一章
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「随分あの子を気にかけているようだな」
「まだ年端もいかぬ娘が主だなんぞと言われたらそりゃあ気にもするさ」
夜。夕餉を終えて各々の時間を過ごしているこの時間。1人中庭をぶらついていると、三日月が声をかけてきた。
気にかけている、などと言われると素直に頷きにくい。別に、彼女のことを特別構っているつもりはない。ただ、あのような少女が主だと言われれば、年長者として支えてやらねば、と思うのは致し方ない。実際に初日からどこか頼りないところがあった。意気込みは十分だが、実力が伴っていないのだろう。
まだ未熟な主の元に、4振目の刀として顕現された。まだ1日目の本丸は、短刀たちが多く、戦力も十分ではない。そんな中、初めての太刀として迎えられた俺に、彼女は少なからず期待していたと思う。
主に期待をかけられるのは、刀として喜ばしいことだ。その期待に答え、己の身を振るう気合は十分だ。それは主がまだ子供と呼べる年齢の少女だったとしても変わらない。期待には応える。それが刀というものだろう。
だが、主の姿を見て疑問を抱いてしまった。
戦へ送り出すときのあの不安そうな表情。帰還の際の安堵した表情。戦いの中に身を置くものではない。戦いとは無縁の世界で生きてきた少女が、この戦いに何を思っているのか。俺は、彼女が戦うことに手を貸してしまっていいのか。己を使っていいのか。
政府の方針で、審神者の年齢規制が緩和されたのは知っている。彼女はその規制緩和後に審神者に就任したのだ。確かに、問題はないのだろう。ただ、一個人の勝手な思いでしかないが、あの子に刀を振るわせるのが正しいことなのか、疑問を抱いている。
だが、そんな俺の思いなど関係ない。主は審神者として遡行軍との戦いを選んだのだ。俺たちはそれに使われる道具でしかない。主が戦うと言ったならば、刀の俺にできることはただその身を振るい、主に勝利をもたらすことだけだ。だけだった、と言った方が正しいか。
今、主に顕現されたこの体は人間にとてもよく似ている。刀を振るうこと以外にもできることが増えたのだ。ならばその身を主のために使わない選択肢はない。あの子が審神者の勤めを果たせるように、戦い以外でも支えになろうじゃないか。
「時の政府は何を考えているのやら……戦況は芳しくないのか」
「さあな。ま、あんな娘までが戦いに出向くなんざ良いことでないのは確かだなぁ」
「彼女が戦うのは嫌か?」
スゥッと細められた目でこちらを見やる三日月。その目はどうも苦手だ。ぼやぼやとしているようだが、こいつはなかなかに食えないやつだ。
「嫌、だな。戦いなんて知らずに済むならそれが一番だろ」
「ふむ……そうなれば、主は審神者をやめて元の世界に戻るのだろうな」
何が言いたい、と言いかけた口を噤む。わかってる。自分の中にある相反するもう一つの気持ち。
主に顕現された俺は、主だけの俺だ。鶴丸国永であることに間違いはないが、この本丸に顕現された鶴丸は俺だし、俺の主は他の誰でもなく主だけだ。
そんな主がこの本丸を捨てたら、俺たちは消える。審神者の霊力によってここに顕現された俺たちは審神者なしでは存在して行けない。主は、俺たちにとって唯一無二の存在なのだ。
そんな彼女を失いたくない。これはきっと顕現された刀の本能的なものだろう。主によって作られたこの体が、主を求めているのだ。
彼女を返したくない。
それはつまり、彼女に審神者であり続けて欲しいと願う気持ち。
いつか戦いに終わりがくる時まで、彼女の刀でありたい。そう願うのはわがままだろうか。そう思いながらも、彼女に戦わせたくないと思ってしまう。これはわがままだろう。
三日月は、そんな俺の気持ちを見透かしているかのように、その月が宿る瞳でまっすぐに俺を射抜く。まったく、これだからこいつは苦手なんだ。
「そうなったらいいな」
本心でありながら、思ってもいないことを口にした。きっとこんな言葉三日月の前では意味を持たないだろうことはわかっている。
「さぁ、夜は冷えるな。じじいは部屋へ戻るかな」
俺の答えに何を思ったのか、三日月は何もなかったように踵を返して部屋へと戻っていく。その背を見送り、俺はまだ1人、庭に佇んでいた。
「鶴丸さーん!何してるんですか、冷えますよ!」
俺を呼び戻したのは主の声だ。どれくらいこうしていたのだろう。
「お風呂、空いてるのでどうぞって」
無垢な笑顔でこちらに笑いかける少女を、俺は一体どうしたいのだろう。
「鶴丸さん?」
「あぁ、今行く。」
「何してたんですか、あんなとこで。……うぇええ、寒い」
外気に触れて冷えたのか、ぶるりと体を震わせて腕をさすっている。
「まあなんだ、仕込みってやつだ。で、きみはそんな濡れた髪で何をしているんだ?」
彼女の髪は水分こそ吸い取ってあるものの、まだしっかりと濡れている。風呂上がりだろうか。そんな格好でフラフラしていればそれは寒くなるのも当然だ。
「部屋に戻る途中ですよ。秋田さんたちが鶴丸さんを探してたので、偶然見かけて声かけたんです」
「そうか、すまなかったな」
「じゃあ、お風呂入っちゃってくださいね」
そう言って自室へと戻っていく彼女。その背中は頼もしいとは言い難い、小さくて細い少女の背中だ。
「俺は、きみにどうしてほしいんだろうな」
口からこぼれ出たそれは彼女に耳に届くことはない。誰もその疑問に答えるものはいないまま、空気に溶けていってしまった。
2019.2.14
「まだ年端もいかぬ娘が主だなんぞと言われたらそりゃあ気にもするさ」
夜。夕餉を終えて各々の時間を過ごしているこの時間。1人中庭をぶらついていると、三日月が声をかけてきた。
気にかけている、などと言われると素直に頷きにくい。別に、彼女のことを特別構っているつもりはない。ただ、あのような少女が主だと言われれば、年長者として支えてやらねば、と思うのは致し方ない。実際に初日からどこか頼りないところがあった。意気込みは十分だが、実力が伴っていないのだろう。
まだ未熟な主の元に、4振目の刀として顕現された。まだ1日目の本丸は、短刀たちが多く、戦力も十分ではない。そんな中、初めての太刀として迎えられた俺に、彼女は少なからず期待していたと思う。
主に期待をかけられるのは、刀として喜ばしいことだ。その期待に答え、己の身を振るう気合は十分だ。それは主がまだ子供と呼べる年齢の少女だったとしても変わらない。期待には応える。それが刀というものだろう。
だが、主の姿を見て疑問を抱いてしまった。
戦へ送り出すときのあの不安そうな表情。帰還の際の安堵した表情。戦いの中に身を置くものではない。戦いとは無縁の世界で生きてきた少女が、この戦いに何を思っているのか。俺は、彼女が戦うことに手を貸してしまっていいのか。己を使っていいのか。
政府の方針で、審神者の年齢規制が緩和されたのは知っている。彼女はその規制緩和後に審神者に就任したのだ。確かに、問題はないのだろう。ただ、一個人の勝手な思いでしかないが、あの子に刀を振るわせるのが正しいことなのか、疑問を抱いている。
だが、そんな俺の思いなど関係ない。主は審神者として遡行軍との戦いを選んだのだ。俺たちはそれに使われる道具でしかない。主が戦うと言ったならば、刀の俺にできることはただその身を振るい、主に勝利をもたらすことだけだ。だけだった、と言った方が正しいか。
今、主に顕現されたこの体は人間にとてもよく似ている。刀を振るうこと以外にもできることが増えたのだ。ならばその身を主のために使わない選択肢はない。あの子が審神者の勤めを果たせるように、戦い以外でも支えになろうじゃないか。
「時の政府は何を考えているのやら……戦況は芳しくないのか」
「さあな。ま、あんな娘までが戦いに出向くなんざ良いことでないのは確かだなぁ」
「彼女が戦うのは嫌か?」
スゥッと細められた目でこちらを見やる三日月。その目はどうも苦手だ。ぼやぼやとしているようだが、こいつはなかなかに食えないやつだ。
「嫌、だな。戦いなんて知らずに済むならそれが一番だろ」
「ふむ……そうなれば、主は審神者をやめて元の世界に戻るのだろうな」
何が言いたい、と言いかけた口を噤む。わかってる。自分の中にある相反するもう一つの気持ち。
主に顕現された俺は、主だけの俺だ。鶴丸国永であることに間違いはないが、この本丸に顕現された鶴丸は俺だし、俺の主は他の誰でもなく主だけだ。
そんな主がこの本丸を捨てたら、俺たちは消える。審神者の霊力によってここに顕現された俺たちは審神者なしでは存在して行けない。主は、俺たちにとって唯一無二の存在なのだ。
そんな彼女を失いたくない。これはきっと顕現された刀の本能的なものだろう。主によって作られたこの体が、主を求めているのだ。
彼女を返したくない。
それはつまり、彼女に審神者であり続けて欲しいと願う気持ち。
いつか戦いに終わりがくる時まで、彼女の刀でありたい。そう願うのはわがままだろうか。そう思いながらも、彼女に戦わせたくないと思ってしまう。これはわがままだろう。
三日月は、そんな俺の気持ちを見透かしているかのように、その月が宿る瞳でまっすぐに俺を射抜く。まったく、これだからこいつは苦手なんだ。
「そうなったらいいな」
本心でありながら、思ってもいないことを口にした。きっとこんな言葉三日月の前では意味を持たないだろうことはわかっている。
「さぁ、夜は冷えるな。じじいは部屋へ戻るかな」
俺の答えに何を思ったのか、三日月は何もなかったように踵を返して部屋へと戻っていく。その背を見送り、俺はまだ1人、庭に佇んでいた。
「鶴丸さーん!何してるんですか、冷えますよ!」
俺を呼び戻したのは主の声だ。どれくらいこうしていたのだろう。
「お風呂、空いてるのでどうぞって」
無垢な笑顔でこちらに笑いかける少女を、俺は一体どうしたいのだろう。
「鶴丸さん?」
「あぁ、今行く。」
「何してたんですか、あんなとこで。……うぇええ、寒い」
外気に触れて冷えたのか、ぶるりと体を震わせて腕をさすっている。
「まあなんだ、仕込みってやつだ。で、きみはそんな濡れた髪で何をしているんだ?」
彼女の髪は水分こそ吸い取ってあるものの、まだしっかりと濡れている。風呂上がりだろうか。そんな格好でフラフラしていればそれは寒くなるのも当然だ。
「部屋に戻る途中ですよ。秋田さんたちが鶴丸さんを探してたので、偶然見かけて声かけたんです」
「そうか、すまなかったな」
「じゃあ、お風呂入っちゃってくださいね」
そう言って自室へと戻っていく彼女。その背中は頼もしいとは言い難い、小さくて細い少女の背中だ。
「俺は、きみにどうしてほしいんだろうな」
口からこぼれ出たそれは彼女に耳に届くことはない。誰もその疑問に答えるものはいないまま、空気に溶けていってしまった。
2019.2.14