声は、言葉にならない。(いつの間にか晴れ。0.5)

この感情をどう捉えたら良いのか。
そう、見慣れた天井を眺めながらずっと考えている。
そして最後には目を閉じる。
暫しの暗闇に、私の意識は沈んだ。



----------------------------同時刻・バルデシオン分館。
俺はヤ・シュトラの言っている意味が掴めずに思わず聞き返していた。

「…それはどういう事なんだ?」
「言葉通りよサンクレッド。本当に。」
魔女はその場にいる全ての人間を見渡し、続けた。
「彼女のエーテルの起伏が見えなくなったの。いえ、見えないというのはおかしいわね。…無くなったといったほうが良いくらいよ。」
今までなら常に波打つ程あったのにね。
「えっでも、よくわからないんだけど。それって全員誰でもあるってこと?私や、アルフィノにも。」
同じ様に戸惑うアリゼーが聞き返した。
「あるわよ。貴方達だけじゃなく私、サンクレッド、エスティニアン…この場の人間全てにあるわ。大小の差はあれどもね。量がないとか、そいういう話ではないのよ。まあ、確かにまだ彼女はまだあれから治りきっていないから、そういう意味では確かに不安定ね。でもそれとは別にーーーーーーーーー」

普通はどんな人間でも「感情の波」があるからそれが波長として出ているものなのだ、と。
それはエーテルを視認することができるヤ・シュトラでしかわからない部分でもあった。
だが今その魔女様が「動きが見えない」という。
「まるで、凪いだ海・・・ というよりなんていうか。……月面の砂の様だったわ」
静かで。沈黙しているような。

「俺はエーテルなんぞ自分でわからんからなんともだが。----------それは相棒に取って、悪いことなのか?」
「正直わからないわ。私も今までああいう状態を見たことがなかったから」
「ですが…今まであったものが無くなった、という事は…気をつけたほうが良いのでは?」
「ウリエンジェの言う通りだね。怪我のせいなのかどうか。そうだ、第一世界ではそういう人って見たことあるかい?グ・ラハ。」
「いや…俺もヤ・シュトラの様に視認できるわけではないから正直わからない。ただ、それってハルリク達みたいな罪喰い化しそうだった人々とは違うよな?」
「違うわ。エーテルの偏りとかそういう話ではないから。体内エーテル自体のバランスは普通よ。だから、ちゃんと私達と話もするし食べ物も食べてるわけじゃない?」
「そうよ。あのこ達のようなのとは違う。だって彼女は私とちゃんと話して、笑ってくれるもの…!」

では、何故。
その疑問は中に浮いたままだった。
最終的に「誰かしら彼女の傍に付いて暫く様子を見よう」という話で落ち着いた。
皆心配なのだ。英雄だからとかではなく、ただ一人の仲間として。
俺としては…たった一人の、愛しい人…として。
以前の出来事以来俺はエーテルの出し入れが難しい体になっている。
正直、今の彼女にこれと言って何もできないのが歯がゆくて仕方がない。
でも彼女の事をずっと見てきたから。----------些細な変化でも見逃さないように。
今はその記憶の中の彼女と、今がどう違うのかを見極めるしか無い、そう考えていた。




扉が微かに閉まる音で眼が覚めた。
ああ。…また少し寝てしまったようだ。
「おはよう…貴方おきてる?」
「…うん、おはよう、アリゼー」
「ああ、良いわよそのままで!」
起き上がろうとすると、制止されたので有り難く枕に頭を沈めた。
「…大丈夫?気分とか、悪くない?」
「平気だよ。…そんな心配そうな顔、しないで?」
笑顔の方が素敵よ、アリゼー。
そういうとちょっと頬を染めた。可愛い。
「!! そんな、サンクレッドがいいそうなこと言わないでよ!」
「フフ。」
ベッドの横に置いてある椅子に腰掛けると、アリゼーが私の手を握る。
今日は、どうしたのだろう?すこし不安げな光が眼の中にあるように見えた。

「どうしたの?アリゼー」
「……何もないわよ。貴方こそ、どうなの?身体辛い?」
「良くなってるわ。そろそろちょっと出かけたいくらいには。」
「?! 出かけるって どこへ?!」
「いや、ちゃんと【生きて帰ってきた事】を報告に、行きたいなって」
「ああ…ウルダハとかリムサとか?」
「そうね。あと、ラザハンにも。」
最近シャーレアン都市内を少し歩くようになった。一人ではなく誰かと一緒だけど、もう少し頑張ったらそれぞれの君主のところへ挨拶くらいはいきたいと思っている。
「…まだ早いんじゃない?」
「フフ…そう?そうかな。もうちょっとシャーレアンの中を歩けるようになったら行きたいと思ってるんだけど」
「その時は私が付いてく!」
「えー?一人でいいよ。」
というと強くダメだしされた。心配性だなあ。

その後少し雑談した後、アリゼーはもう一度「本当に大丈夫?」と言った。
「大丈夫だよ」と答えると、何かを言いたげにしながらも彼女は部屋をでていった。
……なぜだかそれで、私は「私の何かが問題あるんだろう」ということを直感した。


数日後。
もう少し遠方にいくには体力が足りないからダメ、と言われたものの「近場ならまあ良いでしょう」というOKがでた。そんなわけでなんとかラザハンにいく許可はもらえた。ただし、一人ではない。

「なんか申し訳ないね。エスティニアン、グ・ラハ。」
「気にするな相棒。俺もヴリトラに呼ばれてたからちょうどいい」
「そうだぞ!気にしなくて良いって。久々に、カラフルなラザハンを見てこよう?」
「…ありがとう。そうね、終末が去った後まだいってないし、少しは活気が戻ってるといいね」
2人の言葉に申し訳ないなと思いつつ、久々の外出着でバルデシオン分館をでる。外の風が気持よく感じた。
じゃあ行ってくるね、と振り向くと「いってらっしゃい」とクルルと…丁度朝ごはんを一緒に食べてくれた、サンクレッドが手を上げた。
その真っ直ぐな目から逃れるように、私は背をむける。------------今は、何故か彼の眼を見れなかった。


そうしてテレポでついたラザハンで、メーガドゥータ宮に真っ直ぐ向かうと
我々をヴリトラは快く迎えてくれた。が、然し

「久しいな。此度は良く此方へ来てくれた。まだ病み上がりだと聞いているが」
「お久しぶりです。…ええ、まだ本調子とは言い難いですが取敢えず挨拶にと」
「そうか。……すまない。彼女と二人で話をしたいのがかまわないか?」
「! わかった。グラハ、行くぞ」
「了解。じゃあまた」

さらりとヴリトラが人払いをしてしまった。一体何が?
すると真っ直ぐ私をみたヴリトラは静かにこういった。

「…君は何故、そのような壁を作っている?」
「壁?」
正直何を指して言っているのかがわからない。首を傾げるとヴリトラは言葉を続けた
「無意識か。……もしや、私の言葉が君を縛っているのではないか、と思ってね」
「?」
「進むのなら、護り抜け。そう以前ここで話をしたと思うが」
「………。」
「君はきちんと全てを護り抜いた。結果を出している。…何故、それなのに壁を作っている?」
まるで、全てを拒絶するかのように君はその身の内に、壁を。

一瞬、私は息を呑んだ。然し、ヴリトラの言葉で最近感じていた事への答えを貰えたような気がした。
暁の仲間が、私に対して危惧している何か、が。

「その壁は、君の感情を全て覆い尽くし、誰にも判らないようにしてしまうだろう。それは護っている様で、逆に全てを拒絶しているのと何ら変わりがない。程なく…君の心が壊れてしまうだろう…」
「……!」
「それ程、辛かったのかもしれないが。…どうか、君の周りの声や想いに耳を傾けて欲しい。」
「…ありがとう。…でも、私にもわからないんだ。」

どうしてこうなったのか。
そう、ヴリトラに正直に告げるとヴリトラは暫く眼を伏せ。

「…君のそばには大事な仲間が多くいる。彼らの…声を聞くんだ。今は。」
君の心の声だけに耳を傾けないで。それだけで、少しずつ変わるだろう。
たぶん、君が今そうなってしまったのは【内なる負の声】に心が傾いたからだろうから。

その一言がストンと私の中に落ちてきて。「ああ、なるほどな」と妙に納得した。
そうだった。
ゼノスとの全力で決着を付け、死ぬ間際で運良く私の命は掬い上げられた。
あのときの転送装置が降りてきたのは、間違いなく皆の想いが届いたのだと思う。
それから戻ってきて暫く。
…ふと見上げたベッドからの景色を見ていて、ただただ自分と向かい合う時間が多くて…そうして、囚われていったのかもしれない。内なる負の感情に。

「…ありがとう。体調のせいだったからなんだけれど」
「?」
「ラザハンが一番近いから。貴方に最初に挨拶にきたんだ。でも、最初がここで良かったのかもしれない」
「そうか。君が…また、次に此方へ来る時は、元気な姿を見せてほしい。」
「……わかった。」

喉の奥で笑うヴリトラに、本当に久々に私も自然と笑うことが出来た気がした。

私がヴリトラとの話を終えたところで、ヴリトラはヴァルシャンに乗り換え私を見送り、エスティニアンと今度は話をするからと。またメーガドゥータ宮の中へエスティニアンを連れて戻っていった。
同じく外にいたグ・ラハには待たせて申し訳ないと挨拶をしてから少し露天が並んだ通りをのぞこうか、という話に。

「色々な店が再開してたら、ちょっと見てみたいんだ。グ・ラハ、それでいいかな?」
「勿論。もし骨董屋とかあったら俺もこっちの文献とか探してみたいし」
それいいね。ヤ・シュトラとかも読みたいんじゃない?…なんて話をしながら、宮殿の前の階段を降りようとして。

「っ!」
「危ない!!」
こんなに長く外にいたのが久々だったからか。
下る階段の上で脚のちからが一瞬抜けた。途端に傾く私の身体----------------------
咄嗟に若干後ろを歩いていたグ・ラハが伸ばした手が届く…前に私の身体は、白いコートに受け止められた。

「っと、だから無理するなって言っただろ?」
「!!! サンク、レッド…?」
「大丈夫か?久々に遠出っていうとあれだが外出だったから…少し気になってな」
用事片付け序に、こっちまで脚を伸ばしたんだが。タイミング良かったな?
と言いながら私を抱きとめた。

「あ、ありがとう。助かった…」
「無理したんじゃないか?」
抱きとめられた彼の胸と私の腰に回った腕が、思いの外強くて。…安心できて。
「ううん、そうでもないよ。ヴリトラと少し話ができて、良かったし。」
「そうか。…てことは、挨拶はもう済んだのか?」
「終わったよ。今はエスティニアンがヴリトラと話してて」
私とグ・ラハは露天見に行こうとしてたんだ、というと「なら、少しは休憩したほうが良いぞ。」と言いながらサンクレッドは階段下まで手を貸してくれた。

「ありがとう。…サンクレッド」
「どういたしまして。」
そういって私にウィンクするサンクレッドに、少し頬が熱くなった気がする。私は見られないように、すいと背を向けた。すると、後ろから私とサンクレッドのやり取りを見ていたグ・ラハが「それなら」と声を掛けてきた
「二人でメリードズメイハネ行ったらどうかな?」
「ああ…そうだな。グ・ラハ、お前は?」
「ちょっと露天見ていきたいから寄ってく。…彼女のほうは、サンクレッドが一緒なら安心だろ?」
「えっと、うん。わかった。 グ・ラハいってらっしゃい」
「ああ!じゃあまたな!」

グ・ラハに挨拶をすると、あとに残ったのはサンクレッドと私。

「じゃあ、行くか?」
「うん。」
「……よかった。戻ってきてるな」
「へ?」
ふと顔をあげると、柔らかく見つめるサンクレッドの眼差しと交差する。
「お前最近、近くにいるのに…遠くにいるような感じだったから」
「サンクレッド…」
変な表現で悪いな。けど、安心した。
と言う彼に、心がすこし軽くなる。「ああ、そういう事なのかな」とふと理解した。
ヴリトラの言う【周りの声や想いに耳を傾けて欲しい】という言葉の意味を。


サンクレッドとあとから来たグ・ラハと休憩がてらメリードズメイハネでお茶をしてから、バルデシオン分館へ戻るとヤ・シュトラが私を見て。
「あら。…少し良くなってきてるわ。」
「---------------------何が??」
「いいえ……ヴリトラとなにか話してきたのかしら?」
「ああ。うん。…少しね。」
「そう。良かったわ。でも、もう暫くは様子見ね。」
フフフ、と笑う魔女様にそう?というと、ええ。と笑顔で返された。
まあヤ・シュトラがそう言うなら良いのだろうか…?と思いつつ。
久々に心が軽くなった。このまま…もとに戻ると良いな、と。
あと------------------------------ナップルームの自室に戻り、ベッドに腰掛けながら。
今日の、サンクレッドに借りた掌と抱き止めてくれた腕の強さを思い出して、少し幸せな気持ちを覚える。
この気持ちを外に出すつもりは今のところ無いのだけれど。
今だけは…彼を想ってふわりと笑みをこぼした。


「はぁ……」
シャーレアンの少し高台から港が見える位置に立ちサンクレッドは一つ、溜息を吐いた。
…………ラザハンに序に来た、なんてただの嘘だった。
彼女が心配で。
出先に手を振ったときの彼女の様子がおかしかったから、ひっそり追いかけてしまったのだ。
だが、丁度彼女が階段から落ちそうなところに遭遇したものだから、咄嗟に身体が動いてしまったが。
…腕の中に落ちてきた彼女は、とても。英雄というには柔らかくて、か弱くて。
咄嗟に、抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
このまま…このまま。俺の腕の中からいなくならないでほしい、と思う程度には彼女を欲している自分がいる。
ヤ・シュトラがいう彼女のエーテル状態が良くないことは、その顔色だけ見ても判る。
でもそれが、ラザハンでみた彼女は出ていったときとは違って少し良くなっていた。
ヴリトラになにか言われたのかもしれない。

「古の七大天龍に感謝しないとなー…」

どうか、元気な彼女に戻って欲しい。
その為に俺ができることは何でもするから------------------------------。
サンクレッドは祈るように、空を見上げた。
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