いつのまにか晴れ。

久々にテレポで飛んできたコスタ・デル・ソルはしとしとと雨が降っていた。
「タイミング悪かったかな」
つぶやく声は雨音に溶けていく。
ここ最近の事を思い返しながら雨露を凌げる天蓋に滑り込み
すこし遠くに烟って見える灯台の光を眺めながら、ほうっと一つ息を吐いた。



遥か彼方、天の果てへ行き終末に決着をつけてから暫く。
ボロボロの身体を【治るまで!絶対!出てはだめ!!!】と固くアリゼー他皆々から言われてから殆ど、ナップルームの自室で過ごしていた昨今。
少しずつ回復状況をみて、他の仲間と近郊に出るようになったりなんだりしてきていたのだが、そろそろ本格的に活動再開しても良い?良いですよね?と、体内を巡るエーテルや怪我をみてくれたヤ・シュトラへお伺いをたてたところ【まあいいんじゃないかしら】と言われたので、久々に一人でフラリと街にでた。
行き先は、ラストスタンド。
無類の珈琲好きの自分としては美味しい珈琲が飲みたかったのだ。

エーテライト前を通り過ぎ、都市内エーテライトは経由せず久々の街中喧騒を見ながら歩くと、階段を降りた先は目的地・・・というところで、階段の縁に固まる人たちが目に止まった。
いつもなら多分、何も気にならず横を通り過ぎていたと思う。然しその時はそうならなかった
なぜなら

「あそこにいるの、暁の人たちよね?カッコいいなあ~」
「ねー! 声かけたらだめかな??」

ふと耳に届いた音に心が一瞬ざわめいた。
いつもなら足早に通り過ぎるところを少し速度を落としていく。彼女たちの目線の先に「誰が」いるのか興味が湧いたからだ。
通り過ぎつつその先を見ると、いたのは

「・・・・・なるほど、ね」
ウリエンジェとエスティニアン、そしてサンクレッドだった。

誰が目当てでも「カッコいい」にはなるだろうな、と妙に納得しフフと口元が少し緩んだ。
・・・ただそれと同時に、さらに少し心がざわめいた。
コレは。
否、これは考えてはいけない気持ち。
そうそう忘れないで自分。これは触れてはいけない思い。
ラストスタンドのエリアに入りながら、心を丁寧に落ち着ける。
大丈夫、まだ。
彼らの前につくときにはいつも通りの表情に戻せた。


「3人でいるの珍しいね。」
「これはこれは。・・・もうよろしいのです?」
ウリエンジェから会釈と共に声をかけられた。
「うん。ヤ・シュトラがOKしてくれたんだ。早速珈琲買いに来た」
「ソレくらい、言えば買っていってやったのに」
「エスティニアンがそんな事してくれるとは微塵も考えられなかったんだけど?」
そんな気使える人だと思ってないと言外に伝えるとエスティニアンは肩をすくめた。
フフフ、と笑っていると
「良かったな。動けるようになって」
サンクレッドが目を細めて笑っていた。
ソレがちょっと眩しく見えて、
「ありがとう・・・色々心配かけてごめん。」
そう伝えるだけで精一杯だった。上手く笑って言えただろうか?
3人の反応を伺うといつもと変わらない様で、・・・ひっそり息を吐いた。
取敢えず今はコレでいい。良いはずだ。
「じゃあ、またね」

手をふってカウンターへ移動しながら、私は手を少しだけ握りしめた。



自分達に背を向け、カウンターへと向かう彼女を見ていると大分体調が良くなって良かったなという気持ちと、なんであんなふうに笑うんだよ俺以外に・・・という気持ちが鬩ぎ合う。
いやウリエンジェもエスティニアンも仲間なんだから当たり前なんだが。当たり前。
そう、当たり前なんだ・・・が。

「・・・・サンクレッドはそういうところ、案外ダダ漏れなんだな。」
「何のことだエスティニアン?」
「フッ。言葉どおりだが」
思わずエスティニアンを睨めつけるとエスティニアンはクククと笑い、ウリエンジェもなんだか苦笑している始末。
「まあまあ。二人共せめて彼女が店を出るまでは和やかでいてくださいませんか」
「俺はそのつもりだが?エスティニアンが色々言うだけで」
「俺は何も言ってない。感想を言っただけだ」
「ソレが余計だと・・・!」
「だから落ち着いてくださいと申しているではありませんか・・・」
ウリエンジェが更に少しの身振りを加えて【抑えろ】というので少し眇めた目を意識的に戻す。
まずいな、本当に彼女の事となると感情の起伏がこいつらには解る程度、表に出てしまう。

そんな俺達の事など全く意に介さない我らが英雄は、カウンターで何やら店員と談笑中。
かけられた言葉にふうわりと笑いながら買った袋を手にしていた。
・・・その笑顔に、周りの人間の目線が集まっていることも知らず。
ああ、カウンターの中の店員だって頬染めてるじゃないか。
思わず目線に力が入るのは許してほしい。

「エスティニアンの言う通りですねえ・・・」
ウリエンジェの呆れた声に、少しだけ悪いと思いつつ。なんとか目線を彼女から引き剥がした。

いつから、そんな風に目で追うようになったかなんてわからない。けど、いつも自然と人の目を集め、それを意に介さず、誰にでも優しく誰にでも平等に接する彼女に心を奪われた。
仲間だから。同じ目的の為に戦う仲間だから、そんな気持ちは閉まって置こうと
東方へ旅したときも、第一世界に飛んでいたときもそうして抑え続けた。
・・・否、第一世界では壊れそうな彼女に何も出来ない自分が恥ずかしくて、助けてもらってばかりの自分が歯がゆかった。だから余計に自分の気持は押さえておくしかなかった。
でも最後の、最後に。天の果てへ行き最後の最後でラグナロクへ彼女以外を全員返されたとき
「なんで俺は伝えなかったんだろう」
酷く後悔した。
思いが力になる世界だったから懸命に、懸命に祈った。彼女が帰ってくることを。
彼女の力になることを。
そしてボロボロになって彼女が帰ってきたとき、本当に安堵と、まだ身体は余談を許さない状況だったけれど彼女が「生きてここにいる」という事が自分にとってどれほど大切な事なのかを思い知らされた。

だからこれからはちゃんとアプローチしようと、シャーレアンへ戻ってきてからは養生中の彼女の部屋へ何度となく行ったり話をしたりしてきたんだが。・・・・が。
分け隔てない彼女の態度は変わることはなかった。
正直露骨じゃなくても他の暁の面々が分かる程度にはアプローチしていた。ヤ・シュトラには「あら。年貢を納める気になったのかしら」と高笑いされる始末。
いや、普通に告白すればいい話なんだろうけれど、体調を慮ってなかなか言い出せないだけなんだがな?
そんなこんなでここ最近はついに、エスティニアンにも誂われる様になってきたわけだ。
くそ。とは言えやっと通常活動の許可がでた、と喜んでいる彼女の笑顔をみたら此方も嬉しくてー・・・
やはり一度引き剥がした目線をつい、向けてしまうのだ。

「・・・・?」
「どうしました?サンクレッド」

然し遠目にみた彼女の笑顔が一瞬、少しだけ違って見えた。
ほんの少し、何かを耐えている様に。
あんな顔は見たことがなかった。そう、今まで見てきた俺の記憶には無い笑顔で。

「悪い、ちょっとでかけてくる」
「おう。相棒に宜しくな」

咄嗟に追いかけるのは許してほしい。
もうあんな思いはしたくないから。
不思議がるウリエンジェと、行き先を察したエスティニアンの言葉には返事をしないまま
俺は席を立った。
・・・・彼女は本当に、「部屋に戻る」のだろうか?



珈琲を買って、お店の人が「オマケだよ」というサンドイッチを貰った。
有り難くお礼をいって、入った袋をもらったところで来た道を戻ろうとしたとき、ふと遠目に通路にいた例の団体が目に入ったのだ。
彼女たちは、先程のやり取りで私が「誰か」を理解したはずだ。
だからその視線が怖くなった。・・・そう、怖くなったのだ。

その視線に嫉妬や悪意が混じっていたらどうしよう? と。

彼女たちからしたら私は邪魔な存在だろう。彼らへの憧れを抱く彼女達にとっては。
今までだったらそんなものを気にしたことすらなかった。
けれど、今は。
「・・・・駄目だなあ」
小さくつぶやいて、来た道とは別のギルドリーヴ窓口のほうへ足を向けた。

とりあえずラストスタンド店舗内から見えないところまで移動して。
「いいよね?」
皆ごめんね、と心のなかで言いつつ、私は私の家に近い場所にテレポした
誰にも教えていない、私の家のそばに。


私の家はミストヴィレッジにある。
ただし寝に帰るだけの家なので人様を呼べるような場所ではない。
寝床であるベッドと、食べ物をつくるためのキッチンと、シャワーと、バスがあるだけだ。
移動する時は普段、リムサ経由で船にのるからタタルさんにもリムサで宿泊=宿に泊まってると思ってくれていると思う
まあ知られてもなんでも良いんだけど。
でも家に戻るとやはり落ち着くから、今日は戻るつもりで・・・でも少しばかり寄り道した。コスタ・デル・ソルに。
ここからもリムサ経由で家には帰れるしね。
とは言えあいにくの雨だったから、少しチョコボで移動して、ゲルジュジュがそこかしこに立ててる天幕の下へ滑り込んだ。
船着き場の近くにあるやつが丁度、人気がなくて静かで。
遠くの灯台の光が、雨に烟って見えた。
紙袋にいれてあった珈琲を取り出して、飲みながら
ナップルームに押し込まれてからずっと、頭の中を・・・心の中を占有し続けている人のことを思い返した。
そう、通りすがりのお嬢さんたちの視線が嫉妬だったらと思ってしまうくらいに。
-------------------私はサンクレッドに恋をしている。

最初は、何だこの人?位だった気がする。ちがうな、色男っていうのはこういう人なんだな、くらいかもしれない。でも気がついたらどんどん私の中で大きな存在になってしまっていた。第一世界に旅したときにはもう、自覚していたからリーンとのやり取りを見ていると、ああこの感情は捨てなくてはと思ったりもした。
…然し天の果てで、あの空間を作ってくれたとき、心が酷く痛くて痛くて。泣くまいと堪えるのが、とても辛かった。でもその時わかったのだ、
ああ、大好きな人が…愛しい人がこの世界に生きているという事だけでも十分なのだという事を。
だから全てを終わらせて、戻ってきてからずっと自室に押し込められてたけれど、元気になったらまたフラッと何処かに行こうかなとか、考えていた。一人で。
けれど…定期的に「見舞いにきたぞ」とやってくる彼とのおしゃべりは、とても楽しくて。
大丈夫か?と痛みに耐えているときに優しく私を労る大きな手が、嬉しくて。
できたらずっとその目を、その意識を、私だけに向けて欲しいと思ってしまった。
ああ、そんなことはー

「思ったら、駄目なのに、ね。」

彼は仲間だ。仲間として私を助けてくれてるだけ。
いずれ行く道は違う。そんなのはわかりきってる。
だからこれ以上目が向かないようにしないといけない。

「…そろそろシャーレアンから出ておいたほうがいいかな。」
誰のためでもなく自分のために。

今は傍に誰もいないから、言葉を零すのは許してほしい。
今だけ、今だけ。
そう思いながらこくりとまだ温かい珈琲を嚥下した。
ほう、と一つ溜息を吐く。雨が少し強くなってパラパラと天幕を叩く音がしていた。
すると

「どこへ行くつもりなんだ?俺たちに・・・俺に黙って?」
「!」

唐突に、音と今まで一切なかった気配がすぐ後ろにあった。
振り向こうとした身体は、然し動かなくて。

「サン・・・クレッド」
「行かせない。」

前にまわる両腕と、背中に当たる暖かくて硬い感触に今自分がどういう状況なのかを理解した。
心が、跳ねる。
どうしよう。別にどこか遠くに行くわけではない。そうそう、私は家に帰る途中であって・・・
という、言い訳が頭の中をぐるぐるとまわる。でも口から外に出ていかない。
今のこの状況が。
彼の腕の中にいる、という事が、嬉しくて。
私はただ、手の中にあるカップを握りしめるしかなかった。熱くなっていく頬は、そのままに。




嫌な予感は得てして、よくない時ほど当たる。
そんなのは今までの経験上分かっていたことだった。出来たら今回は外れて欲しかったけれど。

「いない・・・?」

微かに解る程度の不可解な笑みをみて追いかけた彼女は然し、ナップルームには戻っていなかった。
先に来たとしてもそろそろ戻ってもいい頃。周辺を少し探索してもその姿も気配もどこにも見当たらなかった。
ラストスタンドの反対から出たのは見ていた。・・・となると
テレポを使ったとしか思えない。

「っくそ。」
然しそうなると相手の行動範囲が広い事が仇になる。どこに行ったというのだ?
下手すると、自分が行けないところまで彼女は行けてしまう。そう次元の向こうでさえも。
正直皆目検討がつかない。
・・・否、待てよ。見舞いしたときに何を話していた?
彼女は、何を。

【窓から遠くに見える海が夜でも綺麗で、波の音が微かに聞こえるのが心地よくて】
【案外海の傍の家もいいなって】
【でも灯台の光はあっちのがよく見えて、あそこに家があったらなー・・・】
普段暁の活動からして自分の部屋は石の家にあるものの、俺も彼女も定住するような所は存在しないと思ってた。でもあの時・・・そう、彼女が傷がまだ癒える途中でなかなか寝付けないと言った夜に、ベッドの傍らで「俺が寝るまでいてやる」といった時。寝入り際つぶやいていた。
あれは、『彼女の住処』を指している・・・?
波の傍ならリムサだ。リムサのしかし冒険者用居住区となったら結構広いな・・・
いやまてよ。

「【灯台が遠くに見える】か。」
その単語で思いつく所はいくつかあるが、同じリムサ・ロミンサ方面で絞って考え俺は即座にテレポした。
コスタ・デル・ソルに。

俺が着いた時には、すこし大きめの雨の粒が降っていた。
気にはなるが、今はそれどころじゃない。
全体を見て回らないと・・・と テレポストーンから海側に視線をずらすと、灯台が少し烟って見えた。
その灯台までの間にある天幕に。

「・・・・!」
座っている小さな背中。間違いなく彼女だった。
俺は即座に彼女のいる天幕への天板を走る。けれど、シャーレアンで最後に見た笑みの意味がわからないから、気配を消して近づいてみた。
もしかしたら、何か答えのヒントを彼女がくれるかもしれない、と思って。

ところがだ。
聞こえてきた言葉に、瞬間俺は我慢が出来なかった。

「そろそろシャーレアンから出ておいたほうがいいかな。」

座る彼女の後ろから掻き抱く。
何だって?出ていく?まだそんな治りかけで?否身体だけの話じゃない。
傍からいなくなる、だと?
俺の傍から・・・?

「どこへ行くつもりなんだ?俺たちに・・・俺に黙って?」
「!」
「サン・・・クレッド」
「行かせない。」

彼女の耳元で呟く。この腕の中からどこへも行ってしまわないように、強く抱きしめながら。
もう我慢できなかった。溢れる想いを止めることが出来なかった。

「好きだ。・・・・好きなんだ。」
「!」
「だからどこにも行かせない。どこにも・・・!」

言葉と共にただ腕の中の愛しい人を、強く。
英雄と言われる割には華奢な身体は暫く外にいただろう雨の匂いがして、病み上がりなのにと眉を顰めたくなる。・・・だが
・・・そのまま少し彼女の反応を伺っていると、唇を寄せていた耳がほんのり赤く色づいて。
少しだけ緊張していた肩や背中が俺の腕や胸に馴染むように寄り添っていて。

「・・・・なぁ。返事を聞いても?」
「ぁ ぁの」
「返事貰えるまで、このまま耳にキスしてくぞ?」
「! ササササンクレッド?!!!」
「俺は答えが欲しいね。 まあ・・・雨で身体冷たくなってるからお前を温めてやらないとだし」
「いやそんなところキスしても暖かくならn」
「耳赤いから効果あるだろ?」
「っ! 珈琲こぼしちゃうからぁ・・!」

ちゅ、ちゅと繰り返してたら腕の中の愛しい人が震える。
珈琲の事を言われて、すっかり忘れてたから片手で彼女の手から取り上げて床に丁寧に置いた。
すると、観念したらしい。

「サンクレッド・・・?」
「ん?」



色々言いたいことはあるんだけれど。
耳に繰り返しキスされてくすぐったいし恥ずかしい事この上ないし、でも心は嬉しくてどうしようもなくて浮足立ってて、言われたことは夢なんじゃないかとか思ったりもしたんだけど。
でもこの自分に回されている腕も心地よい声も温もりも間違いなくて。現実で。
私は、名前を呼んだ事で少しだけ腕を緩めてくれた、サンクレッドに振り向いて。
愛おし気に見つめる目をまっすぐ見るのは、恥ずかしいから-------------------
首もとに腕を回しながら、彼と同じ様に耳元で囁いた。

「好き。」


天幕を叩く雨音は気がついたら消えていて
遠い灯台の光は綺麗に旋回してた。
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