきてからなんかおかしいんだけど」
乱と加州に詰め寄られているのは、本日の近侍であり、審神者会議にも同行したこの本丸の初期刀。山姥切だ。
「な、なんだ急に……」
「だーかーらー!主の様子がおかしいでしょ?って。審神者会議で何かあったんじゃないの?」
会議を終えて帰ってきた審神者。その姿は少し元気がないように見えたが、慣れないことに対する疲れだろうと、皆気にしていなかった。だが、翌日になっても晴れない表情と多いため息。どこかおかしいと思うのは当然だ。タイミングからしても、審神者会議でなにかあったのだと考えるのは自然な流れだろう。
しかしそんなことを言われても山姥切には何の心当たりもなかった。
審神者会議を終えてから、主の様子がおかしいことには気づいている。だが、会議の最中に何かあったという記憶はない。近侍として、会議中離れずにそばにいたが、特別人に変な接触をされただとか、政府の人間に何か言われただとかそんなことはなかったはずだ。それどことか、初めての他の審神者との交流を楽しんでいたように思えた。
「会議ではなにも問題はなかったはずだ……」
「じゃあなんであんな風になっちゃってるのさ!ずっと暗い顔してるのに、やたら仕事に打ち込んでて……」
「なんていうか、見てられないよね……。ねえ山姥切さん?」
乱のその意味ありげな上目遣いは何を意味するのか。
察しの悪い山姥切をわかってか、加州が補足する。
「だから、お前が主に聞いてみてよ。会議に付いていったお前ならなにかわかるかもしれないでしょ」
いやだ、とは言えない。いや、嫌というのは少し違う。
山姥切自身も、今の審神者の様子は気になっているし、心配でもある。ただ、それを上手く聞き出してフォローできる自信はない。自分で、あまりそういうことが上手くない方だというのは自覚しているつもりだ。それこそ、加州や乱の方が上手く審神者の相談に乗れるのではないだろうか。
「俺でなくてもいいだろ……お前たちが……」
「ダメだって!山姥切さんだから相談できることってあると思うし!」
「そーそー。主、悔しいけど結構山姥切のことは頼ってるみたいだしねー」
そこまで言われて、流石に断るのも気がひける。
「……わかった」
「入るぞ」
返事をすると、部屋に入ってくるのは山姥切さんだ。
「遠征連中からの報告だ。疲労しているメンバーを変えて、第三部隊にはもう一度遠征に出てもらった」
「了解ありがとう」
「あんたはさっきからなにをやっているんだ?」
私の手元を見て、山姥切さんが問う。
「編成の見直しとか、いろいろ」
この本丸の刀剣たちも増えてきた。そうなると、全員を部隊に配属することはできなくなるし、同じメンバーばかりで出陣させていれば実力の差がどんどん開いていく。上手く編成を組んで、それぞれのレベルにあった合戦場で確実にレベルアップをできるようにしなければいけない。そのための編成見直しだ。
それに合わせて、当番や近侍の仕事も見直さなければいけない。
政府から支給された端末で見られる審神者向けに作られた情報を元に、刀剣たちの名前を書いては消して、編成を練っているのだ。
「……何かあったか?」
「え?」
突然の質問に、思わず声が出る。
「なにもないけど……なんで?」
そんなことを聞かれるのに心当たりがない。仕事もちゃんとこなしているし、いつも通り過ごしているはずだ。なにか、気になることでもしてしまったのだろうか。
「いや……」
何かを言い渋っているような、迷っているようなそぶりをみせる山姥切さん。しかしそれも一瞬のこと。
「審神者会議、何か思うところでもあったのか」
「……」
返事は「はい」だ。だが私は、無言をもってそれを返事とする。
審神者会議を通じて、初めて他の私以外の審神者との交流を持てた。それは良い刺激になったが、同時に自分の本丸の課題が浮き彫りになった気がした。
同時期に就任したにも関わらず、大きく開いたレベル差。刀剣たちの練度の差。そういったものを嫌でも比べてしまうものだ。
だが、わかった課題はむしろ成長する糧になる。審神者会議を終えてから、今まで以上に仕事には真面目に打ち込んできたつもりだ。褒められることはあってもまさか心配をされるなどとは思ってもいなかった。
「あんたが何を思ったかは知らないが、悩んでいることがあるなら……聞く」
「そんな、心配されるようなことじゃないよ。ただ、もっと頑張らなきゃなーって思っただけ」
そう、みんなの成長のためにも、私が頑張らないといけない。そう実感した。
「頑張るのは良いことだと思うが、今までだってよくやっていたと思う」
「それじゃダメなんだよ。私はまだまだだった」
よくやっていた、と褒められたはずなのに、なぜかそれを否定する言葉がすぐに口から飛び出した。
今までのままではダメだ。実際に、他の審神者よりも大きく出遅れている。きっとこのままでは差は広がるばかりだろう。
「一体誰がそんなこと言ったんだ?」
「誰って、だって見たでしょ?私、他の人に比べたら全然ダメで……」
自分で言っていてどんどん自信がなくなってくる。私よりも優れた審神者を見て、山姥切さんはどう思ったのだろう。自分の主を情けなく思って、幻滅したりはしていないだろうか。
「なぜ他と比べる必要があるんだ?あんたはあんただろう。俺の知っている審神者は……苗字名前はただ1人、あんただけだ」
私の名前を口にした山姥切さん。初めて会った日に、彼に名前を教えてしまったが、呼ばれたのは初めてだ。
審神者としてではなく、1人の人間として。私のことを認めてもらえた気がした。
思えば審神者になってから、人に名前を呼ばれることがめっきりなくなったように思う。
審神者として。主として。そうやって過ごしてきた。だからこそ、審神者としての自分の不甲斐なさを痛感していたのだ。
「他の審神者と比べたところで、俺はあんたしか知らない。俺の知ってるあんたは、面倒くさがりなところはあるが、やることはちゃんとやる人間だ」
「……面倒くさがりは余計でしょ」
「あんただって、俺のことを面倒くさい性格だとか言ってくれただろう」
それは、きっと審神者会議前の時のことを言っているのだろう。そうやって根に持っているのか覚えているあたり、面倒くさい性格に間違いないと思う。
「人には比べるななんだと言っておいて、自分はどうなんだ?あんたも存外面倒くさいな」
再確認したところで、まさかの同族認定を食らってしまう。
だが、言われてみれば確かにそうだ。勝手に審神者という役職に縛られて、誰に言われたわけでもないのに人と比べていたのは私自身だ。
「似た者同士ってことだね、山姥切さん。やったー、お揃いじゃん!」
「……嬉しいか?」
確かにそれは微妙なところだが、共通点があるというのは内容はさておきなんとなく嬉しいものだ。
「あんたの気持ち、わかった。勝手に卑下されるというのはあまりいい気分じゃないな」
それは、山姥切さんが自分を写しであるからと悩んでいることに対して、私が言ったことを言っているのだろう。私が評価している山姥切さんを、本人が否定するのは私の気持ちが否定されているようで悲しかったと。
つまり、山姥切さんも、私のことをきちんと評価してくれていたのだ。それを勝手に否定して、同じ気持ちにさせてしまっていた。
「ごめん、自分で言っておいて同じことしてた」
「まったくだ。まあ、いい。これでお互い様だろう」
面倒くさいもの同士、お互いの気持ちが身にしみたみたいだ。
「てか、名前。覚えてたんだね」
「俺はそんなに忘れっぽくないぞ」
「聞かなかったことにする、とか言ってたのに」
それに、正直言うとこんな小娘の名前なんて、彼にとってはどうでもいいものなんじゃないかと、少しだけ思っていた。歴史に名を残すような、今までの主人たちに比べたら、何もないただの一般人な私の名前など、あってもなくても同じものなんじゃないかと。
「それでも聞いたものは仕方ないだろう。安心しろ、もう口にはしないようにする」
「え、なんで?呼んでくれていいのに……むしろちょっと嬉しかったんだけどなぁ」
そう言うと、ちょっと面食らったようなおかしな顔をする山姥切さん。それは一体どんな感情なんだろう。
「はぁー、なんかすっきりしたー!もういいやこんなの」
机の上に広げていた紙を丸めてゴミ箱に投げ入れる。
「おい、外れたぞ」
「いーのいーの。あー、難しいことばっか考えてたから疲れたよねー。遠征組が帰るまでお昼寝でもしよーっと」
ぐーっと伸びをしてその場に倒れこむ。しばらく机に向かっていたせいで体がミシミシと音を立てているような気がする。
座布団を枕にして、仰向けに転がる。
「ほら、山姥切さんもおいでよ」
パシパシと隣を叩くと、渋々と言った感じで彼が隣にくる。だが寝転がる様子はない。
「寝ないの?」
「勝手に寝ろ。ここにいる」
枕元に腰をおろした山姥切さんはそう言って、こちらを眺めている。
「寝ないのか?」
「いや、見られてると寝にくいんだけど……」
見下ろすようにこちらをじっと見ている山姥切さん。あまり寝る時の環境は気にならない方ではあるが、さすがにこれを気にするなというのは厳しい。
向きを変えて後ろを向いてくれたが、なんとなくそこにいるというのが気になって彼の背中を見続ける。
ちょっとした、イタズラ心が芽生えた。無防備にこちらに背中を向けている今の彼はきっと隙だらけだ。おそらく、もう私が完全に寝にかかっていると思っていることだろう。
そっと半身を起こして、彼の頭に手を伸ばす。
「そりゃ!」
掛け声と一緒に、彼の頭を深くまで覆う布を引っ張る。結果は大成功、布がはらりと落ちて、綺麗な金髪が露わになる。
「は!?何するんだ!?」
布を取られたと理解するや否や、振り向きかけた顔を隠すように伏せて、先ほどまでより深く布を被る。
「や……いたずら?」
「おとなしく寝ていると思ったら……」
私を警戒してか、完全にこちらに背をむける気はなくなったようで、布を手で押さえながらこちらから視線を外さない。あまりの警戒っぷりになぜそこまでするのか不思議に思う。
「なんでそんな頑なに布を取りたくないの?」
「こうしていれば、比較するやつもいないだろうからな」
だからわざわざ薄汚れた布をかぶっているのか。納得すると同時に、彼のコンプレックスの根強さを改めて実感する。
「まー、そこも含めて山姥切さんだしいいかもね。布キャラみたいな」
「あまり良いことを言われてる気がしないな」
「気のせい、気のせい!ほら、今度は取らないからこっちきてよ」
そう言って、再び山姥切さんを隣に呼ぶ。昼寝の再開だ。わざわざ彼を隣に呼んだのは、布を布団代わりにかぶってみようかという思いつきからだ。きっと顔周りの布を警戒して、裾は手薄になっているはず。そこを突いてやろうという作戦だ。
だが、そばに寄ってきた山姥切さんには対して警戒している様子は見られない。それどころか、再び私に背を向けている。
「え、なんでそっち向いちゃうの?」
「?見られていると寝れないんだろう?」
「そう……だけど」
また私がイタズラを仕掛けるとかは考えないのだろうか。それとも、「取らないから」と言ったのを信用してくれたのか。だとしたら、再びイタズラを仕掛けようとした身としては罪悪感が湧いてくる。
「……別に、やりたいならやってもいいぞ。あんたになら、見られても気にならない……かもしれない」
後ろを向いたまま、山姥切さんが言う。
それはつまり、私になら布をとった姿を見られても構わないと、そういうことだろうか。
意味を理解して、だんだんとこみ上げてくるものがある。
私になら、と彼がそう思ってくれたことが嬉しい。信頼を得られたような、特別なものを与えられたような、そんな喜びが私を満たす。
「ねえ、今すぐ顔見てもいい?」
「……ダメだ」
そう言われたものの、下から覗き込むようにして見た彼の顔は少し赤く染まっていて、それだけで私の胸は踊る。
「照れた顔もかわいいよ」
「バカにしてるだろう」
2019.4.4