一章
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「あ、2人とも馬当番お疲れ様ー。新人指導は大丈夫だった?」
「あぁ、問題ない」
隣に座った骨喰がそう答える。
彼女は俺たちの主、審神者だ。俺はこの本丸に今朝顕現したばかりの一振だ。
「鯰尾さんも、何か問題はなかった?」
「はい、ばっちりですよー。兄弟がちゃーんと教えてくれたので」
俺にもにっこりと笑いかける主は、まだ若い女の人だ。
初めて見たときは、刀の主には似合わない人だと思った。でも彼女が刀を振るうわけではないし、審神者っていうのはいろんな人がいるみたいだ。
「よかった。それじゃおやつでも食べない?もらったおまんじゅうがあるの」
「やったー、いただきます!」
食べるのは好きだ。人の体を得て初めて食事というものを体験したが、美味しいという感覚はとても良い。主の誘いに喜んでお呼ばれすることにする。
「待て兄弟。先に手を洗ってからだ」
主についていこうとする俺を骨喰が止めた。なるほど、馬当番を終えた手は確かに汚れている。
「馬糞、洗い流さなきゃ」
「うぇっ!?ばふ……っ!?」
何故だか驚いた様子の主。どうしたのかと近づこうとするとそれに合わせて離れていく。距離を取られているみたいだ。
「兄弟、兄弟。いいから、先に手を洗おう」
骨喰に止められるように腕を引かれて、そのまま水場へと向かう。そして綺麗に、石鹸を使って手を洗った。
主は「部屋で待ってるね」と行ってしまったみたいだ。
「馬糞は汚い。基本的に嫌われるものだ。そんな汚れた手で人に近づくのは、よくない」
骨喰が隣で同じように手を洗いながら、淡々と言う。さっき、主が微妙な反応を見せた理由を教えてくれたのだ。
馬糞はあまり良いものではないみたいだ。だからさっきの主は俺を避けるような行動を見せたらしい。
「馬糞、集めて嫌いなやつに投げたらいいのに」
「普通は馬糞を投げたりしない」
ぽつりと言った独り言にも律儀に返事をしてくれる。骨喰は俺よりも先にここにきたこともあり、こうして世話を焼いてくれる。主が兄弟だからと俺たちをペアにしたのもあるだろう。お互いに記憶はないが、やはり兄弟。なかなか上手くやっていけそうな気がする。
「終わったか?主殿のところへ行こう」
一足先に洗い終えた骨喰がタオルを寄越してくれる。それを受け取ってしっかりと手をふく。主にしっかり綺麗になったと見せなければいけない。
「ねえ、骨喰。主ってどんな人?」
ほんの興味から、骨喰にそう尋ねた。まだここにきたばかりの俺は、主と話すのもさっきが3回目だ。顕現した時、馬当番を頼まれた時。そしてさっき。明るそうな女の人だというのはなんとなくわかったが、彼女を知るにはまだまだ会話も時間も足りていない。一緒にお茶をする前に、少し知っておきたいと思ったのだ。
「主殿は……」
楽しい人だとか、実は強い人だとか、そんな感じで軽く聞きたかっただけなのだが、骨喰はなぜか思った以上に悩みこんでしまった。一言では語りつくせないような、そんな癖の強い人なのだろうか。
悩んだ骨喰は一度言葉を切って、そして再び口を開いた。
「良い、主だと思う」
良い主。随分とふわふわとしたあいまいな返答だ。そこからは結局彼女のことは知れそうにない。でもこれ以上質問を重ねるのも骨喰を困らせてしまいそうだ。
「ふぅん、なるほどねー」
「あぁ」
口数の少ない骨喰だ。きっと期待通りの答えだったとしても多くは語ってくれないだろう。
ならば自分で知れば良い。主の待つ部屋へと足を急がせた。
「おまたせしましたー!」
俺が手を振って主に声をかけると、主も手を振りかえしてくれる。主の目線は俺の手に釘付けみたいだ。
「安心しろ。洗ったのは確認した」
骨喰がそれを読んで先回りで主に報告する。
「はい、綺麗ですよ」
主の前に手を広げて見せる。若干ビクッと肩を揺らしたように見えたが、綺麗なことがわかるとその力を抜く。
「ほらほら、おやつにしましょう!」
俺が催促すると、主は「どうぞ」とおまんじゅうの乗ったお皿を出してくれる。それをありがたく頂いて、大きく一口、パクリと食べた。
「んっ、美味しい!」
そのままパクリパクリ、と一つ食べ終えてしまう。口いっぱいに広がった餡子の甘みが最高だ。
「わっ、あっという間。詰まらせないでね、はいお茶」
俺たちが手を洗いに行っている間に用意してくれていたのか、湯のみを目の前に置いてくれる。しっかりと口の中のものを咀嚼して、飲みくだしてからそのお茶をズズッとすすった。
「兄弟っていっても、なんか真逆だね」
くすくすと笑って主が言うのは俺と骨喰のことだろう。
真逆、と言われた骨喰は、まだ手元におまんじゅうを残してちまちまと食べているみたいだ。
「そうですかね?確かに、似てはないかもしれませんけど」
自分でもよく喋る方だという自覚はある。対して、骨喰は記憶がないことが関係しているのか、口数が少ない。逆と言われればその通りかもしれない。
「俺も兄弟も記憶がないのは同じなんですけどねー。似てる、ってことではないですけど」
むしろ、同じように記憶をなくしているのになぜこうも違うのかという方が大きいか。きっとそれには元来の性格というのもあるのだろうが、きっと骨喰は俺よりも多くのものを失っている。
「俺は、何も覚えていない。炎しか、残っていない」
あまり記憶のことに触れるべきではなかった。骨喰は記憶がないことを気に病んでいるようだし、それを思い出せないことにも思うところがあるだろう。
骨喰が俺の世話を焼いてくれるように、俺も骨喰の助けになれればと思っていたが、今回はうっかりしてしまったようだ。
ぽつり、ぽつり、と語った骨喰に、主は一体どんな反応を示すのか。きっと主には馴染みのない話だし、俺が助け舟を出してやらねばと身構える。
「大丈夫、とは言えないけど……」
ゆっくり、言葉を選ぶように語り出した主は真剣な顔をしている。きっと優しい人なのだろう。骨喰を想って、言葉を一生懸命に選択している。
「失くなった記憶には及ばないかもしれないけど、この本丸で骨喰さんの心が少しでも埋まればいいなって思うよ。炎だけだなんて、言えなくなるように。いや、もう炎だけじゃないよ!炎と、私!炎の隣に私!」
後半は何を言っているのかめちゃくちゃだが、それでも彼女が骨喰を気遣う気持ちはよくわかる。なるほど、これが彼女という人なのか。
「……それでは、主殿が燃える」
「えっ!じゃあ、別の部屋に隔離ってことでどう?」
「炎で部屋から出られなくなった主殿……」
「それも困るなー!」
暗く落ち込んだ雰囲気はどこへやら。見れば骨喰も、その表情の乏しい顔に小さく笑みを浮かべている。骨喰がこんな風に柔らかい顔をするのには驚きだ。
決して解決策を導き出してくれたわけではない。それでも、明るい方へと手を引いてくれる。これがこの本丸の審神者、俺たちの主だ。彼女なりのやり方で、俺たちのことを一生懸命に考えてくれている。
「なるほど、良い主だ」
骨喰の言ったことがわかった気がする。
ボソッとつぶやいたそれは2人の耳には届かなかったみたいだ。骨喰に、自分の心の中での立ち位置を提案するという謎の図を続ける主。これだけではなんだかおかしな人だ。
「あははっ、主さん。おまんじゅう、もう一つ食べても良いですか?」
『良い主』は了承してくれるだろうか。彼女の返事を待たずに、二つ目のまんじゅうを口の中に放り込んだ。
2019.3.13
「あぁ、問題ない」
隣に座った骨喰がそう答える。
彼女は俺たちの主、審神者だ。俺はこの本丸に今朝顕現したばかりの一振だ。
「鯰尾さんも、何か問題はなかった?」
「はい、ばっちりですよー。兄弟がちゃーんと教えてくれたので」
俺にもにっこりと笑いかける主は、まだ若い女の人だ。
初めて見たときは、刀の主には似合わない人だと思った。でも彼女が刀を振るうわけではないし、審神者っていうのはいろんな人がいるみたいだ。
「よかった。それじゃおやつでも食べない?もらったおまんじゅうがあるの」
「やったー、いただきます!」
食べるのは好きだ。人の体を得て初めて食事というものを体験したが、美味しいという感覚はとても良い。主の誘いに喜んでお呼ばれすることにする。
「待て兄弟。先に手を洗ってからだ」
主についていこうとする俺を骨喰が止めた。なるほど、馬当番を終えた手は確かに汚れている。
「馬糞、洗い流さなきゃ」
「うぇっ!?ばふ……っ!?」
何故だか驚いた様子の主。どうしたのかと近づこうとするとそれに合わせて離れていく。距離を取られているみたいだ。
「兄弟、兄弟。いいから、先に手を洗おう」
骨喰に止められるように腕を引かれて、そのまま水場へと向かう。そして綺麗に、石鹸を使って手を洗った。
主は「部屋で待ってるね」と行ってしまったみたいだ。
「馬糞は汚い。基本的に嫌われるものだ。そんな汚れた手で人に近づくのは、よくない」
骨喰が隣で同じように手を洗いながら、淡々と言う。さっき、主が微妙な反応を見せた理由を教えてくれたのだ。
馬糞はあまり良いものではないみたいだ。だからさっきの主は俺を避けるような行動を見せたらしい。
「馬糞、集めて嫌いなやつに投げたらいいのに」
「普通は馬糞を投げたりしない」
ぽつりと言った独り言にも律儀に返事をしてくれる。骨喰は俺よりも先にここにきたこともあり、こうして世話を焼いてくれる。主が兄弟だからと俺たちをペアにしたのもあるだろう。お互いに記憶はないが、やはり兄弟。なかなか上手くやっていけそうな気がする。
「終わったか?主殿のところへ行こう」
一足先に洗い終えた骨喰がタオルを寄越してくれる。それを受け取ってしっかりと手をふく。主にしっかり綺麗になったと見せなければいけない。
「ねえ、骨喰。主ってどんな人?」
ほんの興味から、骨喰にそう尋ねた。まだここにきたばかりの俺は、主と話すのもさっきが3回目だ。顕現した時、馬当番を頼まれた時。そしてさっき。明るそうな女の人だというのはなんとなくわかったが、彼女を知るにはまだまだ会話も時間も足りていない。一緒にお茶をする前に、少し知っておきたいと思ったのだ。
「主殿は……」
楽しい人だとか、実は強い人だとか、そんな感じで軽く聞きたかっただけなのだが、骨喰はなぜか思った以上に悩みこんでしまった。一言では語りつくせないような、そんな癖の強い人なのだろうか。
悩んだ骨喰は一度言葉を切って、そして再び口を開いた。
「良い、主だと思う」
良い主。随分とふわふわとしたあいまいな返答だ。そこからは結局彼女のことは知れそうにない。でもこれ以上質問を重ねるのも骨喰を困らせてしまいそうだ。
「ふぅん、なるほどねー」
「あぁ」
口数の少ない骨喰だ。きっと期待通りの答えだったとしても多くは語ってくれないだろう。
ならば自分で知れば良い。主の待つ部屋へと足を急がせた。
「おまたせしましたー!」
俺が手を振って主に声をかけると、主も手を振りかえしてくれる。主の目線は俺の手に釘付けみたいだ。
「安心しろ。洗ったのは確認した」
骨喰がそれを読んで先回りで主に報告する。
「はい、綺麗ですよ」
主の前に手を広げて見せる。若干ビクッと肩を揺らしたように見えたが、綺麗なことがわかるとその力を抜く。
「ほらほら、おやつにしましょう!」
俺が催促すると、主は「どうぞ」とおまんじゅうの乗ったお皿を出してくれる。それをありがたく頂いて、大きく一口、パクリと食べた。
「んっ、美味しい!」
そのままパクリパクリ、と一つ食べ終えてしまう。口いっぱいに広がった餡子の甘みが最高だ。
「わっ、あっという間。詰まらせないでね、はいお茶」
俺たちが手を洗いに行っている間に用意してくれていたのか、湯のみを目の前に置いてくれる。しっかりと口の中のものを咀嚼して、飲みくだしてからそのお茶をズズッとすすった。
「兄弟っていっても、なんか真逆だね」
くすくすと笑って主が言うのは俺と骨喰のことだろう。
真逆、と言われた骨喰は、まだ手元におまんじゅうを残してちまちまと食べているみたいだ。
「そうですかね?確かに、似てはないかもしれませんけど」
自分でもよく喋る方だという自覚はある。対して、骨喰は記憶がないことが関係しているのか、口数が少ない。逆と言われればその通りかもしれない。
「俺も兄弟も記憶がないのは同じなんですけどねー。似てる、ってことではないですけど」
むしろ、同じように記憶をなくしているのになぜこうも違うのかという方が大きいか。きっとそれには元来の性格というのもあるのだろうが、きっと骨喰は俺よりも多くのものを失っている。
「俺は、何も覚えていない。炎しか、残っていない」
あまり記憶のことに触れるべきではなかった。骨喰は記憶がないことを気に病んでいるようだし、それを思い出せないことにも思うところがあるだろう。
骨喰が俺の世話を焼いてくれるように、俺も骨喰の助けになれればと思っていたが、今回はうっかりしてしまったようだ。
ぽつり、ぽつり、と語った骨喰に、主は一体どんな反応を示すのか。きっと主には馴染みのない話だし、俺が助け舟を出してやらねばと身構える。
「大丈夫、とは言えないけど……」
ゆっくり、言葉を選ぶように語り出した主は真剣な顔をしている。きっと優しい人なのだろう。骨喰を想って、言葉を一生懸命に選択している。
「失くなった記憶には及ばないかもしれないけど、この本丸で骨喰さんの心が少しでも埋まればいいなって思うよ。炎だけだなんて、言えなくなるように。いや、もう炎だけじゃないよ!炎と、私!炎の隣に私!」
後半は何を言っているのかめちゃくちゃだが、それでも彼女が骨喰を気遣う気持ちはよくわかる。なるほど、これが彼女という人なのか。
「……それでは、主殿が燃える」
「えっ!じゃあ、別の部屋に隔離ってことでどう?」
「炎で部屋から出られなくなった主殿……」
「それも困るなー!」
暗く落ち込んだ雰囲気はどこへやら。見れば骨喰も、その表情の乏しい顔に小さく笑みを浮かべている。骨喰がこんな風に柔らかい顔をするのには驚きだ。
決して解決策を導き出してくれたわけではない。それでも、明るい方へと手を引いてくれる。これがこの本丸の審神者、俺たちの主だ。彼女なりのやり方で、俺たちのことを一生懸命に考えてくれている。
「なるほど、良い主だ」
骨喰の言ったことがわかった気がする。
ボソッとつぶやいたそれは2人の耳には届かなかったみたいだ。骨喰に、自分の心の中での立ち位置を提案するという謎の図を続ける主。これだけではなんだかおかしな人だ。
「あははっ、主さん。おまんじゅう、もう一つ食べても良いですか?」
『良い主』は了承してくれるだろうか。彼女の返事を待たずに、二つ目のまんじゅうを口の中に放り込んだ。
2019.3.13