Smile(いつの間にか晴れ。-1)

数えられないほど痛みの中にいた。
様々な思い 僕を行き来する
時間のない場所で。




ああ、心が痛くなるとこうなるんだな。
まるで他人事のように、己の心の動きを認識する。否、そうしないと良くわからないこの感情のまま、私は何をしてしまうか自身でも判らなかったからだ。私にもこんな感情があったんだな…と理解した。
理解と同時に、それは排除が必要な感情なのだな、とも。


私はあまりそう…自分に頓着せず生きてきた。だからこの手の感情が身の内に存在するとも考えていなかった。
暁の仲間が徐々に昏睡状態に陥っていくのを見て、焦り…焦燥感と、今まで持ったことが無い恐怖が心の中に芽生えた。
第一世界に呼ばれたどり着いて、詳細を聞いて、暁の仲間と巡り会ってやっと安堵…安堵したとともに、さらに初めての感情を理解した。
【嫉妬】と、【恋しい】という気持ち。
ああでもこれは---------------

「無くさないと、か。」

誰にも見られないようにして、一つ息を吐く。
それは他に誰もいない部屋の空気に、すぅと溶けていった。


此方の世界にたどり着いて、水晶公と呼ばれる方に色々話をきいた。その後此方の世界の各地で活動しているらしい暁の仲間に会いに行った。皆此方の情勢に合わせて立ち回りすら完全に変えているのもいたことに、正直驚いた。
その中でも…

「ミンフィリア…?」
「はい。…そう呼ばれています」

彼女、ミンフィリアと呼ばれているといった彼女については驚いた。これは…憑依とも違う。
ただ事情を聞くと、なるほど…と難しい問題なのだなと理解した。
それと同時に彼、サンクレッドがとても彼女を大事にしていることも、理解した。
途端に此方へ来る前自覚した感情は封印する必要があるのだな、と。
…正直、良かったなと思う。
これなら自分だけでなんとか消化すればいい。…誰にも、何も、言う必要もなく。
私はサンクレッドに恋をしている -----------していた、にしなければならない。そうこの時私は心に決めた。



その後第一世界を元の正常な姿に戻すまで色々なことがあったけれど、目の前のことが全てなのだと受け入れて立ち向かった。
何度となく心が砕かれそうなこともあったけれど。私は立ち止まらない
今目の前に転がってきたというのなら これは私が「対処できる」ということ。
出来ないようなものはまず目の前には来ないのだから…そう、信じて。

そして全てが終わって、無事に素敵な夜がまた、この第一世界に訪れた。



クリスタリウムで盛大に行われた祝勝会途中で、私はミネラルウォーターをもってクリスタリウムの中を歩き始めた。
見晴台までふらりと移動して座り込む。
誰にも聞こえないようによかったな、とつぶやいた。本当に良かった。
夜空の遠くにみえる星々をこの世界でも見えるようになった。
これから先、この世界の歪んだエーテルも正常な状態に戻っていくだろう。
……そうして大きな問題が一つ片付くたび、私の心の中の痛みを思い出すことになったが。
ああ。 忘れないといけないのに。

この心の痛みをいつか無くしてしまうことはできるのだろうか?
それとも。……ずっと抱えていくことになるのだろうか?

「まあ、それも、いいかな。」

意外と自分がロマンチストだったということも新たな発見かもしれない。
ずっとこの「貴方が愛しい」と思う気持ちを抱えて生きていくのも、また一つの選択。

「私だけしか知らない話、だしね。」
「-----------------なんだ、お前だけしか知らないって?」
「…! サンクレッド…」

フフ、と笑っていたら心をいまとても占めている彼の人が唐突に、やってきた。



ああ、まただ。
彼女は俺が話しかけると綺麗な仮面をかぶる…

「英雄様しか知らないとか、美味しそうなネタじゃないか?」
「-----そんなことないよ。」
大した話ではないといいながら、また彼女は俺がよく見る、ふんわりとした笑みを向ける。

此方の世界に来てから早5年が経っている。話をすり合わせると、原初世界とは時間が異なっていたようだ。
でも、原初世界にいる頃から俺は。…俺はずっと彼女を一人の女性として追いかけていた。
同じ「暁の仲間」としか見られていなかったとしても、ずっと。
…だから此方でやることがあったとしても心の中からこの感情が消え失せたことは一度もない。

ところが此方に来た彼女は、俺が…俺が覚えていた頃と少し違っていた。

いや全く変わってない部分のが大多数だ。相変わらず困った人が目の前にいるとほおっておけないところとか、初対面の人間相手にもなんら変わらない姿勢で接するとか
誰にでも分け隔てなく手を差し伸べるところ、とか。

ところが、偶に誰も周りにいないとき。
遠くを見ながらとても…辛そうな表情をするときがあった。
本当に僅かな時だけれど。酷く、辛そうに、泣きそうな顔をしていた。
あれは、表にでていないだけで身の内では泣いていたのかもしれない。
何が彼女にそんな表情をさせるのだろうか、と
その心を占めているものへの…嫉妬が止まらない。
彼女にはあんな顔をさせたくはない。俺が何とかできるならしてやりたいと思う
でも彼女は、誰かが傍にいるときは決してその表情を出さないのだ。
綺麗な…そう、とても綺麗に仮面を被るのだ。
まるで「そんなものは一切ない」とでもいうように。

「なあ。」
「ん?」
「本当に何もないのか。」
「? 何が?」
「俺たちに…俺に隠してることは無いか?」
「---------------ないよ。」

そう言って綺麗に笑う。
ああ、何故。
本当はその肩を揺さぶって問い詰めたい。嘘だろう?と。
さっきだって、俺が声をかけるまでお前は、とても…泣きそうな顔をしてたじゃないか。
まるで全てを諦めてしまったかのように。
だから怖かった。まるで全てを置いてどこかへ行ってしまうんじゃないかと。俺の前から。
でもそれを問い詰めることはできない。
俺は、彼女の仲間なだけでそれ以上でもそれ以下でもないのだから。

「そっか。…何かあったらちゃんと言えよ?」
「ありがとう。そうする」

いつか。この世界から元の世界に戻ったら今度こそちゃんと伝えようと思う。
お前が好きだと。この世の誰よりも、何よりも。



また喧騒の中に戻っていくサンクレッドの背中を見送りながら、こうして嘘を重ねていくのかもな、と思うと心の中で苦笑する。
でも、良い。それでいい。困らせたくないから…否。あのヘーゼルの眼の中に、拒絶の色をただただ私が見たくないだけだ。…ただの臆病なのだけど。

然し今はこれでいいのだと、私は私の心にナイフを深く差し込んだ。
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