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「あんた、はよ家出やんでええの!?遅刻するやろ!」
母の大声は朝の覚醒前の頭にはよく響きすぎるから苦手だ。でも今日はそんなの気にならないくらいに、大事なことがあった。
「ちょ、ちょっと待って、まだ準備が」
「何言うてんの、もう出れるばっかやろ。はよ行きや!」
カバンをぐいぐい引っ張られて玄関に追いやられる。確かに準備はばっちりだ。でもそれは身支度の話。私が言ってるのは心の準備だ。
『めっちゃ嬉しいっすわ。
明日、朝一緒に学校行きませんか?
家まで迎えに行きます。』
今朝、届いていたメールだ。実際届いたのは昨日の夜なのだが、私は今朝見たのだから、今朝のメールだ。明日の朝、つまり今日。今、すぐにでも光くんが迎えにくるのだ。いきなり言われてもまだどうやって顔を合わせていいのかわからない。彼は前もってメールを送ってくれたわけだから、いきなりだというのは見なかった私の都合に過ぎないのだが、この際言い訳でもなんでもいい。とにかく、まだ彼に会う準備ができていない。
だが、時間がギリギリなのも事実。
学校に向かうだけならばまだ随分と余裕のある時間なのだが、私たちテニス部には朝練というものがある。いつも少しは余裕を持って家を出るのだが、今日はもうその時間を過ぎている。いい加減に家を出ないとそろそろ遅刻が近づいてきている。
「何をそんなに渋っとるん?なんや、学校に行きたない理由でもあるん?」
カバン越しに繰り広げられていた攻防戦を一時中断して、母が少し心配そうな顔で問いかけてくる。
ごめんなさい、心配するようなことはなにもないです。
母の真剣な様子に若干の申し訳なさを感じて、ようやく覚悟を決めた。
「なんでもないよ、大丈夫。いってきまーす……」
なんとなく、そーっとドアを開けて、外を確認する。
いる。門の外で壁に背を預けて携帯をいじっているようだ。こちらにはまだ気づいた様子は無い。
今度は音を出さないよう、そーっとドアを閉める。こそこそしたところで意味は無いのだが、話しかけるタイミングくらいこちらで測れるだろう。
「なにコソコソしてんすか」
「ひゃあ!」
突然耳元で聞こえた声に心臓が飛び上がり、声が押し出される。
「おはようございます、名前さん」
そこにいたのは、当然光くんだ。
先手を取られたことで、ペースを狂わされてしまい、心臓がうるさい。
「おはよう……」
随分と距離が近いのだが、離れようにも後ろにはドアがある。ならば、この状況からの脱出を試みるべく、彼を押しのけて急かす。
「ほら、早よ行こう。結構ギリギリやで」
うつむき気味に彼の横を通り過ぎようとするが、それは叶わない。彼の手にがっちりと掴まれてしまった腕のせいだ。
「ねえ待って。俺、名前さんに言いたいことあるんです」
言いたいこと、なんて言われてそれに気づけないほど私は鈍感では無い。昨日の一件あってのことだ。そう考えてしまうのが自然だろう。
彼とどう顔をあわせていいかわからず、結局いつも通り振舞おうと思っていたのだが、彼がそうさせてはくれない。どんな顔をしていいのか、なんと言ったらいいのか、自分の気持ちにすら整理がついていないこの状況で彼と向き合うのは簡単なことでは無い。
「……名前さん、そんな顔しやんとって。すんません、困らせて」
光くんの口からどんな言葉が飛び出るのか、内心ビクビクしながら待ち構えていた私は一体どんな顔をしていたのか。申し訳なさそうに眉を下げて笑う彼の表情からして、良いものでなかったのは簡単に想像がつく。普段表情をあまり崩さない彼の中でもかなりレアな、随分と柔らかい表情。思えば昨日から見たこと無い彼の顔ばかり見ている。
「でも、名前さんが俺のことで悩んでくれてるの、めちゃくちゃ嬉しいんすわ。いつかちゃんと言うんで、それまで俺のこと、男として見とってください」
そう言って彼は私の頭に軽く手を乗せた。
「こうやって、触れたくなるんも許してください。でもちゃんと拒否しんかったら俺、期待するんで」
「言ってること、めちゃくちゃやん……」
「名前さんに俺のこと好きになってもらいたくてしゃあないんすわ」
そのままくしゃくしゃに頭を撫で回した彼は、いつもの私が知っている生意気な後輩の顔をしていた。
「寝癖はちゃんと直したほうがいいっすよ」
「光くんのせいやん」
ボサボサになった髪の毛を手で撫でつけながら、先に歩き始めた彼を追う。スタスタと先を行く彼を斜め後ろから眺めながら、心臓を落ち着けることに集中する。彼がそばにいる以上無駄な気もするが、ばれないように深めの呼吸を繰り返す。
ふと彼が立ち止まって振り返った。合わせて私も立ち止まる。
「……なんでそんな後ろなんすか。せっかく一緒に歩いてるんやから隣でしょ」
斜め後ろからの距離を保ったままだった私の手を引いて、再び歩き出す光くん。せっかく落ち着けたと思った心臓がまた忙しく音を立て始める。
「ひっ、光くん。手、恥ずかしい……」
振り払うことができず、抗議した声は随分とか弱かったが、彼はすんなりと手を離してくれる。思いの外あっさりと離してくれたことに少し驚く。
「嫌われたく無いから、名前さんが嫌やっていうならしませんよ。付き合えたら嫌っていうくらい繋いだるし」
さらりと言った「付き合えたら」なんて言葉に反応してしまう。きっと私の顔は真っ赤だ。
「そんなんいちいち反応してたら身が持ちませんよ。俺、手加減しないんで。まぁ、意識されてんのは嬉しいっすわ」
ニヤッと笑った彼に、私だけがペースを乱されているようで悔しくなる。彼に翻弄されて、まるで私のほうが光くんを好きみたいだ。
「ふんっ、せいぜい頑張ればええんやないの」
ちょっとした反抗心で、煽るような可愛げの無いことを口にしてみる。声に出してから、かなり自信過剰な発言だったと若干後悔する。自分を落としてみろと言っているようなものだ。
「ふーん、なかなか言うやないですか」
面白そうな声に後悔がはっきりと形になる。今まででさえ彼の行動にはドキドキさせられっぱなしなのに、これ以上となったらもう心臓が故障してしまうのではないだろうか。
もう余計なことを言うまいと、学校まで彼の話に相槌をうってやりすごす。そんな私の考えを見透かしてか、光くんは終始楽しそうにしていた気がする。結局私が全面的に負けてしまったような形だ。
あまりすっきりしないまま向かった朝練は遅刻ギリギリで、私たちが最後のようだった。2人揃って遅れての登場に、若干みんならの視線が痛い気がする。光くんはそんなの一切気にしていないように、輪の中に入っていってトレーニングを始めている。
私もなるべく気にしないようにして、遅れた分を取り戻すべく、今日の仕事に取り掛かる。気にしないように振り払った視線の中に、ひときわじっとこちらを見つめる目があることに気づかないまま。
母の大声は朝の覚醒前の頭にはよく響きすぎるから苦手だ。でも今日はそんなの気にならないくらいに、大事なことがあった。
「ちょ、ちょっと待って、まだ準備が」
「何言うてんの、もう出れるばっかやろ。はよ行きや!」
カバンをぐいぐい引っ張られて玄関に追いやられる。確かに準備はばっちりだ。でもそれは身支度の話。私が言ってるのは心の準備だ。
『めっちゃ嬉しいっすわ。
明日、朝一緒に学校行きませんか?
家まで迎えに行きます。』
今朝、届いていたメールだ。実際届いたのは昨日の夜なのだが、私は今朝見たのだから、今朝のメールだ。明日の朝、つまり今日。今、すぐにでも光くんが迎えにくるのだ。いきなり言われてもまだどうやって顔を合わせていいのかわからない。彼は前もってメールを送ってくれたわけだから、いきなりだというのは見なかった私の都合に過ぎないのだが、この際言い訳でもなんでもいい。とにかく、まだ彼に会う準備ができていない。
だが、時間がギリギリなのも事実。
学校に向かうだけならばまだ随分と余裕のある時間なのだが、私たちテニス部には朝練というものがある。いつも少しは余裕を持って家を出るのだが、今日はもうその時間を過ぎている。いい加減に家を出ないとそろそろ遅刻が近づいてきている。
「何をそんなに渋っとるん?なんや、学校に行きたない理由でもあるん?」
カバン越しに繰り広げられていた攻防戦を一時中断して、母が少し心配そうな顔で問いかけてくる。
ごめんなさい、心配するようなことはなにもないです。
母の真剣な様子に若干の申し訳なさを感じて、ようやく覚悟を決めた。
「なんでもないよ、大丈夫。いってきまーす……」
なんとなく、そーっとドアを開けて、外を確認する。
いる。門の外で壁に背を預けて携帯をいじっているようだ。こちらにはまだ気づいた様子は無い。
今度は音を出さないよう、そーっとドアを閉める。こそこそしたところで意味は無いのだが、話しかけるタイミングくらいこちらで測れるだろう。
「なにコソコソしてんすか」
「ひゃあ!」
突然耳元で聞こえた声に心臓が飛び上がり、声が押し出される。
「おはようございます、名前さん」
そこにいたのは、当然光くんだ。
先手を取られたことで、ペースを狂わされてしまい、心臓がうるさい。
「おはよう……」
随分と距離が近いのだが、離れようにも後ろにはドアがある。ならば、この状況からの脱出を試みるべく、彼を押しのけて急かす。
「ほら、早よ行こう。結構ギリギリやで」
うつむき気味に彼の横を通り過ぎようとするが、それは叶わない。彼の手にがっちりと掴まれてしまった腕のせいだ。
「ねえ待って。俺、名前さんに言いたいことあるんです」
言いたいこと、なんて言われてそれに気づけないほど私は鈍感では無い。昨日の一件あってのことだ。そう考えてしまうのが自然だろう。
彼とどう顔をあわせていいかわからず、結局いつも通り振舞おうと思っていたのだが、彼がそうさせてはくれない。どんな顔をしていいのか、なんと言ったらいいのか、自分の気持ちにすら整理がついていないこの状況で彼と向き合うのは簡単なことでは無い。
「……名前さん、そんな顔しやんとって。すんません、困らせて」
光くんの口からどんな言葉が飛び出るのか、内心ビクビクしながら待ち構えていた私は一体どんな顔をしていたのか。申し訳なさそうに眉を下げて笑う彼の表情からして、良いものでなかったのは簡単に想像がつく。普段表情をあまり崩さない彼の中でもかなりレアな、随分と柔らかい表情。思えば昨日から見たこと無い彼の顔ばかり見ている。
「でも、名前さんが俺のことで悩んでくれてるの、めちゃくちゃ嬉しいんすわ。いつかちゃんと言うんで、それまで俺のこと、男として見とってください」
そう言って彼は私の頭に軽く手を乗せた。
「こうやって、触れたくなるんも許してください。でもちゃんと拒否しんかったら俺、期待するんで」
「言ってること、めちゃくちゃやん……」
「名前さんに俺のこと好きになってもらいたくてしゃあないんすわ」
そのままくしゃくしゃに頭を撫で回した彼は、いつもの私が知っている生意気な後輩の顔をしていた。
「寝癖はちゃんと直したほうがいいっすよ」
「光くんのせいやん」
ボサボサになった髪の毛を手で撫でつけながら、先に歩き始めた彼を追う。スタスタと先を行く彼を斜め後ろから眺めながら、心臓を落ち着けることに集中する。彼がそばにいる以上無駄な気もするが、ばれないように深めの呼吸を繰り返す。
ふと彼が立ち止まって振り返った。合わせて私も立ち止まる。
「……なんでそんな後ろなんすか。せっかく一緒に歩いてるんやから隣でしょ」
斜め後ろからの距離を保ったままだった私の手を引いて、再び歩き出す光くん。せっかく落ち着けたと思った心臓がまた忙しく音を立て始める。
「ひっ、光くん。手、恥ずかしい……」
振り払うことができず、抗議した声は随分とか弱かったが、彼はすんなりと手を離してくれる。思いの外あっさりと離してくれたことに少し驚く。
「嫌われたく無いから、名前さんが嫌やっていうならしませんよ。付き合えたら嫌っていうくらい繋いだるし」
さらりと言った「付き合えたら」なんて言葉に反応してしまう。きっと私の顔は真っ赤だ。
「そんなんいちいち反応してたら身が持ちませんよ。俺、手加減しないんで。まぁ、意識されてんのは嬉しいっすわ」
ニヤッと笑った彼に、私だけがペースを乱されているようで悔しくなる。彼に翻弄されて、まるで私のほうが光くんを好きみたいだ。
「ふんっ、せいぜい頑張ればええんやないの」
ちょっとした反抗心で、煽るような可愛げの無いことを口にしてみる。声に出してから、かなり自信過剰な発言だったと若干後悔する。自分を落としてみろと言っているようなものだ。
「ふーん、なかなか言うやないですか」
面白そうな声に後悔がはっきりと形になる。今まででさえ彼の行動にはドキドキさせられっぱなしなのに、これ以上となったらもう心臓が故障してしまうのではないだろうか。
もう余計なことを言うまいと、学校まで彼の話に相槌をうってやりすごす。そんな私の考えを見透かしてか、光くんは終始楽しそうにしていた気がする。結局私が全面的に負けてしまったような形だ。
あまりすっきりしないまま向かった朝練は遅刻ギリギリで、私たちが最後のようだった。2人揃って遅れての登場に、若干みんならの視線が痛い気がする。光くんはそんなの一切気にしていないように、輪の中に入っていってトレーニングを始めている。
私もなるべく気にしないようにして、遅れた分を取り戻すべく、今日の仕事に取り掛かる。気にしないように振り払った視線の中に、ひときわじっとこちらを見つめる目があることに気づかないまま。