好きになって欲しい
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昼休み。人の少ない中庭を選んで、蔵と2人お昼を食べていた。
相談にのる、といってここにやってきたのだが、蔵は他愛もない話ばかりを口にする。目的を忘れたわけではないだろう。まるで相談の内容に触れるのを避けているかのようだ。
彼が口にしたくないことを無理矢理聞くわけにもいかず、普通の会話をしてご飯が進んでいく。
さて、お弁当箱も空になってしまい、いよいよこのままでは蔵と楽しいお昼休みを過ごしただけになってしまいそうだ。
「なぁ」
話にも区切りがついて、どうしようかというとき。ふと蔵が口を開く。いよいよ本題かとつい身構える。
「財前と……付き合ってるん?」
「蔵までなんやの、もうっ……」
まさか真剣な顔して相談とはそのことではないだろう。だとしたら、いったい何をあんなに思い詰めることがあったのか。部員とマネージャーの噂話に部長として思うことがあるのだろうか。
「謙也くんにも言ったけど、付き合ってないよ」
「ほんまに?」
ガシッと腕を掴まれて、真剣な顔でこちらをじっと見るものだから、こくこくと頷く。嘘をついているわけではないが、光くんのことを思い出して少し隠し事をしているような気になる。
付き合ってはいない。が、何もなかったかと言われるとそうはいい切れない。今までの先輩後輩の関係から少し変わってしまったような気もする。個人的なことなのだから、別にいう義理はないと思うが、部長という立場から心配しているだろう蔵に隠し事をするのは気がひける。それに蔵とはそれなりに仲が良い友達だと思っている。彼にだったら相談してもいいかもしれない。そのほうが蔵を余計なことで悩ませたりもしないで済むだろう。
「付き合ってはないけど……」
蔵のまっすぐな目から逃げるように、目をそらしつつ言葉を濁す。いざ言うとなると恥ずかしさがこみ上げてくる。「光くんに迫られてて困ってます」なんて口に出すと思うとうまく言葉が出てこない。今更、これってうぬぼれじゃないだろうか、とか余計な心配まで出てくる。
私の言葉の続きを待っていただろう、蔵がそっと口を開く。
「財前のこと、好きなん?」
そのこえはひどく自信なさげに震えていた。腕を掴んでいた手も力が抜けて今にも離れて落ちてしまいそうだ。
「蔵?えっと、どうしたん?」
見たことのない蔵の弱った姿に焦ってしまう。崩れ落ちてしまいそうに見えて、反射的に蔵の肩に手を回そうとすれば、その手を掴まれてしまう。
「答えて。名前は財前のこと好きなん?」
近くまで寄せられた顔は今にも泣きそうに歪んでいる。
好きじゃない、と答えられたらよかったのだろうか。
「わからない」
正直な答えだった。光くんのことを自分でもどう思っているのかわからなかった。嫌いでないことは確かだ。むしろ好きの部類に入るだろう。でもそれは後輩として。
あんな風に迫られて、見方が変わってしまった。男の子として彼のことを意識しているのだ。嫌だという気持ちはない。でも、まだ彼の気持ちを受け入れられるほどはっきりとした気持ちは生まれてないのだ。もしかしたら、そういう行為にドキドキしているだけなのかもしれないと思うと、出てくる答えは「わからない」だった。
「いやや……」
独り言のようにぼそりと呟いたと思った、それが耳に届くのとどちらが早かっただろうか。
蔵の唇が私の唇に重ねられていた。
しっかりと押し付けられたそれは、小さくリップ音を立てて離れていく。
突然のことに頭が真っ白になる。私は今、蔵にキスをされたのか。なぜこんなことをしたのだろう。どうして蔵はそんなにも苦しそうな顔で私を見つめるのだろう。
「好きや……。名前のことが好きなんや……」
その答えは、すごくシンプルだ。彼の口からそれは告げられた。
「財前と付き合うてるかもって聞いた時、めちゃくちゃ焦ってん。一番仲がいいのは俺やと思ってたのに、好きになってもらわんでも、仲のいい友達でおれたらええって思ってたのに」
全く気づかなかった。顔を歪めてぽつりぽつりと語る蔵は今までどれだけの思いを抱えていたのだろう。
「名前が財前のこと好きなんやと思ったら、そんなん絶対に耐えれんくて……いやや。今朝、名前の家に行ったら財前がおって、怖くて見てられへんかった。俺のこと好きでいてほしい。俺と付き合ってほしい」
私の肩にそっと頭を寄せ、小さくつぶやくその声はか細い。しかし、はっきりとした意志がこもっているのは確かだ。
蔵の弱々しい姿に耐えられず、彼の背に手を回してしまいそうになる。
しかし、すんでのところでとどまった。今ここで彼の気持ちを受け止めて、私は後悔せずにいられるだろうか。こんなにも思ってくれている彼の気持ちに、同情で答えてしまっていいのか。
「私ね、蔵はそういう恋愛とかあんまり快く思ってないんやと思ってた。いっつも私と噂話されるの、困った顔で聞いてたやん?」
蔵は肩口に額を押し付けたまま、動く気配はない。
「私、蔵と付き合ってるって言われてちょっと嬉しかったりもしたんやよ。でも、蔵の迷惑になってるんやって思ったら、蔵に対してそうやって浮ついたこと思ってんのがすごく恥ずかしくなってん」
「そんなん俺かて同じや……。名前に迷惑やって思われて、それが原因で友達でもおれんようになったら、って思ったら噂が怖くなってん」
それが、彼の困ったような笑顔の理由だった。お互いに、友達でいることに必死になってしまったのだ。好きだからこそ、そばにいられるように、友達という関係が崩れてしまわないように、線を引いてしまっていた。
「なんや、お互いさまやったね」
「俺は名前が好きや。もう友達でおろうなんて思わん」
彼は顔を上げて、まっすぐな目でそういった。
「俺と、付き合ってください」
答えは決まっていた。彼の気持ちを受け入れることはできない。でも、それは彼のことが嫌いだからじゃない。自分の気持ちに整理をつけられてないからだ。
「ごめん……なさい。今は答えられん」
思いを伝えてくれた彼に失礼のないよう、私もしっかり彼の目を見てそう伝えた。
「ん……ありがとう」
小さく笑ってそう言った彼は、私から見えないように顔を背けてしまう。
「ひとつ聞いてもええか?」
その声は少し震えていた。
「俺、名前のこと好きでおってもええんかな。これからもそばにおれるんかな」
「私は、これからも蔵と仲良くしたい」
素直な私の気持ちだ。
「ええの?俺しつこいで?名前のこと諦めきれんし、もう友達のままでええなんて思ってないんやで?」
そんなことを言ってからかい半分に私を脅すが、むしろこちらが聞きたかった。こんな中途半端な気持ちのまま、蔵と仲良くしていきたいだなんて都合のいい話だ。きっとここではっきりと突き放してしまう方が、これからの蔵の気持ちを考えたら正しいのだと思う。
でも、そうできないのは私が弱いからだ。蔵のことが好きだ。離れたくない。2年と少し、一緒に過ごしてきたこの関係を壊したくなかった。それに、蔵のことを好きだという気持ちが、友情だと言い切れるのか、自信がなくなってしまった。
「ええよ。でも私の気持ちに整理がつくまで、蔵のこと傷つけてしまうかもしれん。それでも返事、待っててくれる?」
「あたりまえや!名前がどんな答えを出しても、俺はちゃんとそれを受け止めるで」
彼はなんて優しいのだろう。
対して、私はわがままで嫌な女だ。光くんにもちゃんと向き合い始めたばかりだというのに、蔵に対しても返事は保留。どちらが好きなのか、という単純な問題では片付けられない自分の気持ちにどうしたら整理をつけられるのだろう。
いっそのこと、どちらも選ばない方が楽になれるのかもしれない。そんな考えがふと頭をよぎる。でも、それはあまりにも失礼だ。今の状態が苦しいから、逃げるためにそれを選択するのは、自分のことがますます嫌いになりそうで、必死にその考えを捨てる。
2人の気持ちに誠心誠意答えるには、まずは私の気持ちに向き合わなきゃいけない。そんなことはもうわかりきったことだった。
相談にのる、といってここにやってきたのだが、蔵は他愛もない話ばかりを口にする。目的を忘れたわけではないだろう。まるで相談の内容に触れるのを避けているかのようだ。
彼が口にしたくないことを無理矢理聞くわけにもいかず、普通の会話をしてご飯が進んでいく。
さて、お弁当箱も空になってしまい、いよいよこのままでは蔵と楽しいお昼休みを過ごしただけになってしまいそうだ。
「なぁ」
話にも区切りがついて、どうしようかというとき。ふと蔵が口を開く。いよいよ本題かとつい身構える。
「財前と……付き合ってるん?」
「蔵までなんやの、もうっ……」
まさか真剣な顔して相談とはそのことではないだろう。だとしたら、いったい何をあんなに思い詰めることがあったのか。部員とマネージャーの噂話に部長として思うことがあるのだろうか。
「謙也くんにも言ったけど、付き合ってないよ」
「ほんまに?」
ガシッと腕を掴まれて、真剣な顔でこちらをじっと見るものだから、こくこくと頷く。嘘をついているわけではないが、光くんのことを思い出して少し隠し事をしているような気になる。
付き合ってはいない。が、何もなかったかと言われるとそうはいい切れない。今までの先輩後輩の関係から少し変わってしまったような気もする。個人的なことなのだから、別にいう義理はないと思うが、部長という立場から心配しているだろう蔵に隠し事をするのは気がひける。それに蔵とはそれなりに仲が良い友達だと思っている。彼にだったら相談してもいいかもしれない。そのほうが蔵を余計なことで悩ませたりもしないで済むだろう。
「付き合ってはないけど……」
蔵のまっすぐな目から逃げるように、目をそらしつつ言葉を濁す。いざ言うとなると恥ずかしさがこみ上げてくる。「光くんに迫られてて困ってます」なんて口に出すと思うとうまく言葉が出てこない。今更、これってうぬぼれじゃないだろうか、とか余計な心配まで出てくる。
私の言葉の続きを待っていただろう、蔵がそっと口を開く。
「財前のこと、好きなん?」
そのこえはひどく自信なさげに震えていた。腕を掴んでいた手も力が抜けて今にも離れて落ちてしまいそうだ。
「蔵?えっと、どうしたん?」
見たことのない蔵の弱った姿に焦ってしまう。崩れ落ちてしまいそうに見えて、反射的に蔵の肩に手を回そうとすれば、その手を掴まれてしまう。
「答えて。名前は財前のこと好きなん?」
近くまで寄せられた顔は今にも泣きそうに歪んでいる。
好きじゃない、と答えられたらよかったのだろうか。
「わからない」
正直な答えだった。光くんのことを自分でもどう思っているのかわからなかった。嫌いでないことは確かだ。むしろ好きの部類に入るだろう。でもそれは後輩として。
あんな風に迫られて、見方が変わってしまった。男の子として彼のことを意識しているのだ。嫌だという気持ちはない。でも、まだ彼の気持ちを受け入れられるほどはっきりとした気持ちは生まれてないのだ。もしかしたら、そういう行為にドキドキしているだけなのかもしれないと思うと、出てくる答えは「わからない」だった。
「いやや……」
独り言のようにぼそりと呟いたと思った、それが耳に届くのとどちらが早かっただろうか。
蔵の唇が私の唇に重ねられていた。
しっかりと押し付けられたそれは、小さくリップ音を立てて離れていく。
突然のことに頭が真っ白になる。私は今、蔵にキスをされたのか。なぜこんなことをしたのだろう。どうして蔵はそんなにも苦しそうな顔で私を見つめるのだろう。
「好きや……。名前のことが好きなんや……」
その答えは、すごくシンプルだ。彼の口からそれは告げられた。
「財前と付き合うてるかもって聞いた時、めちゃくちゃ焦ってん。一番仲がいいのは俺やと思ってたのに、好きになってもらわんでも、仲のいい友達でおれたらええって思ってたのに」
全く気づかなかった。顔を歪めてぽつりぽつりと語る蔵は今までどれだけの思いを抱えていたのだろう。
「名前が財前のこと好きなんやと思ったら、そんなん絶対に耐えれんくて……いやや。今朝、名前の家に行ったら財前がおって、怖くて見てられへんかった。俺のこと好きでいてほしい。俺と付き合ってほしい」
私の肩にそっと頭を寄せ、小さくつぶやくその声はか細い。しかし、はっきりとした意志がこもっているのは確かだ。
蔵の弱々しい姿に耐えられず、彼の背に手を回してしまいそうになる。
しかし、すんでのところでとどまった。今ここで彼の気持ちを受け止めて、私は後悔せずにいられるだろうか。こんなにも思ってくれている彼の気持ちに、同情で答えてしまっていいのか。
「私ね、蔵はそういう恋愛とかあんまり快く思ってないんやと思ってた。いっつも私と噂話されるの、困った顔で聞いてたやん?」
蔵は肩口に額を押し付けたまま、動く気配はない。
「私、蔵と付き合ってるって言われてちょっと嬉しかったりもしたんやよ。でも、蔵の迷惑になってるんやって思ったら、蔵に対してそうやって浮ついたこと思ってんのがすごく恥ずかしくなってん」
「そんなん俺かて同じや……。名前に迷惑やって思われて、それが原因で友達でもおれんようになったら、って思ったら噂が怖くなってん」
それが、彼の困ったような笑顔の理由だった。お互いに、友達でいることに必死になってしまったのだ。好きだからこそ、そばにいられるように、友達という関係が崩れてしまわないように、線を引いてしまっていた。
「なんや、お互いさまやったね」
「俺は名前が好きや。もう友達でおろうなんて思わん」
彼は顔を上げて、まっすぐな目でそういった。
「俺と、付き合ってください」
答えは決まっていた。彼の気持ちを受け入れることはできない。でも、それは彼のことが嫌いだからじゃない。自分の気持ちに整理をつけられてないからだ。
「ごめん……なさい。今は答えられん」
思いを伝えてくれた彼に失礼のないよう、私もしっかり彼の目を見てそう伝えた。
「ん……ありがとう」
小さく笑ってそう言った彼は、私から見えないように顔を背けてしまう。
「ひとつ聞いてもええか?」
その声は少し震えていた。
「俺、名前のこと好きでおってもええんかな。これからもそばにおれるんかな」
「私は、これからも蔵と仲良くしたい」
素直な私の気持ちだ。
「ええの?俺しつこいで?名前のこと諦めきれんし、もう友達のままでええなんて思ってないんやで?」
そんなことを言ってからかい半分に私を脅すが、むしろこちらが聞きたかった。こんな中途半端な気持ちのまま、蔵と仲良くしていきたいだなんて都合のいい話だ。きっとここではっきりと突き放してしまう方が、これからの蔵の気持ちを考えたら正しいのだと思う。
でも、そうできないのは私が弱いからだ。蔵のことが好きだ。離れたくない。2年と少し、一緒に過ごしてきたこの関係を壊したくなかった。それに、蔵のことを好きだという気持ちが、友情だと言い切れるのか、自信がなくなってしまった。
「ええよ。でも私の気持ちに整理がつくまで、蔵のこと傷つけてしまうかもしれん。それでも返事、待っててくれる?」
「あたりまえや!名前がどんな答えを出しても、俺はちゃんとそれを受け止めるで」
彼はなんて優しいのだろう。
対して、私はわがままで嫌な女だ。光くんにもちゃんと向き合い始めたばかりだというのに、蔵に対しても返事は保留。どちらが好きなのか、という単純な問題では片付けられない自分の気持ちにどうしたら整理をつけられるのだろう。
いっそのこと、どちらも選ばない方が楽になれるのかもしれない。そんな考えがふと頭をよぎる。でも、それはあまりにも失礼だ。今の状態が苦しいから、逃げるためにそれを選択するのは、自分のことがますます嫌いになりそうで、必死にその考えを捨てる。
2人の気持ちに誠心誠意答えるには、まずは私の気持ちに向き合わなきゃいけない。そんなことはもうわかりきったことだった。