一章
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「ねーねー、主」
就寝前の安らかな時間。その時間を大広間で何人かの男士たちと過ごしていた。一番風呂をいただいて、もういつでも眠れる状態だがまだそれには時間が早い。
同じように入浴を終えた男士たちとのんびりと雑談に興じていると、話題は私の服装へと移っていった。
「主の服ってさ、かわいいよね」
「うんうん!すっごくかわいい!セーラー服っていうんだよね」
加州さんと乱さんがきゃっきゃと盛り上がっている。まるで女子の会話を見ているようだ。
褒められるのは嬉しいが、制服を着替えるのがめんどくさくて帰ってきてからもその格好のままでいるだけなので、おしゃれな2人に褒められるのは少し居心地が悪い。
「ねえ、でも主の他の服って見たことないよね」
「たしかにー!ねえ、主さんって、普段どんな服着てるの?」
「どんな、っていわれてもなぁ……」
学生という立場なので、必然的に制服が多くなる。たまの休日に出かけるときにはそれなりに選んで服を着るが、おしゃれに関しては人並み程度だと思っているので彼らに改めて見せるようなものでもない気がする。
「主さんの時代の服ってカラフルでいろんな形があってかわいいよねー」
羨ましい!という乱さんは私よりも可愛らしく着こなしてしまいそうだ。むしろ着てもらいたい。女の子と見間違えるその可愛らしい見た目は、どんな洋服でもすごく似合うだろう。
「主は、和服は着ないのかい?」
ふと、歌仙さんが会話に加わってくる。和服は、私たちの時代では馴染みのないものだ。着る機会といえば、お祭りの時の浴衣や、行事のときのかしこまった格好くらいだろうか。
「普段着ることはないですね……着方もわかんないですし」
着方どころか、着ていることすら苦手な節がある。どうも慣れないのだ。浴衣も、あれで外を出歩くのがなんとなく心地が悪くて、ここ数年は着ていない。
「主の和服かぁ、見てみたいなぁ」
加州さんが期待の目でこちらを見てくるが、そもそも持っていないのでその期待には答えられない。そっと視線を逸らさせてもらう。
お風呂を終えた今、加州さんを始め乱さんや燭台切さん、普段洋服を着ている人たちもみんな和服姿だ。旅館なんかに行ったときに部屋に備え付けてある浴衣、まさにあんな感じの格好だ。刀たちの時代というのはこの格好が一般的なパジャマ姿なんだろう。
対して私はジャージ姿だ。制服から着替えたときの部屋着姿と変わらない。ハーフパンツにTシャツ、その上に上着を羽織っている格好だ。これが一番落ち着く。
「ねぇねぇ、寝巻きだけでも着てみない?」
にっこり笑顔の乱さんの提案に、主に加州さんが強く賛同している。
「や、私持ってないよ……」
「貸してあげるよ!」
とは言っても、乱さんと私では10センチほどの身長差がある。なんだか間抜けな見た目になってしまいそうだ。
「サイズが合わなさそうかなぁ」
「それじゃあ俺のはどうだ?そんなに身長も変わらないだろう」
名乗り出たのは薬研さんだ。よっこいしょとなんともおじさんくさい声を出しながら、腰をあげた彼は、広間を出ていく。向かったのは寝所の方だ。まだ着るとは一言も言ってないが、あれは恐らく着物を取りに行ったのだろう。
「じゃあじゃあ、ボクが着付けてあげるねっ」
楽しそうな乱さんだが、その顔に騙されてはいけない。どれだけかわいい見た目をしていても男の子だ。それも、さすがにお姉ちゃんとお風呂に入るのをためらうような、そんなお年頃の小学校高学年ほどの年齢に見える。さすがに彼に着替えを手伝ってもらうというのは抵抗を感じる。どことなく、年下の男の子に着替えを手伝わせるというのには犯罪感が否めない。
だが、着方がわからないというのも重要な事実。渡されたところでただし着方などわかるはずもない。ならば、ここは断るのが正解ではないだろうか。
「いや、着方もわかんないし、薬研さんには申し訳ないけどいいかな……」
「それなら僕が教えてあげよう。きっときみなら和服も似合うだろうからね。なに、簡単さ」
堂々と名乗りをあげたのは歌仙さんだ。そこまでして私に和服を着せたいのか。私自身は今の部屋着で何も問題はないのだが。なんだかみんなで楽しみ始めている気がする。単純に着せ替え人形がしたいだけではなかろうか。
やる気になってしまった歌仙さんが、自分の着物を手で示しながら説明してくれる。そうこうしていると、取りにいった薬研さんが戻ってくる。口だけでは伝わりにくいと、実際に服の上からお手本として着せてもらう。さすが着なれているだけあって手際が良い。
「よし、こんな感じだね。わかったかい?」
「へぇー、結構簡単なんですね」
歌仙さんに手取り足取り教えてもらったそれは、私でも自分で着られそうなくらい簡単だった。和服というと何枚も着て、いろいろ巻いて、忙しそうなイメージしかなかったため、これはひどく簡単に思えてしまう。
「あくまで寝巻きだからね。窮屈ではいけないだろう?簡単に着られるようになっているのさ」
だから君も着られるだろう?というのが、彼の表情から伝わってくる。簡単だと言ってしまった以上、断る理由はない。まあ、少し着替えるくらいだ、別に嫌がることもないだろう。
「じゃあ、部屋で着替えてきます……」
一度羽織ったものを脱ぎ、自室へと向かう。
先ほど教えてもらったように着付けていくと、なるほど確かに簡単に着ることができた。旅館などでも備え付けの浴衣ではなく自前の部屋着を着るタイプだったので、これは自分でも新鮮だ。
さて、この姿をみなさんにお見せするわけだが……。
「期待されると妙な恥ずかしさがあるよなぁ」
別にどうという格好ではないのだが、大した格好ではないがゆえに、期待されていることに若干のプレッシャーを感じてしまう。だが、このままここにいれば恐らく誰かが様子を伺いにくるだろう。さっと見せて、さっと終わる。きっとそれが一番だ。
「おまたせしました……」
そろり、と広間へ戻る。談笑中だった男士たちが一斉にこちらを振り向くのでいやでも緊張が走る。
「えー!主さんってば和服も似合うね!」
「ちょっと大人っぽく見えるよ、いーじゃん!」
乱さんと加州さんが真っ先に褒めてくれる。ただの寝巻き一つで大げさではないかとも思うが、悪い気はしない。
「うん、上手く着られたじゃないか」
歌仙さんは着こなしに丸をくれる。簡単だったのもあるだろうが、彼の教え方が上手かったのは間違いない。
「うーん、なーんか薬研のだと可愛さにかけるよねぇ」
見回すように私の周りにいた乱さんが首をひねる。
「おいおい、俺のもんに可愛さを求めてどうする」
ごもっともな意見だ。薬研さんの寝巻きが可愛かったら逆に驚いてしまう。しかし乱さんは納得いかないようで顔をしかめたままだ。
「あ、ねえねえ主。欲しいものがあったら、言ってもいいんだよね?」
ふと思い出したように加州さんが問いかけてくる。
「うん。いいけど、全部叶えられるかはわかんないよ?」
大勢いる彼らの願いを全て聞けるとは限らない。極力叶えてやりたいのは山々だが、それは無理なことだと承知している。あらかじめ断ってはいたはずだが、念を押しておく。
「おっけー、ありがと。ねえ、乱……」
乱さんに顔を寄せると、何やらこそこそと耳打ちをしているようだ。私を含め、周りの男士たちも何を企んでいるのかわからない様子だ。
「なるほどぉ!加州さんってばナイスアイデア!」
加州さんの耳打ちにこくこくと頷いていた乱さんが顔を綻ばせる。ぱぁっと花が咲いたようなそれは、彼の喜びをこれでもかと表現している。一体2人の間でどんなやりとりが行われたのだろう。
後日、刀剣男士たちからの要望の中に、『主の着物』という可愛らしい丸っこい文字を見つけることになった。すぐにあの時の2人のやりとりを思い出した。彼らの要望に少しでも答えようと思って見た中身がこれだ。そこまでして私のことを考えてくれていることに嬉しさがこみ上げてくる。
ちょうど、政府の会議などに出向くときのきちんとした服装が欲しかったところだ。着物を仕立ててもらうときには彼らにも付き合ってもらおうか。嬉しそうな彼らの顔が浮かんで、こちらまでにやけそうだ。緩みそうになる顔を引き締めながら続きの業務へと取り掛かったのだった。
2019.2.21
就寝前の安らかな時間。その時間を大広間で何人かの男士たちと過ごしていた。一番風呂をいただいて、もういつでも眠れる状態だがまだそれには時間が早い。
同じように入浴を終えた男士たちとのんびりと雑談に興じていると、話題は私の服装へと移っていった。
「主の服ってさ、かわいいよね」
「うんうん!すっごくかわいい!セーラー服っていうんだよね」
加州さんと乱さんがきゃっきゃと盛り上がっている。まるで女子の会話を見ているようだ。
褒められるのは嬉しいが、制服を着替えるのがめんどくさくて帰ってきてからもその格好のままでいるだけなので、おしゃれな2人に褒められるのは少し居心地が悪い。
「ねえ、でも主の他の服って見たことないよね」
「たしかにー!ねえ、主さんって、普段どんな服着てるの?」
「どんな、っていわれてもなぁ……」
学生という立場なので、必然的に制服が多くなる。たまの休日に出かけるときにはそれなりに選んで服を着るが、おしゃれに関しては人並み程度だと思っているので彼らに改めて見せるようなものでもない気がする。
「主さんの時代の服ってカラフルでいろんな形があってかわいいよねー」
羨ましい!という乱さんは私よりも可愛らしく着こなしてしまいそうだ。むしろ着てもらいたい。女の子と見間違えるその可愛らしい見た目は、どんな洋服でもすごく似合うだろう。
「主は、和服は着ないのかい?」
ふと、歌仙さんが会話に加わってくる。和服は、私たちの時代では馴染みのないものだ。着る機会といえば、お祭りの時の浴衣や、行事のときのかしこまった格好くらいだろうか。
「普段着ることはないですね……着方もわかんないですし」
着方どころか、着ていることすら苦手な節がある。どうも慣れないのだ。浴衣も、あれで外を出歩くのがなんとなく心地が悪くて、ここ数年は着ていない。
「主の和服かぁ、見てみたいなぁ」
加州さんが期待の目でこちらを見てくるが、そもそも持っていないのでその期待には答えられない。そっと視線を逸らさせてもらう。
お風呂を終えた今、加州さんを始め乱さんや燭台切さん、普段洋服を着ている人たちもみんな和服姿だ。旅館なんかに行ったときに部屋に備え付けてある浴衣、まさにあんな感じの格好だ。刀たちの時代というのはこの格好が一般的なパジャマ姿なんだろう。
対して私はジャージ姿だ。制服から着替えたときの部屋着姿と変わらない。ハーフパンツにTシャツ、その上に上着を羽織っている格好だ。これが一番落ち着く。
「ねぇねぇ、寝巻きだけでも着てみない?」
にっこり笑顔の乱さんの提案に、主に加州さんが強く賛同している。
「や、私持ってないよ……」
「貸してあげるよ!」
とは言っても、乱さんと私では10センチほどの身長差がある。なんだか間抜けな見た目になってしまいそうだ。
「サイズが合わなさそうかなぁ」
「それじゃあ俺のはどうだ?そんなに身長も変わらないだろう」
名乗り出たのは薬研さんだ。よっこいしょとなんともおじさんくさい声を出しながら、腰をあげた彼は、広間を出ていく。向かったのは寝所の方だ。まだ着るとは一言も言ってないが、あれは恐らく着物を取りに行ったのだろう。
「じゃあじゃあ、ボクが着付けてあげるねっ」
楽しそうな乱さんだが、その顔に騙されてはいけない。どれだけかわいい見た目をしていても男の子だ。それも、さすがにお姉ちゃんとお風呂に入るのをためらうような、そんなお年頃の小学校高学年ほどの年齢に見える。さすがに彼に着替えを手伝ってもらうというのは抵抗を感じる。どことなく、年下の男の子に着替えを手伝わせるというのには犯罪感が否めない。
だが、着方がわからないというのも重要な事実。渡されたところでただし着方などわかるはずもない。ならば、ここは断るのが正解ではないだろうか。
「いや、着方もわかんないし、薬研さんには申し訳ないけどいいかな……」
「それなら僕が教えてあげよう。きっときみなら和服も似合うだろうからね。なに、簡単さ」
堂々と名乗りをあげたのは歌仙さんだ。そこまでして私に和服を着せたいのか。私自身は今の部屋着で何も問題はないのだが。なんだかみんなで楽しみ始めている気がする。単純に着せ替え人形がしたいだけではなかろうか。
やる気になってしまった歌仙さんが、自分の着物を手で示しながら説明してくれる。そうこうしていると、取りにいった薬研さんが戻ってくる。口だけでは伝わりにくいと、実際に服の上からお手本として着せてもらう。さすが着なれているだけあって手際が良い。
「よし、こんな感じだね。わかったかい?」
「へぇー、結構簡単なんですね」
歌仙さんに手取り足取り教えてもらったそれは、私でも自分で着られそうなくらい簡単だった。和服というと何枚も着て、いろいろ巻いて、忙しそうなイメージしかなかったため、これはひどく簡単に思えてしまう。
「あくまで寝巻きだからね。窮屈ではいけないだろう?簡単に着られるようになっているのさ」
だから君も着られるだろう?というのが、彼の表情から伝わってくる。簡単だと言ってしまった以上、断る理由はない。まあ、少し着替えるくらいだ、別に嫌がることもないだろう。
「じゃあ、部屋で着替えてきます……」
一度羽織ったものを脱ぎ、自室へと向かう。
先ほど教えてもらったように着付けていくと、なるほど確かに簡単に着ることができた。旅館などでも備え付けの浴衣ではなく自前の部屋着を着るタイプだったので、これは自分でも新鮮だ。
さて、この姿をみなさんにお見せするわけだが……。
「期待されると妙な恥ずかしさがあるよなぁ」
別にどうという格好ではないのだが、大した格好ではないがゆえに、期待されていることに若干のプレッシャーを感じてしまう。だが、このままここにいれば恐らく誰かが様子を伺いにくるだろう。さっと見せて、さっと終わる。きっとそれが一番だ。
「おまたせしました……」
そろり、と広間へ戻る。談笑中だった男士たちが一斉にこちらを振り向くのでいやでも緊張が走る。
「えー!主さんってば和服も似合うね!」
「ちょっと大人っぽく見えるよ、いーじゃん!」
乱さんと加州さんが真っ先に褒めてくれる。ただの寝巻き一つで大げさではないかとも思うが、悪い気はしない。
「うん、上手く着られたじゃないか」
歌仙さんは着こなしに丸をくれる。簡単だったのもあるだろうが、彼の教え方が上手かったのは間違いない。
「うーん、なーんか薬研のだと可愛さにかけるよねぇ」
見回すように私の周りにいた乱さんが首をひねる。
「おいおい、俺のもんに可愛さを求めてどうする」
ごもっともな意見だ。薬研さんの寝巻きが可愛かったら逆に驚いてしまう。しかし乱さんは納得いかないようで顔をしかめたままだ。
「あ、ねえねえ主。欲しいものがあったら、言ってもいいんだよね?」
ふと思い出したように加州さんが問いかけてくる。
「うん。いいけど、全部叶えられるかはわかんないよ?」
大勢いる彼らの願いを全て聞けるとは限らない。極力叶えてやりたいのは山々だが、それは無理なことだと承知している。あらかじめ断ってはいたはずだが、念を押しておく。
「おっけー、ありがと。ねえ、乱……」
乱さんに顔を寄せると、何やらこそこそと耳打ちをしているようだ。私を含め、周りの男士たちも何を企んでいるのかわからない様子だ。
「なるほどぉ!加州さんってばナイスアイデア!」
加州さんの耳打ちにこくこくと頷いていた乱さんが顔を綻ばせる。ぱぁっと花が咲いたようなそれは、彼の喜びをこれでもかと表現している。一体2人の間でどんなやりとりが行われたのだろう。
後日、刀剣男士たちからの要望の中に、『主の着物』という可愛らしい丸っこい文字を見つけることになった。すぐにあの時の2人のやりとりを思い出した。彼らの要望に少しでも答えようと思って見た中身がこれだ。そこまでして私のことを考えてくれていることに嬉しさがこみ上げてくる。
ちょうど、政府の会議などに出向くときのきちんとした服装が欲しかったところだ。着物を仕立ててもらうときには彼らにも付き合ってもらおうか。嬉しそうな彼らの顔が浮かんで、こちらまでにやけそうだ。緩みそうになる顔を引き締めながら続きの業務へと取り掛かったのだった。
2019.2.21