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少し落ち着きたいから、と中庭に残った蔵と別れ、私は1人、校舎に戻った。蔵はあれでよかったのだろうか。今更もう遅いのだろうが、考えることはやめられなかった。
まだ教室に戻るには少し時間がある。気づくと足はまっすぐに教室に帰る道を逸れて、人のいない、静かな方へと向いていた。音が遠ざかるにつれて、思考は深いところへと潜っていく。
「名前さん、やっとみつけた」
そんな私を引き戻したのは、聞き慣れた声だった。
「教室いったのにおらんかったから探しました」
財前くんだ。どうやら懲りずにまた私の教室に行っていたらしい。
「……部長と一緒やったんやないですか?」
謙也くんに聞いたのだろうか。いや、2人揃っていなかったから、察しのいい彼ならば予想がついたのかもしれない。どっちにしても、変に嘘をついたところでばれてしまいそうだ。
「うん、さっきまで一緒だった」
隠すこともない。私は事実をそのまま彼に伝えた。
「なにしてたんすか」
予想通りの質問だ。さっきのことを、光くんに話すべきか悩んでいた私にとってあまり嬉しくない質問だ。
きっと彼は気分を悪くするだろう。自分の気持ちを保留状態にして待たせている女が、「別の男からの告白を断れませんでした」などと言ってくるのはどう考えてもいい気はしない。
彼の視線が刺さる。全てを見透かしているようなその目は、嘘をついても無駄だと言われているようで居心地が悪い。その目から逃れたい一心で私は、隠すことなく、全てを光くんに話した。
「はぁー、やられましたわ」
彼の反応は予想外だった。
もう少し、なにかあるのではないかと思ったが、妙に落ち着いている。
「あの、怒ったりしやんの?」
別に怒られたいわけではないが、彼の気持ちを考えたら少しはそういう感情が湧いてくるものなのではと思うのだが。
「や、まぁ部長が名前さんのこと好きなのは知ってたんで。せやから牽制してたつもりやったんすけどね」
「へ……えぇ!?蔵の気持ち気づいてたん!?」
「結構わかりやすかったですよ」
当事者の私が知らなかったのがおかしいのかと思えてくる。光くんはなんでもないように言って見せたが、蔵にそんなそぶりがあっただろうか。何も思い当たる節はない。
「まぁでも、確かに気に食わんとは思います。こっちは必死に我慢してんのに、あっさり先越されるなんて」
「え?なにが……」
「なぁ俺もキス、してもええっすか」
腕を取られ、壁際へと追いやられる。
「部長に先越されたん、悔しいっすわ。俺はちゃんと待ってたのに」
手首を締め付ける手に力が入る。態度には見せなかったようだが、やはり彼だって気にしていないわけではなかったようだ。
「ねぇ、名前さん……キスしたい」
光くんはどんどん迫ってきて、壁との間に完全に挟まれた私に逃げ場は用意されていない。
「ま、まって……あかんって!こんなんいつ人がくるかもわからんし……」
必死に言い訳を探すが、光くんが引き退る様子はない。
「部長としたんも学校やないですか」
「あれは、急に!不意打ちやったから……」
「じゃあ俺も勝手にしたらええの?」
より一層顔を近づけてくる光くんに頭の中はもうまともな思考を放棄し始めていた。もう彼がどんな表情をしているかもわからない。ただこちらを見つめる瞳だけが静かに揺れている。
まばたきをすればまつげがぶつかってしまうほどの距離で、時間は過ぎる。何分も経ったかのように思えるが、実際は数秒なのかもしれない。
吐いた息がかかってしまう距離でまともに呼吸などできるわけもなく、止まった呼吸と痛いほどに全身に響く心臓の音でどうしようもなく苦しい。
いつ触れてもおかしくないその距離に耐えきれず、私はぎゅっと目を閉じてしまった。これ以上彼を見ていることができなかった。
「そんなんされたら、我慢できんやろ」
ボソッとつぶやいた彼の声は私に向けて言われた言葉なのか。
柔らかな感触が額に触れたのはそのすぐ後だった。
「目ぇなんか閉じて、キス待ちみたいな顔しやんとってくださいよ」
キス待ちなんてそんなつもりは一切なかったのだが、彼にそう見えてしまっていたのでは言い訳したところで、それは変えられない事実だ。途端に恥ずかしさがこみ上げるが、すでに限界を迎えた私にはもうどうでもよい微々たるものだ。
顔を真っ赤にして、何かをこらえるように顔をしかめた光くんは、ずっと力を入れていた私の手首から手を離した。しかし解放はやってこない。
手首を離れた手は、そのままするりと私の頬に触れた。
「あかん、本当に好きや。名前さんかわいすぎるやろ……」
何度か頬をなで、次は親指でそっと唇に触れてくる。手の熱に浮かされる。すごくいけないことをしているような、この先には進んではいけないような気がするのに、その手を払いのけることはできなかった。
まるで世界には私たちだけしかいないような。そんな、完全な2人の時間があたりを包んだように錯覚する。
その幻想はチャイムの音で現実に戻った。随分と大きく響いているように聞こえるチャイムは、昼休みの終わりを告げるものだ。
空気に飲まれ、停滞していた思考が一気に呼び戻される。
「ひ、光くん?チャイムなったし、いこか?」
彼の手から逃げるように顔をそむけ、体をよじれば、彼の手は簡単に私を離してくれた。それを幸いと、彼に背を向け、教室への道を急ぎ始める。今会ったことを振り払うように、早くこの場から逃げたい一心で彼の返事など待たず足は先を急ぐ。
「嫌です」
逃げることは叶わなかった。彼によって阻止されてしまった。
お腹に回る腕。背中に感じる暖かさ。首元にかかる息。
私は今、光くんに抱きしめられているんだと理解するのには十分すぎる情報だった。
「行かんとって、離したくない。……部長のとこなんか、行かんとって」
別に蔵のところに行くわけではないのだが、彼にとっては教室は蔵のいる場所なんだろう。言いながら、お腹に回る腕に一層力が篭る。
「ちょ、離して!こんなとこ見られたら困るって……」
そう、ここは学校の廊下だ。いつ、誰が通るかもわからない。見られなければ良いというわけでもないが、とにかく一旦離してもらわなければ動くこともできない。しかし抵抗しようとすればするほど、彼の腕は離さないというように力を増す。
「いやや、別に見られたってええですし」
首元に顔を埋めて喋るせいで、吐息がかかって熱い。なんとか正常な思考を保たねば、と彼の手を叩いたりして抗議する。
しかしまるで駄々をこねるように、いやだ、いやだ、とつぶやく。身動きも取れない上に、彼は聞く耳を持ってくれない。これではこちらが折れるしかないようだ。
「わかった、わかったから、ここにおるんは見つかったらよくないし。どっかいこ?な?」
教室には戻らないことで、なんとか彼の説得を試みる。すると案外あっさりと納得してくれる。
「ほんまに?」
「うん、ほんまやで!この時間はサボろ、な?」
そこまで言えば、彼はようやく腕をほどいてくれた。
「じゃあ、行きましょ」
解いたかと思えば、私の手をとってすぐそばの教室に手をかける。
「ここなら誰にも邪魔されんから」
まだ教室に戻るには少し時間がある。気づくと足はまっすぐに教室に帰る道を逸れて、人のいない、静かな方へと向いていた。音が遠ざかるにつれて、思考は深いところへと潜っていく。
「名前さん、やっとみつけた」
そんな私を引き戻したのは、聞き慣れた声だった。
「教室いったのにおらんかったから探しました」
財前くんだ。どうやら懲りずにまた私の教室に行っていたらしい。
「……部長と一緒やったんやないですか?」
謙也くんに聞いたのだろうか。いや、2人揃っていなかったから、察しのいい彼ならば予想がついたのかもしれない。どっちにしても、変に嘘をついたところでばれてしまいそうだ。
「うん、さっきまで一緒だった」
隠すこともない。私は事実をそのまま彼に伝えた。
「なにしてたんすか」
予想通りの質問だ。さっきのことを、光くんに話すべきか悩んでいた私にとってあまり嬉しくない質問だ。
きっと彼は気分を悪くするだろう。自分の気持ちを保留状態にして待たせている女が、「別の男からの告白を断れませんでした」などと言ってくるのはどう考えてもいい気はしない。
彼の視線が刺さる。全てを見透かしているようなその目は、嘘をついても無駄だと言われているようで居心地が悪い。その目から逃れたい一心で私は、隠すことなく、全てを光くんに話した。
「はぁー、やられましたわ」
彼の反応は予想外だった。
もう少し、なにかあるのではないかと思ったが、妙に落ち着いている。
「あの、怒ったりしやんの?」
別に怒られたいわけではないが、彼の気持ちを考えたら少しはそういう感情が湧いてくるものなのではと思うのだが。
「や、まぁ部長が名前さんのこと好きなのは知ってたんで。せやから牽制してたつもりやったんすけどね」
「へ……えぇ!?蔵の気持ち気づいてたん!?」
「結構わかりやすかったですよ」
当事者の私が知らなかったのがおかしいのかと思えてくる。光くんはなんでもないように言って見せたが、蔵にそんなそぶりがあっただろうか。何も思い当たる節はない。
「まぁでも、確かに気に食わんとは思います。こっちは必死に我慢してんのに、あっさり先越されるなんて」
「え?なにが……」
「なぁ俺もキス、してもええっすか」
腕を取られ、壁際へと追いやられる。
「部長に先越されたん、悔しいっすわ。俺はちゃんと待ってたのに」
手首を締め付ける手に力が入る。態度には見せなかったようだが、やはり彼だって気にしていないわけではなかったようだ。
「ねぇ、名前さん……キスしたい」
光くんはどんどん迫ってきて、壁との間に完全に挟まれた私に逃げ場は用意されていない。
「ま、まって……あかんって!こんなんいつ人がくるかもわからんし……」
必死に言い訳を探すが、光くんが引き退る様子はない。
「部長としたんも学校やないですか」
「あれは、急に!不意打ちやったから……」
「じゃあ俺も勝手にしたらええの?」
より一層顔を近づけてくる光くんに頭の中はもうまともな思考を放棄し始めていた。もう彼がどんな表情をしているかもわからない。ただこちらを見つめる瞳だけが静かに揺れている。
まばたきをすればまつげがぶつかってしまうほどの距離で、時間は過ぎる。何分も経ったかのように思えるが、実際は数秒なのかもしれない。
吐いた息がかかってしまう距離でまともに呼吸などできるわけもなく、止まった呼吸と痛いほどに全身に響く心臓の音でどうしようもなく苦しい。
いつ触れてもおかしくないその距離に耐えきれず、私はぎゅっと目を閉じてしまった。これ以上彼を見ていることができなかった。
「そんなんされたら、我慢できんやろ」
ボソッとつぶやいた彼の声は私に向けて言われた言葉なのか。
柔らかな感触が額に触れたのはそのすぐ後だった。
「目ぇなんか閉じて、キス待ちみたいな顔しやんとってくださいよ」
キス待ちなんてそんなつもりは一切なかったのだが、彼にそう見えてしまっていたのでは言い訳したところで、それは変えられない事実だ。途端に恥ずかしさがこみ上げるが、すでに限界を迎えた私にはもうどうでもよい微々たるものだ。
顔を真っ赤にして、何かをこらえるように顔をしかめた光くんは、ずっと力を入れていた私の手首から手を離した。しかし解放はやってこない。
手首を離れた手は、そのままするりと私の頬に触れた。
「あかん、本当に好きや。名前さんかわいすぎるやろ……」
何度か頬をなで、次は親指でそっと唇に触れてくる。手の熱に浮かされる。すごくいけないことをしているような、この先には進んではいけないような気がするのに、その手を払いのけることはできなかった。
まるで世界には私たちだけしかいないような。そんな、完全な2人の時間があたりを包んだように錯覚する。
その幻想はチャイムの音で現実に戻った。随分と大きく響いているように聞こえるチャイムは、昼休みの終わりを告げるものだ。
空気に飲まれ、停滞していた思考が一気に呼び戻される。
「ひ、光くん?チャイムなったし、いこか?」
彼の手から逃げるように顔をそむけ、体をよじれば、彼の手は簡単に私を離してくれた。それを幸いと、彼に背を向け、教室への道を急ぎ始める。今会ったことを振り払うように、早くこの場から逃げたい一心で彼の返事など待たず足は先を急ぐ。
「嫌です」
逃げることは叶わなかった。彼によって阻止されてしまった。
お腹に回る腕。背中に感じる暖かさ。首元にかかる息。
私は今、光くんに抱きしめられているんだと理解するのには十分すぎる情報だった。
「行かんとって、離したくない。……部長のとこなんか、行かんとって」
別に蔵のところに行くわけではないのだが、彼にとっては教室は蔵のいる場所なんだろう。言いながら、お腹に回る腕に一層力が篭る。
「ちょ、離して!こんなとこ見られたら困るって……」
そう、ここは学校の廊下だ。いつ、誰が通るかもわからない。見られなければ良いというわけでもないが、とにかく一旦離してもらわなければ動くこともできない。しかし抵抗しようとすればするほど、彼の腕は離さないというように力を増す。
「いやや、別に見られたってええですし」
首元に顔を埋めて喋るせいで、吐息がかかって熱い。なんとか正常な思考を保たねば、と彼の手を叩いたりして抗議する。
しかしまるで駄々をこねるように、いやだ、いやだ、とつぶやく。身動きも取れない上に、彼は聞く耳を持ってくれない。これではこちらが折れるしかないようだ。
「わかった、わかったから、ここにおるんは見つかったらよくないし。どっかいこ?な?」
教室には戻らないことで、なんとか彼の説得を試みる。すると案外あっさりと納得してくれる。
「ほんまに?」
「うん、ほんまやで!この時間はサボろ、な?」
そこまで言えば、彼はようやく腕をほどいてくれた。
「じゃあ、行きましょ」
解いたかと思えば、私の手をとってすぐそばの教室に手をかける。
「ここなら誰にも邪魔されんから」