一章
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「……大倶利伽羅だ。別に語ることはない、馴れ合う気は──」
いつものように日課の鍛刀をこなして新しい刀を顕現した。色黒の彼は少しふてぶてしそうにそっぽを向きながら淡々と話す。クールな人がやってきたなぁ、と頭ではのんきなことを考えながら、彼の声がどんどん遠くなっていく気がする。
「主君……っ!!」
ぐらりと揺れた視界で、最後に聞こえたのは前田さんの大きな声だ。そのまま重力に逆らうこともできず、体が地面に打ち付けられるのと同時に意識を手放した。
「ん、うぅーーんっ……」
なんだかとてもぐっすり眠った気がする。ぽかぽかと暖かい日差しがとても心地よい。このまままどろみに身を任せてもう一度眠りに身を沈めてしまおうか。
ぼんやりとした頭でそんなことを考えながら寝返りを打つ。
「主、危ないよ」
私の体を支えるように誰かの手が触れる。そばに誰かいてくれたのだろうか。
いや、私は今一体どこにいるのだろう?自室だとしたら誰かが起こしに……?この頭に触れる感触はいつものまくらではない気がする……。硬い地面は床だろうか。
だんだんと目覚めてくる頭に、情報が入ってくる。
「ん?お目覚めかな?」
目を開けて目に映ったのは見慣れた天井でもなければ、見慣れない天井でもない。なかなか見る機会はないだろう、燭台切さんの下からのアングル。しかもなかなかのアップだ。
「うぇ、え、あ……おはよう、ございマス…‥?」
なぜこんな状況に置かれているのか理解できずに、疑問系でのあいさつが飛び出す。
「うん、おはよう。よく眠れた?」
ポンと頭に触れる燭台切さんの手。この姿勢はもしかしなくても……ひとつの結論に辿り着く。この頭の下の柔らかいとも硬いとも言えない厚みは燭台切さんの太ももだ。つまり、
「お、おかげさまで大変気持ちよく……!」
バッと飛び起きて彼の膝から飛び退く。いわゆる膝枕の状態で彼の太もも枕をお借りして寝ていたらしい。
「あはは、元気そうで何よりだね。伽羅ちゃんが運んできたときは何事かと思ったよ」
「カラチャン……?」
聞き慣れない単語に頭をひねる。そういえば私は何をしていたのだったか……。
「主君!お目覚めですか!」
嬉しそうな声に振り返ると駆け寄ってくるのは前田さんだ。パタパタとこちらにやってきて隣に膝をついた。
「突然倒れられたのでびっくりしました。大倶利伽羅さんが運んでくださったんです」
彼の言葉で倒れる前のことを思い出す。
昨日、ずいぶんと遅くまで起きていたせいか、今日はどこか本調子ではなかった。それでも審神者に就任してから初めての休日だったこともあり、1日本丸にいられるこの時間を無駄にするのは憚られた。そのため、いつもと同じように起床して、朝から日課をこなしていたのだが、鍛刀をしたことで、霊力が消費されたためだろうか。新たな刀剣を迎えたあたりから記憶が曖昧だ。
「大倶利伽羅さん……って、さっききた人か!」
あやふやな記憶の中で、寡黙そうな青年の姿を思い出す。
「はい。ここまで主君を運んでくださった後、彼に本丸内を案内していました。その後はどこかに行かれてしまったようですが……」
来て早々に倒れるとは、審神者として第一印象はあまりよくないものになってしまったであろうことは簡単に想像がつく。名誉挽回、と行きたいところだ。そうとなれば、どこかにいってしまった大倶利伽羅さんを探したい。
「待って主。もう元気そうだからいいけど、睡眠はしっかり摂らなきゃダメだからね」
「そうですよ、主君。まずは健康が第一です!」
燭台切さんと前田さん、2人のお説教に頭が上がらない。今回のことは間違いなく、自分の寝不足が招いた失敗だった。こんなことならば、せめてもう少しゆっくり起きてもよかったかもしれない。
「前田くん、大慌てだったんだからね。薬研くんが『こりゃ寝てるだけだ』なんていうから、すっかり拍子抜けしちゃったよ」
「しょ、燭台切さん!それは言わないでください!」
どうやら心配をかけてしまったらしい。
「ごめんね、前田さん。ありがとう」
「いえ、何事もないのが一番ですから!」
あとで薬研さんにもお礼を言っておかなければいけない。
「燭台切さんもありがとうございました……」
お礼を言いながら、自分が膝枕されていた状況を思い出す。なぜあんな状況になっていたのか、そこに至るまでの流れが謎だが、あまり掘り返したくはないので、なかったことにしてしまおう。そう自分の中で区切りをつけて、大倶利伽羅さん探索に立ち上がる。
「燭台切さん。大倶利伽羅さんが行きそうなところに心当たりとかありますか?」
伽羅ちゃん、と呼んでいたそれは大倶利伽羅さんのことだろう。ということは2人は親しい間柄なのだと思う。それならば、どこか心当たりがあってくれると嬉しいのだが……。
「うーん、どうだろうね。彼、1人でいるのが好きだから……人のいないところなんじゃないかな」
人のいないところ……。今本丸内は出陣や遠征で人が出払っており、あまり多くは残っていない。となると、この広い本丸で人気のないところなどいくらでもあるはずだ。これはなかなか骨が折れそうだ。
昼食どきになればおのずと会えるのだろうが、ここは自分からアプローチをかけていきたい。お昼までに見つからなければそのときは昼食のタイミングで会えばいい、と割り切って大倶利伽羅さんを探しに本丸内を歩き回ることとする。
前田さんは燭台切さんとともに畑仕事へと言ってしまう。2人とも、もし見かけたら私が探していたと伝えてくれるようなので、私は畑とは離れた方へ向かって大倶利伽羅さんを探すことにする。
手始めに、馬小屋を覗いてみるがそれらしい姿はない。
「あれ、主じゃん。どうかしたの?」
「えっ!主!なになに、俺らの様子見に来てくれたの?」
歓迎してくれたのは大和守さんと加州さんだ。
「大倶利伽羅さんって見なかった?」
2人は顔を見合わせてさぁ?と首をかしげる。どうやらここには来ていないみたいだ。1人でいることを好む、と言っていたので、確かにここに来るとは考えにくい。ならば別の場所を当たってみよう。
「そっかありがとう。2人とも馬当番頑張ってね!」
「はーい」と良い返事を背中に聞きながら、馬小屋を後にする。この後はどこに行こうか。庭を一周してみるのもいいが、建物内にも人が少ない今はいろいろと心当たりがある。一番可能性のたかそうな場所から当たってみたいのだが……。
幾つか考えて思いついた箇所に足を運ぶ。今は誰もいないのか、シンと静まり返っている。
「大倶利伽羅さーん、いますか……?」
呼びかけたのは彼の自室だ。堀川さんとにっかりさんが、1日前にやってきた骨喰さんと同田貫さんと同じ部屋になったことで、ちょうど4人部屋。大倶利伽羅さんには新しい部屋が割り振られたはずだ。自分だけの部屋ならば、1人になるにはもってこいのはずだ。
だが、中から返事はない。当ては外れてしまったか。一応中を覗こうとそっと戸を引いた。
「失礼しまーす……」
小声で言いながら開けたそこには、壁に背を預けて目を閉じている大倶利伽羅さんの姿があった。
なるほど、眠っていたのなら返事がないのも納得だ。
しかし、どうしようか。彼に用があったわけだが、改めて先ほどのことを謝って自己紹介をするためにわざわざ起こすのも忍びない。お昼まで待つ方がいいだろうか。
「チッ……出ていかないのか」
悩んでいると突然声が飛んでくる。見れば大倶利伽羅さんが目を開けている。
「あれ、起こしちゃいました?」
「起きてた。寝たふりをすればあんたが出て行くと思ったんだがな。……何の用だ?」
言葉からも態度からも関わりたくないオーラがひしひしと伝わってくる。用があるのならば早く済ませろと言った感じだ。
「あ、いえ、用というか……そのきちんと挨拶もしていなかったので……」
「あんたが審神者なんだろう。それがわかればいい、馴れ合うつもりはないからな」
だから早く出て行け、とそう言われている気がする。こんなにあからさまに関わることを拒否されるのは本丸始まって以来初めてのことで、どう接していいものか戸惑ってしまう。
彼はそれだけ言うと、こちらのことはもう視界にも入れていないようだ。完全に関わりを断たれてしまったらしい。
「あの、失礼しました……」
それ以上この場にいるのは、空気に耐えられなくなりそうで、私はそっと部屋を出ることにする。1人でいるのが好きな人だとは聞いていたが、あれはむしろ人といるのが嫌いな類だろう。
とぼとぼと足が向かったのは畑の方だった。そっちには畑当番の前田さんと燭台切さんがいるはずだ。
近づいてくると、やはり大きな背中と小さな背中が並んで見える。先にこちらに気づいた前田さんが手を振ってくれる。
「あれ、主。伽羅ちゃん見つからなかった?」
燭台切さんがパンパンと軍手に着いた泥を払いながら言う。
「いえ、見つけることには見つけたんですけど……」
完全に拒否されたような、そんな気がする……。と言ってしまうのはそれを認めてしまうようで癪だ。だが、燭台切さんは言わずもがな察したらしい。
「あはは、伽羅ちゃんのことだからね。きっと馴れ合うつもりはない、とか言われたんでしょ」
「その通りです」
流石に付き合いが長いだけのことはある。セリフまでバッチリ言い当ててしまうとはお見事だ。
だが問題はそこではない。
「あんな風にがっつり拒否されると、わりと心にきますね……」
何も今までのみんながみんなフレンドリーだったわけではない。例えば、宗三さんは口を開けば嫌味っぽくて言い合いをするのがしょっちゅうだし、骨喰さんは口数が少なくて表情もあまり豊かではないのでコミュニケーションを取るのが難しかったりする。そもそも初期刀である山姥切さんが、あまり明るい性格ではないし、度々卑屈になってしまうのもあって、癖の強い代表格といってもいいくらいだ。
それでも、それなりに会話を重ねてここまでやってきたと思う。話しかけることすら拒否されてしまったのは初めてのことだ。
「うーん、悪い子ではないんだよ。ただちょっと、人と関わるのが苦手というかね……」
苦手、というにはそもそも関わろうという意思が感じられなかったように思うのは私だけだろうか。なんだかとんでもない新人が本丸にやってきたみたいだ。
「これに懲りないで、気にしてあげてね」
そうは言われても、毎回あの対応をされては私もメンタル的に耐えられる気がしない。どうにかして、彼との距離を縮めることはできないだろうか。
幸い、今日は1日本丸に居られる日だ。時間はたっぷりある。今から作戦を練って、午後はそれに充てることができるだろう。なんとかして彼と仲良くとまでは行かなくても、それなりに信用してもらえるくらいにはなりたいものだ。
とはいうものの、そもそも彼が取り合ってくれない時点で、何がアクションを起こすこともできない。最初から躓いてしまいそうだ。無視されて終わり、それではダメだ。なんとか、彼が無視できないような状況を作らなければ……。
「ふーむ、それでこれか。なるほど、君も考えたな」
感心したように頷く鶴丸さんの視線の先には大倶利伽羅さんと五虎退さんがいる。
「あっあの、大倶利伽羅さんも一緒に遊びましょう……!虎くんたちも、大倶利伽羅さんが来てくれたら喜びます……!」
虎くんを抱えて、上目遣いで大倶利伽羅さんを誘う五虎退さん。完璧だ。
あまり褒められたことではないが、彼の罪悪感を煽って引き込もうというのがこの作戦だ。五虎退さんのおどおどとした誘いに、きっと強くは出られないはずだ。
案の定、大倶利伽羅さんはすぐにすっぱりと断って切り捨てるようなことはしない。
「俺はいい……他の奴らがいるだろう」
どこか言葉を選んだように、少し考えてそう告げた。悪い人ではない、と言った燭台切さんの言葉は本当だったみたいだ。
「そ、そうですか……。あの、みんなも、大倶利伽羅さんと仲良くしたいって……。だから、あの、えっと……」
必死に食らいつく五虎退さん。どうにか大倶利伽羅さんも誘ってきてくれないか、と頼んだのは私だが、少し涙目になりながら懇願するように誘っている姿はこちらまでなんとも言えない気持ちにさせてくる。きっとそれを直接食らっている大倶利伽羅さんには大ダメージの筈だ。
「……何をするんだ」
折れた。大倶利伽羅さんが折れたらしい。五虎退さんに視線を合わせてあげているのか、しゃがみこんで聞き返している。
「きょ、今日は、みんなでかくれんぼをするんです……!行きましょう!」
渋々、といった風だが、五虎退さんに手を引かれるままに着いて行く大倶利伽羅さん。これは作戦の第一段階大成功だ。
「じゃあ、私も混ざってきます!」
隣で一緒に眺めていた鶴丸さんに手を振って、五虎退さんが合流する予定の庭へと向かう。しかし、なぜか鶴丸さんも着いてやってくる。
「いや、俺も行こう。これは面白いものが見られそうじゃないか」
少し悪い笑顔を浮かべて言う。完全におもちゃを見つけた時の顔だ。聞けば鶴丸さんも大倶利伽羅さんとは旧知の仲だと言う。
庭の短刀たちと合流して、やってきた大倶利伽羅さんを迎えると、彼はあからさまに嫌な顔をする。その顔はしっかりと鶴丸さんを見ているようだ。
「よっ!伽羅坊、一緒に遊ぼうじゃないか」
「……やっぱり俺はいい」
そのまま立ち去ってしまいそうな大倶利伽羅さんを短刀たちが必死に止めてくれる。幼い見た目には流石に弱いようで、それを無理矢理振り払うようなことはできないらしい。
先程、五虎退さんに了承したのもあってか、わりとあっさりかくれんぼの鬼を引き受けてくれた。
「じゃあ大倶利伽羅さん、頑張って探しましょう!」
私も彼と同じく鬼だ。これはあらかじめ短刀たちに頼んでおいたことで、なんとか大倶利伽羅さんとお話できる場を作るために協力してもらったのだ。
「一緒にいるより手分けしたほうが早いだろう。俺はあっちを探す」
だが、そんな企みはあっさり崩されてしまう。たしかに、その方が効率は良いだろうから反論もできない。そのまま行ってしまいそうな大倶利伽羅さんをどうにか追いかけるが「着いてくるな」と言われてしまう。
結局、大倶利伽羅さんとは別々に短刀たちを探して、かくれんぼは終わってしまった。本来の目的は全く果たせなかったが、短刀たちが楽しそうだったのでこれはこれで良しとしたいところだ。
「大倶利伽羅さん、付き合ってもらってありがとうございました」
「別に、あんたに付き合ったわけじゃない。礼を言われる筋合いはない」
お礼すら満足に受け取ってくれないとあっては、もう完全にお手上げだ。そのまま去っていく大倶利伽羅さんを追うこともできずに、はぁーっと深めの息を吐いた。
「おいおい、完全敗北じゃないか」
からかい半分に言う鶴丸さんだが、彼だって特に収穫もなく、私に見つけられて終わっていた。同じ負け組じゃなかろうか。
「うーん、難しいですね。どうしたら仲良くなれるんでしょう」
「まあ、無理にじゃれあう必要はないだろうさ。あいつにはあいつの距離感ってものがあるだろうからな。そうグイグイ来られては戸惑うだろう」
そう言った鶴丸さんの顔は、彼をよく知る年長者の顔だ。なんというか、
「大人だ……」
「ははは、そりゃそうだろう。俺が何年生きていると思ってるんだ?」
豪快に笑う彼はいつもの調子だが、ふざけているように見えてもやはり年月の重みというのがある。彼は、私では想像もつかないくらい長い時を生きた刀なのだ。
「なんか、今日は空回っちゃったかなぁ」
昨日のこともあって、どこか仲良く楽しくということにこだわりすぎた気がしてしまう。乗り気ではない大倶利伽羅さんにつきまとって、結局イメージ回復を図ろうとした当初の目的は全く達成できなかったのではないか。
「いいんじゃないか。そういう日だってあるだろう。それに、君の気持ちは間違ってないさ」
「そう……ですかね」
「そうだ!なんだ、暗い顔は似合わないぞ?」
わしわしと頭を撫でる鶴丸さんの手は、だんだんと撫でることよりも髪を散らかす方に目的が移動していく。
「ちょ、やめてください!」
「はっはっはっ!元気でいいじゃないか」
捕まえようとした私の手を軽々とすり抜けて、彼はいたずらっぽく笑う。
暗い顔は似合わない。昨日青江さんにも同じようなことを言われたのを思い出す。私が笑っていることを望んでくれる人がいるというのは、なんと嬉しいことだろう。今日もまた、彼らに笑顔をもらってしまったみたいだ。
2019.3.9
いつものように日課の鍛刀をこなして新しい刀を顕現した。色黒の彼は少しふてぶてしそうにそっぽを向きながら淡々と話す。クールな人がやってきたなぁ、と頭ではのんきなことを考えながら、彼の声がどんどん遠くなっていく気がする。
「主君……っ!!」
ぐらりと揺れた視界で、最後に聞こえたのは前田さんの大きな声だ。そのまま重力に逆らうこともできず、体が地面に打ち付けられるのと同時に意識を手放した。
「ん、うぅーーんっ……」
なんだかとてもぐっすり眠った気がする。ぽかぽかと暖かい日差しがとても心地よい。このまままどろみに身を任せてもう一度眠りに身を沈めてしまおうか。
ぼんやりとした頭でそんなことを考えながら寝返りを打つ。
「主、危ないよ」
私の体を支えるように誰かの手が触れる。そばに誰かいてくれたのだろうか。
いや、私は今一体どこにいるのだろう?自室だとしたら誰かが起こしに……?この頭に触れる感触はいつものまくらではない気がする……。硬い地面は床だろうか。
だんだんと目覚めてくる頭に、情報が入ってくる。
「ん?お目覚めかな?」
目を開けて目に映ったのは見慣れた天井でもなければ、見慣れない天井でもない。なかなか見る機会はないだろう、燭台切さんの下からのアングル。しかもなかなかのアップだ。
「うぇ、え、あ……おはよう、ございマス…‥?」
なぜこんな状況に置かれているのか理解できずに、疑問系でのあいさつが飛び出す。
「うん、おはよう。よく眠れた?」
ポンと頭に触れる燭台切さんの手。この姿勢はもしかしなくても……ひとつの結論に辿り着く。この頭の下の柔らかいとも硬いとも言えない厚みは燭台切さんの太ももだ。つまり、
「お、おかげさまで大変気持ちよく……!」
バッと飛び起きて彼の膝から飛び退く。いわゆる膝枕の状態で彼の太もも枕をお借りして寝ていたらしい。
「あはは、元気そうで何よりだね。伽羅ちゃんが運んできたときは何事かと思ったよ」
「カラチャン……?」
聞き慣れない単語に頭をひねる。そういえば私は何をしていたのだったか……。
「主君!お目覚めですか!」
嬉しそうな声に振り返ると駆け寄ってくるのは前田さんだ。パタパタとこちらにやってきて隣に膝をついた。
「突然倒れられたのでびっくりしました。大倶利伽羅さんが運んでくださったんです」
彼の言葉で倒れる前のことを思い出す。
昨日、ずいぶんと遅くまで起きていたせいか、今日はどこか本調子ではなかった。それでも審神者に就任してから初めての休日だったこともあり、1日本丸にいられるこの時間を無駄にするのは憚られた。そのため、いつもと同じように起床して、朝から日課をこなしていたのだが、鍛刀をしたことで、霊力が消費されたためだろうか。新たな刀剣を迎えたあたりから記憶が曖昧だ。
「大倶利伽羅さん……って、さっききた人か!」
あやふやな記憶の中で、寡黙そうな青年の姿を思い出す。
「はい。ここまで主君を運んでくださった後、彼に本丸内を案内していました。その後はどこかに行かれてしまったようですが……」
来て早々に倒れるとは、審神者として第一印象はあまりよくないものになってしまったであろうことは簡単に想像がつく。名誉挽回、と行きたいところだ。そうとなれば、どこかにいってしまった大倶利伽羅さんを探したい。
「待って主。もう元気そうだからいいけど、睡眠はしっかり摂らなきゃダメだからね」
「そうですよ、主君。まずは健康が第一です!」
燭台切さんと前田さん、2人のお説教に頭が上がらない。今回のことは間違いなく、自分の寝不足が招いた失敗だった。こんなことならば、せめてもう少しゆっくり起きてもよかったかもしれない。
「前田くん、大慌てだったんだからね。薬研くんが『こりゃ寝てるだけだ』なんていうから、すっかり拍子抜けしちゃったよ」
「しょ、燭台切さん!それは言わないでください!」
どうやら心配をかけてしまったらしい。
「ごめんね、前田さん。ありがとう」
「いえ、何事もないのが一番ですから!」
あとで薬研さんにもお礼を言っておかなければいけない。
「燭台切さんもありがとうございました……」
お礼を言いながら、自分が膝枕されていた状況を思い出す。なぜあんな状況になっていたのか、そこに至るまでの流れが謎だが、あまり掘り返したくはないので、なかったことにしてしまおう。そう自分の中で区切りをつけて、大倶利伽羅さん探索に立ち上がる。
「燭台切さん。大倶利伽羅さんが行きそうなところに心当たりとかありますか?」
伽羅ちゃん、と呼んでいたそれは大倶利伽羅さんのことだろう。ということは2人は親しい間柄なのだと思う。それならば、どこか心当たりがあってくれると嬉しいのだが……。
「うーん、どうだろうね。彼、1人でいるのが好きだから……人のいないところなんじゃないかな」
人のいないところ……。今本丸内は出陣や遠征で人が出払っており、あまり多くは残っていない。となると、この広い本丸で人気のないところなどいくらでもあるはずだ。これはなかなか骨が折れそうだ。
昼食どきになればおのずと会えるのだろうが、ここは自分からアプローチをかけていきたい。お昼までに見つからなければそのときは昼食のタイミングで会えばいい、と割り切って大倶利伽羅さんを探しに本丸内を歩き回ることとする。
前田さんは燭台切さんとともに畑仕事へと言ってしまう。2人とも、もし見かけたら私が探していたと伝えてくれるようなので、私は畑とは離れた方へ向かって大倶利伽羅さんを探すことにする。
手始めに、馬小屋を覗いてみるがそれらしい姿はない。
「あれ、主じゃん。どうかしたの?」
「えっ!主!なになに、俺らの様子見に来てくれたの?」
歓迎してくれたのは大和守さんと加州さんだ。
「大倶利伽羅さんって見なかった?」
2人は顔を見合わせてさぁ?と首をかしげる。どうやらここには来ていないみたいだ。1人でいることを好む、と言っていたので、確かにここに来るとは考えにくい。ならば別の場所を当たってみよう。
「そっかありがとう。2人とも馬当番頑張ってね!」
「はーい」と良い返事を背中に聞きながら、馬小屋を後にする。この後はどこに行こうか。庭を一周してみるのもいいが、建物内にも人が少ない今はいろいろと心当たりがある。一番可能性のたかそうな場所から当たってみたいのだが……。
幾つか考えて思いついた箇所に足を運ぶ。今は誰もいないのか、シンと静まり返っている。
「大倶利伽羅さーん、いますか……?」
呼びかけたのは彼の自室だ。堀川さんとにっかりさんが、1日前にやってきた骨喰さんと同田貫さんと同じ部屋になったことで、ちょうど4人部屋。大倶利伽羅さんには新しい部屋が割り振られたはずだ。自分だけの部屋ならば、1人になるにはもってこいのはずだ。
だが、中から返事はない。当ては外れてしまったか。一応中を覗こうとそっと戸を引いた。
「失礼しまーす……」
小声で言いながら開けたそこには、壁に背を預けて目を閉じている大倶利伽羅さんの姿があった。
なるほど、眠っていたのなら返事がないのも納得だ。
しかし、どうしようか。彼に用があったわけだが、改めて先ほどのことを謝って自己紹介をするためにわざわざ起こすのも忍びない。お昼まで待つ方がいいだろうか。
「チッ……出ていかないのか」
悩んでいると突然声が飛んでくる。見れば大倶利伽羅さんが目を開けている。
「あれ、起こしちゃいました?」
「起きてた。寝たふりをすればあんたが出て行くと思ったんだがな。……何の用だ?」
言葉からも態度からも関わりたくないオーラがひしひしと伝わってくる。用があるのならば早く済ませろと言った感じだ。
「あ、いえ、用というか……そのきちんと挨拶もしていなかったので……」
「あんたが審神者なんだろう。それがわかればいい、馴れ合うつもりはないからな」
だから早く出て行け、とそう言われている気がする。こんなにあからさまに関わることを拒否されるのは本丸始まって以来初めてのことで、どう接していいものか戸惑ってしまう。
彼はそれだけ言うと、こちらのことはもう視界にも入れていないようだ。完全に関わりを断たれてしまったらしい。
「あの、失礼しました……」
それ以上この場にいるのは、空気に耐えられなくなりそうで、私はそっと部屋を出ることにする。1人でいるのが好きな人だとは聞いていたが、あれはむしろ人といるのが嫌いな類だろう。
とぼとぼと足が向かったのは畑の方だった。そっちには畑当番の前田さんと燭台切さんがいるはずだ。
近づいてくると、やはり大きな背中と小さな背中が並んで見える。先にこちらに気づいた前田さんが手を振ってくれる。
「あれ、主。伽羅ちゃん見つからなかった?」
燭台切さんがパンパンと軍手に着いた泥を払いながら言う。
「いえ、見つけることには見つけたんですけど……」
完全に拒否されたような、そんな気がする……。と言ってしまうのはそれを認めてしまうようで癪だ。だが、燭台切さんは言わずもがな察したらしい。
「あはは、伽羅ちゃんのことだからね。きっと馴れ合うつもりはない、とか言われたんでしょ」
「その通りです」
流石に付き合いが長いだけのことはある。セリフまでバッチリ言い当ててしまうとはお見事だ。
だが問題はそこではない。
「あんな風にがっつり拒否されると、わりと心にきますね……」
何も今までのみんながみんなフレンドリーだったわけではない。例えば、宗三さんは口を開けば嫌味っぽくて言い合いをするのがしょっちゅうだし、骨喰さんは口数が少なくて表情もあまり豊かではないのでコミュニケーションを取るのが難しかったりする。そもそも初期刀である山姥切さんが、あまり明るい性格ではないし、度々卑屈になってしまうのもあって、癖の強い代表格といってもいいくらいだ。
それでも、それなりに会話を重ねてここまでやってきたと思う。話しかけることすら拒否されてしまったのは初めてのことだ。
「うーん、悪い子ではないんだよ。ただちょっと、人と関わるのが苦手というかね……」
苦手、というにはそもそも関わろうという意思が感じられなかったように思うのは私だけだろうか。なんだかとんでもない新人が本丸にやってきたみたいだ。
「これに懲りないで、気にしてあげてね」
そうは言われても、毎回あの対応をされては私もメンタル的に耐えられる気がしない。どうにかして、彼との距離を縮めることはできないだろうか。
幸い、今日は1日本丸に居られる日だ。時間はたっぷりある。今から作戦を練って、午後はそれに充てることができるだろう。なんとかして彼と仲良くとまでは行かなくても、それなりに信用してもらえるくらいにはなりたいものだ。
とはいうものの、そもそも彼が取り合ってくれない時点で、何がアクションを起こすこともできない。最初から躓いてしまいそうだ。無視されて終わり、それではダメだ。なんとか、彼が無視できないような状況を作らなければ……。
「ふーむ、それでこれか。なるほど、君も考えたな」
感心したように頷く鶴丸さんの視線の先には大倶利伽羅さんと五虎退さんがいる。
「あっあの、大倶利伽羅さんも一緒に遊びましょう……!虎くんたちも、大倶利伽羅さんが来てくれたら喜びます……!」
虎くんを抱えて、上目遣いで大倶利伽羅さんを誘う五虎退さん。完璧だ。
あまり褒められたことではないが、彼の罪悪感を煽って引き込もうというのがこの作戦だ。五虎退さんのおどおどとした誘いに、きっと強くは出られないはずだ。
案の定、大倶利伽羅さんはすぐにすっぱりと断って切り捨てるようなことはしない。
「俺はいい……他の奴らがいるだろう」
どこか言葉を選んだように、少し考えてそう告げた。悪い人ではない、と言った燭台切さんの言葉は本当だったみたいだ。
「そ、そうですか……。あの、みんなも、大倶利伽羅さんと仲良くしたいって……。だから、あの、えっと……」
必死に食らいつく五虎退さん。どうにか大倶利伽羅さんも誘ってきてくれないか、と頼んだのは私だが、少し涙目になりながら懇願するように誘っている姿はこちらまでなんとも言えない気持ちにさせてくる。きっとそれを直接食らっている大倶利伽羅さんには大ダメージの筈だ。
「……何をするんだ」
折れた。大倶利伽羅さんが折れたらしい。五虎退さんに視線を合わせてあげているのか、しゃがみこんで聞き返している。
「きょ、今日は、みんなでかくれんぼをするんです……!行きましょう!」
渋々、といった風だが、五虎退さんに手を引かれるままに着いて行く大倶利伽羅さん。これは作戦の第一段階大成功だ。
「じゃあ、私も混ざってきます!」
隣で一緒に眺めていた鶴丸さんに手を振って、五虎退さんが合流する予定の庭へと向かう。しかし、なぜか鶴丸さんも着いてやってくる。
「いや、俺も行こう。これは面白いものが見られそうじゃないか」
少し悪い笑顔を浮かべて言う。完全におもちゃを見つけた時の顔だ。聞けば鶴丸さんも大倶利伽羅さんとは旧知の仲だと言う。
庭の短刀たちと合流して、やってきた大倶利伽羅さんを迎えると、彼はあからさまに嫌な顔をする。その顔はしっかりと鶴丸さんを見ているようだ。
「よっ!伽羅坊、一緒に遊ぼうじゃないか」
「……やっぱり俺はいい」
そのまま立ち去ってしまいそうな大倶利伽羅さんを短刀たちが必死に止めてくれる。幼い見た目には流石に弱いようで、それを無理矢理振り払うようなことはできないらしい。
先程、五虎退さんに了承したのもあってか、わりとあっさりかくれんぼの鬼を引き受けてくれた。
「じゃあ大倶利伽羅さん、頑張って探しましょう!」
私も彼と同じく鬼だ。これはあらかじめ短刀たちに頼んでおいたことで、なんとか大倶利伽羅さんとお話できる場を作るために協力してもらったのだ。
「一緒にいるより手分けしたほうが早いだろう。俺はあっちを探す」
だが、そんな企みはあっさり崩されてしまう。たしかに、その方が効率は良いだろうから反論もできない。そのまま行ってしまいそうな大倶利伽羅さんをどうにか追いかけるが「着いてくるな」と言われてしまう。
結局、大倶利伽羅さんとは別々に短刀たちを探して、かくれんぼは終わってしまった。本来の目的は全く果たせなかったが、短刀たちが楽しそうだったのでこれはこれで良しとしたいところだ。
「大倶利伽羅さん、付き合ってもらってありがとうございました」
「別に、あんたに付き合ったわけじゃない。礼を言われる筋合いはない」
お礼すら満足に受け取ってくれないとあっては、もう完全にお手上げだ。そのまま去っていく大倶利伽羅さんを追うこともできずに、はぁーっと深めの息を吐いた。
「おいおい、完全敗北じゃないか」
からかい半分に言う鶴丸さんだが、彼だって特に収穫もなく、私に見つけられて終わっていた。同じ負け組じゃなかろうか。
「うーん、難しいですね。どうしたら仲良くなれるんでしょう」
「まあ、無理にじゃれあう必要はないだろうさ。あいつにはあいつの距離感ってものがあるだろうからな。そうグイグイ来られては戸惑うだろう」
そう言った鶴丸さんの顔は、彼をよく知る年長者の顔だ。なんというか、
「大人だ……」
「ははは、そりゃそうだろう。俺が何年生きていると思ってるんだ?」
豪快に笑う彼はいつもの調子だが、ふざけているように見えてもやはり年月の重みというのがある。彼は、私では想像もつかないくらい長い時を生きた刀なのだ。
「なんか、今日は空回っちゃったかなぁ」
昨日のこともあって、どこか仲良く楽しくということにこだわりすぎた気がしてしまう。乗り気ではない大倶利伽羅さんにつきまとって、結局イメージ回復を図ろうとした当初の目的は全く達成できなかったのではないか。
「いいんじゃないか。そういう日だってあるだろう。それに、君の気持ちは間違ってないさ」
「そう……ですかね」
「そうだ!なんだ、暗い顔は似合わないぞ?」
わしわしと頭を撫でる鶴丸さんの手は、だんだんと撫でることよりも髪を散らかす方に目的が移動していく。
「ちょ、やめてください!」
「はっはっはっ!元気でいいじゃないか」
捕まえようとした私の手を軽々とすり抜けて、彼はいたずらっぽく笑う。
暗い顔は似合わない。昨日青江さんにも同じようなことを言われたのを思い出す。私が笑っていることを望んでくれる人がいるというのは、なんと嬉しいことだろう。今日もまた、彼らに笑顔をもらってしまったみたいだ。
2019.3.9