一章
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「おや、こんな時間に会うだなんて」
完全に1人の空間に浸っていたため、突然の来訪者にビクリと肩が跳ねる。
「にっかりさん……脅かさないでよ」
「そんなつもりはなかったんだけど、ごめんね。主はこんな時間にこんなところで何をしていたんだい?」
何をしていたわけではない。ただ、執務室の縁側に腰をかけて、ぼんやりと外を眺めていた。いつも見ている景色も、夜に見るとどこか違う雰囲気を感じる。暗いせいだろうか、寂しさを感じてしまう。
「にっかりさんこそ、どうしたの?」
質問に質問で返す。こんな時間、と言われた今の時間、本丸は完全に寝静まっている。日付はもうとっくに変わっているはずだ。眠れなくて、布団を抜け出してきた私とこんなところで会うなんて、何か理由があるはずだ。
彼も同じように抜け出してきたのだとしても、彼らが眠る寝所は本丸の反対側に位置する。わざわざここにきたのはなぜなのか。
質問に答えないまま、質問で返した私に何か言うでもなく、彼はあぁ、と納得したように頷いた。
「うんうん、なんで僕がここに来たのか、だよね。何か気配のようなもの、を感じてここまで来たんだ」
声を低くして言った気配、という言葉。私にはそういったものは感じられないが、一体なんの……?彼の逸話というのを思い出して、少し背筋がぞくりとする。その寒気に体を震わせた私を見て、彼は隣に身を寄せて腰掛けた。
「寒いのかな?まだ夜は冷え込むからね、体を冷やすのはよくないよ?」
左隣から人の熱がじんわりと感じられる。
「人の体っていうのはこうして近づくだけで暖かいんだねぇ、不思議だ」
うんうん、と1人満足そうなにっかりさんだが、私はそれどころではない。この寒気は何も外気に冷やされたわけではないのだ。
「あの、にっかりさん。け、気配って、一体どんな……?」
自分で聞いておきながら、ゴクリと音を立てて生唾を飲みこんでしまう。これは聞いてしまっていいのだろうか。
「あぁ、気配ね。若い、女の……」
彼が斬ったのは、一体どんな幽霊だったか……。確かにっかりと笑った女の……。
「ひぇっ」
何か見えてはいけないようなものが見えてしまいそうで反射的に目をつぶってしまった。
「それで、来てみたら君がいたわけだけど……おや、どうしたんだい?」
「……にっかりさん、それわざと?」
うん?と首をかしげる彼の顔からは真意は伺えない。
「僕の謂われのせいか、人の気配なんかには敏感でね。主の部屋の方だし、一体こんな時間に誰が?と思って来てみたんだ」
彼の言う気配の正体が私だったのならそれでいい。無駄に怖がってしまって損をした気分だ。
「それで、君は何をしていたんだい?」
最初に戻る。そういえばその質問の返事は保留のままだった。
しかしなんと答えるべきか。特に何をしていたわけでもないのだ。ただなんとなく寝付けなくて、少し夜風に当たろうと思い、ここでぼんやりしていた。
「寝付けなくて、ちょっとぼーっとしてた」
原因はわかっている。
刀たちは、皆どんな思い出過ごしているのだろうか。そんなことを考え始めたら止まらなくなってしまったのだ。こうやって考え事を始めてしまうと目が冴えてしまって眠れないのは性分だ。仕方なしにこうして少し冷たい空気にあたりながら考えに整理をつけようとしていたのだ。
「へぇ……もし邪魔でないのなら、僕もここにいて構わないかい?」
「うん、どうぞ」
1人でいてもうまく頭の中はまとまってくれずモヤモヤしていたところだ。彼がいてくれれば少し気が紛れるかもしれない。
「よかった、それじゃあ少し待っていてくれるかな」
そう言って腰をあげるにっかりさん。そのままどこかへ行ってしまう。ここにいても良いかと聞いてきたばかりなのに、一体どこへ行ったのだろうか。
彼は数分もすると戻ってきた。手には湯気の立つ湯のみとブランケットがある。
「少し寒かったからね、よければ君もどうぞ」
ふわりと、彼が広げてくれたブランケットが肩を包み込んでくれる。
「ありがとう……」
「いいえ。大切な主だからね」
彼らは、私が審神者だから顕現された瞬間から私を主人として扱う。中には例外も何人かいるが、そのほとんどがよく慕ってくれて、何かと気にかけてくれているように思う。あまりそう言ったことがない人にしても、敵意なんてものはもってのほかで、自分の従う主人なのだと一定の忠誠のようなものが感じられる。
それは喜ばしいことなのだと思う。彼らと過ごす日々は、忙しい審神者の仕事も含めてとても楽しい。勢いと好奇心で引き受けてしまった審神者という役目だったが、彼らと一緒だからこれからも頑張ろうと思えているのだと思う。
しかし、楽しいのは私だけなのではないかと、そう考え始めると止まらなくなってしまった。
「……君が何を思ってそんな顔をしているのか僕にはわからないけれど、その顔を見たらみんなも僕と同じ気持ちになるんじゃないかなぁ」
それまで、ただ静かに隣にいたにっかりさんが、ふと私の頬触れた。
「そんな顔って……」
完全に自分の思考の中に潜り込んでいて意識していなかった。
「何か悩み事かい?僕に解決できることなら助けになりたいけれど……どうしたら君の顔は晴れるんだろうね」
どうしたら……自分でもよくわからない。きっと全部うまくやろうなんてことが無理なのはどこかでわかっている。それは望みすぎだと。
それでも、彼らと一緒に頑張りたい、彼らが私と同じように一緒に頑張りたいと思えるような本丸にしたい。そう願うのは欲張りだろうか。
「にっかりさん、私のことどう思う?」
多分みんなに一番聞きたいこと。それを目の前の彼にぶつける。
結局私は、自分の思いが一方通行なのが不安なのだ。私は彼らといるのが楽しいし、信頼もしている。しかし、彼らはどう思っているのかわからない。私の思いだけが空回りしていたらどうしよう。それが小夜さんの一件で気になっているのだ。
「うーん、君のことを、ねぇ。」
にっかりさんは少し返答に困ったように首を傾げた。いきなりされて困る質問だというのはわかっている。それに顕現したばかりの彼にそれを聞くものでもなかった。
「ごめん、やっぱりなんでも……」
「気になる人、かなぁ」
質問を取り消そうとした私の言葉を遮って、彼は答えを出した。
「僕はね、君にとても興味があるよ。今日ここに来たばかりだからね、まだわからないことの方が多いけど、君を知りたいと思った」
彼はそのまま言葉を続けた。
私を知りたい、とは一体どういう意味なのか。好意的なようにも取れるが、その真意はわからない。
「ねえ、話をしてもいいかい?」
にっかりさんの気持ちを測りかねていると、再び彼が口を開いた。脈絡のないそれだったが、返事に困っていた私はどうぞ、と頷いた。
「今日のことなんだけどね……」
顕現したばかりの青江は、同じく今日顕現した堀川とともに、本丸内を案内されていた。案内を買って出てくれたのは初日からこの本丸にいるという秋田と五虎退で、自分を顕現した審神者は慌ただしくどこかへ行ってしまった。
オススメのお昼寝スポットに至るまで、本丸を隅から隅まで案内してくれた2振が最後に教えてくれたのが、庭の物陰だった。一見何も見当たらないその場所だったが、秋田が手を招くのは壁の隅。
「ここから主君の執務室が見えるんです!」
秋田がするのと同じように影から頭をのぞかせれば、執務室で何やら仕事をしている審神者が目に入った。
「あ、あるじさまは、僕たちを見るといつも声をかけてくれてっ……一緒遊んでくれるから大好きですっ!でもそれだとお仕事の邪魔になってしまうから……」
「だから僕たち、ここから主君を応援してるんです!あっ、主君には内緒ですよ!」
慌てたようにそう付け加える短刀からは、主人を想う心遣いがひしひしと伝わった。あの審神者は随分と慕われているらしい。
「あ、あるじさま、忙しそうです……」
そう言う五虎退の横顔は寂しそうだ。きっと審神者と遊びたいのだろう。だが、それをぐっと我慢して審神者の仕事の邪魔にならないように努めているのだ。
「主さんのことがよっぽど好きなんですね」
堀川の言葉に同意の意味を込めて頷いた青江。
審神者のことを慕っているのは彼らだけではなかった。
夕食の時間になり、各々が席に着く。審神者はまだ来ていないようだった。場所は審神者の席以外特に決まっていないようなので、適当に空いている場所に座ろうとするが、何やら騒がしい一角がある。
「きょうはぼくのばんですよ!」
「えー、僕まだ一回も主さんの隣に座ったことなーい!」
「ぼっ、ぼくも、あるじさまの隣がいいです……」
「おいおい、喧嘩はよくないぞ。ここは平等に、俺が座るってことでどうだ?」
「なんにも平等じゃない!!」
どうやら彼らは審神者の隣に座るのが誰かで揉めているらしい。短刀に混ざって約1名大きな刀もいる気がするのは気のせいだろうか。
やはりここでも審神者を好いている様子がうかがえる。まだ顕現した時以来顔を合わせていない主のことが一段と気になりだした青江。
「──それでね、その後『君たち早く席につきなさい』って言いながら、ちゃっかり歌仙くんが君の隣に座ってしまったんだ。彼、なかなか面白いよねぇ」
思い出しているのか、くすくすとにっかりさんが笑う。
確かに今日の夕飯のとき、隣には歌仙さんが座っていた気がする。おかげで野菜まで残さずきっちり食べさせられたのでよく覚えている。まさかそれまでにそんなやり取りがあったとは思いもしなかった。
「顔、緩んでいるよ」
言われて慌てて頬を覆い隠す。見られてしまった以上隠すことに意味はないかもしれないが、つい反射的に動いてしまった。それが面白かったのか、にっかりさんはくつくつと喉を鳴らして笑っている。
「なんか、嬉しくて……。知らなかった、みんながそんな風に思ってくれているなんて」
秋田さん五虎退さんの気遣いを始め、そんなにも自分が好かれていたなんて思いもしなかった。あまりにも嬉しくて自惚れてしまいそうだ。
「フフ、君の笑顔が見られてよかったよ。きっと彼らのことで悩める君だから、みんなに慕われているんだろうね」
「そうかな……えへへっ、そっかぁ……」
嬉しくて、引き上げられるほっぺたを制御できない。きっと緩みきった顔になっていることだろう。自然と笑いまでこぼれ落ちてしまう。
「うんうん、そういう顔がいい。好きな人には笑っていてほしいものだよね」
「そう……だね。うん、私もそう思う」
私がみんなの気持ちがわからなくて不安だったのも、きっと彼らに笑っていて欲しかったからだ。この本丸が彼らにとって居心地の良い場所になってくれればと、そう思う気持ちはきっと好きな人に笑っていて欲しい。そう言うことなのだと思う。
「私が暗い顔してちゃダメだよね。まずは私が楽しまなきゃ!」
「君のそういうところ、好きだよ」
にっかりさんにも後押しをされる形で、俄然やる気が出る。私はこの本丸の主だ。リーダーとなる者がまずは率先してやらないで誰がついてきてくれるのか。
「ありがとう、にっかりさん。おかげですっきりした!」
「おや、お役に立てたなら光栄だね」
にっこりと笑った彼の笑みはとても優しい。彼がどこまで私の気持ちをわかっていたのかはわからないが、悩んでいるのに気づいて元気付けてくれたことに間違いない。
またここでも、私は刀剣男士という存在に助けられてしまったようだ。
「さあ、もうそろそろ部屋に戻ろうか。このまま君と一夜を過ごすのも悪くはないけど……」
「変な言い方しないで!」
意味ありげに口元を覆っていう彼にはその自覚があるのかないのか。何が?といった風に首をかしげるのを見るに、わざと言っているのではないのかもしれない。
「にっかりさんってちょっと変わってるね」
「ん?名前のことかい?」
「や、それもだけど……」
そこじゃない。だが本人に自覚がないのなら、わからなくても当然か。
にっかりという名は斬った女の例が由来だと聞いた。確かに他の刀たちの名前と並べると少し変わっているかもしれない。
「青江さん、って他にはいなかったよね……」
前田さんたち藤四郎のように、同じ名をもつ刀たちは何振かいるようだ。現在実装されており顕現可能な刀たちの一覧というのを見た限りでは青江と名のつく刀剣は他にいなかったように記憶している。
「おやすみなさい、青江さん!」
廊下で別れ、自分の寝所の方へと戻っていく彼に向けてそう言ってみた。
なんだか幽霊が由来になっているというのも気になってしまうし、それにどうもしっくりこなかった。藤四郎さんたちのように誰かと同じ名前でないのならこちらで呼ぶのもありだろう。
「うん……おやすみ。主」
少し嬉しそうにそう返した青江さんの笑顔のおかげか、このあとはぐっすり眠れそうな気がする。
もうずいぶん遅い時間だ。気づけば自然とあくびが出てくる。自覚した途端に急に襲ってくる眠気に身を任せて、布団の中静かに目を閉じた。
2019.2.27
完全に1人の空間に浸っていたため、突然の来訪者にビクリと肩が跳ねる。
「にっかりさん……脅かさないでよ」
「そんなつもりはなかったんだけど、ごめんね。主はこんな時間にこんなところで何をしていたんだい?」
何をしていたわけではない。ただ、執務室の縁側に腰をかけて、ぼんやりと外を眺めていた。いつも見ている景色も、夜に見るとどこか違う雰囲気を感じる。暗いせいだろうか、寂しさを感じてしまう。
「にっかりさんこそ、どうしたの?」
質問に質問で返す。こんな時間、と言われた今の時間、本丸は完全に寝静まっている。日付はもうとっくに変わっているはずだ。眠れなくて、布団を抜け出してきた私とこんなところで会うなんて、何か理由があるはずだ。
彼も同じように抜け出してきたのだとしても、彼らが眠る寝所は本丸の反対側に位置する。わざわざここにきたのはなぜなのか。
質問に答えないまま、質問で返した私に何か言うでもなく、彼はあぁ、と納得したように頷いた。
「うんうん、なんで僕がここに来たのか、だよね。何か気配のようなもの、を感じてここまで来たんだ」
声を低くして言った気配、という言葉。私にはそういったものは感じられないが、一体なんの……?彼の逸話というのを思い出して、少し背筋がぞくりとする。その寒気に体を震わせた私を見て、彼は隣に身を寄せて腰掛けた。
「寒いのかな?まだ夜は冷え込むからね、体を冷やすのはよくないよ?」
左隣から人の熱がじんわりと感じられる。
「人の体っていうのはこうして近づくだけで暖かいんだねぇ、不思議だ」
うんうん、と1人満足そうなにっかりさんだが、私はそれどころではない。この寒気は何も外気に冷やされたわけではないのだ。
「あの、にっかりさん。け、気配って、一体どんな……?」
自分で聞いておきながら、ゴクリと音を立てて生唾を飲みこんでしまう。これは聞いてしまっていいのだろうか。
「あぁ、気配ね。若い、女の……」
彼が斬ったのは、一体どんな幽霊だったか……。確かにっかりと笑った女の……。
「ひぇっ」
何か見えてはいけないようなものが見えてしまいそうで反射的に目をつぶってしまった。
「それで、来てみたら君がいたわけだけど……おや、どうしたんだい?」
「……にっかりさん、それわざと?」
うん?と首をかしげる彼の顔からは真意は伺えない。
「僕の謂われのせいか、人の気配なんかには敏感でね。主の部屋の方だし、一体こんな時間に誰が?と思って来てみたんだ」
彼の言う気配の正体が私だったのならそれでいい。無駄に怖がってしまって損をした気分だ。
「それで、君は何をしていたんだい?」
最初に戻る。そういえばその質問の返事は保留のままだった。
しかしなんと答えるべきか。特に何をしていたわけでもないのだ。ただなんとなく寝付けなくて、少し夜風に当たろうと思い、ここでぼんやりしていた。
「寝付けなくて、ちょっとぼーっとしてた」
原因はわかっている。
刀たちは、皆どんな思い出過ごしているのだろうか。そんなことを考え始めたら止まらなくなってしまったのだ。こうやって考え事を始めてしまうと目が冴えてしまって眠れないのは性分だ。仕方なしにこうして少し冷たい空気にあたりながら考えに整理をつけようとしていたのだ。
「へぇ……もし邪魔でないのなら、僕もここにいて構わないかい?」
「うん、どうぞ」
1人でいてもうまく頭の中はまとまってくれずモヤモヤしていたところだ。彼がいてくれれば少し気が紛れるかもしれない。
「よかった、それじゃあ少し待っていてくれるかな」
そう言って腰をあげるにっかりさん。そのままどこかへ行ってしまう。ここにいても良いかと聞いてきたばかりなのに、一体どこへ行ったのだろうか。
彼は数分もすると戻ってきた。手には湯気の立つ湯のみとブランケットがある。
「少し寒かったからね、よければ君もどうぞ」
ふわりと、彼が広げてくれたブランケットが肩を包み込んでくれる。
「ありがとう……」
「いいえ。大切な主だからね」
彼らは、私が審神者だから顕現された瞬間から私を主人として扱う。中には例外も何人かいるが、そのほとんどがよく慕ってくれて、何かと気にかけてくれているように思う。あまりそう言ったことがない人にしても、敵意なんてものはもってのほかで、自分の従う主人なのだと一定の忠誠のようなものが感じられる。
それは喜ばしいことなのだと思う。彼らと過ごす日々は、忙しい審神者の仕事も含めてとても楽しい。勢いと好奇心で引き受けてしまった審神者という役目だったが、彼らと一緒だからこれからも頑張ろうと思えているのだと思う。
しかし、楽しいのは私だけなのではないかと、そう考え始めると止まらなくなってしまった。
「……君が何を思ってそんな顔をしているのか僕にはわからないけれど、その顔を見たらみんなも僕と同じ気持ちになるんじゃないかなぁ」
それまで、ただ静かに隣にいたにっかりさんが、ふと私の頬触れた。
「そんな顔って……」
完全に自分の思考の中に潜り込んでいて意識していなかった。
「何か悩み事かい?僕に解決できることなら助けになりたいけれど……どうしたら君の顔は晴れるんだろうね」
どうしたら……自分でもよくわからない。きっと全部うまくやろうなんてことが無理なのはどこかでわかっている。それは望みすぎだと。
それでも、彼らと一緒に頑張りたい、彼らが私と同じように一緒に頑張りたいと思えるような本丸にしたい。そう願うのは欲張りだろうか。
「にっかりさん、私のことどう思う?」
多分みんなに一番聞きたいこと。それを目の前の彼にぶつける。
結局私は、自分の思いが一方通行なのが不安なのだ。私は彼らといるのが楽しいし、信頼もしている。しかし、彼らはどう思っているのかわからない。私の思いだけが空回りしていたらどうしよう。それが小夜さんの一件で気になっているのだ。
「うーん、君のことを、ねぇ。」
にっかりさんは少し返答に困ったように首を傾げた。いきなりされて困る質問だというのはわかっている。それに顕現したばかりの彼にそれを聞くものでもなかった。
「ごめん、やっぱりなんでも……」
「気になる人、かなぁ」
質問を取り消そうとした私の言葉を遮って、彼は答えを出した。
「僕はね、君にとても興味があるよ。今日ここに来たばかりだからね、まだわからないことの方が多いけど、君を知りたいと思った」
彼はそのまま言葉を続けた。
私を知りたい、とは一体どういう意味なのか。好意的なようにも取れるが、その真意はわからない。
「ねえ、話をしてもいいかい?」
にっかりさんの気持ちを測りかねていると、再び彼が口を開いた。脈絡のないそれだったが、返事に困っていた私はどうぞ、と頷いた。
「今日のことなんだけどね……」
顕現したばかりの青江は、同じく今日顕現した堀川とともに、本丸内を案内されていた。案内を買って出てくれたのは初日からこの本丸にいるという秋田と五虎退で、自分を顕現した審神者は慌ただしくどこかへ行ってしまった。
オススメのお昼寝スポットに至るまで、本丸を隅から隅まで案内してくれた2振が最後に教えてくれたのが、庭の物陰だった。一見何も見当たらないその場所だったが、秋田が手を招くのは壁の隅。
「ここから主君の執務室が見えるんです!」
秋田がするのと同じように影から頭をのぞかせれば、執務室で何やら仕事をしている審神者が目に入った。
「あ、あるじさまは、僕たちを見るといつも声をかけてくれてっ……一緒遊んでくれるから大好きですっ!でもそれだとお仕事の邪魔になってしまうから……」
「だから僕たち、ここから主君を応援してるんです!あっ、主君には内緒ですよ!」
慌てたようにそう付け加える短刀からは、主人を想う心遣いがひしひしと伝わった。あの審神者は随分と慕われているらしい。
「あ、あるじさま、忙しそうです……」
そう言う五虎退の横顔は寂しそうだ。きっと審神者と遊びたいのだろう。だが、それをぐっと我慢して審神者の仕事の邪魔にならないように努めているのだ。
「主さんのことがよっぽど好きなんですね」
堀川の言葉に同意の意味を込めて頷いた青江。
審神者のことを慕っているのは彼らだけではなかった。
夕食の時間になり、各々が席に着く。審神者はまだ来ていないようだった。場所は審神者の席以外特に決まっていないようなので、適当に空いている場所に座ろうとするが、何やら騒がしい一角がある。
「きょうはぼくのばんですよ!」
「えー、僕まだ一回も主さんの隣に座ったことなーい!」
「ぼっ、ぼくも、あるじさまの隣がいいです……」
「おいおい、喧嘩はよくないぞ。ここは平等に、俺が座るってことでどうだ?」
「なんにも平等じゃない!!」
どうやら彼らは審神者の隣に座るのが誰かで揉めているらしい。短刀に混ざって約1名大きな刀もいる気がするのは気のせいだろうか。
やはりここでも審神者を好いている様子がうかがえる。まだ顕現した時以来顔を合わせていない主のことが一段と気になりだした青江。
「──それでね、その後『君たち早く席につきなさい』って言いながら、ちゃっかり歌仙くんが君の隣に座ってしまったんだ。彼、なかなか面白いよねぇ」
思い出しているのか、くすくすとにっかりさんが笑う。
確かに今日の夕飯のとき、隣には歌仙さんが座っていた気がする。おかげで野菜まで残さずきっちり食べさせられたのでよく覚えている。まさかそれまでにそんなやり取りがあったとは思いもしなかった。
「顔、緩んでいるよ」
言われて慌てて頬を覆い隠す。見られてしまった以上隠すことに意味はないかもしれないが、つい反射的に動いてしまった。それが面白かったのか、にっかりさんはくつくつと喉を鳴らして笑っている。
「なんか、嬉しくて……。知らなかった、みんながそんな風に思ってくれているなんて」
秋田さん五虎退さんの気遣いを始め、そんなにも自分が好かれていたなんて思いもしなかった。あまりにも嬉しくて自惚れてしまいそうだ。
「フフ、君の笑顔が見られてよかったよ。きっと彼らのことで悩める君だから、みんなに慕われているんだろうね」
「そうかな……えへへっ、そっかぁ……」
嬉しくて、引き上げられるほっぺたを制御できない。きっと緩みきった顔になっていることだろう。自然と笑いまでこぼれ落ちてしまう。
「うんうん、そういう顔がいい。好きな人には笑っていてほしいものだよね」
「そう……だね。うん、私もそう思う」
私がみんなの気持ちがわからなくて不安だったのも、きっと彼らに笑っていて欲しかったからだ。この本丸が彼らにとって居心地の良い場所になってくれればと、そう思う気持ちはきっと好きな人に笑っていて欲しい。そう言うことなのだと思う。
「私が暗い顔してちゃダメだよね。まずは私が楽しまなきゃ!」
「君のそういうところ、好きだよ」
にっかりさんにも後押しをされる形で、俄然やる気が出る。私はこの本丸の主だ。リーダーとなる者がまずは率先してやらないで誰がついてきてくれるのか。
「ありがとう、にっかりさん。おかげですっきりした!」
「おや、お役に立てたなら光栄だね」
にっこりと笑った彼の笑みはとても優しい。彼がどこまで私の気持ちをわかっていたのかはわからないが、悩んでいるのに気づいて元気付けてくれたことに間違いない。
またここでも、私は刀剣男士という存在に助けられてしまったようだ。
「さあ、もうそろそろ部屋に戻ろうか。このまま君と一夜を過ごすのも悪くはないけど……」
「変な言い方しないで!」
意味ありげに口元を覆っていう彼にはその自覚があるのかないのか。何が?といった風に首をかしげるのを見るに、わざと言っているのではないのかもしれない。
「にっかりさんってちょっと変わってるね」
「ん?名前のことかい?」
「や、それもだけど……」
そこじゃない。だが本人に自覚がないのなら、わからなくても当然か。
にっかりという名は斬った女の例が由来だと聞いた。確かに他の刀たちの名前と並べると少し変わっているかもしれない。
「青江さん、って他にはいなかったよね……」
前田さんたち藤四郎のように、同じ名をもつ刀たちは何振かいるようだ。現在実装されており顕現可能な刀たちの一覧というのを見た限りでは青江と名のつく刀剣は他にいなかったように記憶している。
「おやすみなさい、青江さん!」
廊下で別れ、自分の寝所の方へと戻っていく彼に向けてそう言ってみた。
なんだか幽霊が由来になっているというのも気になってしまうし、それにどうもしっくりこなかった。藤四郎さんたちのように誰かと同じ名前でないのならこちらで呼ぶのもありだろう。
「うん……おやすみ。主」
少し嬉しそうにそう返した青江さんの笑顔のおかげか、このあとはぐっすり眠れそうな気がする。
もうずいぶん遅い時間だ。気づけば自然とあくびが出てくる。自覚した途端に急に襲ってくる眠気に身を任せて、布団の中静かに目を閉じた。
2019.2.27